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第1話・3

 破壊山・善徳……。

 全長2メートル40cm、体重210キロの黒人巨漢が、グラウンドの中央に立っていた。

 誰が一目で見てもわかる。

 まわし姿のお相撲さん。である。

 破壊山はしかも、そのグラウンドの中央から、ほぼ動いていないという。

 自身の立っている場所から直径で4.5メートルの円から出ずに、陸上国防軍の存在する191の国と地域から選ばれた非補給・単独での武力を退け、立っているのだ。


「……」


 そのお相撲さんに……女子高生のミツルが、一歩、二歩、三歩……向かっていく。

 向かっていくのだ。


「……」


 向かっていくのだ!


 なぜ向かうのか?


 いや、なぜ彼女はこんなところに居て、こんなバトルロワイヤルに参加し、そしてなぜ――生き残ることが、出来ているのか?


 ミツルは、普通の女子高生ではなかったのか――!!!


 女子高生・ミツルが一歩一歩、3メートルは超える黒人力士に向かって歩いてくる。

 その距離、あと20メートル。18メートル。16メートル……。

 ミツルの足が、早まる。


 13メートル、9メートル、5メートル……


 破壊山は彼女の姿を認めると、蹲踞の体勢をとり……

 いつでも仕切りする体勢をとった。


 相撲にはない1対多数のバトルロワイヤル方式の戦闘。そのため破壊山は、360度に気を張り、目の前の敵だけに集中しすぎないよう戦っていた。

 したがって、これまで目の前の敵には、普段の2割程度の実力を出しておらず、残りの8割は死角からの不意打ちにそなえていた。

 事実、この戦いの最中に幾度がバックからの攻撃を受けることもあったが――破壊山はそれらをお相撲さん特有の驚異の柔軟性でかわし、多数との戦いという慣れない方式でも、敵を制圧することができたのだ。


 2割の、実力で。


 2割の実力で、である。


 しかし今、破壊山は知っている。もう彼女の他に、敵はいないと。

 だから、破壊山は、周囲に気を遣い、2割に抑えていたった力を、目の前に集中させ――

 全・力で。

 向かおうとしている。

 たとえ眼前に現れている敵が、この殺伐とした場所ににつかない、女子高生の格好をしていたとしてもだ。

 破壊山は、油断はしなかった。

 異形な身なりで油断させたり、民間人に擬態してゲリラ戦を行うことは、テロとの戦いを経験している軍人であり、力士でもある彼には、よくある事だったのだ。


 やがて、女子高生は、ミツルは――

 破壊山の領域……土俵の中に、足を、踏み、入れ……た。


・・・・・・・・・・


「世界最強の格闘技は、スモウであることは、もはや疑う余地はない」


演習を観戦していたアメリカ合衆国第47代大統領・ジョンソン・ジョンソン(ジョンソン&ジョンソン)はそうつぶやく。


「事実191か国の選手のうち、優に130国がこの戦いに「お相撲さん」を派遣してきた……。相撲が立ち技最強であり、お相撲さんが非電源、非補給、非火器、単独での陸上最強の制圧力であることは、この事実からも、そして科学的なデータからも明らかだ。」


 隣にいた副大統領であり、メガネ姿の東洋系女性のミッチェル・スワンがアイパッドを片手にジョンソンの隣に立つ。


「しかし、破壊山……ジョンソン大統領の弟君は、スモウを初めて僅か1年です。失礼ながら、これほどまでの結果を残すとは、科学的にもありえないと思っておりました」

「科学的データの何が役に立つか!」


 ジョンソン大統領は豪快に……笑う!

 笑う!


「スモウの邪術的な側面が、人間の脳を解放することが科学で判明したのだ。……スモウは最強の格闘技なのはなぜか。……それはスモウをとる前の儀式、宗教的高揚が、人間の脳をトランスさせ、科学では証明できないスーパーパワーを発するからだ」

「……」

「発するのだ! アッハッハッハア!!!!」


 ジョンソンはミッチェルからアイポッドを奪うと、デコピンでアイポッドをはじく。

 アイポッドはそのデコピン一撃で粉々になる。


「所詮科学なんてこんなものさ。ただそれだけのこと。スモウパンチの前に、科学は死ぬ。事実デコピンでアイパッドは壊れたじゃないか!!!! これが科学の限界だ!!!」

「……弟君、ジョンソン・ヨシトクは、その「科学の限界」を、アメリカの誇る科学力で乗り越えました。」


 ミッチェルは困り眉のまま、アイポッドの残骸を見つめている。


「アメリカの誇る科学で、相撲を科学し、わが弟の脳にダイレクトアクセス。脳を相撲にし、血液をちゃんこ――つまり、最適栄養培養液で満たし、人格を科学でかき消し、科学で相撲を人間の体にアップデートした。相撲は最強だ。そして相撲は、おすもうさんは、人工的に、短期間で作れる。アメリカの科学力を用いればな。」


