さよなら東京の夢
平成23年(2011年)の1月が過ぎ、2月も終わりに近づいた。私、周愛玲は『スマイル・ジャパン』の倉田社長と四谷にアパレル店をオープンしてから、間もなく1年になる。そこで、これからアパレル事業の他にジュエリー事業を追加し、更に発展させようと私は張り切った。ところが台湾と半導体分野での商売を考えている倉田社長は、私の取り組みに対し、少しも嬉しそうな顔を見せず、私に冷たいので、私はどうしたら良いのか悩んだ。マラソンランナーの如く、ひたすら目的地に向かって孤独の道を走り続けている倉田社長の伴走者の積もりになって私が頑張っているのに、何故か無視され、その厳しさや、イラ立ちに苦しんだ。彼はソロソロ私と別れたいと思っているのか。私は逡巡する気持ちをどうすれば良いのか悩んだ。毎日、重苦しい感覚にとらわれ、彼の行動が気になった。自分では斉田医師や中道係長と付き合っているのに、倉田社長が他の女と付き合っていることが気になった。浩子夫人は、そんな女性がいる筈が無いと言ったが、彼には何人もの女性たちとの痕跡が見受けられた。しかし彼は、そういった女たちに振り回されることは無かった。異性に対する愛情よりも、同性との友情を優先した。特に『スマイルワークス』の仲間とは、大学生時代からの固い友情で結ばれていた。週末、倉田社長は『スマイルワークス』の株主総会をかねて、伊豆長岡旅行に行くと言って、取引先の来訪を断り、伊豆に出かけた。浩子夫人は、出社して来て私に愚痴った。
「本当に困った人たちね。儲かってもいないのに、伊豆の温泉で株主総会ですって」
浩子夫人は自分を旅行に連れて行ってくれない、夫に対する不満を漏らした。私は同調した。
「そうですね。遊んでばかりいたら、会社も長続きはしませんよね」
「そうよ。『スマイルワークス』と同様、うちの会社だって、これから先、どうなるか分からないわ。だから愛ちゃん、辞めたい時は、遠慮しないで言ってね。うちの会社なんて、無くったって良いのだから」
「そんな、情けない事、言わないで下さい。私は『スマイル・ジャパン』に期待してます。今の仕事に希望を抱いています。これから、いろんな事に取組めば、『スマイル・ジャパン』は必ず発展します。見ていて下さい」
私は自信たっぷりに自分の思いを伝えた。それを聞いて、浩子夫人はビックリ顔をした。『スマイル・ジャパン』での仕事を、私がやり甲斐のある仕事と思っていることが、浩子夫人には信じられないみたいだった。夕刻になると、その浩子夫人が、私を夕食に誘った。
「主人が伊豆旅行に出かけて、家にいないので、愛ちゃん、これから私と食事しませんか」
「まあっ、嬉しい。ご一緒します」
私は直ぐに同意した。浩子夫人と1対1の夕食に誘われるなんて、久しぶりだった。私は、そこで斉田医師にメールし、浩子夫人と食事することを伝え、自分で食事を済ませるようお願いした。私と浩子夫人は仕事を終えてから、地下鉄の電車に乗り、新宿に行き、『小田急デパート』の上階にある中華料理店で食事をした。浩子夫人が私の好きな物をメニューから選んでと言ったので、私はエビチリソース、酢豚、小籠包、チンゲン菜の炒め、チャーハン、野菜スープを頼んだ。飲み物は浩子夫人に合せて、ウーロン茶にした。浩子夫人は瘦せっぽっちなのに、美味しい美味しいと言って夢中になって食べるので、可愛らしかった。私と浩子夫人は食事をしながら、仕事や恋愛の話などして、約1時間で食事を終えた。食事代は浩子夫人がデパートの会員になっているからと言って、バックの中から会員カードを取り出し、支払いをしてくれた。私は浩子夫人に御馳走になり、デパートの1階で別れた。私は、それから電車に乗り、大久保駅まで行き、スーパーでちょっとした買い物をして、『ハニールーム』へ行った。斉田医師はソファに座ってテレビを観ながら、ビールを飲んでいた。私は斉田医師に詫びた。
「ごめんなさい。社長の奥さんから、突然、食事を誘われちゃって。ここ何回か、断っていたから、断り切れなくて」
「構わないさ。こっちには充分に時間があるんだから。良かったじゃあないか、社長の奥さんとゆっくり話せて」
「先生って優しいのね」
私は斉田医師の優しさに感謝し、私の方から彼に挑みかかった。
「おいおい、今日はどうしたの?」
彼はソファの上に押し倒されると、ビールのグラスをテーブルの上に置き、私を抱いた。私は彼に覆い被さり、彼の唇に唇を重ねた。その接吻の合間に彼は私を裸にし、下から私に入り込んで来た。後は激しい金曜日の夜。
〇
月曜日、先週末、『スマイルワークス』の仲間と伊豆旅行に出かけていた倉田社長が、何時もより早く出勤して来た。
「お早う」
「お早うございます。今日は早いですね」
「ここのところ、遊んでばかりだったから、仕事の事が気になって」
彼は、そう言うと、私が淹れて上げたコーヒーを一口飲み、自分の机の席に着き、まず仕事の優先順位を決めて、それに取り組んだ。『帝国機械』からの半導体用フィルム製造装置の資料をチエックし、それから私が『天津先進塑料机械』からの資料を翻訳しておいたのを手に取り、それを分析し、細かくコスト計算をすると、新しい客先への見積書作成に夢中になった。私はアパレル客がいない合間、倉田社長の指示に従い、仕様書を作成した。午前中、お客が少なかったことから、仕様書作成は午前中に終わった。昼食は倉田社長が『ドナウ』に行く暇が無かったので、私が皆川千香の勤めるコンビニで弁当を買って来て、久しぶりに事務所で、一緒に食事をした。昼食後、倉田社長は静岡の客先から依頼のあった大物案件の仕事にとりかかった。こちらの仕事は『天津先進塑料机械』と関係ない機械で、専門的で資料作りが大変みたいだった。3時のおやつは、倉田社長が伊豆旅行で買って来てくれた桜饅頭をいただいた。私が日本茶を飲みながら余裕でいただいているのに、倉田社長には日本茶を飲む暇も無かった。自業自得だ。そう言ってやりたかったが、仕事に熱中する彼に、そんなことは言えなかった。浩子夫人は先週、倉田社長がいない時に、もう、そんなに働かなくても良いのにと言っていたが、倉田社長は私の為に『スマイル・ジャパン』を設立し、私を採用してしまい、見栄の為に、会社を止められないのかも知れなかった。会社は生き物。創業者の考えとは別に世の中の動きに要請され、勝手に活動を始めてしまう。創業者はいまいましいと思うが、世の中の流れに牽引され、顧客の求めに応じ、動き出してしまい、どうしようもなくなってしまうものなのだ。夕方になると、倉田社長は事務所の天井に向かって溜息をつき、ぼやいた。
「参ったなあ。良い案が浮かばない。明日にするか」
「そうですよ。無理をしては駄目ですよ。また明日にしましょう」
私は優しく囁いた。すると倉田社長はホツとしたように笑った。それから私の豊かな胸や太めの腰の辺りに視線を送り、何時もと違う熱い目をして、私に言った。
「今日は大丈夫か?」
「大丈夫よ」
私は待ってましたとばかり、彼に色っぽい目線を送った。互いの気持ちが高ぶつたのは久しぶりだった。倉田社長は、難解で面倒な仕事が沢山、重なってしまい、そのストレスを発散したいらしかった。私たちは四谷三丁目からタクシーに乗り、久しぶりに『ピーコック』へ行った。私が部屋を選択し、2人で部屋に入ると、彼は考え事をしていて、中々、服を脱ごうとしなかった。私はそんな彼の事など気にもかけず、恥ずかし気も無く、彼より先に全裸になった。そんな私には初めての体験に戸惑いながら服を脱ぐ処女のような感情は、全く無かった。私は豊かな胸の膨らみから腰へと続く細い流れと大きなヒップの下を支える長く美しい2本の脚を自慢するかのように、バスルームへと向かった。倉田社長がズボンを脱ぎながら、バスルームに入る私を眺めているのが分かった。
「綺麗な身体だ」
そう彼が内心思っているのを想像出来た。私は先にシャワーを浴び、バスタブにお湯を入れて、バスルームから出ると、バスタオルで身体を包み、ベットへ移動した。入れ替わりに倉田社長がバスルームへ入った。そしてバスルームから出て来ると、ベットで横になっている私の裸身を見て、ポツリと言った。
「ゴヤの『裸のマハ』のようだ」
その洋画は、かって何処かで見たことのある絵のような気がした。とても蠱惑的で淫靡な絵だった。私は、そのマハのように妖艶な笑みを浮かべ、私の横に寝ころんで来た彼を迎えた。彼はまだ元気で無い物を私に押し付けて来た。そこで私は彼の生温かい物を握り、しごいてやった。すると彼もまた私の火照る割れ目に右手の中指を挿入して来て、前戯を始め、私をじらし、興奮させた。私はこんな密室で猥褻な行為を楽しむのが好きだった。倉田社長の小休みない愛技を受け、私は淫蕩になり、心と肉体を切り離されて、メロメロになり、自分を忘れる程の恍惚感に達した。老人の果てしない愛の奥義に、私は破滅寸前まで追い詰められ、ついには彼の大規模攻撃を受けて絶叫した。
〇
四谷店から、愛住町に向かう通りにある寺院の庭で、枝垂れ梅の花が咲き、その下で水仙の黄色い花が微笑し、季節は春と言ってもおかしくない程、春めいて来た。その所為か仙石婦人、清水綾乃、皆川千香、青山和歌子といった馴染み客はじめ、通りすがりの婦人や独身女性や女子学生たちが、午前と午後にやって来て、私は休む間も無い程、忙しくなった。アパレルの仕事は、中国店を含め、確実に軌道に乗り、これからの発展が一層、楽しみになった。倉田社長は、そんな私と競うように、半導体業界の仕事を追求し、情報交換の為、沢山の人たちと面談したりした。今日は何時もより早く、夕方になる前に、事務所から出て行った。『日輪商事』に訪問し、井上部長、森岡課長に会い、その後、銀座で接待するという。私はふと不安になった。もしかして倉田社長は、私と中道係長の間を怪しいと疑っていて、その実態を把握しようと、彼の上司に会いに行ったのかも。そんな筈は無い。それは、ちょっと考え過ぎだ。倉田社長は仕事優先の人だ。多分、半導体業界に関する情報集めでしょう。いずれにせよ、倉田社長は仕事以外に小説や詩を趣味にしている人なので、自分の周囲の出来事が真実であるか虚偽であるか見分ける洞察力が鋭いので、私は自分の行動に注意を払わなければならなかった。だからと言って、今日、約束している中道係長とのデートをキャンセルする訳には行かなかった。私は夕方、仕事を終えると、新宿の『紀伊国屋書店』前に行き、中道係長がやって来るのを待った。定刻になると彼は待合せ場所に現れた。
「やあ、待たせてごめん。あんたの会社の倉田社長が森岡課長の所に来たので、会議室で今まで打合せしていたんだ。会議の後、銀座に誘われたが、井上部長と森岡課長に行ってもらって、逃げて来たよ」
「それはそれは御苦労さま」
「倉田社長はエネルギッシュで、60歳過ぎとは思えないよ。仕事熱心で気狂いじみてる。異常だ。そう思わないか」
「そうね。そういうところもあるわね」
私は、そう答えて、倉田社長に神経を使う、彼の顔を見て、くすりと笑った。
「で、何処に行く」
「今までの所で、食事をしましょう」
私たちは合流して、そんな立ち話をしてから、『隠れ家』に行った。掘り炬燵の席に案内され、私たちは、そこでビールで乾杯した。その後、和風料理を食べながら、仕事の事や、個人的なことを喋り合った。ジュエリー販売について、中道係長から説明があった。
「先日、サミジーワ社長から連絡が入り、来日の予定が少し遅れるらしい。ニュージーランドで、マグニチュード6,3の地震が起きて、知り合いが行方不明らしいんだ」
「まあ、大変」
「だから、契約が少し遅れる」
「そういえば日本人学生が20人近く生き埋めになり、何人もが亡くなったって、テレビのニュースで観たわ。怖いわね。地震って」
「そうだね。日本も地震大国だから、何時、大震災に見舞われるか分からないよ。気を付けないとな」
中道係長は、それから阪神大震災の話をした。その時は大変だったらしい。私は中道係長から説明を聞いて、日本が世界的地震大国であることを知った。私たちは、ジュエリーの話から地震の話などをして、『隠れ家』で8時半まで飲み食いし、その後、『マックス』へ行った。『マックス』の部屋に入ってからの、若い私たちの燃え上がりは早かった。シャワーを浴びてから、ベットに上がると、欲望を互いにむき出しにして、絡み合った。中道係長は何度かの私との交わりで、私の好きな体位を知っていて、私の両脚を手で掴み、V字型にして持ち上げ、自分の両肩に掛けた。すると私の腰が浮き上がり、私の両脚の付け根の陰毛に隠れた溝が大きく開口した。彼が、その開口部にある小さな先端の尖った赤い芽を、いじくると、私の開口部の奥から白い愛液が溢れ出した。彼は、それを目にすると興奮した。
「穴が、ヨダレを垂らして、ヒックヒックしているぞ」
「そんなこと言わないで」
「本当なんだもの」
「そうなこと言わないで、早く入れて」
私は恥ずかし気も無く、先を急いだ。すると中道係長は、はちきれんばかりに赤筋を立てている彼の珍砲を私の愛器に、ズブリと突き刺して来た。温かくぬめりきった彼の太い珍砲が、入ったり出たりを繰り返すと、私は、その快感に、つい声を上げてしまう。
「ああっ、すごい!」
彼の私への愛の繰り返しは、音楽に似た起伏と脈動があり、まさに生命のリズムと完全にシンクロしていた。夕方まで乾いていた私の空洞は、自分で作り出した愛液で海のように満たされた。その愛液の沼に嵌まり込んだ彼の珍砲は、沼から抜け出そうと沼の中でもがき、ついに耐えられず、爆発した。その彼の爆発による砕け散るような飛散の感覚と同時に、彼の爆発の飛散物が、爆発を受け開放的になった私の愛器に、緩やかにジーンと吸収された。私は、その吸収の快感に、うっとりして、部屋の天井を見詰めた。ミラーボールが回転している。私たちは、これからどうなるのでしょうか。
〇
金曜日、春一番でしょうか、心地よい風が吹いて、温かな日となった。私は明るい気持ちになり、アパレル店の模様替えなどをしながら、お客の相手をした。冬物を少しずつ取り外し、鮮やかな春物に入れ替えると、店内は一層、モダンで清々しい雰囲気になった。なのに倉田社長は正午近くから、仕事をせず、携帯電話のフラップを開けて、誰かとメールのやりとりに夢中だった。そんな倉田社長を目にして、私は文句を言いたくなり、言葉を投げかけた。
「社長。仕事しないで、誰とメールをしているの?」
「誰でも良いだろう。そんなに難しい顔をするなよ」
「だって、仕事をしないんだもの。誰?雪ちゃん、冰々ちゃん、玲ちゃん」
「いや。別の人」
「新しい人」
「まあ、そんなところだ」
倉田社長は平然と答えた。相手は誰なのか。私は、その見知らぬ女に嫉妬した。何処で知り合ったのか。最近、知り合った銀座の女か。私は自分で自分が理解出来なかった。斉田医師や中道係長と付き合っていながら、倉田社長が他の女と付き合っていることが、気になった。この心理はどういうことか。自分勝手な気がした。また倉田社長の事も自分勝手だと思った。
「社長って、本当に女好きなのね」
「そう思うだろうが、実は、そうでは無いんだ。男は純真だ。なのに女は男に色情を起こさせる。女は悪魔と2人連れなんだ。その昔、女は樹の上にいた蛇にそそのかされたんだ」
「そそのかされた?」
