そして、彼女は“星(スピカ)”となった。
午前0時の学校の屋上、少女は星を見上げていた。
「んーーんん…?…学校の屋上なら綺麗に見えると思ったのだけど…、(当てが外れたかな?)…全然見えない~~…。」
冬服制服…紺のブレザーとブラウス、胸元の藍色のネクタイがちらりとみえる。規定通りの長さ、ルーズじゃない校則通りの黒のニーハイソックス、黒のローファー。
派手ではないが、素朴な愛らしさが滲み出ている可愛らしい少女。…今時望遠鏡も無しに夜学校に忍び込んで星を見るなど人としても当該生徒のーー、学生としてそれはどうなの?と、少女の友人や家族なら咎めていただろう。
そもそもが都会の夜で、例え夜だろうと田舎みたく完全に無人と言う訳でもないのだ。街道には普通に街灯があって等間隔に道を照らしているし、学校の周辺には駅前の繁華街のネオンの灯りやらが漏れていて結構明るいのだ。
どうしたって少女が見たい“満天の星空”とやらは見られない。
……。
……やはり、この少女は真夜中に学校に何しに来たのだろうか?
因みに自殺とかそういう理由で来ている訳ではない事をここに明記しておく。
彼女──小林陽菜は天文部ーーでもなく、合唱部だ。(あ、因みに歌わない合唱部部員ーーピアノ伴奏専門である)
…歌わない合唱部部員とはこれ如何に?
それに小林陽菜の表情は常よりも明るい…気がする。いや、今宵は満月──ではなく三日月。お月見するには少々─…、いや、大分微妙な月の満ち欠け…普通そういうのは良く晴れた日の満月の夜に行うもの。
「星になれ、と言われても…私ピアノ専属だし…うーん、どうしよう?」
可愛らしい顔立ちなのにとても渋い顔をして唸っている…いや、本当に何をしに来たのだろう?
小林陽菜は歌わない合唱部部員としてこの学校では知られた存在である。
そもそもが友人に触れて仕方なく入部した経緯がある。(その時も大分渋った)
ピアノ伴奏はーー昔からの習慣だし、ずっと続けていた事もあって音楽の教師(合唱部顧問)よりも巧い。譜面通りに弾く事は当然として更にその上に感情の乗せ方とか独自の技巧と工夫、余韻を残しての物語を魅せるのが秀逸だ。
今は“合唱部”を理由にコンサート打診を断っているのだがーーそれもいつまで抵抗できるものだろうか…楽団はまだ諦めていない、寧ろ“絶対に断れない状況”を作るために策を弄している…気付け、大人を本気にさせてはいけない。
「…とは言えミュージカルの主役はな~。私歌ってないのよ?ピアノ専属だから。」
ピアノリサイタルーー…心惹かれない訳ではないが、それはもう捨てたのだ。
実家──と言うか主に約1名──父との些細な言い合いが発展して今に至る。
ピアノを弾いて日銭を稼ぐ毎日…そんな自分に天下のフィルハーモニー楽団から声が掛かるのは非常に名誉な事だし誇りだ。
ただーー…“女子高生小林陽菜”としてはそんな大きな会場で大勢に一挙手一投足見られながら自分の演奏を聴かれるのはちょっと…畏れ多いと言うか、気後れすると言うか…。
それに喧嘩の原因ともなったのがその“ピアノ”の事だ。
小林陽菜の父は陽菜の卒業後に件のフィルハーモニー楽団に入れ、と頭ごなしに命じてくる。当然絶賛反抗期中の陽菜は猛反発。喧々轟々の取っ組み合い掴み合い罵尾雑言。それはそれは一族始まって依頼の親子喧嘩であった。
……。
…今こうやって屋上のコンクリート剥き出しの床にどっかりと座って遠くを見詰める少女からは想像も着かない落ち着きぶりだ。
元から頑固で自分の将来を決めつけられるのが気に食わない、しかもそれに伴って勝手に縁談を持ってきた。当然これにも猛反発。しこもそれはフィルハーモニー楽団に入団と同時期にいろいろすっ飛ばしての“入籍”。
いや、自分はそんな紙にサインした覚えはない。父が勝手に筆跡模写が得意な秘書に私の筆跡を真似て勝手に書かせていたのである。
信じられない…!!
私の意思すら必要ない、と黙って従え、とそう言う事だ。
私は…私は…ッ!!人形じゃない…!父の望む通り動く人形では…ないっ!
…そう言って飛び出したのが6年前。最早一人暮らしも庶民暮らしも板に付いた頃。
こうやってぼんやりと夜に一人物思いに耽るのが落ち着くのだ。
…例えば今眼前に見える明かりの消えたビル。実家の──父の持ち会社ではない会社のビルだし、母の祖母の実家があるこの街は田舎であるから誰も私の顔から素性を察しはしない。
それに高校入学と共に祖母の家を出てからは益々一人暮らし生活が板に付いた。
今の私を見てかつての友は以前の私と今の私をイコールで結び付けたりはしないだろう。
手は垢切れ水荒れ放題でお世辞にも綺麗な手ではない。
掃除も洗濯も料理も全部で自分で遣らなければならない…これは本当に大変だ。日々の弁当作りだってバイト帰りのスーパーの割引シール目当ての間に合わせ品。時にはカップラーメンで済ませることもしばしば。
大変だと思うこともあるし、楽しい、嬉しい…と思うことも多々あった。
「──…どうしようね?」