第147話 バケモノと姫
ガチャッ
俺は居室の扉を開いて廊下へと出る。
タッ……タッ……
そして、俺は邸宅の中を歩く。
俺が街で事故にあってから……半年が経過した。
半年間で何か特別な変化があった……訳では無い。
休日には本を読むか、街へと繰り出し、平日には徴税官見習いとして雑務や先輩財務官の手伝いをする。
何度か徴税報告のために州都の外へと出たこともあったが、ただ外に出ただけで特に何かがある訳でも無かった。
森や草原を馬車で通り、田舎と畑という見栄えのしない風景の中で、先輩徴税官の徴税報告を見学するばかりだった。
一応、徴税報告に行った村は俺が提案した虚偽報告の防止とテンプレートを導入する村だったので、俺が先輩徴税官にいくつか説明する、ということはあったが、それだけだった。
そんな俺は今、7歳になっていた。
タッ……タッ……
そして、今日は休日なので、俺は図書室へと向かっていた。
タッ……タッ……タタッ
数分後、俺は図書室の前へと着く。
ガチャ……ガッ、スススゥゥゥゥゥ……タッ……タッ……
そして、図書室の扉を開いて中へと入っていった。
タッ……タタッ
「ドリト様。おはようございます」
俺は扉の横に立っていた護衛のドリトに挨拶をする。
「おおっ!おはよう!」
ドリトは気さくな挨拶を返す。
タッ……タッ……タタッ
次に、俺は図書室の壁際に置かれた長机のところに来る。
「エートィ様。おはようございます」
俺は、その長机に向かって座る司書のエートィに挨拶をする。
「うん、おはよう。スイ君」
エートィは挨拶を返す。
俺はそんなエートィに対して……
「エートィ様。先日仰っていた本、読ませて頂いても構いませんか?」
と問いかける。
「うん、もちろん。ちゃんと用意してあるよ。……ほら」
エートィは了承を返すと、俺に1冊の本を差し出してきた。
スッ
「有難う御座います」
俺はエートィからその本を受け取った。
タッ……タタッ……ススッ
俺はエートィから本を受け取ると、図書室の一角に置かれている椅子へと座った。
ストッ
俺は、椅子の前に置かれた机に、持ってきた本を置いた。
今日、俺が図書室までやってきたのはこの本を読むためである。
先々週、図書室へとやって来た時、エートィが新しい本が蔵書されると言っていたので、俺はエートィに予めその本を読ませて欲しいと言っておき、それを先ほど受け取って今に至る、という訳だ。
……パタッ
俺は本の表紙を開いた。
そして現れた1ページには……
『バケモノと姫』
という、ありふれた変哲も無いタイトルが書かれていた。
パタンッ
読み始めてから1時間もしない頃、俺は本を読み終わった。
本を読んだ俺の感想は……
(んん……普通に文学作品だったな)
大したことは思っていなかった。
本の内容を一言で要約すると……
バケモノと姫の悲劇のラブストーリー、である。
もう少し詳しく内容を説明すると……
ある日、城を抜け出した姫が森に住まうバケモノと出会う。
そこから、1人と1体の恋物語が始まる。
作中において、バケモノは最初から最後まで姫のことしか考えていないが、逆に姫はバケモノ以外にも自分の立場や国、周りのことを考えていた。
そのせいで、姫は最後の最後までバケモノと自分の立場や国のことなどで逡巡し続け、なんやかんやあって最後に1人と1体は引き裂かれる。
……という話だった。
(なんで、こんな本がこの図書室に蔵書されるんだ?)
俺は読んでいる時、そう思った。
このアーテス邸の図書室は学術的で実用的な硬派な本が多い。
それなのに、何故このような小説が入ってきたのか?