「そう。ある時、男と女が樹の下で、赤い実を見上げていると、蛇が現れ、女に訊いた。〈神様はどの樹から実を取って食べてはいけないと言ったのかね?〉すると女は答えた。〈真ん中にある赤い実を食べると死んでしまうので、食べては駄目だし、触ってもいけないよって〉それを聞くと、蛇は女の耳元で囁いた。〈神様は、真ん中の赤い実を食べると、神様のように善悪が分かるようになるから、お前に食べていけないと嘘を言ったのだ。だからお前は食べたって死なないし、むしろ神様のように善悪の見分けが出来る女にになるんだよ〉蛇から、そう教えられた女は、蛇の言葉に騙され、真ん中の樹の禁断の果実を食べてしまったんだ」
「まあっ。それでどうしたの?」
「女は赤い実を食べたことにより、肉体の中に自主性をもって行動出来るという種を植え付けられたんだ。赤い実は欲望を生じさせる禁断の実だったんだ。彼女が体内に呑み込んだのは欲しいと思ったら、それを制御出来ない欲望の果実だったんだ。女の身体の中には、その欲望の悪魔が棲んでいるのさ」
「女が食べて、男はどうしたの?」
「女に誘われて、後から食べたらしい。だから男を誘うのは何時も女の方なんだ」
倉田社長は小説の創作を趣味にしているだけあって、その説明は物語的であり、宗教的だった。本当なのか。倉田社長が言うように、本当に女は罪深い悪魔なのか。それは男の勝手な判断のような気がする。私たちは互いに互いの事を思い合っているのに、相手の事を信用していなかった。嘘をつく女と真実を語らぬ男。それは倉田社長の口癖だった。優しくて理知的で爽やかな倉田社長が、何故、そんな考えをするのか、私には理解出来なかった。私が尊敬し期待している気持ちを知りながらも、頑ななまでに私から距離を取ろうとする彼の振舞いに、納得が行かなかった。その倉田社長は、夕方が近づくと、客先と打合せがあるからと、今日も早めに出かけて行った。客先との打合せで無く、メールをやりとりしていた新しい女とのデートかも知れなかった。繊細な彼には、私の事を気にして、新しい女とのデートを秘密にしている可能性があった。女は狡賢く、男に嘘を隠し続け、気が向くと男を落とし穴に導く。そんな狡い女の落とし穴に純情な倉田社長が,はまるのではないかと、私はとても気になり、心配になった。そんなことを妄想していると、清水綾乃がやって来た。
「いらっしゃいませ」
「ああ、良かった。開いていて。まだ良いかしら」
「どうぞ、どうぞ」
そう言って私が彼女を中に招き入れると、彼女は午前中に飾った春物のカーディガンをを手に取り、私に訊いた。
「どう?」
「清潔そうなライトグリーンで、お似合いです」
「じゃあ、これいただける」
「はい。有難う御座います」
私は、綾乃が脱いだカーデーガンを包装し、代金を頂戴した。それから、彼女は私をからかうように倉田社長の事を訊き、楽しそうな足取りで、立ち去って行った。私は彼女に深く頭を下げてから、店のシャッターを降ろし、帰路に就いた。四谷三丁目駅から新宿駅に行き、デパートの地下で買い物をして、『ハニールーム』に向かった。今日は斉田医師より、私の方が、『ハニールーム』に早く着いた。私は女房気取りで夕食の準備をした。とは言っても、デパートの地下の食料品売り場で買って来た食べ物を、テーブルの上に並べるだけの作業だった。刺身盛り、海老とキスの天ぷら、肉ジャガ、春巻き、お新香などを並べ、浮き浮きしていると、斉田医師が現れた。その斉田医師が背広からパジャマに着替え、テーブル席に合い向かいで座ったところで、私たちはワインで乾杯した。
「乾杯」
軽くグラスをぶつけ、カチリと音を鳴らして私たちは微笑し合った。何に対しての乾杯なのか、確認するまでも無かった。それは、これから始まる夜の演技の開幕の合図だった。私たちは食事を平らげ、飲み終わると、ベットに移動し、直ぐに裸になった。私が下になり、彼が上から診察した。乳房から谷間までの確認を済ませると、彼の暴れん坊を私の中に突っ込んで来た。後は春の夜の嵐。彼の物は強くはまって離れない。
〇
日曜日、桃園のいないマンションの部屋に1人でいると何故か憂鬱な気持ちになった。最近、倉田社長に素っ気なくされている不満と寂しさとが交錯して気分がスッキリしなかった。あんな年寄りに相手にされなくても気にすることは無いのに。彼の本心は私の事が好きで好きで堪らないのだから、放って置けば良いのだ。自分から動かず、ゆったり余裕を持っていれば良いのだ。追いかけようとするから苦しくなる。追いかけたりするから、逃げられたり、嫌われたり、捨てられようとしたりするのだ。じっと待っていて、傍に来たら、捕まえ、凭れ掛かっていれば良いのだ。私は、そんな男女の駆け引きの方法を考えたりしながら、1人、ぼんやり、部屋の中で時を過ごした。このようにして過ごせる部屋は、私にとって、安心して身を解放し、くつろげる隠れ場所であり、別天地といえた。特に桃園がいない時は、のんびりとゆったりした気分で羽根を伸ばせた。私は午前中、溜まっている洗濯物を洗濯機で洗ってベランダに干し、部屋掃除をした。昼には焼きそばを作り、それを食べながら、NHKののど自慢番組を観て楽しんだ。面白い出場者がいて笑っていると、突然、部屋のドアがノックされた。何故、チャイムを鳴らさないのか、覗き穴から外を見ると、何と大山社長だった。何事かあったのかと、ドアを開けると、大山社長は部屋の中を覗いて私に訊いた。
「桃ちゃんは?」
「出かけています」
「何時頃、帰って来るかな?」
「さあ」
私は彼女が、関根徹の所に昨日から行っていて、夕方近くに帰って来ることを知つていたが、空っとぼけた。すると、大山社長はニヤリと笑って言った。
「どうしようかな。じゃあ、久しぶりに俺とやろうか」
「何、言ってるのよ。駄目よ」
そう答えた時には、もう私は大山社長に羽交い絞めにされていた。私は大山社長を睨みつけて言ってやった。
「こんな所でしているのを桃園か誰かに見つかったら、直ぐに芳美姉さんに知られてしまうわよ」
すると大山社長は渋々、羽交い絞めを解いた。しかし、一旦、燃え上がった欲望を抑えることが出来なかった。
「じゃあ、『パラダイス』に行こう」
「駄目よ」
「たまには良いじゃあないか。なっ、愛ちゃん。普段、親切にして上げているじゃあないか」
「分かったわ。30分後に『パラダイス』に行きます」
私の同意を得ると、大山社長は小躍りして部屋から出て行った。私は、どうかしている。彼を追い出した後、行かなければ良いのに、余所行きの洋服に着替えて、約束の場所に行く事に心を躍らせた。私の身体は獣なのか。男を欲しがる私の身体は倉田社長が言ったように罪深いものなのか。欲望の悪魔が潜んでいるというが、本当かもしれない。今は情念に従うしかない。私は女らしく綺麗な格好をして、歌舞伎町に向かい、『パラダイス』の前で、待っている大山社長と合流した。芳美姉に対する背徳の気持ちはあったが、大山社長の欲望を満たしてやることも、普段、お世話になっている奉仕と思えた。私は部屋に入ると大山社長より先にシャワーを浴び、バスタオルで上半身を包み、ベットに横になって、大山社長がバスルームから出て来るのを待った。その大山社長は直ぐにバスルームから出て来た。熊のように毛深い、毛むくじゃらの大山社長は股間の茂みから、昂奮して亀頭を光らせている肉棒を突っ立てて、ベットに来ると、両手を広げ、私の上に覆い被さって来た。そして私の両脚を開き、その奥に頭を突っ込んで、何時ものように割れ目の襞を長い舌でペロペロと舐めた。彼の白熊のような頭が、私の下腹部の下で、ゴソゴソ動くのが、堪らなく刺激的だった。大山社長は執拗に舐めまくった。
「いやあっ」
私が声を上げると、大山社長は更に舐めてから頭を上げ、いやらしく言った。
「何度、見ても良い物をしている。これでは、どんな男でもイチコロ。虜に出来るな」
私は聞こえない振りをした。そして硬く屹立している大山社長の肉棒に私の手を添え、自分の中に誘導した。大山社長が、それに合わせて、腰を動かし、上から奥に突き進んで来た。その熱く燃えた彼の物が、私の愛器の奥底に突き当たり、火のように燃えて突撃し、刺激するのが堪らなかった。大山社長は肉棒を抜き差ししながら、私に言った。
「気持ち良いか、愛ちゃん。気持ち良いか、愛ちゃん」
その問いに私は答えた。
「うん。良いよ。秀ちゃん。気持ち良いよ、秀ちゃん」
その繰り返しはまるで相聞歌だ。その言葉を繰り返していると、頭の中は快感で曖昧になり、忘我状態に近づいた。
「もう駄目!」
「俺もだ」
そう叫んで、大山社長の方が私より先に熱い物を放って果てた。私たちは最高潮を味わってから、少し休んで、『パラダイス』を出た。外はもう、すっかり暗くなっていた。夜風が私を罰するように私の頬を打った。
〇
2月の最終日、朝から雨。こんな雨の日に出勤するのは憂鬱で辛かったが、月末の伝票整理など、やらねばならぬ事が色々あるので、雨の中、我慢して会社に向かった。30分足らずで、『スマイル・ジャパン』に到着し、アパレル店のシャッターを上げた。今日は、お客が来ないだろうと思っていると、隣りの『仙石ビル』のオーナー、仙石婦人がやって来た。彼女は手に新聞を持っていた。
「お早う御座います。この新聞、もし良かったら、購読してくれないかしら。これは配達の余りなの」
彼女は、そう言って傘をたたむと、笑いながら店に入って来て、洋服をあさった。彼女はハンガーに掛けかっているカーディガンを選びながら、振り返って言った。
「無理しなくても良いのよ。愛ちゃんが無理だったら、社長さんに紹介してみてよ。良い新聞だから」
「は、はい。社長に話してみます」
「有難う。これ良いわね」
彼女が選んだネイビーブルーのカーディガンは、色白で、ぽっちゃりした仙石婦人に、とても良く似合っていた。
「はい。とても似合っています。色合いも上品で、素敵です」
「これを着て、花見に行くのも良いわね」
「花見ですか。もう、そろそろですね。楽しみですね」
「ああっ、どうしようかしら。人に買われたら、後悔するから、買っちゃうわ」
仙石夫人はネイビーブルーのカーディガンが気を入って、直ぐに買うことを決断した。私はそのカーディガンを綺麗に包装して、会計を済ませ、仙石婦人に渡した。彼女は、そのカーディガンの入った『SMILE』の布袋を大切そうに抱きかかえると、店先で傘をさして、またねと言った。私は傘をさして立ち去って行く仙石夫人に頭を下げた。それから在庫チエックや売上表の作成、通勤費の精算書などをまとめた。そんな作業をしていると、月末の貯金通帳の付け込みの為、銀行に立ち寄って来た倉田社長が出勤して来た。彼は私が伝票整理をしているのを目にすると、同じように伝票整理を始めた。そうこうしていると、あっという間に正午になった。雨の日なので、倉田社長は『ドナウ』に行かず、事務所で食事をすると言った。そこで私は傘をさしてコンビニへ行き、おにぎりとカップラーメンと野菜サラダを買って来て倉田社長と一緒に食事をした。午後になると倉田社長が、通勤費と食事手当の精算を現金でしてくれた。給料は私の銀行口座への振り込みだが、通勤費と食事手当は現金支払いなので、何となく儲かったようで、嬉しい気分になった。と、突然、私に質問した。
「この新聞はどうしたの?愛ちゃん、読んでいるの?」
「あっ、この新聞。言うの忘れてた。仙石さんが購読してくれないかって」
「お隣りの仙石さんが?」
「購読して欲しいのですって」
倉田社長はちょっとしかめっ面をした。でも直ぐに笑顔で答えた。
「分かった。お互い様だ。会社で契約し、購読しよう」
倉田社長の即決に私は、びつくりした。会社の仕事に関係ない新聞など、購読する筈が無いと思っていたのに信じられないことだった。私は倉田社長に確認した。
「浩子さんに反対されない?」
「大丈夫だ。彼女は私以上に寛大だ」
私は嬉しくなって、そのことを仙石婦人に伝えに行った。すると彼女は喜んだ。
「有難う、愛ちゃん。じゃあ、店で社長さんと待ってて。直ぐに行くから」
私は事務所に戻り、新聞購読を仙石婦人に伝えたと報告した。その報告が終わって、数分も経たないうちに、仙石婦人が書類とお菓子を持ってやって来た。彼女は倉田社長に購読新聞の宣伝をして、事務所のテーブルの椅子に腰かけ、契約の手続きをした。そして仙石婦人が契約書を手に、喜んで帰って行くと、倉田社長が小さな声で私に言った。
「この新聞は宗教新聞だが、害になる新聞では無い。近所付き合いだ」
その言葉で、倉田社長が、しかめっ面を何故したのか、私にも分かった。倉田社長は仏教信者で、人は皆、等しく、尊い存在であり、殺生をしてはならず、孤独に耐えなければならないという考え方を持っていた。それが故に、彼は幸福と福祉を発信し、商材ビジネスを拡大しようとする宗教団体の新聞を毛嫌いしていた。でも近所付き合いを重視し、購読してくれることになり、私は嬉しかった。そこで夕方、倉田社長に誘いをかけた。
「今日、新聞を購読することを決めてもらって、本当に良かったわ」
「彼女たちにもノルマがあるのだろう」
「これで、また仙石さんと親しくなれるわ。雨が降つてるけど、これから行きますか?」
「いや。今日は止めておく。行く所があるんだ」
私は今日も冷たく断られた。だが、落胆することは無かった。私の気持ちを汲んで、仙石婦人に対応してくれた。これで良いのだ。倉田社長は優しい人だ。倉田社長には浩子夫人という愛妻がいて、大切な家庭があるのだから、追ってはならない。
〇
冷たい風の中にも淡い春を感じる3月になった。私は先月、アパレルの売上が伸びず、中国店に大きく差をあけられたが、今月は売上げを沢山、伸ばそうと、張り切って出社した。ショーウインドウのマネキンの衣装を、春めいた物に着せ替えたところに、倉田社長が出勤して来た。彼は私が淹れて上げたコーヒーを飲むと、直ぐにパソコンに向かい、今日も、何となく余所余所しかった。彼が二重人格者であるからだけが理由ではあるまい。『スマイル・ジャパン』は小さな会社であるが、いろんな情報が入って来て、それに対応する内外へのメール返信や、FAXの受取りなどに目を通し、倉田社長は今日も実に忙しそうだった。特に『台湾ミラクル』との半導体用銅張積層板フィルムについての技術打合せに苦労しているみたいだった。倉田社長がそんなに忙しくしているというのに、昼近くになると、『スマイルワークス』の金久保社長が現れた。『スマイルワークス』が中国から輸入している革靴の輸入関税割当の書類を取りに来たのだという。倉田社長は正午になると、その金久保社長と一緒に、『ドナウ』に昼食に出かけて行った。私は皆川千香のいるコンビニで、おにぎりとワンタンと野菜サラダを買って来て1人で食べた。そこへ隣りのオフィスの青山和歌がやって来てグレーのジャケットを買ってくれた。彼女は事務所を覗き込むようにして、私に訊いた。
「今日、社長さんは?」
「会社の人と、外に食事に行っています。社長に何か?」
「姿が見えないから、どうしているのかなと思って」
「元気ですよ。相変わらず」
私が、そう答えると、彼女も私に合わせて愛想笑いをして、品物を受け取り、軽く会釈して礼を言った。
「どうも有難う」
「こちらこそ、何時もお買い上げいただき、有難う御座います。青山さんに、また買っていただいたと社長に伝えておきます」
