76話 金の泉~命を賭すな、想いを賭せ~
急に映し出された空——。
それに吸い込まれるように、俺の思考が遮断される。
「しっかりして! 隊長でしょう!? チャンさんだって……あなたが連れてきたんじゃない!」
——意識の外で彷徨っていた俺は、耳を衝く怒声に呼び戻される。
俺はゆっくりと、その声の方に視線を下ろした。
「……! リズ——」
振り抜かれたリズの右腕……その奥に、金の泉の揺らめきが見える。
(……あぁ、横っ面叩かれたのか——)
——リズの涙など、初めてみた。
ただ事じゃない……一度落ち着いて、真剣に向き合うべきだ。
「俺が隊長で……俺がチャンを——」
『……わかった。だが最初に伝えた通り、テンペストからは俺とチャンしか出せないぞ』
——そうだ、俺がチャンを連れてきた。
そういう前提で、話を進めた。
その強さを知っているから。
ただ一人、背中を預けられる男だから。
(なのに俺は……あんなに取り乱して——)
『土壇場になって、結局は信じてないってことか?』
(違う)
『失礼なヤツだよな、 〝信じろ〟とか〝信じてる〟とか……口だけかよ?』
(違う!)
『例え相手が〝字持ち〟だとしても、道理が通らないだろう? お前らの信頼関係そのものを疑う——』
(うるさい! 俺は……俺たちは——!)
——どこからともなく聞こえる声が、俺の真意を問いただす。
その問答に明確な決着を見ぬまま……再度、リズの震える唇が開く。
「私だって……出来るなら自分で止めてあげたい! でも無理なの! 今、ミリーの中に私は居ない! それをわかってて〝我〟を突き通したところで……今以上に戦況は悪化するだけ!」
——我? 戦況が悪化する?
「確かに私が巻き込んだ! でもだからこそ……私には、皆を無事に帰す責任がある!」
……違う、別に俺たちは巻き込まれたわけじゃない。
自分たちで選択したんだ、別にリズのせいじゃ——。
「これが今考えられる最善手なの! 全員死なずに戻るのに……一番確率が高いって判断したの!」
——全員死なずに? 何言ってるんだ?
仮に万が一があったとしても、死ぬのは【殿】の俺一人だ。
例えこの命に代えても……全員離脱させてみせる、必ずだ。
「皆あなたに付いてきてるんでしょう!? だからこそ……! あなたの判断一つで——全員死ぬわよ!」
——リズレット・バレンタイン。
〝純粋な剣の腕だけであれば国内最強〟とまで謳われた、天下無双の【剣聖】。
その実力は、俺も身を以って知っている。
だが今、眼の前にいるそれは……瞳いっぱいに浮かべた、その雫のせいだろうか。
どこにでも居そうな、普通の女性に見える。
(俺がリズを……こうさせたのか——?)
……あのリズがここまで言うんだ、必ず何か意味がある。
単なる危機管理じゃない、俺が見落としている何かが——。
『一度は言うことを聞いて、離脱したみたいなんだけどね。でも結局その後……わかるだろ? 今、俺たちがしていることと同じだよ。——それで、全滅した』
——終わらない……のか?
俺が【殿】になったところで——。
『そうなの? じゃあアレは?』
あいつらは関係ない……殺るなら俺を殺れ!
『まぁいいや、船を堕とすのは、キミの足を落としてからね』
それが……戦争だっていうのか——!
「お……俺は——」
言葉を紡ぎだせない俺を見て——。
全てを悟ったかのように、リズの眼は平静を取り戻す。
「……泣いていたわよ、ナツキさん——」
「……っ!」
『俺が行かないと……!』
——リズにその先を言い切れなかった本当の理由が、今やっとわかった。
〝核心〟がどうとか、そういう問題じゃない。
とても説明できたことじゃなかったんだ。
〝スズカをこの手で殺す〟
——それを無理やり実行することが、戦況、任務、約束……その全てを無視した、俺の〝我〟でしかなかったからだ。
とてもリズを……皆を、納得させられるはずもない。
そのことが、本能でわかっていたからなんだ。
根拠のない殺意に、ただただ囚われていた。
……いや、例えそれに根拠があったとしても——。
(俺はもう……自分のことだけを考えて、生きていっていいわけじゃない——!)
『まだそんなこと言ってるの? これは戦争……仕事なんだよ? そもそも〝逃げた〟のはキミじゃないの? アレ、大丈夫?』
逃げたつもりなんてなかった……けど、そうだよな。
俺が〝我〟を通すことは、結果的には逃げていることになるんだ。
(俺を信じて付いてきてくれている……[テンペスト]から——!)
