1章
「夏ってさ、こう、 緑だよね。」
「緑 だな、 ここは。」
私達はお互いに、名前を知らない。
「緑は、 目に優しいんだってな。」
と奴は言う。
「それ、何か聞いたことある。」
私はそう答える。
図書館の外にある公園のベンチで、 ただただこうやって喋っている。
「去年もこんな話、 しなかった?」
「そうだったか? 覚えてないな。」
私の問いに奴はそう答えて、
「そうか、 一年経ったのか」
と呟いた。
一年前、その夏の日、公園のベンチから立ち上がって、 意を決してやっと電話で告白をして友達を1人失ったそのあとに、 一人で声を殺して泣いていた。 近づく自転車のタイヤのかすかな音も、 足音にも気づかなかった。
「暑いな。」
と学生服のその人は言った。
「暑いですね。」
と私は顔を上げて答えた。
その時、名前をお互いに尋ねなかったから、 なぜかそのまま。
きっかけを逃してしまったからなのか、その時間く必要がないと思ったからなのか。
どちらかかもしれないし、 両方かもしれない。 わからないし、覚えてもいない。 出会うべくして出会ったのか、どうして泣いている私に『暑いな』なんて言ったのかも知らない。ただ、心の中の春めいた空気が消えていく中で、
『暑いですね。』
と答えた。
きっとあの時、夏が始まったのだ。
あの夏から一年、 そこに奴が居るのを見て私がそこに行ったり、 私がそこで本を読 んでいると奴が来たりする。
挨拶も何もなく、 どちらかが喋り出し、 何となくどうでもいいような、どうでもよ くないような、 昨日見た夢の話みたいな、そのとき思いついた話をする。
最初は、つまり一年前、 やっぱり、何となく公園のベンチに二人で腰掛けていた時、 ふと、頭上の桜の枝を見上げて私は言った。
「夏って、なんか緑ですね。」
「緑….だな、ここは。」
奴も上を見上げて相づちを打つ。
「緑は目に優しいんだってな。」
泣きはらしてまぶたが腫れた私に奴が言う。
「それ、なんか聞いたことある。」
私は、そう言って笑った。
「一年、 経ったんだね。」
と私は言う。
「去年も今年も、何も変わらないような。」
そう言うと奴は言った。
「変わっただろ。」
「そう、 何が?」
私は尋ねた。
「あの、 何かモシャモシャしてる低い木の、 背が伸びた。」
奴はそう言って、目の前の低木を指した。
「サツキか。 伸びた?解らないけど。」
私は首をかしげる。
「前は、向こうの池がもう少し見えた。 でも今年はもう見えない。」
「へえ。」
よく見てるな、と、私は少し感心する。
「それと」
「まだあるの」
「お前の髪が伸びた。」
言われて、 ふと髪に手をやる。 小さな声で呟いた。
「そうだね、 伸びた。」
変わったのだ、色々なことが。
不意に、奴の名前を尋ねてみたくなった。 だけど、名前を尋ねる代わりに、 私は言った。
「君は、 髪を切ったんだね。」
すると奴も、思い出したように
「...そうだ、 切った。」
と呟いた。