私は、そう答えて、ガラスドアの外まで出て、隣りのビルの1階に戻って行く彼女を見送り、深く頭を下げた。そして店内に戻ってから、良からぬことを想像した。この間、倉田社長が言っていた、新しい人とは、もしかして、青山和歌子かもしれない。中年だが、ちょっと美人だ。背丈が高く細っそりしていて、柔らかさと潤いを漂わせ、肌艶も良く、ブルーのワンピースがとても似合う人だった。倉田社長は何時の間に、彼女と関係を持つようになったのかしら。私の想像は妄想に変わり、やがては年上の美人への嫉妬へと変わった。でも嫉妬したところでどうすることも出来ない。嫉妬は感情の無駄使いだ。止めておこう。そんなことを考えている所へ、倉田社長が1人で事務所に戻って来た。私は不思議に思い倉田社長に訊いた。
「金久保社長さんはどうしたの?」
「うん。『ドナウ』で中林と一緒に食事をしてから、2人で靴の関税割当手続きに、湯島の経産省の分室に行ったよ」
「そうですか。『スマイルワークス』にとっては、大切な仕事ですものね」
「確かに、彼らのメイン収入は、靴輸入の仕事だからな」
倉田社長は、『スマイルワークス』の人たちを、ちょっと見下したような発言をした。そこには長年勤めて来た会社を定年退職し、就職先も無く右往左往した挙句、『スマイルワークス』にしがみついているサラリーマンの成れの果ての仲間を笑っているような態度が見受けられた。倉田社長にとって、60歳で定年を迎え、社会の一線から退き、社会に必要とされない人間になることは、許容出来ないことだったらしい。彼は過去の栄光にしがみつき、自分はまだやれるという社会貢献への意欲とプライドを漲らせていた。他人の意見など聞かず、自分の考えを貫き、過去の経験を活かし、新しい仕事を生み出す努力を積み重ねて来た。その結果、『スマイル・ジャパン』を設立し、今や海外との取引を拡大し、アパレル事業にも着手した。私は、そのパワーに感心し、倉田社長にお世辞を言った。
「社長は靴の仕事など、片手間ですものね。世界を相手にして輸出入の仕事をしているのですから」
「そう言っても、頑張るにも限界がある。人間の寿命には限りがあるんだ。金久保社長の話によれば、彼の弟さんは、癌で、もう余命幾許も無いという。今日『ドナウ』で、金久保や中林と話したんだが、私たち高齢者に残された日数は、どう頑張ったって、3千日から4千日程度しか無いんだ」
「まあっ。そんな話を・・・」
「そうなんだ。だからお互い元気なうちに女房と楽しく過ごそうということで、意見が一致したよ」
倉田社長は軽食喫茶店『ドナウ』で、金久保社長や中林社長と話したことを私に喋り終えると、ただひたすら半導体関係の仕事に取組んだ。彼は何故か、追い詰められているような雰囲気だった。金久保社長の弟の話を聞いて、人生の黄昏を想像しているみたいだった。これでは彼を誘えない。彼は浩子夫人との時間を、1分でも多く持たなければならない事に気付いたのかもしれない。浩子夫人は倉田社長に相応しい、とても優しい人だ。同様に倉田社長も浩子夫人に相応しい素敵な人だ。
〇
3月3日、木曜日。この日の日本は女子の人形遊びと桃の節句を結び付け、雛人形を飾って春を祝うという雛祭りの日だった。この日に飾られる雛人形は女子の災厄の身代わりをしてくれるという厄除け的意味合いを持っていて、女子にとって1年の中でとても大事にしている記念の日だった。女子の健康と成長と仕合せを願う大切な日だという。そんなことを知って、私は明るい気分で会社に向かった。北風が、ちょっと寒いが、空は朝から晴れ渡っていた。私は『スマイル・ジャパン』に入社して、アパレル店を四谷にオープンしてから、間もなく1年を迎えるに当たって、何としても新しい企画、ジュエリー事業を立上げなければならないと思った。アパレル店をスタートさせた頃は、自分の居場所が危ないと心配したが、これまで何とかやって来られた。中国店への輸出が私を援助してくれた。そんなことを思ったりしながら、会社に着くと、まず、アパレル店のシャッターとガラスドアを開け、事務所内にバックなどの手荷物を置いた。それから隣りの仙石婦人がポスティングした宗教新聞をレターボックスから取出した。別に手間のかかることでは無いのに、何故か一つ仕事が増えたような感じがした。お湯を沸かしながら私は、その宗教新聞に目を通した。そこには人生の生きるヒント、助け合い、安心安全、清く正しく、幸福な生活などについて、諸々の事が書かれてあった。私が、それらを読んでいると倉田社長が、出勤して来た。私が新聞を読んでいるのを見て、倉田社長が言った。
「お早う。何か良い事、書いてあるかね」
「お早う御座います。成程と思うことが書いてあります」
「どんな?」
私は倉田社長に質問され、新聞に書いてあった文章を読み上げた。
「禍と福は紙一重。病苦は、それをきっかけに家族に固い絆をもたらす。お金儲けをした人は、そのお金を目減りさせてはならないと、絶えず、不安に苦しむですって」
「成程」
「でしょう」
私たちは笑い合った。それから互いに仕事に取り組んだ。私は、中国店からの売上金額と販売商品の報告を受け、四谷店と中国店の衣服の仕入れを検討した。倉田社長はパソコンに向かい、先月までの『スマイル・ジャパン』の業績数値をグラフ化して追いかけた。そして、昼には珍しく、私と一緒に、事務所でコンビニ弁当を食べた。その昼食が終わって、しばらくすると、倉田社長の携帯電話が鳴った。倉田社長は立ち上がって相手と話した。
「倉田です」
相手が誰なのか私には読めなかった。倉田社長は相手の話をフンフンと聞いて、最後にこう言った。
「じゃあ、5時に池袋で会いましょう」
私は相手が誰であるか知りたかった。そこで誰からの電話だったのか、倉田社長に確認した。すると倉田社長は『塚本機械』の塚本社長からだと答えた。塚本社長は台湾企業の顧問をしていたのだが、日本に帰って来たのだという。私は電話の相手が、倉田社長が説明する塚本社長だとは思えなかった。何故か青山和歌子のような気がした。そんな余計な考え事をしていると、アパレル店に可愛い女の子、4人が入って来た。私はニコニコして、4人を迎えた。彼女たちは、勝手に喋りながら、洋服を選んだ。私はそのうちの1人に声をかけた。
「学生さんですか?」
「はい。彼女が、可愛い洋服の店があるからって」
「まあっ。有難う御座います。勉強、大変でしょう」
「はい。看護の勉強をしていて、大変です」
2人で話していると、もう1人、活発な女子大生が、会話に加わって来た。
「大変だけど、時間を上手く活用して、遊ばないと、損するって、彼女に言っているのよ」
「まあっ、そうなの」
「大学生活も、あと2年じゃあない。その間、思い切り、青春を満喫しないと、残りの人生が勿体ないと思うの。だから、おしゃれして遊ばないと」
私は、そんな彼女たちを見て、S大学時代を思い出した。若さって素晴らしい。彼女たちは思い思いの品物を選び、洋服を買って、ルンルン気分で帰って行った。騒がしい彼女たちが店から去って、私が事務所の机に座ると、倉田社長が言った。
「彼女たち、多分、K大学の看護部の学生だよ」
「まあっ、そうなの」
「多分、そうだよ。じゃあ、これから、出かけるからね」
倉田社長はネクタイを締め、背広を着て、黒い鞄を手にして、出かける準備を始めた。そこで私は倉田社長に意地悪な声をかけた。
「私、社長を待ってますから」
「塚本さんとの打合せ、どの位かかるか分からないけど」
「でも待っています」
「じゃあ、途中で電話するよ」
倉田社長は面倒臭そうな顔をして、事務所から出て行った。倉田社長がいなくなってから、何人かのお客がアパレル店にやって来て、ミニスカートやハイヒールを買ってくれた。夕方近くには、細井真理から電話が入った。
「もしもし、愛ちゃん。元気にしてる?」
「あっ、真理ちゃん。私、まあまあ元気よ」
「久しぶりに会いたいと思って、電話したの。来週の水曜日の夕方、時間、あるかしら?」
私は、事務所のカレンダーを見て答えた。
「来週の水曜日。大丈夫よ」
「じゃあ、その時、いろいろ話すわ」
真理は私と約束すると、嬉しそうな声で、電話を切った。私はそれから四谷店のシャッターを降ろし、鍵を閉めて、地下鉄の電車に乗り、新宿に移動した。私は新宿三丁目駅で下車し、『星乃珈琲店』に入り、コーヒーを飲み、軽く食事をし、携帯電話機をいじりながら、倉田社長からの連絡を待った。その倉田社長から、8時に『シャトル』で合流しようというメールが届いたので、私は『星乃珈琲店』から出て、『サブナード』へ行き、洋服を見たりして、時間調整した。午後8時過ぎ、私たちは『シャトル』前で合流し、ホテル内に入り、抱き合った。今日は雛祭り。倉田社長は優しい顔を私の顔に近づけキッスした。そして私の愛器にいきり立つ矛先を挿入しながら、雛祭りの歌を囁くように唄った。
「今日は楽しい雛祭り」
膨張し、赤筋を立て硬直した物が、柔らかに濡れた割れ目に喰い込み、ゆるやかに、私を焦らす。私は彼が軽く抜いたり入れたりするのを下から見詰め、高揚し、堪らなくなる。彼の上下の軌道運行が私に快感をもたらす。私は、その快感を必死になって堪えるが堪え切れない。
「社長。もう駄目。気持ち良すぎる」
私は仰け反りながら絶叫し、エクスタシーに達し、彼の愛に溺れた。そして彼の下でグツタリとなり、目を瞑った。快感が続く。気が遠くなりそう。今日は楽しい雛祭り。
〇
日本は平成21年(2009年)9月から民主党政権になり、官僚たちの協力が無く、前向きな政策を考案出来ない国家になっていた。自民党政権が進めて来た八ッ場ダムや川辺川ダムの建設事業などを、ことごとく中止するなどして、企業も民間も活力を失い、不況が深まった。その為、国民の不満がつのり、政権交代の失敗が声高になり始めた。このようなことは日本だけでは無かった。北アフリカのリビアでも、不況への不満から民主化に向かっての内戦が始まり、今年の3月になり、それが激化し始めた。この中東での民主化の暴動は、1月にチュニジアで起こった。そのきっかけは貧しい大学生が、生活に困窮し、青空市場で、農産物を無許可で売ろうとして、警察に咎められ、公衆の面前で笑い者にされた為、民主化を訴え、焼身自殺をしたことから始まった。これによりデモや暴動が拡大し、ベンアリ大統領政権が崩壊した。この民主化運動はチュニジアの国花が、ジャスミンであることから、ジャスミン革命と名付けられた。その民主化運動は隣国、エジプトにも波及し、2月にはエジプトのムバラク大統領が国外に逃亡した。そして、その民主化の炎は、中東各国に燃え広がり、リビアでは2月7日、反政府デモが起こり、強権的な統治を行って来たカダフィ大佐への独裁に反対する武装闘争に発展した。リビア国民は独裁政治による貧富の格差への不満を爆発させ、カダフィ大佐政権を退陣に追い込み、新国家構想を実現しようと懸命になった。本来、平和の為の帰依を中心とするイスラム(平和教)である筈だが、その共存共栄の宗教観は大きく変化し、民主化という個人権利の要求を望む若者たちに蔓延した。その若者たちの動きは、サウジアラビア等の隣国のみならず、今や中国にも影響し始めているらしい。私の母国、中国でも、この革命の動きが、中国共産党の一党独裁を打倒して、民主化を呼びかける運動となっているという。これに対し中国共産党政府は、この『茉莉革命』の不満封じに躍起になり、警戒を強化し、厳戒態勢を敷き、多くの人が連行されているという。日本や欧米の知識を吸収し、資本主義的経済発展を伸長させている中国と民主化されていない不均衡の中国との矛盾は、これからどうなって行くのかしら。私は自分の家族が暮らす中国の事が気になって仕方なかった。日本で暮らして分かった事だが、中国は鄧小平の改革開放政策により、日本や欧米と交流し、急発展し、経済的にも世界のトップクラスの仲間入りをした。だが一方で、中国共産党は国家主権と権益を守る為、軍事力を強化し、国民の民主化への願いを封じ込める共産党独裁政権維持を更に強化している。このような中国は民主国家から見れば、まさに粉飾国家だ。倉田社長も最近、民主化運動の動きが再燃して来た中国のことを気にしていた。彼は私に、こう言った。
「私は今、揺れ動いている中東の民主化運動が中国に波及するのではないかと心配している。天安門事件のような革命が、再び起こったら、中国は、かっての昔、共産党と国民党が争ったように内戦状態になる」
「内戦に?」
「そうだ。それは日本が大陸から退いた時の混乱状態の繰り返しだ」
「そうしない為には、どうすれば良いのかしら」
「今の所、中国共産党員の自尊心を傷つけないように、中国国民が知恵を絞り対処するしかあるまい。中国共産党員に民主国家が国民の総意の上に成り立っているいることを学ばせ、それが世界平和に如何に有効であるかを悟らせることだ」
「でも、そんなことが出来るかしら」
「兎に角、中国が世界各国から信頼され、健全に発展する為には、君たち外国生活を経験している者が、その知識と知恵を中国国民に教授することだ。そうすれば中国は世界の一等国になれる」
私は倉田社長が、中国の事を心配するのが不思議で、不思議で、何故なのか分からなかった。私は倉田社長に訊いた。
「社長は何故、中国の事を、そんなに心配するのですか?」
「それは私の知る愛する人たちのいる国だからだ。今や私たち人類は、自分の国だけが豊かで安定し、栄えれば良いというような狭量は通用しない時代になって来ている。一衣帯水という言葉を中国国民も日本国民も実現すべきだと思っている」
倉田社長は、以上のような考察を私に得々と喋り、それを喋り終えると、黒のオーバーコートを羽織り、黒のパナマ帽子を頭に乗せ、黒革のカバンを手に銀座へと出かけて行った。埼玉にある『戸田加工紙』の角田社長と銀座で会うのだという。私は銀座へと出かけて行く倉田社長を見送つてから、今日の売上整理をして、アパレル店のシャッターを降ろし、『ハニールーム』に向かった。『ハニールーム』に着いて、食事の準備をしながら斉田医師に、中国の『茉莉革命』の事を話したが、斉田医師は世界の動向などについて、全く興味を示さなかった。セックスに貪欲な彼は、私の身体を味わう事ばかりを考えていて、世界がどうなっても、構わない風だった。
〇
三寒四温などといって春の到来を期待していたのに、3月7日、月曜日、朝から雪。それも大きなボタン雪なので驚いた。私は防寒の為、何時もより厚着をして、何時もの時刻に四谷三丁目駅で下車し、『スマイル・ジャパン』に出社した。店の前の舗道には、白い雪が5センチ程、積もっていた。私はアパレル店のシャッターを開け、事務所内に入り、直ぐにエアコンの暖房スイッチを入れ、湯沸かし電気ポットのコードを電源に繋いだ。それからアパレル店の外に出て、降り積もる雪をプラスチックのゴミ取り道具で、舗道脇に片付けた。そこへ吹き付ける雪を傘でよけながら、倉田社長が出勤して来た。
「お早う。凄い雪だな。後は私がやるから、愛ちゃんは店に入って。入って」
「でも」
「良いから。良いから。雪かきは子供の時から、大好きなんだ」
倉田社長はそう言うと、私からプラスチックのゴミ取り道具を取り上げ、私を店内に押し込んだ。そして作業服に着替えると、両手に軍手をはめて、分厚いベニア板を使って、店の前の雪を綺麗に除いてくれた。雪が除かれ、濡れて黒く光る店の前の舗道を見て、私は倉田社長に礼を言った。
「有難う御座います。綺麗にしてくれて」
「ちょっとした運動になったよ」
「お疲れ様。こんな日はお客が来ないかもしれないけど」
「だからこそ、店の前を明るくしておくべきなんだよ。油断していたら、折角、やって来たお客が、店の前に雪が積もっているから、店が開いていないのだと早合点して、帰ってしまうことだってある」
