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77話 悪鬼羅刹の修羅~無我、血塗れた牙~

『——で、横陣の戦況はどうなんだ? かなりヤバい状況なのか?』


『いえ、現状では〝圧倒的優勢〟ですっ』



 俺は駆けていた足を止め、上空のブランシュルーヴを見上げる。



『……ん? どういうことだ? ミリーが危険なんじゃないのか?』


『危険は危険みたいです! えーと……リズさんに一太刀浴びせるくらいには危険ですっ』


(リズに一太刀……? ——あの左腕か!)


 あの時も気になったが……やはり、敵に付けられた傷じゃなかったか。


『なんでそんなことになってるんだ!? 仲間割れか?』


『いえ! 現在の破廉恥娘(はれんちむすめ)はいわば〝暴走形態(モード)〟……自我がありません! 〝鬼丸〟抜刀中の副作用()()()らしいですっ』




〝ほら、前にちらっと話した〝もう一つのB特〟、そこの隊長だよ。俺も詳しくは知らないけど……〝呪われた刀〟を持つと聞く。一度その刀それを抜くと、まるで人が変わったように血を求めて戦い続けるらしい〟




 ——なるほど、チャンが言っていたのはそういうことか。

 今のミリーにとっては、眼に入る者は全て敵……例えリズであっても、それは変わらないというわけだな。


(圧倒的な強さと引き換えに〝副作用〟……〝妖刀〟か——)


 ——だが、あのリズのことだ。

 その辺の危機管理もなく、その場凌ぎの戦力として降ろしたとは考えにくい。

 その副作用の発生はもちろん、対処まで視野に入れての作戦行動だったはずだ。

 となれば十中八九、ただ横陣を突破するためだけに投入したわけじゃない。

〝対字持ち(ネームド)〟まで見据えた〝継戦要員〟として考えていたんだろう。




〝申し訳ないけど……私の見立てが甘かった〟




(何にしろ、それが叶わなくなった……何か誤算があったということか——)


 かといって……無差別なだけあって、別にリズを追って来ているわけでもない。

 一見放っておいて、暴れさせておいてもいいようにも見える。

 が——。




〝ミリーを止めて〟




 ——そう言うからには、それもマズいんだろうな。

 誤算というより、その先に何か大きな問題がありそうだ。


『その言い方だと……二つ目があるのか?』


『はい、どうやら〝時間制限(タイムリミット)〟があるみたいで……』


『〝時間制限〟?  それが来たらどうなる? 〝鬼丸〟が普通の刀になっちまうとかか?』


 ミリーのあの強さが〝妖刀由来〟のものだとしたら……リズの焦りも頷ける。

 ただの剣士に戻るなら、一人であの軍勢を相手にすることは死を意味するだろう。


『上手く説明できないんですが、アテナさんが言うには〝アイシームーンでのチャンさん〟……とのことですっ。わかります?』


 ——アイシームーンで? 何かあったか? 


『抽象的過ぎるな……時間がないんだ、もう少し詳しく聞けないか?』


『いえそれが……〝アルならこれでわかる、わからなかったらもう知らない!〟とのことでして——。でも心配しないでください! 自称巫女様が去って行ったとしても、アルカ様のナツキはずっと傍に居ますから——』


『アテナめ、なんだってこんな時にふてくされてるんだ……』


 ——何にせよ、ああなった巫女様はもうアテにならない。


(とにかく考えろ……俺なら〝これ〟でわかる? どういうことだ——?) 


 チャンは剣士じゃない……刀の問題じゃないのか?

 そもそもアイシームーン(あそこ)では戦闘なんて起きてな——。




〝ははは……、一気に根こそぎ魔力を持っていかれた感じです……。とても俺には使えないですよ、これは——〟




 ……ふてくされてるわけじゃない? 


〝リベリオンのこと〟だからか——?



(まさか……〝妖刀〟ってそういう——!)


『なんで()()をわかってて降ろしたんだ! リズは——!』



 ダッ——!



 俺は横陣に向かって、思い切り踏み込む。


(あの強さ、普通じゃないとは思っていたが……それだけ魔力を吸われてるってことか——!)


 ——これ以上ナツキに聞いたところで、もう何も出て来ないだろう。

 とにかくこのままだと……ミリーは戦場のど真ん中にぶっ倒れることになる。


『普段ならリズさんが抑えられるらしいのですが、今日は無理だったみたいです……〝こんなことは初めて〟だそうで——』


(『普段なら』……やはり何かしら方法はあるんだな? リズ——!)


