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第2話・2

 国立科学博物館・地球館屋上は、ハーブガーデンの他、いくつかのベンチが設置されている。東京を広く感じながら、特に上野駅を発着する電車も一望できるので、「鉄」にとってもたまらないノンビリスポットである。


 二人はそこの自販機でペットボトルのお茶を買い、一休みしていた。

 風がやや強い。

 麦わら帽子を脱いだミツルのショートカットの前髪が揺れる。


「アキラ君と、最後にデート出来て、よかった」

「……最後? なんで?」


 ミツルは微笑みながら、上野駅を離発着する電車を眺めている。

 山手線の緑と京浜東北線の青が、じゃれるように駅のホームに吸い込まれていく。


「アキラ君に、怖い思いさせたと思う。主に母が。……ていうか、引いたでしょ」

「……」


 確かに、引いた。


 そもそも彼女の母・エンマから過剰な攻撃を受けた痛みが、正直抜けていない。なにせ正中線4連撃だ。アキラを拉致するだけなら最初の当て身だけでよかったはずなのに、あの過剰な攻撃に、何の意味があったのだろう。

 いや、そもそも、なぜ彼女の母親は、アキラにミツルが戦う所を見せたのだろうか?

 わざわざ、拉致してまで。


「確かに引いたし、今でもあの時のことは、夢じゃないかって思うけど」


 アキラは言葉を選ばず「引いた」はっきりと言う。

 ミツルのことが好きだから、正直に言おうと思ったからだ。


 引いた、という言葉を聞いて、ミツルもストレートに傷つく。

 それはアキラにもわかった。


「でも、……好きだから。」

 

 ミツルはまだ、電車を見ている。


「私、日本の国防の象徴なんだよ」

「うん」

「世界各国から選ばれた191人の格闘精鋭をバトルロイヤル形式の演習で無傷で勝ち残ったりするんだよ」

「無傷っていうのがすごいよね」

「……女の子っぽくないじゃん。ミツルって名前だって、昔から男の子っぽいっていわれてたし」

「ミツルが、女の子っぽいから好きになったわけじゃ、ない」


 少しだけ、声を強くする。

 ミツルはまだ、電車を見ている。


「あの時、すごいと思ったから……ミツルが本当に、強いって、思ったから」


 それは、ミツルを富士演習場地下300メートルで見る前の事。

 なにげない、高校の教室のヒトコマが、きっかけだった……。


・・・・・・・・・


 4月――。

 新学年になり、高校二年生になったアキラとミツルは同じクラスになった。

 それまでアキラとミツルは何の接点もなかった。話しかけたこともなければ、同じ班になることもない。この時二人は、全くの他人だった。


 ……そのクラスには、タクヨシ君という男子がいた。

 タクヨシ君は背が小さく、やや太り気味で、そのデブさ加減を自虐しながらクラスをよく笑わせていたのだった。

 タクヨシ君は男子グループの輪の中に積極的に入り、いっぱい話しかけ、自虐笑いを取り、休み時間に一発ギャグをし、朝の点呼に屁で返事をし、先生に強めに怒られてもへらへらし、顔に油性ペンで落書きをされた姿で授業を受け、先生に真剣に怒鳴られるがなおもへらへらし、わざとジャンケンに負けて購買のパンを罰ゲームでパシりにいき、そのお金を皆が払わないのを取り立てるというギャグを昼休み中続け、金を払ってもらう代わりにカバンの中にパンの袋ゴミをパンパンに詰められて帰る、という男子のノリを自ら率先してやっていた。


「それ、いじめだよ」


 ある昼休みの出来事だった。

 タクヨシ君が縄跳びで両手を結ばれ、飲みさしのコーラのペットボトルに、コーヒー牛乳と麦茶とポカリを混ぜたものを強制的に飲まされる、というノリを男子たちと一緒にやっていた時、ミツルはタクヨシ君と男子たちに向かってそう言ったのだ。