それから倉田社長は堺屋太一の作品『油断』の解説をして、油を断ってはならぬという油断の話をしてくれた。会社にとって仕事も油のようなものであって、途絶えさせてはならず、アパレル店も、何時もお客を招き入れられるよう開けておかなければならないという油断に注意する理論だった。その話を終えると、彼はパソコンに向かい、客先とやり取りし、客先に電話したりした。その後、コーヒーを飲み、資料作りに夢中になった。仕事を途絶えさせてはならぬという、彼の思想は、その態度に現れていた。私はお客が来ないので、中国1号店と2号店が売上げた商品チエックをした。旧正月があったことから、いろんな種類の衣服が売れていた。雪は止まない。雪が降り続いた。こんな日に中道係長とデートをするのは気が進まなかったが、ジュエリーの仕事を成功させたいので、今日のデートを変更しようとは思わなかった。午後になると、珍しくあの女装をした徳永法子が来店した。彼女はいろいろ品選びしながら言った。
「こんな日に、家の近くにお洋服のお店があって、頼りになるわ。これ、暖かそうね」
「はい。とても暖かいです。私も家で着ています」
「そう。じゃあ、着てみるわ」
彼女は、そう言って、ボアのフード付きコートを持って試着室に入った。彼女には、ちょつと、きついのではないかと心配したが、その通りだった。
「ちょっと小さいわ」
「では、大きいサイズ。フワフワにしてみては如何でしょう」
「ああ、これね。色もブルーで良いわね」
彼女は再び試着室に入り、着心地を確認した。そして、私に確認するまでも無く気に入って、間髪を入れず、買ってくれた。私は彼女に感謝した。
「雪の中、買いに来ていただき、誠に有難う御座います」
「こちらこそ、有難かったわ。これ着て、雪の中、2丁目まで歩いて行くわ」
彼女は低い声で、そう言って、買ったばかしのフード付きコートを着て、雪の中、新宿方面へ向かって行った。彼女が去ってから、倉田社長が言った。
「彼女、最近、テレビに時々、出るようになって、金回りが良くなったみたいだな」
「そうかしら。そうだったら、うちの店になんかに来てくれないと思うわ」
「人間は急に生活を変えられない生き物なんだ」
倉田社長は、そんな話を私としてから、4時半になると、上野へと出かけて行った。『森木商会』の森木社長とバングラデシュのお客と会うのだという。私は倉田社長を見送ってから、定刻まで事務所にいて、夕方、地下鉄の電車に乗り、新宿三丁目駅で下車し、その後、『紀伊国屋書店』前に行き、中道係長と合流した。まず、以前に入ったことのあるフランス料理店『ピストロ・サヴァサヴァ』へ行った。そこで、前回、美味しかった仔羊骨付ロースの炭火焼などを食べながら、ワイングラスを傾け、スリランカの『ラトナ』のジュエリー販売の話をした。『ラトナ』のサミジーワ社長の来日予定は、まだはっきりしないが、必ず来ると、中道係長は私に報告した。また、近いうちに私を自分の両親に紹介したいと話した。そんな話をして、満腹になってから、私たちは『マックス』へ行った。部屋に入ると、私は先に裸になり、シャワーを浴びた。私がバスタオルを身体に巻き付けてバスルームから出ると、彼はテレビでビデオを観ていて、もうすっかり始まっているテレビの中の場面に興奮し、シャワーを浴びないまま、私をベットに引きずり込み、強引にしがみついて来た。シャワーも浴びず、テレビを観ながらやる積りなの?彼は自分勝手だった。テレビに映るビデオ画面と同じ行為に及んだ。私たちはテレビ画面に合わせ、もつれ合い、私が下になり、彼を受け入れた。彼は私の乳房に唇を這わせ、弄びながら、2本の指で、私の陰毛の下の真ん口を弄り、そこが、じっとりと密液に濡れて来るのを確認すると、自分の限界に近い程にギンギンと膨張した欲棒を真ん口に挿入して来た。そして訊いた。
「気持ち良いか?」
彼が当り前の事を訊いて来たので、それが一層、気持ち良さを高めた。彼の欲棒を挟み込んでいる気持ち良さと、彼の腰の律動は、私の視床下部を刺激し、女の内なる本能を呼び起こし、私の真ん口内を熱く溶ける樹液でいっぱいにした。私は、その横溢する液体の荒波の中に漂う船になっていた。彼の律動の波が、前に突き進んで、荒波となって押し寄せて来ると、船は自分が作り出した粘液を使って揺れ動き、その侵攻波を防御した。船乗りは、自由自在に上下する船の上で、絶頂に達した。
「ああっ」
彼は耐えることが出来なくなり、堪えていたものを船の中に吐き出して、ガクンとなった。そして2人の荒波での航海は終わった。それから荒波が静まるまで、ぽっかりと穴の開いたような、2人の沈黙の時間が続いた。まるで迷宮の中を彷徨っているような時間だった。私たちはテレビの女の声に起こされ、それからバスルームで身を清め、服を着て、『マックス』を出た。外では雪がまだ降っていた。私たちは歌舞伎町の喧騒の中を歩き、新宿駅近くで、そっと別れた。
〇
水曜日、久しぶりに浩子夫人が倉田社長と一緒に出勤して来た。地下鉄の駅から『SMILE』の前に来るまでの舗道の脇に、まだ沢山、雪の塊が残っているのを見て、彼女はびっくりしたらしく、私を見るなり言った。
「お早う御座います。愛ちゃん。信じられないわね。都内にこんなに雪が降るなんて」
「そうですね。私も日本に来て、久しぶりです」
「うちの方は、もう雪など消えて見えなくなっているのに」
彼女は相変わらず、明るく元気だった。私は、2人がテーブルの椅子に腰を下ろすと、2人のコーヒーカップにコーヒーを淹れてやった。お客から送られて来た『ナボナ』を口にしながら、3人で雪の話や世間話をした。そこへ『スマイルワークス』の金久保社長がやって来て、事務所内は、何時もに無く賑やかになった。またアパレル店に近所の草間秀子と裕美親子がやって来て、親子そろって、春向きのカーディガンなどを買ってくれた。金久保社長が感心した。
「ちょっと裏道なのに、お客が来るんだね」
「こんな小さな店だけど、評判が良く、繁盛してるのよ。愛ちゃんのお陰だわ」
浩子夫人が、そう言って笑顔で答えた。私はそれを聞いて嬉しくなった。私は、この喜びを、今日会うことになっている細井真理に自慢してやろうと思った。やがて昼時になり、倉田社長と金久保社長は『ドナウ』に食事に出かけた。私は浩子夫人とコンビニで弁当を買って来て食べた。倉田社長と金久保社長は1時間程すると、事務所に戻って来た。そして1時間程、事務処理をすると金久保社長は帰って行った。金久保社長が帰ってから、倉田社長は夢中になって、『台湾ミラクル』向けの仕事に取り組んだ。夕方までに終わりそうに無かった。その様子を見て、浩子夫人が私に言った。
「愛ちゃん。まだ社長の仕事、時間がかかりそうだから、先に帰って良いわよ」
「はい。ではお先に帰らせていただきます」
私は浩子夫人の言葉に甘え、定時に仕事を切り上げ、帰りの挨拶をして事務所を出た。雪が解け切っておらず、外の風が冷たかった。私は地下鉄の電車に乗り、新宿に向かい、細井真理との待ち合わせ場所『新宿アルタ』前に行った。私の方が早かった。10分程遅れて、真理が現れた。気心の知れた私たちは歌舞伎町の『叙々苑』に行き、焼き肉のコース料理を注文し、まずはビールで乾杯した。店内は客ごとに仕切られているが、ちょっとした隙間から他の客席が見えた。老人と水商売女、年配のご夫婦、営業マンと顧客、若いカップルなどなど、様々だ。それらのカップルをチラッと見て真理が小さな声で言った。
「面白いわね。ちょっと見ただけで、どんな人たちの組合せか分かっちゃうのだから」
「本当に分かるの?」
「うん。分かるわ。年配の人に気を使っている男性は営業マンよ。会話が無いのが夫婦。緊張して向き合っている若いカップルは恋人直前。不自然なくらいに馴れ馴れしい男女は不倫のカップル」
「成程」
私は真理と話をしながら、金網の上で肉を焼き、お互いの皿の上に乗せ、タレを付けて夢中で食べた。焼き肉を口にしながら、私は突然、真理が私に話したいことがあって、今日、会う約束をしたことを思い出した。私が質問しなければ、真理が言い出せないことかも知れなかった。そこで私は焼き肉から目線を上げて、真理に訊いた。
「この間、会った時、いろいろ話すわって言ってたことって何?」
「うん。私、今月いっぱいで、会社を辞めることにしたの」
「ええっ、どうして?」
それから、真理が会社を辞めることに決めた理由を打ち明けた。それは会社の上司、福井次長との不倫が社内で問題になり、相手が大阪に転勤することが決まり、真理も会社を辞めざるを得なくなったということだった。真理が会社の上司と不倫していることは、『微笑会』などでも耳にしていたが、それが社内問題になったとは。真理は目を潤ませて、低い声で言った。
「不倫って、本人たちだけのことでは無いということが分かったわ。純粋に愛し合っていても駄目なのね。恋愛は自由なんて言うけれど、そうではないのね」
「当り前よ。奥さんのいる人を愛するなんて」
私は、真理と同様のことをしているのに、真理に訓戒めいたことを言った。真理は、私に言われると、顔を曇らせて、ポツリと言った。
「でも会社を辞めるって辛いわね」
「そうよね。折角、頑張って仕事にも慣れたんだし」
「でも後ろ指をさされながら、会社に残れる程、私は強くないわ」
真理は目に涙を溜め、重い溜息をついた。私は不倫によって会社を辞めざるを得なくなった真理を、どう慰めたら良いのか分からなかった。真理は自分を責めた。
「私って馬鹿よね。私って、可憐のように純真で無く、男癖の悪い女だから、こんなことになるのよね」
「そんなに自分を責めては駄目。この世に完璧な人なんていないんだから」
「愛ちゃんも私と同じ性格なんだから気を付けてよ」
「うん。気を付ける」
真理は、それから上司の福井次長以外に付き合っている男の話をした。大学時代から付き合っている小沢直哉、私も付き合ったことのある川北教授、広告会社の稲垣ディレクター、河合インテリアデザイナー、川村弁護士など。そのあと、ぽつりと呟いた。
「孤独に耐えられず、愛を求めて、次々と恋人を替えた挙句、私の本性が露見して、捨てられたりするのだから、困った性格よね」
真理は、そう言って自分の男遍歴を笑った。私は彼女に同情して、言ってやった。
「恋愛は理性では止められないの。特に女であればあるほどね」
「そうよね。アハハ」
今まで、溜息をつき、悲しそうな顔をしていた真理が、急に明るく笑い、かっての真理の笑顔に戻った。私は、そんな真理を見て、安心し、今日、会えて良かったと思った。
〇
昨日、細井真理と会って話した浮気性の性格とは困ったものだ。相手を次から次へと、とっかえひっかえして、平気でいる。罪悪感など、全く感じない。何故なら、そんな相手も、また浮気性だからだ。従って相手に好きな人が出来たとしても、嫉妬はするが、気が狂いそうになるなどということは無い。相手を責めることも怒ることも余りしない。恋情は炎のように燃え上がり、何時か必ず消えるものだと知つている。だからか、倉田社長は年齢制限など気にせず、また新しい女を探し出し、付き合い始めていた。それは困った病気で、子供が気に入ったオモチャを求めるのと同じような欲求だった。なのに私には、それが気になった。勝手な話だが、倉田社長に、これ以上、他の女が出来る事を防止したかった。2人で描いて来た事業拡大の夢を邪魔されたく無かった。私はそんな思いがあるから、事務所で並んでパソコンに向かって仕事をしながら、つい余計な事を言ってしまう。
「社長。ここのところ、飲み屋通いが多いですけど、年齢が年齢ですから、新しい女性を増やすの、止めて欲しいわ」
「増やしてなんかいないよ。そんなに気になるか?」
「気になるわよ」
「そう気にすることは無い。女たちも毎日、衣装を替える様に男を替えているのだから。恋は自由だ。そうだろう。気にすることは無い」
倉田社長は皮肉っぽい言い方で、私に応酬して来た。私は、その言葉を聞いて、気分を害した。だからといって、倉田社長の浮気を野放しにしておく訳には行かなかった。如何に会社の業績が上向きであるからといっても、女にお金を使い、深入りするのは止めて欲しい。女たちが、倉田社長に近づきたい気持ちは分からないではない。彼の余裕と風格を持った優しさは、何故か大樹のようで、私にとっても、寄り添っていたい存在だった。私は確認してみた。
「私のこと、飽きたの?」
「何を言っているんだ。仕事中だぞ」
「では、仕事が終わってから聞く」
私は話し相手になってくれない倉田社長に立腹して、事務所の机から離れ、それからはアパレル店の中で過ごした。そして夕刻になって倉田社長と一緒に事務所を出た。倉田社長はこれから私に付き合う事を覚悟していた。
「たまには焼き肉でも食べようか」
「はい」
私たちは事務所の前からタクシーを拾い、歌舞伎町で下車し、『味楽亭』で、韓国風焼き肉のコース料理を食べた。まずはビールで乾杯し、次から次へと出て来る韓国風焼き肉料理に、2人とも夢中になった。
「美味しいわね」
「うん。スタミナがつく」
私たちは顔をほんのり染めて、互いを見詰め合い、後の事を考えながら、沢山、食べた。自分たちの身体が燃え、自然と次の行為を欲しているのが読み取れた。コース料理を平らげ、デザートの甘いイチゴを食べ終えるや、私たちは直ぐに精算を済ませ、『味楽亭』から『ピーコック』へ移動した。部屋に入り、シャワーを浴び、ベットに横になると、倉田社長は優しく私を愛撫してくれた。私も彼の物を大きくさせて上げた。彼は珍しく私の両脚を大きく開き、お願いした。
「良く見せてくれないか」
「恥ずかしいわ」
「君の美しい、この身体を、はっきり記憶に焼き付けておきたいんだ。忘れないように、細部まで」
「分かりました」
私は了解し、彼の自由にさせた。それにしても変な事を言う。忘れないようになんて。私と別れる積りかしら。倉田社長は私の身体の奥の奥まで、くまなく除き、愛撫しながら、私の肉体を愛しんだ。私は、その何時もと違う彼の行為に興奮し、早く繋がりたかった。私は恥ずかし気も無く言った。
「早く入れて」
私の哀願に、彼は今にも破裂するのではないかと思われる連結パイプを、私の花のように開いている愛器に差し込んだ。そして私を攻め、私と一緒に呼吸し、私と一緒にうねり、私と一緒に上下運動を繰り返した。ああ、もっと、もっと。彼は快感を維持する為に頑張り、更に強く私を攻めた。私はその激しさと快感に眉根をしかめた。もう充分。早く放出して欲しい。彼は、そんな私の表情を見て、いきなり今だと連結パイプから愛のこもった液体を放出した。私は、その生暖かい液体、濃い生命の根源が、私の中に浸透して来る感触に、気が遠くなるような快感を覚え、彼と共に絶頂に達した。ことが終わってから、倉田社長は私にささやいた。
「君を飽きるなんてことは、有り得ないよ」
何と言う心地良い言葉か。嘘でも良いから、笑って彼が私に微笑み返す喜びが、私の胸をいっぱいにしてくれた。仕合せ。
〇
あっという間に、一週間が終わろうとしていた3月11日の金曜日、倉田社長は午前中、『日輪商事』の森岡課長と『麻生化成』の麻生昌俊社長との打合せがあるからと、9時半過ぎに出かけて行った。私は、その間、のんびり、店にやって来た仙石婦人や草間裕美と世間話をしたり、今夜の『ハニールーム』での夕食の献立などを考えたりして午前中を過ごした。午後になると、『日輪商事』や『麻生化成』との打合せを終えた倉田社長が、事務所に戻って来た。私はちょっと疲れた感じの倉田社長にコーヒーを淹れて上げて、『麻生化成』との商談がどうだったのか訊いた。