 ジョンソン大統領は召使を呼ぶと、召使は一冊の本を取り出した。


「しかし――スワン君。君は、格闘技マニアであれば、当然この本は知っているね」

「はい。日本の格闘技漫画である『刃牙』シリーズですね。バージョンを変えて現在100巻以上刊行されているという……」


 ジョンソンの手には『バキ道』という、日本の秋田書房から出版された漫画単行本があった。

 これは実際に日本で売られている書籍であり、日本では書店に行けば大抵手に入る。時には新幹線の駅の売店ですら手に入ることもあるという。


「……この漫画、一見ただの娯楽マンガに見えて……日本の重大な国防の秘密が隠されていた。この漫画の作者はかつて、日本の自衛隊に所属していたのは有名な話だ。」

「ええ。そしてその時の日本の国防の機密を、漫画という「暗号」に託して世界各国に漏洩させていることも……」


 ジョンソンは苦虫をかみ殺す顔をしている。


「この漫画の存在で、一人の格闘家がミサイルや軍隊に勝るという事が――あえてデフォルメして書かれているが――ばらされてしまった! 国防に携わる人間が読めばわかる。これは世界の隠蔽していた重大な秘密が、すべてばらされてしまったのだ!!」


 ジョンソンは、手にしていた「バキ道」を、


 粉々に、


 粉砕した。


 粉々に――である。

 粉々にする瞬間、ジョンソンの上腕は膨れ上がり、特注スーツには何本もの裂け目が入った。しかし―――そのスーツは激しやすいジョンソンが、こうなることを見越して作られたものだ。つまり、裂け目をあらかじめ用意することで、ジョンソンが不意に激高しても、スーツそのもの砕かれることはない……そうした特注スーツでないと、彼は感情がよく高ぶるので、スーツが粉々になり、全裸になってしまうのである。


「その刃牙シリーズで、今連載されているシリーズのテーマが、相撲、だ」

「はい。」

「なぜ、相撲なのか。なぜ、今更、相撲なのか……。作者にはすでに、この格闘漫画で巨万の富を得て、テーマ的にも完結した漫画であった。それがなぜか、蛇足のように、突如、「相撲」をテーマに漫画シリーズを開始した。なぜか?」


 床に散らばるのは、アイパッドの破片と、漫画の破片だ。


「相撲が、最強だから――」


 スワンが息をのんで答える。


「そう。そのとおりだ」


 ジョンソンはそれらの破片を踏みつける。


「スモウは最強だからだ! バキの作者は、この漫画ですべてを手に入れたにもかかわらず、なお世界に対して真実を書かねばならないと……そういう使命感で、今も、この瞬間も、漫画を描き続けているッ!」

「そしてそれは」

「事実だッ!!! スモウは最強であり、世界各国のパワーバランスを壊しかねない」

「はい」

「世界は、核兵器を必要としないフェーズに入った。大量の破壊兵器を使用した戦争が、自国に何の利益をもたらすことはなくなった時代――」

「世界の国防に必要なのは、大量破壊兵器ではなく、ピンポイントでの制圧力……」

「そう、それも、コストをかけることなく、非補給……電源や弾薬を浪費することなく、持続性と機動性があり、対立する相手側を"殺すことなく"、しかし、"制することができる"力」

「殺害や破壊はコストであり浪費であり、そのようなものを引き起こすリスクは“経済戦争”下の現世界では全くのデメリット」

 二人の言葉がヒートアップする。もうどっちがどっちの言葉を話しているのかわからない。

「したがって」


「スモウは、最強であり」


「お相撲さんを科学的に生産できる我が国は」


「最強であるとッ!」


 しかし、「バキ道」によって、相撲最強が全世界に知られてしまった現在、そのアドバンテージが大幅に減ってしまってた。アメリカとしてはそこが痛いところだった。


 だが――破壊山は、そんなスモウ・バトルロワイヤルと化した地獄の演習の中でも、ただ一人、生き残った。


 191か国のうち130か国のお相撲さんの猛攻をもろともせず、無傷で、バトルロワイヤルである「非補給・単独演習」というサバイバルバトルマッチの、「最後の二人」まで勝ち上がったのだ!


 その破壊山が……倒れた。


「……?」


 ジョンソン大統領と、スワンは、ただ呆然とそれを見た。


 最強の相撲は……。

 

 アメリカの体現する、最強の非補給陸戦武力暴力幻想は。 


 たった一人の日本の一人の女子高生により、


 瞬・殺。


 であった。

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