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側近ケビン

 内政部門でようやく認めて貰えるようになった頃、陛下に呼び出された。厄介事の匂いがする。第一王子ライハルト殿下の側近にと打診を受けた。

 俺は内政部門ではまだまだひよっこだ。一人で任されるのは簡単な仕事だけだし、それも上司や先輩のチェックが必ず入っている状態。


 残念ながらライハルト殿下が馬鹿で無能との噂が絶えず流れている状態だったが、それが悪意ある噂だと俺は知っている。が、そう思っている人は他にもいる。何故俺に。


 以前ライハルト殿下は社会見学よろしく、王妃様に連れられて内政部門へやって来た。その時、北部一帯での長雨による土砂災害や食料手配などで大忙しだった。

 殿下は邪魔にならないように、私たちをじっと見ていた。そして。


「母上。あの人とあの人、寝た方がいいと思う」

「どうしてそう思ったの?」


「そろそろ倒れそうだし、集中力切れちゃってるよね?」

「他の人はどうなの?」

 全員徹夜続行中だ。今すぐ倒れて眠りたくもある。出来ないけど。


「きっとおじさんだから、体力の限界が早いんだよね!」

「…確かにそうね。仮眠室の用意を」

 王妃様の指示によって数名が強引に連れ出されそうになるなか、予算の計算が…!と食い下がる部門長に、殿下は可愛く追い打ちをかけた。


「ふーん? 他の人は出来ないの?」

「ぐぬぬぬ」


 殿下は侍女に自分の家庭教師を呼んで貰う様に頼んだ。部外者に見せられる様な書類ではないのに、王妃様も止めないので不思議に思った。

 現れたのは前予算部門長ルヒト様だった。まさかの重鎮の登場に、室内に緊張が走った。


「ルヒトじい、手伝ってー」

「殿下は人使いが荒いですなー」

 そう言いながらも満更でもない顔をしているのにびっくりだ。


「だってルヒトじい、こういうの得意でしょ? あ、ここ計算間違ってる」

 恐ろしいと評判だったルヒト様の膝に乗って、計算間違いを指摘する殿下にひやひやする。


「子どもにも出来る計算を間違えたのなら、寝るべきね」

 王妃様の駄目押しで、数名が別の意味でも蒼白になりながら仮眠室へ向かった。


 その後、殿下の手配で侍女が紅茶とおやつを運んできた。おやつは殿下が親しくしている料理人の実験作で、辛いのもまずいのもあったが、全員が寝不足でピリついた雰囲気がすっかり和やかになってしまった。


「気持ちはわかるけど、効率を考えればこそ、交代でちゃんと休憩を取ってねー」

 そう言って殿下は、笑顔で手を振りながら帰って行った。ルヒト様を置いて行ってしまったので緊張感が残ったが、さすが元予算部門長。それらに関係する仕事がサクサク進んだ。


 それから内政部門では、ライハルト殿下の悪評が流れてきても適当に相槌を打つ程度になった。噂とは本当に当てにならない。

 悩みはしたが、上司にも相談し、側近の打診を受けることにした。おそらく将来的にはもっと同世代の側近で周囲を固めるだろう。その時にまた役人に戻ればいい。


 そこの約束はきちんと書面にもして貰った。給料も今より上がるし、今しか出来ない仕事の経験を得ようと思ったに過ぎなかった。


 記憶力が拙い事を補う為に始めた地方視察で、殿下は今まで見逃されていた、その地方特有の特産品を面白いほど掘り起こし続けた。

 気に入ったものはお土産として持って帰り、食品は親しい料理人に、織物は縫製部門になど、それぞれの専門家に紹介していた。


 料理人はそれを夜会や茶会で披露して、縫製部門は王家の衣装に使用したりした。見たことがない、美味しい、美しいなどと評判になり、広まっていく。

 注文が入り、地方の収益改善に大いに役立っていた。生産が追い付かなくなる場所も出て来た。

 領主から相談を受け、先行投資さえ出来ればと思うものについては内政部門へ相談に行った。


 内政部門は協力はしてくれたが、肝心の予算が下りなかった。そのことを殿下に報告すると、勿体無いからと自身の私財を投資すると言った。王子の資産の目減りなど、絶対にさせられない。

 必死で計画を考え、内政部門にも協力を仰いだのが功を奏したのか、今の殿下はちょっとした資産家並みの勢いで私財が増えていっている。


 資料を見て判断する事がほとんどの内政部門では、なかなか成果が上げられなかった地方の収益改善。それをたった一度の視察で改善のきっかけを掴んでいく殿下は天才だと思った。

 仕事がどんどん楽しくなってきた。内政部門からの感謝の言葉、地方貴族からのお礼の手紙も絶えない。けれど、気になることもある。


 詳細な計画は俺が考えているが、それは側近として当然の事。きっかけは全て殿下の慧眼によるものだ。これ程地方に国にと貢献しているにも関わらず、殿下の悪い噂ばかりが広がっていく。

 侍女や内政部門の知り合いに協力して貰い噂の出所を調べても、食堂で誰かから聞いた気がする等、曖昧な着地点で終わってしまう。


 誰かを庇い立てしている様子も見られない。消しても消しても広がっていく噂は、不思議と言うより不気味だった。


 ディーハルト殿下とカリーナ嬢の不貞は箝口令が敷かれているとはいえ、ディーハルト殿下は今は公務や行動を制限されている。

 それなのに、ディーハルト殿下の良い噂は未だに絶えず流れてくるのも不思議でならない。ライハルト殿下を陥れようとしているにしても、尻尾があまりにも掴めなさすぎる。


 周囲と連携して殿下の耳には入らない様にしているが、学校に付いて行って驚いた。城と同等かそれ以上にしっかりと悪評が広まっていた。

 それに対し、殿下の功績に関してはいくら噂を流してみたところで立ち消えする。


 一体どういう事なのか。中央とは異なり、地方では殿下の人気は上昇を続けている。中央と地方で何故これ程の差が出るのかわからない。

 フィリアナ様の協力もあって、今では地方領主にとって、殿下に顔と名前を覚えて貰うことは一種のステータスにまでなりつつある。視察の要請も後を絶たない。差が酷すぎる。


 悪評の対応に長年苦慮させられていたのに、殿下が学校を卒業した途端、何もかもが好転した。悪評は鳴りを潜め、正しい殿下の情報が、こちらが何かしなくても簡単に広まっていく。

 今までの状態が一体何だったのか、誰かの意志によるものだったのか、何もわからないままだった。だが、悪意ある噂が流され続けていた城や中央から距離を置けたことが、殿下にとっていい事だったのは間違いない。


 殿下の結婚後、中央、地方に関わらず、夫婦で参加した夜会で必ず貴族に取り囲まれ、地方貴族が持参した土産が屋敷に大量に届く。

 毎回使用人総出でも処理が追い付かない。嬉しい悲鳴だ。


 何より、ライハルト殿下が幸せそうにしている。あの時、側近の話を受けて本当に良かった。そして、伯爵家にまで付いてきて良かった。

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