「麻生社長、元気でしたか?」
「うん。元気だったよ。『天津先進塑料机械』のシート装置の輸入については、役員会で、検討中だってさ」
「そう。決まると良いわね」
「うん。また一緒に天津に行くことになるかも」
「その時は営口や大連にも寄ってね」
「そうだね」
「私、おやつ買って来ます」
私はコーヒータイムに、何か食べたくなったので、午後2時半過ぎ、皆川千香のいるコンビニへ行った。コンビニで皆川千香と会話しながら、肉まん2個を買って、手にした時だった。突然、コンビニのビルが、音を立てて揺れ、商品棚から、商品が落下し、蛍光灯が外れそうになった。
「地震よ!」
皆川千香が叫んだ。私は大きな揺れで、立っているのもやっとで、恐怖に震え、足がすくんだ。今にもビルが倒壊するのではないかと思われる程の激震に、私たちはコンビニ店から慌てて逃げ出した。外では街路樹が嵐が来たかのように揺れ、街路灯の柱が弓なりになり、ビルがたわみ、車が横滑りした。今にも地面が割れ、そこに呑み込まれるのではないかと思われた。私は、ここで死んでしまうのか。私の背中に戦慄が走った。『SMILE』の店は大丈夫だろうか。私はコンビニ店の前からアパレル店を確認した。すると倉田社長が黒革のカバンと私のバックを持って、舗道に跳び出して、私を見ていた。私はその倉田社長の慌てた姿を見て、走り寄り、恐怖のあまり、人が見ているのに、倉田社長にしがみついてしまった。倉田社長は恐怖に怯える私をしっかりと受け止め、強く抱きしめた。私は倉田社長と抱き合ったまま、ここで死んでしまうのかと思った。ところが、『スマイル・ジャパン』が入っている中谷ビルの中谷婦人や仙石ビルの仙石婦人、隣りのオフィスの青山和歌子、清水綾乃たちが跳び出して来たので、私たちは慌てて離れ、舗道の手摺に捕まった。私たちは手摺に捕まり、アパレル店の前で、乗用車とタクシーが衝突するのを目にした。揺れ戻しが何度も続いた。店のマネキンは倒れ、額縁が落下し、そのガラスが割れて飛散した。少し揺れが少なくなった所で、事務所に入ると、棚の上の箱が落ち、事務机の抽斗が跳び出し、テーブルの上では、コーヒーカップからコーヒーが零れ、天井のクロスに割れが入り、ひどい被害状況だった。それらを片付け、一段落したところで外に出ると、近くのオフィスビルから大勢の社員たちが跳び出し、道路も舗道も交通麻痺状態になっていた。これでは仕事どころでは無い。芳美姉から電話が入った。
「愛ちゃん。今、何処にいるの。会社なの?大変よ。電車もバスもストップして、新宿はパニック状態よ」
「私は大丈夫よ。今、会社よ。琳ちゃんは大丈夫?」
「大丈夫だって。これから歩いて帰って来るって言っていたわ。貴女も早く、私のいる事務所へ来るのよ」
「はい」
私は芳美姉の声を聞いて、一安心した。倉田社長も浩子夫人と連絡を取り合い、余震があるから気を付けるようにと、話をしていた。そうこうしているうちに、アパレル店の先の大通りを、沢山の人達が徒歩で新宿駅方面に向かって押し寄せて行くのを目の当たりにした。電車やバスがストップしている為だという。震源地は何処か?事務所にテレビもラジオも無いので分からない。大きな揺れは静まったが、まだ微振動が続いていたるので、私は不安でならなかった。そこへ『ドナウ』の娘、平石礼子が通りがかり、私に言った。
「愛ちゃん。まだ帰らないの?何度も揺れ戻しがあるから、私の会社は業務を終了し、社員全員帰宅するよう決めたのよ」
「まあっ。震源地は?」
「三陸沖よ。早く帰った方が良いわよ」
「はい」
私は事務所に入り、書類を片付けている倉田社長に訊いた。
「三陸沖って何処ですか?」
「青森県、岩手県、宮城県にまたがる太平洋沖のことだ。それより、また大揺れが来るかも知れない。早く仕事を切り上げよう」
「はい」
私たちは、それから直ぐに帰り支度をして、4時半過ぎにアパレル店のシャッターを閉め、新宿駅へと、大勢の人たちと一緒に、難民のようにゾロゾロと徒歩で向かった。四谷三丁目から四谷四丁目、大木土門前、新宿御苑駅前、都立新宿高校前、天龍寺と、歩くこと30分。長蛇の列。そしてようやくJR新宿駅南口近くの陸橋に差し掛かった。その陸橋の上で、私たちは悲鳴を聞いた。何事が起ったのかと声の方を見ると、沢山の人が、大型スクリーンに指を向けて騒いでいた。私たちは、そこで立ち止まり、大型スクリーンに映る津波の映像を観た。大津波が陸地に押し寄せて来る映像を目にして、私は恐怖に震え、倉田社長の手を握り締めた。倉田社長は私の手を、グッと握って言った。
「凄い。まるで映画を見ているような迫力だ」
田園地帯を津波が猛スピードで押し寄せて来る映像。荒れ狂う津波が住宅街に流れ込み、住宅や電柱を破壊、車が流され、瓦礫の波に吞み込まれる映像。繰り返される津波被害の映像を観て、私も倉田社長も驚愕した。震源地は三陸沖で、青森県から茨城県にかけての被害は、かって無い、マグニチュード9の巨大地震により、死者、行方不明者、負傷者が多数出ているという。この深刻な状況と余震の恐怖に、私たちは一時も早く、身内のいる所へ行かなければならないと思った。私は大型スクリーンの映像を観た後、倉田社長と新宿駅南口まで歩き、そこで小田急線の電車に乗って帰る倉田社長と別れた。電車はJRも私鉄も全線ストップ状態だった。別れる時の倉田社長の顔は、心細そうだったが、私は芳美姉の待つ事務所へ、急がなければならなかった。途中、芳美姉に電話を入れたが、携帯電話が通信不能状態になっていた。私は芳美姉たちのいる『大山不動産』へと、夢中になって歩いた。
〇
電車がストップしているので、甲州街道は、ひどい人波だった。私はそんな大勢の人を掻き分けながら新宿駅から、『大山不動産』の事務所へ向った。東京での震度は5強以上で、ビルが揺れる程、尋常で無かったので、急いで自宅へ帰ろうとする人たちが皆、顔色を変えて急いでいた。
「急げ!」
「早く、早く」
そんな悲鳴のような声を聞きながら、私は必死で歩いた。『大山不動産』の看板を見つけ、私はホッとしたが、約束通り、そこに芳美姉がいるかどうか分からなかった。『大山不動産』の事務所に行くと、大山社長を中心に芳美姉や『快風』の謝月亮、沈香薇、白梨里たちが集まっていた。不安な顔をしていた芳美姉たちが、私の顔を見て、一瞬、明るくなった。
「ああ、愛ちゃん。大丈夫だったのね」
「はい。琳ちゃんは?」
「今、こちらに向かって歩いているっていう連絡があったわ」
「桃ちゃんは?」
「まだ連絡が取れていないの。携帯電話か混み合って、使えなくなっているの」
芳美姉は深刻な顔をしたが、多分、桃園は関根徹と一緒でしょうからと、私は心配しなかった。私が芳美姉と話している間、大山社長は『快風』の店長、謝月亮たちに指示して、食料品と飲み物、電池などをコンビニで沢山、買い集めさせた。そして部下の小西良太と内田友一を引き連れ、ブルーシートを何枚も持って、近くの代々木小学校へ、避難場所の確保に出かけた。何時もと違う俊敏な大山社長の動きに芳美姉も私も感心した。池袋の『快風』については、松下幸吉の計らいで、劉長虹、黄月麗たちメンバーは近くの駐車場に避難して、全員、無事であると店長の謝風梅から報告があった。しばらくすると大山社長たちに付いて行くった伝令役の沈香薇が戻って来て、皆に言った。
「大山社長が代々木小学校に避難場所が確保出来たので、食べ物や毛布などを運んでって」
その知らせに私たちは、一部の食料品を事務所に残して、小学校に移動することにした。その時、丁度、琳美が血相を変えて、現れた。
「マンションに寄って来たけど、花瓶が倒れたり、食器棚のグラスが割れたりしていた程度で、大きな被害は無かったわ。でも余震で建物が軋むような音がして、慌てて非常階段を駆け下りて逃げて来たわ。とても怖かったわ」
「大丈夫、琳?」
「大丈夫よ。ママ」
私たちは琳美の元気な姿を見て、安心し、事務所の鍵を閉め、全員で代々木小学校へ向かった。代々木小学校に行くと、大山社長と小西良太たちが、体育館の中と校庭に場所取りをしてくれていたので、私たちは体育館に入った。大山社長たちが確保してくれた場所は何かあった時、直ぐ逃げられるように、出口に近い場所だった。私たちはそこのブルーシートの上に、毛布と食料品を運び込み、一夜を過ごすことにした。大山社長と小西良太と内田友一は体育館の外側の校庭脇に敷いたブルーシートの上で、一夜を過ごすと言っていたが、凍え死ぬではないかと、芳美姉が心配した。
「パパ。校庭の吹きっさらしで大丈夫なの?」
「毛布さえあれば大丈夫さ。俺たち男は長野育ちだから、寒さなんてへいちゃらさ」
大山社長は笑って答えた。体育館や校庭は、時間と共に沢山の避難者たちでいっぱいになったが、停電の為、何が何だか分からない状態だった。私たちは大山社長の指示で、懐中電灯を持って来たので、暗闇の中でも、懐中電灯を照らし、パンをかじることが出来た。私たちは時々、襲って来る余震の横揺れに恐怖感を抱きながら、ラジオを聞き、情報を掴むことに努めた。被災地は悲惨な状況との情報だった。私は午後11時過ぎ、琳美と抱き合って寝た。時々、襲って来る周期の長い揺れに、熟睡することは不可能だった。でも無理をして眠った。
〇
不気味な朝がやって来た。早朝、辺りがまだ暗いうちから、カラスが校舎やビルの天辺や桜の木の上で鳴いて、何だか気味が悪かった。暗い体育館の中で、大勢の人たちが、もじもじ、ゴソゴソしていた。5時頃、琳美がトイレに行きたいというので、懐中電灯を持ってトイレに一緒に行った。ほとんどの人が神経を使い過ぎてか、疲れていて、起きようとせず、まだ寝ていた。私は身を斬るような寒さの中、琳美とトイレに行きスッキリした。体育館に戻ると、自分たちの居場所のちょっと先の壁際の暗い所で、2つの人影が重なり合い、腰を動かしているのが目に入った。2人は私たちが立って見ていることを知っていて、平気でもつれ合っていた。私は琳美に小さな声で言った。
「そんなに暗い所を、見ちゃあ駄目」
私は琳美の手を引っ張り、芳美姉たちが寝ている所へ、慌てて戻った。それにしても、こんなに大勢の人がいる避難所で、あんなことをしている男女の行為は、私には驚きだった。琳美も、あの2人が何をしていたか、気づいたに違いなかった。あんな所で立止まり、1点を懸命に凝視することは、危険が伴うことかも知れなかった。私は心臓がドキドキして、その後、眠ることが出来なかった。それから1時間程して、朝の6時になると、体育館の高窓からの光で周囲が明るくなり、芳美姉たちも目を覚ました。私たちは直ぐに毛布とブルーシートを片付け、白い息を吐きながら、小学校から『大山不動産』の事務所に戻った。皆でテレビで大地震のニュースを観ながら朝食をした。東北地方の大地震による惨状に胸を痛めながらも、懸命に食べた。そんな朝食時に、中国から電話が入った。芳美姉の家族からだった。芳美姉は安否を確認された後、何か命令をされているみたいだった。
「分かりました。直ぐに対応を考えます」
祖母、玉梅から電話がかかつて来たのは、その後だった。その声から玉梅祖母が、日本にいる孫娘たちのことを心配しているのが、伝わって来た。
「優祖母ちゃんから基明を通じ、芳美に、愛を中国に直ぐ帰すよう連絡したけど、聞いているかい。テレビで大地震と大津波の状況を観たが、この地震は次に東京を襲うだろうと、中国の学者が言っている。苦労して皆で育てた、お前を、そんな大震災の起こる所に置いておく訳にはいかない。芳美に飛行機のチケット手配を頼んだが、それを手にしたら、直ぐに中国に帰って来るんだよ」
「玉祖母ちゃん。そんな必要ないわ、もう大丈夫よ」
「愛。お祖母ちゃんの言うことを、良くお聞き。お前は知らないだろうが、今から80年ほど前、東京で大地震があって、10万人以上の人が亡くなったんだ。中国の学者は、その周期が間近に迫って来ていると言っているんだ。だから、芳美と琳を連れて、直ぐ帰って来るんだよ。分かったね」
玉梅祖母は、私に帰国するよう念押しした。玉梅叔母の心配は分かるが、少し様子を見てから、帰国するか判断したいと私は思った。ところが玉梅祖母からの電話が、終わったかと思うと、今度は母、紅梅と父、志良から電話がかかって来た。
「愛。大丈夫かい。テレビで観たけど、東京もビルが倒壊しそうになっていて、危ないよ。芳美ちゃんと、直ぐ帰って来なさい。昨日から、ろくに食べていないんじゃあないの?」
「ちゃんと食べてるから大丈夫。心配しなで」
そう私が答えているのに、それも聞かず、相手は、もう父、志良に変わっていた。
「愛。お父さんだ。お母さんが言ったように直ぐ営口に帰って来るんだ。お前は知らないだろうが、放射能とは、とても恐ろしいものなんだ。原子力発電所が爆発したらしいが、その灰を受けたら、お前の可愛い顔も台無しになるんだよ。お父さんは、そんな愛を見たくない。早くお前の元気な顔を見たい。震源が東京に移つたら大変だ。直ぐ帰って来るんだ。分かるな」
「気持ちは分かるけど、心配しないで下さい。地震は静まって来ているから、」
「お母さんに代わるな」
「愛。お母さんだよ。良く聞いて。兎に角、東京は危険だから、直ぐ帰って来なさい。テレビで津波を見た限りでは、大津波が押し寄せ、東京は間もなく沈没する。玉叔母ちゃんも、優祖母ちゃんも、お母さんも、昨夜から、ワアワア、泣きっぱなしさ」
母の言葉に中国の家族や親戚中が心配してくれているのが分かった。多分、私が倉田社長と大型スクリーンで観た映像が、中国でもテレビに流れているに違いない。私が心配ないでと、反論しようとしても母は、玉祖母同様、一方的に泣き喚くだけだった。麗琴も直ぐ傍で声を上げて泣いているようだった。途中で、秀麗姉が電話に出た。彼女の発言は、相変わらず、きつかった。
「愛。皆を心配させないで、兎に角、一度、営口に戻って来なさい。良いわね。分かった」
「分かった」
私は涙顔して、電話を切った。その私を見て、芳美姉が、私を抱きしめた。そんな私たちを他所に、『快風』の謝月亮たちは、朝食を終え、自分たちの住居へ帰る支度を始めていた。
〇
私は午前7時半にマンションの部屋に戻った。部屋の鍵を開けて、中に入ると桃園がいたので、びっくりした。
「まあっ、桃ちゃん、帰っていたの」
「うん。一番の電車に乗って帰って来た」
「ママたち、心配していたわよ」
「分かってる。朝一番で月麗ママに電話して、叱られた」
「私は関根君の所へ行ったのだと、心配しなかったけど、連絡欲しかったわ」
「そう思ったけど、携帯電話が繋がらなかったのよ」
桃園が、そう答えて泣きそうになったので、私は、喋るのを止めた。部屋の中は桃園が既に確認整理してくれていたので、異常は見られなかった。しかし、水道とガスが使えず、どうしたら良いのか分からなかった。そこで私たちはマンションから外に出て、新宿駅南口のサザンテラス広場で過ごした。土曜日だが、電車がようやく動き出し、会社に泊まったのか、朝帰りの会社勤め人たちの姿が、沢山、見受けられた。昨夜、倉田社長は帰宅出来たのかしら。『ハニールーム』はどうなっているのかしら。何時もなら『ハニールーム』で朝食をしている9時過ぎだった。私はサザンテラス広場のベンチから斉田医師にメールを送った。
*お早う御座います。
凄い地震でしたね。
大丈夫でしたか?
