第1話・2
「あと、一人ね」
アキラの隣でゆったりとした和装姿で、あの人――彼女の母親・平塚エンマがそうつぶやくと、グラウンドに居るミツルの姿が一瞬消えたように見え……
次の瞬間、拳を構えた格好で静止した姿が現れる!
その傍らには、スリランカ人であり、スリランカ最強の武術「アンガムポラ」のスーパーマスターであり、
現職国会議員であり、
東京オリンピック近代5種代表スリランカ代表選手でもある、
シリマヴォ・バンダラナイケ・クマラトゥンガ・ギハン・サマンタ……
シリマヴォ・バンダラナイケ・クマラトゥンガ・ギハン・サマンタ。
そう、スリランカ代表、シリマヴォ・バンダラナイケ・クマラトゥンガ・ギハン・サマンタの、褐色の、体が! 大地に伏せていたのだった!!!
いったい何が……何が起きたというのだ!!!!!!
「……シリマヴォ、バンダラナイケクマラトゥンガギハンサマンタは、スリランカの国防の威信をかけてこの“非補給単独技能演習”に参加したようね。……全体で3位に入るこの成績なら、インドからの内戦介入を水際で防ぐことができそう。オリンピックの近代5種に参加したあとのコンディションでこの成績なら、よく頑張った、と言ってもいいわ」
隣にいる和装のミツルの母親――平塚エンマは、おっとりとした口調でそうつぶやく。
「国、防って……」
「先ほども説明したじゃない。これは、演習……。世界各国の「国防力」を示す演習……。4年に一度、オリンピックが開かれると同時に開催される“非補給・単独”での国防力を世界各国が示すPRの場であり、国同士の政治が交錯する場だと……」
そう、つまりは、世界中の「国防力」の象徴である「非補給・単独」の武の象徴たる一人が、一堂にグラウンドに集められている。
「非補給・単独」の国防の象徴、とはなにか?
……補給を前提としない――つまり火器弾薬の類いを使わず、単独で「武力」となすことのできる、――格闘能力者のことだ。
それらが一堂に集められてこのグラウンドで「演習」を……ああ、回りくどい言い方は、もうやめだ!
つまり、これは、殴り合いだ。
つまり、国が後押しする、暴力の代表選手が……
つまり、殴り合いの、暴力の、国の威信をかけた、国の代表たる、殴り合い……
そう、最後の一人となるまでの、国代表の格闘家の、バトルロワイヤルが!
今、まさに――、ここ富士自衛隊演習場地下300メートルの機密グラウンドにて、世界各国の上流国民とフォアグラの前で、行われていたのだ!!!
行われて、いたのだ!!!!
「スリランカ代表、ギハンサマンタの満足した顔をごらんなさい。彼はこの演習で、世界3位にまで生き残りました。世界3位――彼の頑張りで、スリランカの国力が示され、少なくとも次の演習までの4年間は武力による干渉をどこの国から受けることはないでしょう」
和装の夫人。平塚エンマはおっとりと語りながら、第二ディスプレイを薬指で指さす。
亀山モデルの第二ディスプレイには、仰向けに転がりみぞおちを抑えながらも、安らかな顔を浮かべているスリランカ格闘技最強の男が映されていた。
「じゃあ、彼女は……ミツルは」
「ええ、日本の国防を担う非補給・単独での「武力」の象徴――日本代表よ。」
平塚ミツル。彼女は日本国の誇る非補給国防戦力であり、その能力の演習の場で、世界一の座となるまで、
あと、
一人、
と、
なっていた。
なっていたのだ。
世界一になるため――倒させねばならない、あと一人の、その相手とは……。
「あれって……!」
「ええ。アメリカ代表。ハワイ・オワフ島出身。本名はジョンソン・カヴェナ・ヨシトク・イオナカナ。日本でのしこ名は【破壊山】……破壊山善徳。」
「そう……」
ミツルの母・平塚エンマは、クワッと目を、見開いた!。
「お相撲さんよ!」