第101話 アレを好きな人間はいるのか?
「…………」
なぜ虚偽報告の是正をしたのか?という質問に対する俺の答えを聞いた男は、考え込むような顔をしていた。
「…………」
俺はそんな男の様子を見て……
(さあ、どう考えているのかな?)
そんなことを考えていた。
俺は先ほど、虚偽報告の是正をした理由として、虚偽報告が許せなかったからという理由と、単純な知的好奇心があったからという理由、この2つを男に対して回答した。
しかし、俺が言ったこの2つの理由は……両方とも完全な噓っ八である。
まず、虚偽報告が許せなかったからという理由についてだが、俺は聖人君子じゃないので、アーテス側からこの村に住まわせてもらっているからアーテスに対して感謝……なんていう感情は一切無い。
村長が徴税官に納めている物は紛れもない「税」である。
現代社会でも税金は大層嫌われているだろう?
それを避けるために脱税や節税をする人間が大量にいるが、それらをする人間は悪人か?逆に、それらをしない人間は善人か?
そんなことは無い。
税金を嫌ったところでその人物の善悪など語れるはずも無い。
俺は税というシステムを嫌いだとも好きだとも思わない。
強いて言えば……俺を苦しめる税は嫌いだ、とだけ言える。
だから、俺が脱税を許せないから、という理由は普通に嘘である。
だが、俺の目の前にいる男はアーテス側、つまり徴税側の人間である。
そんな人間に対しては、立派で堅実な理由を言うしかないのだ。
だから、俺は脱税を許せなかったから、という理由を1つ目の理由として男に言ったのだ。
では2つ目の理由はいるのか?
もちろんいる。
男も、俺の言っていることを盲目的に信じるほど馬鹿では無いだろう。
俺と男の立場は、納税者と徴税者である。
納税者である俺が税に対して言う言葉の中に、一切の装飾や嘘が存在しない……なんていうことが無いことくらい、男は分かっているはずである。
例えるなら、「私は法律を破ることは絶対に許されないことだと思います。なので法律を守るためなら友人や家族も切り捨てます」なんていう人間は数少ないだろう。
今の例えで言った「法律を破る」の意味は、別に強盗や高額詐欺、殺人といった重大犯罪に限定しているものではなく、法律の隅に書いてあるようなものだったり、誰もが一度は破ったことがあるような法律であったり、ふとした瞬間に誰でも破る可能性があるような法律だったり……何でも良いのだ。
つまり、"全て"の法律を守れる人間など少数派である、ということだ。
しかし、俺としては、俺の本心を男に悟られる訳にはいかない。
だから、カモフラージュとして2つめの理由を用意したのだ。
2つ目の理由は、俺の単純な知的好奇心、という理由である。
先ほどの虚偽報告の是正をどのようにしたのか?という説明の中で、俺が2歳や3歳という年齢で読み書きや計算ができたり、村長の手伝いに参加したりしていることを男に説明している。
さらに、先ほどから俺が独りで、男との会話を子供らしからぬ十全さで熟しているという事実も男は認識しているはずである。
これらの事実から、俺が一般的な5歳からかけ離れた知性を有していることは、容易に想像できる。
そこから少し発展させて考えたら、俺が普通の子供よりも知的好奇心が強いことくらい簡単に……いや、必然的に予想できる。
であれば、俺の知的好奇心が間違っているものを直したい、という方向に今回は"ほんの少し"寄ってしまったから、俺は虚偽報告の是正をしたのだな……ということも予想できる。
男からすれば、その理由はとても自然的で、人間味のある理由に思えるだろう。
そして、男がそういう風に思うのであれば、1つ目の脱税を許せないからという理由も真実味を感じさせるものになるだろう。
なので、俺は真の理由については言わず、心にも思っていない2つの理由を男に言ったのだ。
この2つの理由を言ったのは、保身のためという俺の真意を男に知られないことで、不利益を被らないようにするためであった。
だが、それだけでは無い。
俺がこの2つの理由を言うことで、"とある利益"を被るためにもこの2つの理由を使ったのだ。
そもそも、俺が虚偽報告の是正をしたのは、その"とある利益"を得るためであったからという理由もあった。
つまり、その"とある利益"に、俺が虚偽報告の是正をした真の理由がある。
俺は……
(この後が大事だからな……)
そう内心で呟く。
……キッ
男は先ほどまで浮かべていたあからさまな思案顔をやめると、俺に視線を向けてきた。
そして……
「名乗ろうか」
男はそう言った。
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