今、何処にいますか?
私は、友達と一緒で、大丈夫です*
すると直ぐに、斉田医師から返信メールが送られて来た。
*私は今、自宅に向かって
歩いているところです。
昨夜は地震の余震が予想され、
入院患者に万一のことがあってはいけないので、
本当の宿直をしました。
宿直を終えてから、『ハニールーム』に、
君がいるのではないかと立寄りましたが、
君がいなかったので、どうしているか
心配していたところです。
『ハニールーム』の中は、ワイングラスや
電気スタンドなど、幾つか倒れていましたが、
問題ありません。
私はこれから家に帰り、ゆっくり眠ります*
私は斉田医師からのメールを読んで、折り返しメールした。彼は何時ものように、私が『ハニールーム』で待っていると思い、立寄ったらしい。
*お疲れ様。
私は昨夜、近くの小学校に避難しました。
今朝、日本で大地震があったことを知り、
中国の家族が、直ぐに中国に帰るよう
泣きながら電話して来ました。
家族を安心させる為、一度、中国に帰ろうと
思っています*
すると斉田医師は、私が中国に一時、帰ることを了解してくれた。私が斉田医師とメールしている間、桃園は関根徹と連絡を取り合い、午後からまた、彼と会う約束をした。桃園と関根徹はまさに、ラブラブの関係だった。私たちは、サザンテラス広場で、友達と電話したり、メールをし合ったりして、時間を潰した。『快風』池袋店の長虹や月麗に電話すると、2人が一緒にいて、私と自信が怖かったことを話し、互いに無事であることを確認し、安堵した。『微笑会』の細井真理や川添可憐とは電話で話して、元気であることを確認し、渡辺純子たちには無事であるとメールした。『日輪商事』の中道剛史係長には、1度、中国に戻り、家族を安心させて戻って来るとメールした。その後、芳美姉から午後、パスポートを持って旅行社に来るよう電話が入ったので了承した。私と桃園は、それから昼食には、ちょっと早かったが、『マクドナルド』に行き、えびフィレオセットを注文し、それを食べながらコーヒーを飲み、正午になってマンションに戻った。その後、化粧などして、午後1時に別れた。私は芳美姉と約束していたので、芳美姉と琳美と『小田急ハルク』前で待合せして、中国へ帰国する為の、航空券を買いに、新宿西口の旅行社に行った。芳美姉は、私に会うなり言った。
「玉祖母ちゃんから、あの後も、愛ちゃんと琳美を連れて、一時も早く中国へ連れ帰るよう言われたので、パパに相談したら、パパが直ぐに帰れって言ってくれたの」
「大山社長って優しいのね」
「私がいない方が気楽なんじゃあないの」
そんな話をしながら、店を開けたばかりの旅行社に入り、私たちは大連行き航空券の購入手続きをした。私たちは航空券代は高いが、14日、月曜日の午後便の航空券を購入した。私と琳美のこれからの行動は、完全に芳美姉の主導の下で進められることになった。夕方前、私はマンションに戻ってから、倉田社長に電話した。
「こんにちは。大丈夫だったですか?無事、帰れましたか?」
「うん。大変だったよ。あれから電車が動かず、新宿のホテルに泊まり、今朝、10時過ぎに朝帰りして、今まで眠っていたよ」
「お疲れ様でした。実は社長に許可をいただきたいことがあるのですが・・」
「何の許可かな?」
「実は中国のお祖母ちゃんやお母さんたちが、テレビで日本の大地震の状況を知って、大騒ぎしているの。私が大丈夫だからと言っても、声を上げて泣いて、帰って来いと言うの。家族を安心させる為、一度、中国に帰りたいの。許可をいただきたいのですが・・・」
すると、倉田社長は、悩む様子も無く、即答した。
「ああ良いよ。会社の事は浩子さんと何とかするから、心配しなくて良いよ」
「有難う御座います。中国の連絡先など、後で連絡しますね」
私は倉田社長に了解をいただき、ホッとした。しかし、倉田社長が余りにも簡単に納得してくれたので何となく空しい気持ちになった。私に日本にいて欲しくないのか。私に、ずつと傍にいて欲しくないのか。倉田社長は蔡玲華を採用する積りでいるのかもしれない。私は不安になった。
〇
日曜日、私は朝一番で『ハニールーム』に行った。斉田医師のいない部屋の中で、中国へ持って行く洋服などを旅行ケースに詰めた。その作業をしながら斉田医師のことを思った。彼とこの部屋で過ごした日々の事が、アルバムを捲るみたいに思い出された。自分は果たして、再び、この部屋に戻って来る事が出来るのかしら。私が中国へ行ってしまったら、彼は別の相手を、この部屋に連れ込んだりしないでしょうか。私が中国から戻って来たら、彼は本当に私と結婚してくれるでしょうか。私は今、ここにいるのよと斉田医師にメールしようかと思ったが、マンションに戻ってからの荷物の準備もあるので、メールするのを止めた。代わりに倉田社長にメールした。
*昨日は良く眠れましたか?
私は少し良く眠れましたが、
余震で3回くらい起きました。
帰国日が決まりました。
明日14日、月曜日の午後の飛行機です。
1週間以内に戻る予定です。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、
よろしくお願いします。
中国の連絡先は以下の通りです*
私は実家の電話番号と中国のアパレル1号店と2号店の電話番号を、倉田社長に伝えた。私は余りにも性急な、まるで夜逃げするような私のメールに、倉田社長が、どのように反応するか、心配でならなかった。しかし倉田社長は、冷静そのものだった。事態を冷静に受け止め、私に対する未練の断片も感じさせぬ返信をして来た。
*了解しました。
気を付けて帰って下さい。
日本は原子力発電所が爆発し、
放射能が漏れて、
東京も危ない状態です。
孝明も神奈川に避難させています。
アパレル店の方は妻に
協力してもらいますので大丈夫です。
中国に戻ったら、家族の皆さんに
笑顔を見せて、安心させて下さい。
折角ですから、ゆっくりして
家族と今後の事について相談して下さい*
私は玉梅祖母が言うように、本当に原子力発電所が爆発し、日本が大変な危険状態にあることを知り、身震いした。普段、緩慢な芳美姉が素早く行動する理由を理解することが出来た。まさに危機が迫っているのだ。私たちは一時も早く日本から逃げ出さねばならぬ事態に遭遇していた。『ハニールーム』での洋服の詰め込みが終わるや、私は旅行ケースを転がし、自分のマンションの部屋に引返し、荷物整理をした。そして午後3時過ぎには芳美姉の家に行き、荷造りの手伝いをして、明日の待合せ時間と待合せ場所の確認をした。そして夕方6時に再びマンションに戻り、部屋に帰っていた桃園と一緒に白梨里を誘い、3人で『東光苑』に行って、夕御飯を食べることにした。しかし、『東光苑』に行くと、水やガスが使えないので、閉店の札がかかっていた。私たちは仕方なく、西新宿地区外に移動し、『横丁メン』というラーメン屋に入った。野菜たっぷりラーメンと餃子を注文し、それを食べながら、3人で話した。梨里がしみじみとした声で私に言った。
「私、中国へ逃げ帰れる愛ちゃんが、羨ましいわ。私なんか、帰りたくても、帰るお金が無いの」
「私は逃げ帰るのじゃあ無いわ。私は日本にいたいのよ」
「なら日本にいれば良いのに」
「お祖母ちゃんたち家族が心配して、芳美姉さんに琳ちゃんと私を連れて帰れと命令して来たの。だから、仕方なく帰るの。家族を安心させたら、直ぐに戻って来るわ」
私は必ず戻って来ると2人を凝視して約束した。すると桃園が微笑んで言った。
「でも、これから日本はどうなるのか分からないわよ」
「そうよね。電気が足りなくなり、工場が停止し、食料品やトイレットペーパーなど、入手出来なくなり、、その上、放射能が漏れたら、日本は地獄よ」
「梨里ちゃんは、日本が、そんな風になるのではないかって、恐れているの?」
「そうよ。想像するだけでも、恐ろしいわ」
「日本は、そんなことにはならないわ。日本の技術力は優秀だから平気よ」
私は、そう言って、日本に残る桃園と梨里を励ましたが、自分の言葉に自信を持つことが出来なかった。もしかしたら、本当に日本は絶望的破壊に向かうかも知れなかった。
〇
3月14日、月曜日の朝7時40分、私は芳美姉と琳美と新宿駅南口で待合せした。新宿駅に大山社長と桃園が見送りに来てくれた。私は芳美姉や私が日本から立去ったら、大山社長と桃園が、どうなるのか、ちょっと気になった。芳美姉の頭の中は、中国へ帰ることでいっぱいで、そんなことなどを考えているような想像力など、全く働かなかった。一時も早く琳美と私を連れて、中国へ逃げ帰りたい、一心だった。私たちは大山社長と桃園にさよならを言うと、『成田エクスプレス』のホームに行き、8時2分発の『成田エクスプレス』の電車に乗った。新宿から成田へ向かう車窓から見る景色は何となく暗く薄ぼんやりして気味悪かった。日本の東北地方の大地震と津波の影響で、東京電力の福島第一原子力発電所は炉心溶融を始め、水素爆発を起こし、大量に放射性物質を放出するという、恐ろしい大事故になっていた。その放射性物質が、今、自分たちが向かっている成田方面に向かって来ているような不気味な感じがした。私たちは恐怖感に怯えながら、成田へと向かった。『成田国際空港』には、定刻より遅れたが、9時50分に到着した。倉田社長から心配のメールが送られて来た。
*お早う御座います。
今日は早目に空港に向かった方が良いですよ。
私は小田急線が、全面運休になり、
出勤出来ません。
原子力発電所が、復旧するまで、
電力が足りず、
電車も、まばら運転になるようです。
今の状況では、ウクライナで起った
チェルノブイリの原発事故のように、
復旧不可能になる可能性があります。
電気が来ない、ガスが来ない、
水が使えないのでは
会社に出勤出来ません。
その場合、自宅で仕事をします。
もしかしたら、
中国へ逃げて行くかもしれません。
その時はよろしく*
長いメールの文章だった。福島第一原子力発電所の事故が拡大したら、日本人も放射能の危険から逃れる為に、本当に中国に逃げるかも知れなかった。私たちは、『成田エクスプレス』が途中で止まったりするのではないかと心配し、空港に早く着き過ぎた。そこで空港の出発口ロビーのベンチに座り、テレビを観た。テレビは東北地方の大地震と大津波と原子力発電所事故のニュースを繰り返し流し続けた。その悲惨な画面を観ながら、私は倉田社長に返信メールを送った。
*心配してくれて、ありがとう。
今、無事に成田に着きました。
空港のテレビを観て、驚いています。
原子力発電所の爆発により、
電力不足や放射能問題で、日本は当分、
麻痺状態になりますね。
放射能が東京にも流れて来て、
東京から脱出するようなことになったら、
中国に来て下さい。
いろいろお世話になりました。
浩子さんにもよろしくお伝え下さい*
すると倉田社長から、短い続きのメールが送られて来た。
*もう成田にいるのだったら安心です。
お父さんやお母さんに
よろしくお伝え下さい。
仕合せになって下さい。
さようなら*
そのメールは永遠の別れを告げるような文章のメールだった。倉田社長は、もう2度と私が日本に戻つて来ないと思付ているのでしょうか。このメールを私に送って、茫然と立ち尽くしている倉田社長の姿を想像すると、涙が自然と溢れ出た。私は、その後、斉田医師や中道係長にも、帰国を伝えるメールを送った。琳美も早川新治に、今から中国へ行くところだとメールを送った。そのメールを送った後の琳美の目にも、私と同様、涙が光っていた。ああ、自然は何と残酷な事をしてくれるのか。日本人は戦争を嫌い、平和を願い、熱心に働き、毎日を、もっと豊かにしようと努力しているというのに、何故、その国を大災害が襲うのか。自然は余りにも理不尽過ぎる。日本を愛する琳美や私の心を、ズタズタにして、どうしようというの。この世に神様はいないのかしら。私たちは悪夢の中にいるような暗い気持ちで、空港ビル内のレストランに入り、3人で軽食を食べながら、時間を待った。
〇
私たち3人は午後1番で、出国手続きを済ませ、午後1時に大連行きCA952便に搭乗した。最後部座席あったが、トイレに行くのに便利なので、気にならなかった。私たちを乗せた飛行機は午後1時45分、滑走を開始した。そして午後2時丁度に離陸。搭乗機は爆音と共に天空に向かって急上昇した。私は目を閉じて引き裂かれるような胸の痛みを堪えた。しばらくすると飛行機は水平飛行に移った。眼下に見える日本の町や東京は、これから、どうなってしまうのか。大震災や原爆被害という絶望の中に取り残された人たちが間違った行動をしたら、日本は取り返しのつかないことになるのではないか。東京という大都会が消え、人も消えてしまうのではないか。私は空から、日本にさよならする。感傷的になっている私の心も知らまいで、CA952便は白雪の富士山を左に見ながら、晴天の雲上に浮かび出た。陽光がまぶしい。まるで炎熱の世界に向かって行くようだ。その世界は赤い血の色の大地に大きな金色の服を着た首領と、ちっちゃな金色の服を着た四人組のいる国。火あぶりにされるかも知れない怖い国。でも、そこが私の故郷。私は、どうしてもそこへ帰らなければならないのか。そこは私に言わせれば、自由の無い牢獄だが、私の母国でもあるのだ。そんな海を渡った大地の上で、私の家族や親戚は、不平不満を言わず、明るい笑顔で暮らしているのだから、慣れとは不可解なものだ。しばらくすると機内食が配られ、窮屈な座席で、琳美と並んで食事をいただき、ちょっとすると、眠くなった。イヤホーンを耳にすると、そこから流れて来る夢のような音楽の世界に誘い込まれた。私は日本の歌を聴きながら、夢の中を浮遊し、まどろんだ。
♪翼に身を委ね、私は旅立つ。
遥か雲の下に広がる街あかり。
あそこで愛され、
あそこで別れた。
このままずっと・・・・
2度と帰らないの。そして・・・♪