——俺とリズの視線が、もう一度重なる。
「でも、泣いて頼まれたから来たんじゃない。私は——」
「わかってる。——すまない、俺がどうかしてた」
(……俺は最低だ、リズの想いも知らずに——)
この〝配置換え〟は、強いとか弱いとか……そういうことじゃなかった。
どうしようもない俺の代わりに、リズが盤面を見ていてくれたんだ。
本来なら隊長である俺の役目なのにな……散々迷惑を掛けた、とても頭が上がらない。
(そして……お前がそんなに冷たいヤツじゃないのも、もうわかってる——)
そんなお前の〝義理〟に甘えて、 〝大事なもの〟を犠牲にさせるところだった。
いや……既に片足突っ込んでるな。
こうしてモタモタしている間にも、どうやらミリーは危険に晒されている。
そりゃさすがのリズも、あれだけ激昂するわけだ。
(だがやはり……さすが、元【A特】の隊長だな——)
——それに比べて、俺はまだまだダメだ。
でも……だからこそ、リズから学べることはたくさんある。
(今度は俺が……お前に応える番だ——!)
「もう大丈夫だ……ミリーは俺に預けろ! ——俺も、お前にチャンを預ける!」
〝お互いの大事なもの〟を、預けられる関係になるんだ!
それがきっと……本当の意味での〝信頼〟であり、 〝仲間〟なんだ!
「……ええ、ミリーをお願い。チャンさんも絶対に死なせないわ。例え私が——」
グッ——。
俺はその口を塞ぐ代わりに、リベリオンでリズの剣を強く押し込む。
「その先は必要ない。——それを、俺がさせない」
——命を賭すな、想いを賭せ。
もはや俺にとってはお前の命も、あいつらと同等に重い。
「生きて帰りましょう、 〝白狼〟」
クルッ——。
リズは自分の剣を回転させ、リベリオンを上向きにすくい上げる。
お互いの〝相棒〟が重なりあったまま、天に向けて交差する。
「当たり前だ、 【剣聖】。……戻ったら宴だぞ——!」
まるで誓いを立てるかの如く——。
俺たちの視線は自然と、見上げた空で重なった。
フッ——。
リズが視界から消えたのを確認し、俺は横陣に向き直る。
(今一瞬……笑ったか——?)
……そういえば、リズの笑顔は見たことがなかったな。
俺がもっとちゃんとすれば……いつかそれも、見ることが出来るのだろうか——。
「さて……〝鬼姫様〟を迎えに行くか——」
ダッ——!
俺は横陣に向けて、急ぎ移動を開始する。
(……! 身体が……軽いな——)
——さっきまでとは、まるで違う。
これは拘束が解かれたからとか、そういうことじゃない。
『ただ怒り狂ってるだけの人間なんて、全く怖くないよ。ゴメンだけど』
そういうことか——。
俺一人の〝我〟だけじゃ……重くて、苦しくて、息が詰まって。
周りが全然見えてなかった、見ようともしてなかった。
誰かのために戦おうとするだけで、こんなにも強くなれる。
誰かが俺の中に居てくれるだけで、こんなにも安心できる。
(想い一つで、こんなに変わるとはな——)
結局のところ——。
俺はどこまで行っても、 【殿】なのかもしれない。
だが《撤退戦》の【殿】じゃ、結局は何も護れない。
眼の前で失うか、見えないところで失うかのどちらかだ。
それなら俺は……《殲滅戦》の【殿】になればいい。
全てを護るために、全てを斬り伏せる。
——私怨は捨てる、俺はもう迷わない。
(〝俺の大事なものを奪おうとする〟……それだけが、俺の敵である唯一の証だ——!)
——周りに敵兵が居ないおかげで、進みが早い。
ほどなく横陣は、斬撃の射程範囲に入る。
『……聞こえるか?』
ひどい切り方をしたからな——。
『——っ! ひぐっ……アルカ様ぁぁぁぁ』
——ごめんな。
怒ってないのはわかってた。
だけど傷つけたのも、わかってた。
『すまなかったな。——許してくれるか?』
『ぐすっ……。絶対許しますん——』
(……ははっ、どっちなんだ一体——)
だが……それを確認するのはあとだな。
申し訳ないが、俺のせいでもう時間がない。
『そうか……わかった、あとで煮るなり焼くなり好きにしてくれ。それより——』
『はい! わかりましたっ! では〝鬼姫鎮圧戦〟に入ります! ——準備はよろしいですか? アルカ様っ』
——そうだ。
俺はお前の、そういうところが大好きなんだ。
優しくて、いつも前を向いてて……いつだってそれに救われてきた。
(それを俺は……失うところだったんだな——)
——過去のことなんて、もうどうでもいい。
今の俺を作っているのは、失った記憶……〝歩んできた道〟なんかじゃない。
『そういうことだ、ナツキ! ——サポート頼むぞ!』
こうして今……こいつらと〝歩んでいる道〟が、俺を俺で居させてくれるんだ。
そしてその〝歩んでいく道〟を、俺はもう見失ったりしない。
『はい! お任せください、アルカ様っ』
だから全部まとめて、護り抜いてみせる。
俺を俺たらしめるもの……その全てをだ!
「〝リベリオン〟——」
——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。
(まずはミリー……お前からだ!)
読んで頂きありがとうございます。
「面白い」 「続きが読みたい」
「まぁまぁかな」 「イマイチ」
など、素直なお気持ちで構いませんので、下にある☆☆☆☆☆から評価をして頂けると幸いです。
ブックマークも頂けますと、より一層励みになります。
どうかよろしくお願い致します。




