第03話 前世あるいは夢
「ばぶ?」
(は?)
俺の目には、いつも慣れ親しんでいる腕とは、明らかに違う、小さな小さな腕が映っていた。
(……は?)
俺は、頭の中で、疑問の声を繰り返す。
(腕だな……多分、俺の腕だ。だが、これはあまりにも……)
小さい。
記憶の俺の腕と、目の前に見える腕は、"大きさ"という点で、あまりにも違い過ぎる。
(俺の腕だ……おかしいことだが、俺の腕だという実感が、ある)
大きさにかなりの違いはあれど、実際に、目の前の腕には、俺の感覚がしっかりと宿っている。
(これは一体……)
「ASDFIUHE、DVBANOIHIESDAV」
俺の視界に映りこんでいた男から、声が発せられる。
「ASOEIHGE!REGIUH」
もう一度、男から声が届く。
(……どうやら、俺に、何かを言っているようだが……んー、分からん)
俺は、自分に向けられたであろう、言葉の意味を理解しようと努めるが、すぐに無駄であると悟る。
(違う言語であることは明白だな……ん?)
ふと、俺は、男から自分の小さな腕へと、視線を向ける。
すると、今の俺の腕よりも、はるかに大きい男の腕が、俺の腕を持ち上げていることに、俺は気付いた。
(なるほど……この男が、俺の腕を持ち上げたのか)
「SUI!SUI!」
(呑み込めてきた)
俺は、男の声を理解不能と断じて、その声を尻目に、思考の波に入る。
(赤ん坊だ……俺は赤ん坊だ……今の俺は、赤ん坊だ)
(なぜかは知らないが、今の俺が赤ん坊である、という認識は間違っていないと思う)
(この……華奢で、虚弱とも言うべき腕が、その証拠だ。……俺が、大人の状態から赤ん坊の状態になった原因、という謎を除けばな)
俺は、自分が赤ん坊になったことを理解する。
(そして……この、湿り具合……羊水、もしくは血だろうな)
俺の体全体には、びちゃびちゃ、あるいは、ねちょねちょとした感覚があった。
(出産直後の赤ん坊か)
俺は、自分が出産直後であると推測する。
(湿っている原因が、他にあるとしても……こいつらの表情からして、それはないな)
俺の体が湿っている原因が、出産に伴う母親の体液によるもの、以外だとしたら、先ほどから視界に映る、三人の表情に悲壮感ではなく、満面の笑みが浮かんでいることから、出産以外の原因を否定できる。
(だとすると……こいつらは……)
(両親と助産師、といったところか)
俺の腕を持っている男が父親、俺を抱えている女が母親、遠巻きに見ている中年の女が助産師、という風に俺は考えた。
(他に、現状を確認する要素は……)
俺は、周囲に目を配る。
(部屋の内装は木造……三人の服はみすぼらしい……窓から日が差している……)
(うーん……俺が赤ん坊になっている、という情報以外に、目ぼしいものは見当たらないな)
(ふぅ、あれについて考えるか)
俺は、思考内容を変える。
(なんで、俺が赤ん坊になっているのか?……科学的根拠を度外視して考えれば、二つかな)
俺は、赤ん坊になってしまった原因を考える。
("前世"か"夢"だな)
俺は、赤ん坊になってしまった原因が、「前世」もしくは「夢」という2つの可能性の、どちらかなのではないかと考える。
まず、前世とは、この赤ん坊にとっての前世が俺であり、俺という前世の記憶を、この赤ん坊が思い出した、継承した、みたいな感じ。
次に、夢だが……これは本末転倒というかなんというか、俺が赤ん坊になって、出産されたり、抱きかかえられたりする夢を見ているだけ、というものだ。
(別に、俺は赤ん坊になりたい、なんて希望は持ってないぞ。……いや、そういえば、夢は本人の潜在的な欲求が出るとかなんとか……もしや、俺って本心で…………やめておこう)
可能性の一つとして挙げた、夢について、余計なことにまで思考を及ぼしかけたので、俺はその思考を停止した。
(俺の現状を説明できるのは、この二つだろうな。前世は、あまりにもリアルな現状を説明できるし、夢はこの不可解な現象の原因を、矛盾なく説明できる)
(だが、正直、他にも情報が無いと、結論に一歩も進まないな)
(一旦、原因追究はやめて、情報収集に移行するか)
(前世説なら、とりあえず情報収集をしとけばいいし、夢説なら何も問題は無いし……というか、そもそも夢になるしな)
「SUI!SUI!」
「sui!sui!」
俺は、この体の母親と父親と思われる、二人から届く声を無視する。
(それと、この体……)
「ぅあうぁぅばぁ」
(動かねえわ)
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