誰が唄っているのか。私は彼女と一緒に泣いていた。今、中国へ帰る飛行機の中にいるのに。隣りの席に並んで座っている琳美も芳美姉も、ぐっすり眠り込んでしまっていて、私が泣いているなんて、全く気付いていない。一時も早く中国へ逃げ帰ることに相当、神経を尖らせていたので、疲れたのでしょう。でも私は、私を愛し、仕合せにしてくれた人たちのことが、気になって気になって仕方無かった。私は、そういった人たちと別れ、果たして、再び、そういった人たちの所へ戻ることが出来るのでしょうか。もし、戻ることが出来なかったら、今まで自分を愛してくれた人たちを失い、これから誰を愛して、私は生きて行けば良いのでしょうか。失った時と、それと引替えに残ったものは何なのでしょうか。私の東京での夢が、これから具体的に、もっと大きく花開こうとしていたのに、神様は何という意地悪をするのでしょうか。考えれば考える程、私は暗い気持ちに陥った。それに合わせるように空の色も薄暗くなり始めた。機内に到着時刻を伝えるアナウンスが流れると、芳美姉と琳美が目を覚ました。CA952便は遠く赤茶けた大地の中に光っている大連の街に向かって、次第に高度を下げ始めた。私たちはシートベルトをしっかり締めて、着陸の時に備えた。いよいよ、あの血の色をした赤い大地に着陸するのだ。最早、引き返すことは出来ない。琳美が私の手を握り締めた。『大連国際空港』の眩い光が、ライトを消された搭乗機内に飛び込んで来たかと思うと、一瞬、バンという音がして、機体が揺れ、もう次の瞬間、CA952便は『大連国際空港』に着陸していた。時刻は午後3時40分。私たちは搭乗機から降り、帰国手続きを済ませた。荷物受取所へ行くと、私たちと同様、日本から逃げ帰った人たちで、ごった返していた。その為、荷物受取りに随分、時間がかかってしまうこととなった。
〇
『大連国際空港』の到着ゲートから荷物を運んで出て行くと、芳美姉の弟、樹林と春麗姉夫婦が出迎えに来ていた。芳美姉が皆の出迎えに感謝した。
「出迎えに来てくれてありがとう」
「お帰りなさい」
私たちは言葉を交わしてから、沢山の荷物を手分けして運び、マイクロバスに積み込んだ。それから樹林が運転するマイクロバスに乗り込んだ。座席に座り落ち着くと、春麗姉が気の毒そうな顔をして、私たちに言った。
「もの凄い地震だったわね。テレビを観て、皆で泣いちゃったわ」
私は、その言葉に直ぐ答えられなかった。芳美姉が先に答えた。
「本当にびっくりしたわ。生きている心地がしないって、あのような時の事を言うのね。立っていることが出来ないのよ」
「そうなの。何時もの地震と違って、大きく揺れて、何度も何度も揺れが襲いかかって来たの」
「私はアパレル店のビルが大揺れして、舗道に倒れ伏しそうになり、舗道の手摺にしがみついたわ」
私たち3人は、あの日、3月11日に体験した恐怖を交替交替に話した。大地震の震源地は日本列島の東北地方の三陸沖であったが、まるで東京が震源地であるかのような揺れだった。あらゆる交通機関がストップし、日本国民の半数以上の人たちが、パニック状態に陥った。マグニチュード9の巨大地震による死者は1万5千人を超え、行方不明者が5千人位らしいなどと、私たちより、春麗姉たちの方が、詳しく現状を知っていた。私の従弟の葉樹林の運転は、赫有林と運転する時と違って、何時もより安全運転だった。高速道路を走りながら、建設中の高層ビルが増えているのが見えたりして、大連周辺は都市化が急速に進んでいると感じた。そんな開発中の場所から、営口に向かい、所々で目にする田園風景では、相変わらず、並木の枝にカササギの巣があったり、沈んで行く夕陽が、大気汚染の為に、ぼんやり霞んで見えたりして、私は自分の出発点に引き戻されているのだと悟った。私たちを乗せたマイクロバスは、夕陽が沈んで、辺りが暗くなってから、私の実家に到着した。私の実家には祖母の関玉梅と楊優婷が来ていた。私たち3人が到着すると、皆がこぞって言った。
「良かった。良かった」
「心配してたよ。うまい具合に帰って来たので安心したよ」
「怖かっただろう」
「ひどい目に合わず、良かった。良かった」
私の両親はじめ、家族の人たちは、私たち3人の顔を見て安心した。3人の中の私を見つけると、姪の麗琴が、私に跳び付いて来た。芳美姉と琳美は、私の実家で夕御飯を食べてから、1時間程して、玉梅祖母と一緒に、マイクロバスに乗り、樹林の運転で帰って行った。玉梅祖母と芳美姉たちが帰ってから、優婷祖母が、久しぶりに家に帰った私に言い訳をした。
「愛は電話で大丈夫だと言っていたけど、玉祖母ちゃんが、泣いて騒ぐものだから、私も同じ気持ちになっちゃって。悪かったね。無理矢理に帰国させたけど、会社はどうなるの?大丈夫なの」
「社長は中国に戻って、家族の人たちを安心させ、日本が落ち着くまで、ゆっくりして来て良いって」
「そりゃあ、優しい社長さんだね。愛がいなかったら、アパレルの店はどうなるの?」
「社長の奥さんが、出勤してくれるって」
「でも、愛みたいに、愛想が良く、お客さんと上手に洋服の会話、出来ないのじゃあないの」
「大丈夫。私と一緒に、お店に出ていたから」
「そうだと良いんだけれど、大変だと思うよ」
「悪いと思っているわ。でも帰って来ちゃったから」
私はふと1人で女性客を相手に、慌てふためいている浩子夫人の姿を想像した。間違いなく彼女は行き詰まり、店を閉めると言い出すに違いなかった。もし、そうなってしまったなら、私は日本での働き場所を失い、また一から出直さなければならない。私は家族が暮らす実家に戻ったというのに、東京でのいろんなことを想像すると、頭の中を妄想が突っ走り、家族の両親たちに対し、愛想笑いするだけで、心の中は不安でいっぱいだった。自分の未来に対し、悪い方へ悪い方へと向かうような考えをしてしまい、どうにも出来ない辛さに胸が苦しくなった。家族との団欒が終わり、ベットに入ってからも、私は虚ろなまま天井を見上げ、東京の事ばかりを考えた。巨大地震の被害の上に、原子力発電所が破壊し、停電や断水が続いたら、私の知っている日本の人たちはどうなるのか。私は手放したく無かった東京の夢だったのに、余り深く考えず、捨てて来てしまったことを後悔した。何故、いとも簡単に芳美姉に連れられて戻って来たのか、納得することが出来なかった。
〇
営口の実家に戻り、大地震のショックから少し解き放たれ、落ち着いた。営口には私の家族や親戚が暮らしていて、強い愛情と信頼に守られ、より温かく、親密な関係に浸れる私にとって安住の場所だった。私は姪の麗琴をからかったりしながら、東京へ戻れる日が来ることを願ったが、テレビで放映される日本の状況は、菅首相がアタフタし、日々、深刻度を増す一方だった。福島にある原子力発電所から、玉梅祖母が危惧していたように、高濃度の放射能が外部に漏れ出し、とんでもないことになってしまっていた。日本人だけでなく、外国人も原子力発電所の爆発による放射能が白血病や癌を誘発し、悲惨なことになるのではないかと、世界中が大騒ぎするようになった。そんな或る日、玉梅祖母と優婷祖母が、再び日本に戻ろうと考えている私たち3人を集めて、説教した。まず玉梅祖母が口火を切った。
「3人とも分かっていると思うけど、私たち年寄りの話を聞いておくれ。私は日本が敗戦後、戦争することを放棄し、国民が一丸になって熱心に働き、経済発展を遂げ、平和な王道楽土になったことを、芳美から教えてもらい、感心していたけど、今度の大地震で、その見方に、ちょつと疑問に感じるようになったよ」
その玉梅祖母の言葉に芳美姉が鋭い目をして問い返した。
「玉祖母ちゃん、何処が疑問なのよ?」
「だってそうだろう。そもそも原爆反対を訴えて来た日本が、その原子力を使った発電所を動かしているなんて、全く私は知らなかったよ。今回の大地震で発電所が爆発し、それが分かったんだ」
「そうだよ。玉祖母ちゃんの言う通りだよ。その原子力発電所の技術を利用すれば、直ぐに原子爆弾を製造出来るらしいじゃあないか」
優婷祖母も玉梅祖母に同調した。すると玉梅祖母は調子に乗った。
「そんな悪いことを陰でしているから日本人に罰が当たったんだなどと韓国人が発言しているらしいが、原子力開発は良くないことだ。だからこれを機会に、お前たちは、日本へ再び行こうなんてことを考えないでおくれ」
玉梅祖母の言葉に芳美姉が反発した。
「玉祖母ちゃん、優祖母ちゃん。日本は原子力というエネルギーを平和利用している国なの。優秀な技術者が必ず、対応を考えるわ。だから混乱が終息したら、私は東京に戻る積りよ」
「芳美。そういった考えはしないでおくれ。私は可愛いお前たちを犠牲にしたくないんだ。中国にだって仕合せはある。中国にいて小さな仕合せを集めれば良いのさ」
「でも私には東京に夫と従業員がいるの」
「何を言っているの。廃墟になった東京に戻って、苦労するのが目に見えているじゃあないか」
すると琳美が母親同様、意見を口にした。
「お祖母ちゃんたちは、そう言うけど、私は平和で自由な日本に戻り、大学で勉強したいわ」
彼女は1週間ほどしたら、芳美姉と東京に戻りたいみたいだった。私にはどうしたら良いのか判断出来なかった。2人の祖母は、私たちを中国に留めておこうと必死だった。
「日本に戻らなくても、この中国に必ず、別の道がある。春たちとアパレル店で働けば良いではないか」
「そうだよ。愛のお陰で、大連店だってあるんだ。幸福の深追いは、自分を不幸にするよ」
祖母たちの心配も分からぬではないが、私もまた、芳美姉や琳美同様、日本のことが気になり日本に戻りたかった。私たちは祖母たちに日本に戻ることを反対され、悩んだ。何時までも中国にいたら良いのしらか。私は日本の『スマイル・ジャパン』の倉田社長に電話して、日本の状況を確認した。すると倉田社長は、こう答えた。
「日本は東日本大震災と福島原発の爆発により、交通の麻痺状態が続いている。その為、会社に出勤することも出来ず、家の中で、じっとしているよ。アパレル店も閉鎖したままだ。電力不足に加え、食料不足も始まっている。その上、放射能が溢れ出し、被爆への不安が高まっている。停電の為、どこの町も暗くて犯罪が増えている。銀行のATMも使えず、混乱状態が続き、治まりそうにない。だから日本に戻ろうなんて考えず、中国での生活を考えた方が、君の人生にとって賢明な道ではないかと思うよ」
「でも折角、東京に行って掴んだ夢だから」
「夢は何時かは消えるもの。日本に戻って来なくても、発展している中国で、また別の夢を掴む事が出来ると思うよ」
倉田社長の発言は、何故か私を拒否し、突き放すような言い方だった。まるで私に対して、2度と戻って来るなと暗示するような話し方だった。こんなことは考えたくないが、彼にとって、東日本大震災という天災が、私と縁を切る絶好の機会なのかもしれなかった。だとすると斉田医師も、また、同様に私との別れを考えているのかもしれなかった。中道係長はどうなのか。彼もまた同様に考えているのかも知れなかった。そう考えると、私は思わず泣いてしまいそうになった。私は愕然として倉田社長との電話を切った。
〇
私は何時の間にか『微笑服飾』営口店の店員になっていた。この店は1年半前に私が日本からやって来て、秀麗姉とオープンした中国1号店で、オープンした時よりちょっとうらぶれた感じがしたが、商品の配置やマネキンに着せる洋服の飾りつけなど、工夫すれば、もっと明るくなる筈だと思った。中国に戻って分かった事だが、春麗姉は母、紅梅と店を切り盛りしていて、かって親しくして手伝ってもらっていた李桃香を解雇し、若い王怩娜を採用していた。計算高い春麗姉は人件費を削減しようと考えたに違いない。そんな状況から私は母と一緒になって、何時までも営口店の手伝いをする訳には行かなかった。母が保育園に麗琴を迎えに行ったりして、店にいなくなると、私は四谷のアパレル店のことを思い出したりして、急に寂しい気持ちになり、泣き出したくなったりした。そんな時、私は試着室に入り、そこで泣いた。ところが営口店の試着室は狭くて、窮屈で、すっきりすることが出来なかった。私は試着室で泣くのを止めて、トイレで泣いた。私はここの試着室と四谷店の試着室の違いが何であるか考えた。ここの試着室は、お客が1人しか入れないが、四谷店の試着室は女性2人が入れる大きさだった。振り返れば四谷店の試着室は私がお客に寄り添い、一緒になって鏡を写る姿を眺めることの出来るスペースだった。最初、四谷店の試着室も、1人しか入れない円型のもので、時々、大きな人が入ると、壊れそうになった。その試着室を倉田社長が無様だと言って、2人が入れる大型で四角い試着室を設計して、業者に製作させた。私が大きすぎるのではないかと言うと、彼は自信いっぱいに、その理由を語った。
「愛ちゃん。試着室というものは、お客様の発表のステージだ。お客様は、そのステージで、自分の好きな衣装を着て、鏡に向かって微笑し、踊り、唄い、時には涙する。そして心から気に入った衣装を注文してくれるのだ。その試着室が、手荷物や、着替えの置けないような狭くて貧弱なものであっては、商売にならない。ステージは主役と司会者が立てるスペースがないと、効力を発揮することが出来ないんだ。店の飾り物スペースが狭くなるけど、試着室を大きくするよ。良いね」
その倉田社長の要請に従い、内装屋『鹿内アート』の鹿内社長は、真っ白なペンキ塗りの厚い板を組合せて、しっかりした試着室を設置してくれた。私や浩子夫人は、そこに入って、お客に試着を勧め、自分たちも試着し、鏡に向かって、ウインクしたり、振り返ったり、いろんなポーズをしてみた。私はトイレの中で涙を拭いて、ここの試着室を作り直すことを考えた。私はこの考えを春麗姉に説明し、直ぐに内装屋に電話した。内装屋は、その日のうちにやって来た。私は四谷店と同じ大きさで、同じ白のデザインの試着室を内装屋に注文した。その内装屋は2日程すると、その試着室を『微笑服飾』の営口店に持って来て、備え付けた。私は日本にいた時と同じように、その試着室にお客を誘い込み、お客の意見を聞いた。
「いかがですか?」