 ……落ち着け。

 俺が取り乱せば、またナツキを不安にさせる——。


『……そのリズが無理なものをどうしろと? まさか〝斬れ〟とは言わないよな?』


『リズさん(いわ)く〝鬼丸を鞘に納めるだけ〟とのことでしたっ』


 ……だけ?

 暴走中()つ、リズにダメージを与えられるような剣士だぞ——?


『……やはり斬れってことか?』


『少々……いや、だいぶ(しゃく)ですが! ()()()()()近づいて名を呼べば、必ず反応するとのことでしたっ』


(俺が……名を呼べば——?)




〝私だって……出来るなら自分で止めてあげたい! でも無理なの! 今、ミリーあのコの中に私は居ない!〟




 リズのあのセリフと繋がる……か?


(……考えていても仕方ない、今はリズを信じよう——)


『——わかった、とりあえず行ってみる……』


『お願いします! 破廉恥娘を回収したら、すぐにヴァンさんのところへ向かってください! あとはこちらにお任せをっ』


 この後の流れまで、ちゃんと考えてくれているのか——。

 俺は本当に……何をやってたんだろうな、こんな大変な時に。


(だがそれなら……信じるだけだ——!)


『——了解だ! 必ず成功させる!』


『わかってます! では後ほどっ』


 ナツキとの伝心が切れる。

 それと同時に、ブランシュルーヴが大きく旋回を始める。


(そうだ……俺はもう大丈夫だ。戦場全体を見渡せる位置に着け! スターク——!)


 俺は背のリベリオンを左腰に据える。


「〝リベリオン〟——」


 ——横陣のとある一点、兵の動きが慌ただしい場所がある。


(そこに居るんだな……? ミリー!)


 俺はリベリオンを強く握り、魔力を込める。


「【抜刀一刀流(ソニックブレイド)】——、 《風切(かざきり)》!」



 ブワァン————ッ!



 刹那一閃。

 紫光の斬撃が、横陣の一角を薙ぎ払う。


 気づいた敵兵たちがこちらに向き直り、次々と声を上げ始める。



「はっ、 〝白狼〟だー!」

「後方より敵増援ー! 第六小隊より後ろは迎撃に回れー!」

「無理だー! 鬼姫が止まらない!」



(ミリーは……なっ——!)



 横陣を抜け出たミリーが、俺に向かって一気に距離を詰めてくる。




〝危険は危険みたいです! えーと……リズさんに一太刀浴びせるくらいには危険ですっ〟




 右手には、大きく振りかぶった鬼丸。



〝現在、破廉恥娘はいわば〝暴走形態(モード)〟……自我がありません!〟



 急激に高まるその魔圧……全身が切り裂かれているような感覚だ。


 あれは明らかに、俺を〝敵〟と見なしている。




〝ミリーを止めて〟




(あぁ……俺が止めてやる——!)


 ここから十歩ほど先で深く踏み込んだミリーが、思い切り前屈みになる。




()()()()()近づいて名を呼べば、必ず反応するとのことでしたっ——〟



 ドンッ——!



 一瞬にして、ミリーが俺の懐に現れる。


「目を覚ませ〝ミリー〟! 鬼丸に呑まれるな!」



 ギィィィィンッ——!



 振り下ろしたリベリオンと鬼丸が重なり、直後——。



 ドォンッ——!



 爆発的な衝撃波が発生し、辺り一帯に砂塵を巻き上がらせる。

 浮き上がった水色の髪が、ミリーのその表情を露わにする。


「ミリー! ……なっ——」


「フゥーッ……フゥーッ——!」


 俺を睨みつけるその紫眼——。

 その下、口元から大量に……紫の血が流れ出ている。


「なんだそれは……ミリー!」


 ——斬られた傷じゃない、自身の〝左の八重歯〟による傷だ。

 あまりにも長く伸びた〝(それ)〟が干渉し、そこから出血している。


(これも……副作用なのか——!?)


「ガアァァァッ!」



 ギィィィィンッ——!



「くっ——!」


 俺は再度振り抜かれた鬼丸を受け、後方に距離を取る。


(どういうことだ……!? 名を呼んでも変化がないぞ——!)


「キャハハハハ!」


 ミリーはその場で天を見上げ、狂ったように(わら)っている。


 その姿、まさに【鬼姫】——。

 血塗れた牙で(すべ)てを穿(うが)つ、悪鬼羅刹(あっきらせつ)修羅(しゅら)




〝どうか何をご覧になりましても……(わたくし)のことを、お嫌いにならないでくださいまし——〟




「……くそっ、ただ〝鬼丸〟を使う〝お姫様〟ってわけじゃなかったか——!」



【鬼姫】ミルフィーユ・ミルルリア・ミリー。

 ——俺は経った今、その二つ名の本当の由来を眼の辺りにした。

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