先々週この本を蔵書すると言っていたエートィ曰く、最近流行っているから一応この図書室にも蔵書したらしい。
(……まあ、俺にはここの蔵書に関して権限は一切無いから、考えてもしょうがないな)
俺はそう思った。
ススッ……タタッ……タッ……タッ……
俺は読み終わった本を返すべく、椅子から降りて、エートィの所へと向かった。
すると……
「スイ!用を足しに行ってくるから、ちょっとここから居なくなるぞ!」
ドリトがそう話しかけてきた。
「はい!承知しました!」
俺はドリトにそう返事をした。
ガチャ……ガッ、スススゥゥゥゥゥ……タッ……タッ……
ドリトは、トイレへと行くために、扉を開けて外へと出て行った。
(いやはや……相当信頼されてるな)
図書室から出て行ったドリトを見て、俺はそう思った。
タッ……タッ……タタッ
「エートィ様。お返しします」
俺はエートィのもとまで来ると、本を差し出した。
「読み終わったかい?そうだねぇ……今日は図書室の整理をするから、さっき君が座っていた机の上にその本を置いておいてくれる?」
エートィは俺から本を受け取らず、代わりに本を置いてくるように頼んだ。
「畏まりました」
俺は了承する。
「よし、じゃあ図書室の整理をしようかな……あっ」
タタッ……
エートィは図書室の整理をするために椅子から立ち上がる途中で、何かを思い出したように呟いた。
「如何しました?」
俺はエートィに尋ねる。
「いやぁ……今日図書室の整理をする予定だったのに、私室に持っていった本をそのまま置き忘れてしまったことを思い出してね」
と、エートィは答える。
司書であるエートィは俺と違って、この図書室にある本を私室に持っていくことが許可されている。
しかし、今日図書室の整理をする予定なのに、エートィは私室に本を置き忘れてしまったらしい。
「なるほど」
「今から取りに行きたいんだけど……スイ君が1人になってしまうね」
エートィは忘れてきた本を取りに行きたいが、ドリトがトイレに行ってしまったせいでこの図書室にいないことで、足踏みをしている。
「まあ……ドリト君はトイレだから、すぐに戻ってくるよね?」
エートィはそう呟くと……
「スイ君。今から君1人になるけど、変なことせずに待っててね?まあ……"前"も問題なかったから大丈夫だと思うけど」
俺を図書室に1人にして、本を取りに行くと言う。
「畏まりました」
俺は了承を返す。
「では、よろしくね?」
タッ……タッ……タッ……
そう言って、エートィは図書室から出て行った。
そして、俺は図書室に1人となった。
(……これはもう全幅の信頼だな)
1人になった図書室の中で、俺はそう思った。
ドリトとエートィの2人が俺を図書室で1人にさせることができたのは、俺に信頼を寄せているからだろう。
最初の頃であれば、俺が図書室にいれば、どちらか1人が必ず図書室に残っただろう。
しかし、今回は俺を1人にしてしまった。
というか、ここ数ヶ月の間に何度か俺を1人にしてしまうことがあったし今更だった。
(やはり、信頼というのは日頃の挨拶と態度……そして偶のプレゼントだな)
俺は1人の状況にそう思った。
ストッ
(さて、違う本を読むとするか)
俺はエートィに指定された机の上に、先ほど読んだ『バケモノと姫』という本を置いた。
そして、別の本を読むことにした。
(……あの本にしようかな)
俺は読む本を決めると……
タッ……タッ……カタッ
図書室の隅に置かれていた梯子を取った。
タッ……タッ……カタッ、カタッ
俺はその梯子を1つの本棚の前へと持っていき、その本棚に掛けた。
俺が読もうとしている本は図書室の1階エリアにあるのだが、本棚の最上段に置かれている。
最上段はドリトやエートィのような大人でも届かない高さにあり、俺にとっては笑ってしまうほど無理な高さにある。
カタッ……カタッ……カタッ……
なので、俺は梯子を登って、その本を取ろうとしていた。
……カタッ
(よし。えーと……これだな)
俺は本棚の最上段に手が届くところまで登ると、目的の本へと手を伸ばした。
その時……
ガチャ……ガッ、スススゥゥゥゥゥ……
図書室の扉が開いた。
チラッ
「…………」
俺は扉の方に視線を向ける。
すると……
タッ……タッ……
図書室に誰かが入ってきた。
そして……
「…………っ!」
カタカタカタカタ、タタッ!……スススッ!
俺は入ってきた人物を見た瞬間、梯子から飛び降りる勢いで降りた。
そして、即座に跪いた。
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