「この大きさで、どうかしら?」
「サイズ、ぴったりです。とても似合っています」
お客と一緒に鏡に映るお客の姿を眺めて私が感想を述べると、お客は喜んだ。
「そうね。素敵ね。自分でありながら、自分で無いみたい」
「とても女らしくて綺麗です」
私は営口店で、お客と販売交渉をしていると、まるで日本にいるような錯覚に陥った。芳美姉も琳美も大震災と放射能で、日本での騒ぎが更に大きくなり、自衛隊や消防隊が不眠不休で災禍を鎮圧しようとしている様子や、東京での放射能濃度が高い報告のニュースをテレビで観て、日本に戻ろうと、言い出さなかった。その為、直ぐに戻ろうと思っていた私の気持ちも薄れ、『微笑服飾』の仕事をしながら、営口で生活し、家族や親戚との触れ合いに心の安らぎを覚えた。特に麗琴と過ごす時間は楽しくて楽しくて仕方なかった。だが春麗姉とは、時が経つにつれて意見がぶつかることが、増え始めた。
「この店の主人は、私よ」
そう言われた時、私はおかしくなった。
〇
私は春麗姉と上手く行かなくなり、『微笑服飾』の大連店で働くことになった。大連店は葉樹林の下で、徐凌芳や劉安莉が頑張り、大連の街で、そこそこ評判のアパレル店として繁盛していた。私の幼馴染みの凌芳や安莉たちは、大連の近代化の波と好景気という環境の中で、溌剌と働き、羨ましい程に成長していた。アパレル店内には何時も笑い声があった。私は数日間、大連店の店員として働いたが、何故かしっくりしなかった。幼馴染みの2人が、私に気兼ねすることが、散見されたからだ。私は、このことが気がかりになり、2人のいない場所で、樹林に訊いた。
「凌ちゃんたち、私に遠慮しているところがあるけど、何故かしら?」
すると樹林は、いとも簡単に答えた。
「決まっているだろう。うちの姉ちゃんと愛ちゃんは、この店の出資者なんだから」
「水臭いわね。そんなこと気にすることなんて無いわ」
「だって、俺たちは姉ちゃんたちの従業員なんだから」
「馬鹿ねえ。この店での主人公は貴男や凌ちゃんたちよ」
私は、そう答えて、ようやく自分の中国での存在について気づいた。突然、日本から戻って来て、経営者然として、偉そうに振舞う自分は、如何に幼馴染みといっても、煙ったい存在に違いなかった。結局はここも営口店同様、私の居場所では無いのだ。どうすれば良いのか。だからといって、中国に戻って来たことを悲観的にとらえてはならない。私の日本での生活は、あの東日本大震災に遭遇し、一瞬にして崩壊してしまったのだ。だが中国に戻って来て、そのショックは家族や親戚や友人たちの愛情により、軽減された。でもその愛情に甘んじていてはならないということに、私は気づいた。私は自分が中国にいてやらなければならない自分本来の役割について沈思黙考した。その結果得た答えは、自分が今まで『スマイル・ジャパン』で行って来た日本製品の手配と、中国への仕入れ業務などの継続だった。中国の『微笑服飾』1号店と2号店への顧客の関心は、日本製高級婦人服を売っているアパレル店という魅力と信頼性と人気だった。それを持続する為には、万一、『スマイル・ジャパン』が『タロット』や『松岡』の洋服の輸出を取り止める事になったとしても、中国側で、日本製品を輸入出来るような窓口体制を整えて置く必要があった。私はそこで樹林に自分の考えを伝えた。
「私、大連店のことは、貴男や凌ちゃんたちに任せて、別の仕事を始めることにするわ」
「別の仕事って?」
「貿易の仕事」
「貿易の仕事?」
「そう。貿易会社を始めるの」
「貿易会社!」
樹林は素っ頓狂な声を上げて、私を見詰めた。私に、そんな事業が出来るのかという疑いの目だった。でも『スマイル・ジャパン』に入社し、倉田社長の指導を受けて来た私は、冒険的になっていた。何事にも冒険的なところがある倉田社長の影響を受けてしまったのかしら。私の頭の中に設立しようとする貿易会社の取扱い商品に関する構想が、次々と浮かんで来た。日本からの『タロット』や『松岡』の高級婦人服の輸入、金沢の金箔ジュエリーや山梨の宝石ジュエリーの輸入、化粧品の輸入などなど・・。また大連からの鋳物部品、歯車、ネジ、パイプなどの産業用部品の輸出、薬草、ハチミツ、菓子類の輸出などなど・・。兎に角、挑戦してみることだ。努力は無駄にならない。必ず実を結ぶと倉田社長は言っていた。人生は気持ち次第。恐れずに前向きに行くしかない。私は貿易会社設立にあたって、いろんなことを考えた。その思考は営口のアパレル1号店を企画した時のように胸をワクワクさせた。大連に貿易会社の事務所を構えての日本をはじめとする海外との交易。それは倉田社長の真似事であるが、それにチャレンジすれば、未来が広がって行くように思われた。本来、のんびり屋の私なのに、日本で暮らして来た所為か、せっかちになっていた。頭の中で新会社名を考えていた。『大連微笑貿易有限公司』という社名にしよう。私は、このことを春麗姉の夫、高安偉に相談し、即、実行に移そうと決断した。考えてみれば、私には日本の『スマイル・ジャパン』で学んだ輸出や輸入の知識と経験があった。また『スマイル・ジャパン』の他、『日輪商事』などとの繋がりがあり、いろんな取引に参入出来る可能性があった。日本だけではない。台湾の『台林貿易』の林健明社長や韓国の『陽光商事』の李智姫とも交流出来る間柄だった。これらの海外との経験を生かせば、充分、仕事が得られる。その考えは私の中国での夢を膨らませた。
〇
私は両親や春麗姉に『大連微笑貿易有限公司』設立の計画を説明し、義兄、高安偉に協力してもらい、起業を実行に移した。そんな中で、今、日本はどうなっているのか、気になって仕方なかった。私の心は時々、宙を彷徨い、日本のことを推測した。あの巨大地震の時の光景を思い出すと、今も恐怖に身が震えて、身動きが出来なくなる。忘れてしまえと思うが、忘れられるものではない。それと同時に、時間が経てば経つほど、あの恐ろしい巨大地震以外に、日本で重なり合った男たちとの記憶が蘇って来た。あの人たちはどうしているのかしら。その後、彼らからは何の便りも入って来ない。人は深い悲しみに襲われた時、底知れず、沈黙を守ろうとするのか。電気やガスに窮迫している東京の暗い街を彷徨う、彼らの暗い表情が、私の脳裏に浮かぶ。だからといって今の私には、あの痛ましい惨状の悲劇の中に、再び参画しようなどという気持ちは湧き上がって来ない。でも、あの輝いていた東京の日々での自分とさよならするのも寂しい。こんなことになるとは全く考えていなかった。捨てきれない華やかでいて、苦くて甘美だった東京での日々。誰にも言えない女としての苦しみと歓びの日々。これらの東京時代の思い出は、時々、海の白い波のように押し寄せて来ては引き返して行った。愛の楽園。人間は時間が経てば、また、それを欲しくなると言うが、私が付き合った人たちにも、そいう時が訪れるのでしょうか。ならば私に、日本に戻って来て欲しいと、誰か連絡して来ても良さそうなものだ。なのに斉田医師も倉田社長も中道係長も、私に連絡をくれない。私はあの巨大地震によって、日本からはじき出されて、時間が止まり、自分が夢に描いていた場所と全く違う所で、立ち往生せねばならぬことになってしまった。恋愛は何時かは終わるものかも知れないが、これを不運として受け入れるしかないのか。会えない人を想って悶々とする日々は、日本で苦労を積み重ねて、逞しい烈女になったつもりの私でも、泣きたくなるほど辛い。日本で暮らした8年という歳月は、何もかもが懐かしく、甘美な薔薇色の日々だった。夢と欲望に燃えて過ごし、幸福に満たされた大都会、東京での日々は、突然、絶望の日々に変化した。その絶望を体験した今の私は、まるで心に穴が開いたような痛みで、今にも死にそうな気分になったりする。多分、この痛みは、純粋な気持ちで日本を理想の国として憧れた私が、当初、夢想した希望とは全く違った危なっかしい堕落した生き方を始めたことに対する神の怒りかもしれなかった。天は欺き難し。私の日本での欲望が強すぎたが故に神は私から、愛という自由を奪い取り、私を中国に突き返したのだ。そんな風に考えると、私の深手の心の傷は、何時までも消えてくれそうになかった。日本の男たちが望むように、女は貞淑で慎み深く、素直でなければいけないのに、私の嘘から始まった恋は、麻薬のように止められない恥ずべきものとなっていた。神は、その恥ずべき過去に蓋をさせる為に、私を中国に突き返したのかも知れない。人生は思い通りに行かない。より高く、より遠く飛ぶことに人生の意義を感じ、日本に行ったのに、その目的達成の夢の途中で、総てが終わってしまった。結局、日本という国は私のような人間を必要としていなかったのだ。私が別れた人たちには家庭があり、彼らの未来があった。それを考えると、この天災を機会に、私たちは、2度と会うことなく、別々の場所で生き延びる事が、最良なのだ。彼らが便りをくれないのは、私が中国にいる家族と一緒に生活するのが一番、仕合せであると思っているからに相違なかった。彼らとの別れは互いに別天地で暮らすよう神が決めてくれた私への道標なのだ。これからの私の住処は『大連微笑貿易有限公司』だ。
〇
私は、『大連微笑貿易有限公司』の立上げに努力するが、中々、思うように行かない。そこで日本に再訪すべきか、悩んだりした。今になって考えると、あの8年間は何であったのか。女として最も美しく楽しい20代から30代に向かっての大切な季節を、私はただ意味も無く、日本で浪費してしまったらしい。私が一番、綺麗だった時代を、私が日本で過ごしたことは、まぎれも無い事実だが、私は日本で得ようとしたものを何一つ得ることが出来なかった。そして私は今日も中国の大連にある『微笑服飾』2号店の店頭に立ってお客が来るのを待ちながら、日本の『スマイル・ジャパン』の倉田社長に電話を入れた。
「愛です。日本に帰ろうかと思いますが、会社はどうなっていますか?何度も電話しています。連絡下さい」
会社に電話をしても倉田社長の携帯電話に連絡しても、留守番電話になっていて、倉田社長と連絡を取ることは出来なかった。斉田医師にも電話したが、電話は通じなかった。日本の電話はおかしくなっているのか。そんなことは無い。芳美姉も琳美も大山社長たちと連絡出来ている。倉田社長と斉田医師の2人は、私との汐時と思っているに相違なかった。琳美は一時も早く、日本の大学に戻りたいみたいだった。彼女と一緒に日本に戻るには、今まで付き合って来た男たちを利用せねばならなかった。その男たちの所へ戻るということは、折角、縁が切れた男たちを、破滅に誘う事かもしれなかった。私は日本に戻るべきか否か悩んだ。大連のアパレル店で仕事をしながら、『大連微笑貿易有限公司』のことを考えたり、『スマイル・ジャパン』の四谷店に戻ろうと考えたり、自分のこれからの方向を見定められず、悩んだ。この戸惑いと苦悩をどうすれば良いのか。その答えは単純に決められるものでは無かった。考えても考えても、考えがまとまらず、苦悩が続いた。そうこうしているうちに4月になった。大山社長と日本の状況を確認し合っていた芳美姉と琳美は、日本に戻ることを決断し、芳美姉が私に訊いた。
「愛ちゃんは、どうするの?」
芳美姉に、そう訊かれても、『大連微笑貿易有限公司』の起業申請中であり、答えることが出来なかった。すると芳美姉は優しく私にアドバイスしてくれた。
「直ぐに決めることは無いわ。立止まって、冷静に確かめることも重要よ。立止まって、どこで生きるか、居場所を確かめる勇気も必要よ。ゆっくり考えてから行動すれば良いわ」
芳美姉の言葉は、弟の樹林から、私が『大連微笑貿易有限公司』の起業計画を進めていることを、聞いての発言に違いなかった。そう言ってから2日後、芳美姉は琳美を連れて、日本に戻って行った。2人が日本に戻ると、私は日本に何かを置き忘れて来たような気がして、日本が恋しくなった。思い切って斉田医師に電話した。何度かかけて、やっと電話が通じた。
「こんばんわ。分かります。愛玲です」
「ああ、分かるよ。元気かい?」
「はい。元気です。御変わりありませんか?」
「こちらは、東日本大震災と原発の爆発で、随分、変わっちゃったよ」
「そうですか。私、琳ちゃんが日本に戻ったので、私も、そろそろ日本に戻ろうかと思ってます。いろいろやることが残っているから」
思いがけない私の電話に、斉田医師は戸惑っている風だった。
「日本は以前の日本と違い、犯罪が増えて、物騒になっている。危険だ。それに沢山の会社が倒産している。帰れる状態じゃあないよ。君のいた会社も倒産したのじゃあないの。四谷の店はシャッタ-が下りたままだよ」
「本当ですか?」
「うん。店の看板も無いよ。だから、戻って来ても仕事が無いんじゃあないの。まだ帰れる状態じゃあないと思うよ」
「でも、私、東京が好きだから」
「そんなことを言わず、中国で仕事を見つけ、そちらの人と結婚したらどうなの」
斉田医師の言葉は冷たかった。日本に戻ってもらいたくないような言い方だった。斉田医師は心変わりしたのでしょうか。私は疑心暗鬼に陥った。私は斉田医師に確かめた。
「私を嫌いになったの?」
「そうでは無いが、君の仕合せを思って・・」
彼は、はっきり答えないが、私が日本に戻らない事を願っているのが、その弁明から読み取れた。
「分かったわ。ありがとう。さよならね」
私は、そう言って、自分から電話を切った。電話に出た斉田医師は以前の彼では無かった。私が勝手に夢見ていた事を私は悟った。私は日本に戻ることを諦めた。恋は幻。蜃気楼。必ず終わりがやって来るのだ。振り返れば私の大都会、東京での8年間は、愛しい夢幻の都の日々の物語であり、今になっては、消してしまいたい過去になってしまった。それぞれの思い出は、月日と共に、風になり、水となって流れ去って行くのでしょうか。私は何時か、また違う仕合せを手にすることが出来るのでしょうか。さようなら日本。さようなら東京。忘れないで、私の事を何時までも・・・。
『夢幻の月日』完結