「それ、やめなよ。いじめだから」


 戸惑ったのはその場にいた男子と、数名の女子たち、そして、タクヨシ君だった。


「いや……いじめじゃ、ない、よ?」

「や、これ、男子のノリだから」

「タクヨシが自分で始めたやつだし。シン・コーラっていう、なあ?」

「これだって、タクヨシが自分から縛ってくれって、な?」

 困惑する男子たち。タクヨシ君も困り顔だった。

「あの……みんなの言ってる通りで、別にいじめとかじゃなくて、……これはその、……ギャグだから」

 当の本人のタクヨシ君が説明する。

 でも、ミツルは引かなかった。

「いじめだよ。やめなよ、そういう事」

 そう言うと、男子たちはトーンが落ちる。白けた空気が昼休みに漂い、昼休みの、あたたかくほほえましいクラスの空気が、一気に冷めてしまう。

 その空気に耐えられず、むしろタクヨシ君が率先して周囲に居た男子たちやその場に居合わせた全員に「なんかごめんな巻き込んじゃって」「白けさせちゃってごめん」と手を合わせて謝ったりしている。

 タクヨシ君の頑張りもあって、少しずつ、クラスの声が戻ってくる。


「……平塚さん、ああいいうノリが苦手なのかも」「なんかでも俺も調子乗っちゃったかもスマン」「でも、いじめじゃないよな?」「バラエティっていうか、こういう男子のノリが分かんない女子もいるんだよ」「自分に関係ないのに口出すのっておかしくない?」「まあでもちょっと調子乗ってたかも」「あんなのいつもやってるよな? 普通だよな?」「いじめじゃないよな?」「平塚さん、家がきっと厳しいのよ」「いじめじゃない空気だったよな?」「本当僕のせいでみんなごめん」「いいってタクヨシ。たまたま平塚さんがイライラしてたんだよ」「生理?」「バカやめろって失礼だから」「またシン・コーラ作りしような」「俺たち友達だし」「いじめじゃないよな?」「いじめじゃないよな?」「いじめじゃないよな?」


 そんな声がささやかれる中、ミツルは静かに自分の席に戻る。

 そして、窓を見た。

 カーテンが翻る。風が吹いている。

 そのカーテンの、ひらひらしている隙間から、窓に反射して映るミツルの顔が、ただ席にすわってボーっとしていた丸坊主のアキラの目にはいった。

 

 風の向こうのその顔に、アキラは恋をした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・


「だから……。あの時から、好きに、なりました。」

「……」


 なんでだろう。

 なんで僕は、このエピソードで、この人を好きになったのだろう。

 なんで僕は、こんな空気の読めない人を、好きになったんだろう。


 でも、好きになった。

 

 好きになって、どうしても好きになって、1か月悩んで、2か月悩んで、それで7月14日、なんとなく帰るタイミングか同じになり、それで勢い、その辺の道で、でもそれで、僕は、アキラは、ミツルに、好きです、という気持ちを、伝えたのだった。


 伝えたのだったなあ……。


 ミツルはまだアキラの方を見てくれていない。

 アキラはミツルの、横顔ばかり見ている。

 ミツルの事はよくわからない。よくわからないが大体わかる。ミツルは空気が読めないだけではなくて、かなりやばい奴なのだ。

 だって、国防の象徴の、世界一のなんか、武? なのだから。


 ミツルと居るときっと、とんでもない目に合うに違いないし、ミツルの方でもきっと、アキラをとんでもない目に――事実、遭わせた。

 ミツルは今まで、自分の身近な人にこういう目に何度もあわせてきたのかもしれない。

 

 だから、デートに応じてくれたけど、これで最後。

 あなたの気持ちを、これで納めてほしい、と、


 「最後」というのは、――そういうことなのだろうか?

 ミツルはいままで自分に好意を寄せてきた人に、いつもこうしてきていたのだろうか?


 そのときアキラは気づいた。ミツルの視線が、下の電車ではなく、上を見ている事を。

 アキラもその視線を追うと……上野駅から見てスカイツリー方面の上空から……


 7体の、ジェット噴射している上半身が、


 天空から、


 舞い降りて、きた……。


 舞い降りて、きたのだ!


「ラァァァァァーメン!!」


 あいつだ! マイティ・ラーメン、ユーゴスラビア人の、ラーメン氏だ!


「……ここにいたか、平塚ミツル! 富士演習場では後れを取ったが……今度は7体に増えた私が、貴様のパンティを脱がせ、貴様が女か宦官か、はっきりと確認してくれるわ!!!!」


 7体の中華風ユーゴスラビア人のクローンの上半身が、ジェットを吹かせて国立科学博物館地球館屋上に迫ってきた!


 その時、ミツルは……。

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