第21話 名前
「ふぃ……うい……びぃ……ぶぃっ」
部屋の中に幼く、そして拙い声が小さく響いていた。
「ぶい……しゅぅ……すっすっ……しぃぃ」
一見意味もなさそうな声の連続は、俺から出たものであった。
「……ぶぅぶびゅぃ」
(……もう少し)
俺は自分の声に予感と期待を乗せていた。
俺がこの体に産まれてから5か月が経とうとしていた。
「しゅっ、しゅう……し、しぃ」
俺が能力を使えるようになってから4か月と少し……俺はその間に能力に関する検証と考察を進めていた。
しかし、成果が全くないという訳では無かったが、取り沙汰されるような発見や考察ができたわけでは無かった。
そんな俺は今……
「し、しゅう…………ぶぃ、ぶぃぃぃ」
意味の分からない言葉を発している。
もちろん、それは第三者から聞いたら意味がなさそうなだけであって、俺としてはしっかりと意味の伴った言葉を喋ろうとしているのである。
俺が今喋ろうとしていること……
それは、俺の名前だ。
能力を初めて発動するよりも前、両親がよく口にしていた「sui」という単語、俺はそれを自分の名前なのではないかと推測した。
そして、その単語を正しい発音で言えるようになるために、俺は自分の名前だと気づいてからずっと発声練習をしていたのだ。
「ふぃ……しぅ……ふ、しゅ……」
俺は今その発声練習をしていた。
(もう少し……もう少しだと、思うんだよ……)
俺は自分から発された声を聞いて、自分の発声が正解へと近づいていると感じていた。
「ふい……しゅう……」
(「sui」の発音が"スイ"であろうということは分かっている……問題は……"ス"と"イ"が連続で言えないことだ)
("ス"を意識して言うと、しゅう、となるし……"イ"を意識すると、ふい、になる)
今の俺の声は自分の思うような声にはならず、あと少し足りない発音で止まってしまう。
(問題は分かってる……俺はただ、問題点である"ス"と"イ"を連続で言えるように、練習をすればいいだけだ……能力の時とは違うしな……)
俺は名前の発音の問題には解決までの道のりがしっかりと見えていることから、不安をほとんど抱いていなかった。
(……よし、一旦深呼吸するか)
「ふぅぅぅ……はぁぁぁ……ふぅぅぅ……はぁぁぁ……」
俺の口から呼吸音にしてはかわいらしい音が聞こえてくる。
「ふぅ……はぁ……」
(よし)
深呼吸を止め、冷静に意気込んだ。
「しゅう……ふぃ、しぃ、ぅい…………しゅい」
(っ!)
俺の口から今までで一番正解に近い発音が出た。
(忘れない内に……ここで畳みかければ……)
「しゅ、しゅい……しゅいしゅい…………すうぃ」
さらに発音が洗練される。
「すうぃ、す……すぅい……すぃい…………す、い…………すい」
発音が研ぎ澄まされる。
(きてるきてる……俺的にはもう正解だ。あとは……両親に聞こえるように合わせて……)
「す、すい……すい……スゥイ、スイ…………su、イ……ス、i」
(いけるいける……)
俺は心を極力冷静にしつつ、その裏で高揚感が高まるのを感じる。
「su……i……su、i………………Sui」
そして、吐き出された声は、他の者から見てもしっかりと意味を伴っている発音になっていた。
俺はそれを聞いた途端、待ちわびていたかのように……
(よしっ!)
準備していた歓喜の念を開放した。
「Sui、Sui、Sui」
(よしっ、言える言える!これは完全にマスターしたな)
再度確認するように発音を確かめたことで、俺は言語の階段を一段上ることができたのだと実感するとともに喜びに身を浸した。
「Sui……SuiSui」
ついに、マスターすることができた単語を俺は反復するように唱えていた。
(…………できた……そう、できたのだ)
先ほどまで身をゆだねていた嬉しさとは裏腹に、何故か俺はそれとは別のことを思案していた。
(もしかしたら、"できてしまった"……ということになるかもしれないな)
俺は考えるだけではなく、何か不安な様子さえ抱えていた。
(やめ……いや、やるか……前々から決めたことだしな)
俺は一瞬、何かに対して迷いを見せるが、直ぐにそれを振り払った。
(……あと一時間くらい……かな)
俺は一時間後を身構えた。
ガチャッ……キィィィ……
一時間が経った頃、部屋の扉が開いた。
「sui、vsduiayefase」
そして、開かれた扉から母親が部屋へと入ってきた。
(………………)
そんな現状に対して、俺は無心と思索の間にいた。
スッ
「sui、sdmoiwefboa」
俺がそんな心境でいる間にも、母親は俺の元へと来てから俺を持ち上げ、授乳の準備を始めていた。
(………………)
そして、母親から授乳を受けようとしている間も、俺の心境は変わっていなかった。
トンットンットンッ……
「……ゲッ」
俺は母親に背中を叩かれたことで、曖気を出した。
それは、俺の食事の時間が終わったことを示した。
(…………ふう)
食事の間変わらなかった俺の心境が変化を見せる。
(ふうぅぅぅ……)
俺の心は勇気と後押しを求めていた。
俺がそんな風に心持ちを変化させていると……
ユサッ……ユサッ……ユサッ……
俺の体が揺らされていた。
「sui、dvmaoivr、dhueroias」
そして、この揺れは母親が手に持った俺を揺するために、体全体を使って揺すっているためであるらしい。
(…………)
そんな揺れを受けても、俺の心は授乳が終わった時から変わっていなかった。
ただし、感情の種類は変わっていないが、感情の量は変化していた。
「sui~sui~sui~」
(よし……いくか……)
母親が上機嫌に俺の名前を連呼し始めた所で、俺の決意は満タンになった。
「……Sui」
俺は自分の名前を声に出す。
「?」
その声に気づいたのか、母親が俺の声へと意識を向けてきた。
母親のその様子を受けて、俺は……
「Sui……Sui、Sui……Sui」
さらに自分の名前を言った……そしてそれを母親に向けるように。
そんな俺の口上を受けた母親は……
「…………」
何ともよくわからない顔をしていた。
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