75話 神速の使徒~未承認のスイッチ~
「アレはどうなの? さすがにキミよりは、強い人が乗ってるのかな?」
空を指していた指を降ろし、スズカが首を傾げる。
(待て……何を言ってるんだ——?)
「まぁいいや。船を堕とすのは、キミの足を落としてからね」
首を縦に戻したスズカが、俺に向けて両手を突き出す。
(堕とす? ……何を? これは俺とスズカの勝負だろう——?)
「足だけとか、やったことないからな~。上手くできるかなぁ」
シュルルルルッ——!
宙に浮いたチャクラムが、それぞれ回転数を上げ始める。
そのまま俺に狙いを定めるように、広範囲に散らばり始める。
「〝何〟を……『堕とす』って——?」
その時——。
カッ————。
「——っ!?」
眼の前が白一色に染まり、俺は思わず眼を瞑る。
「なっ、なんだ!」
「眼っ……眼が——!」
敵兵の動揺と共に、拘束が少し弱まる。
俺はそのまま立ち上がろうとする……が、右半身が言うことを聞かない。
(これは……痺れ——!?)
……バリバリバリィッッッ——!
少し遅れて——。
辺り一帯に、凄まじい雷撃音が響き渡る。
(次こそ本当に……稲妻じゃないだろうな——!?)
バタッ、バタッ、バタッ——。
次々と、何かが倒れ込むような音が聞こえてくる。
バチッ……バチッ……バチバチッ!
雷撃の弾ける音が、断続的に聞こえてくる。
俺は状況を確認するため……ゆっくりと眼を開く。
「……! リズ——!」
その姿、まさに【剣聖】。
神の雷光を纏いし、神速の使徒——。
「——良かった、まだ生きてたのね」
俺に半身を向けていたリズが、敵軍に向き直る。
だらんと下がった左腕からは、ボタボタと血が滴り落ちている。
(あのリズが……傷を——?)
「……まだ? そんなことより、お前こそ大丈夫——」
『《部隊伝心》です! リズさん現着しました! ——では皆さん……これより〝作戦通り〟お願いしますっ』
……ナツキ? 一体どういうことだ?
「作戦通りだと……? 俺は何も聞いてな——」
「私から説明するわ。とりあえず……〝配置換え〟よ」
リズは一瞬、スズカに眼をやったあと——。
こちらに向き直り、俺の足元目掛けて鞘を振り抜いた。
ふわっ——。
足に鞘が触れた感覚は無かった。
——だが、俺の身体は宙に浮いた。
間違いなく、その鞘によって打ち上げられた。
フッ——。
俺の眼の前から、一瞬にしてリズが消え去る。
と同時に——。
ドンッ——!
「——っ!?」
俺の視界から、戦場の景色が一気に遠ざかる。
どうやら……俺はリズに抱えられ、あの戦域を離脱させられている。
「おい! 【嵐殺】を仕留めないと——」
「少し黙って」
「……っ!」
————スタッ。
ほどなくして、着地したリズに俺は降ろされた。
周りは木々に囲まれている。
その隙間から外を覗く……が、近くに敵兵の姿は見当たらない。
俺はリズに向き直る。
「どういうことだ!? 何故あそこを離れた!?」
「作戦に変更があったからよ」
リズは身体をパンパンとはたきながら、淡々と答える。
「俺が隊長じゃなかったのか? ——そんな指示は出してないぞ!」
「あなたが伝心を切ったから、他で決めたんじゃない。ハデスの時と一緒よ」
やっと俺の方を見たリズは、相変わらずの無表情だ。
(……確かにそうだ、伝心は俺の方から断ち切った。だとしても——!)
「わかるだろ! 悠長に話しながらどうにか出来る相手じゃない! 俺が行かないと——」
「あなたが? なぜ?」
——リズの純粋無垢な金眼が、俺の激情を覗き込む。
その核心目掛けて、躊躇なく踏み込んで来る。
「そ、それは——」
……説明のしようがなかった。
なぜなら俺にすら、その〝核心〟が掴めていないからだ。
「あなたまさか……」
言葉に詰まった俺を見て、リズがその眼を少し細める。
俺は思わず俯き……重なっていた視線を地へと移した。
「——まぁいいわ。ダラダラしてると追いつかれる……作戦を説明するわね」
リズは何かを言いかけるも、すぐにその口を噤んだ。
そして話を切り替えると同時に、中央塔の方向を指差す。
(あれは……リズが抜けてきた横陣が垂れてきてるのか——)
恐らく……急いでこちらに向かったことにより、殲滅しきれていなかったんだろう。
「【嵐殺】のことは一旦忘れていいから、あなたはアレをお願い」
……『横陣の追撃を止めろ』ということか?
〝字持ち〟はリズに任せろと?
(俺なんかじゃ……【剣聖】に比べたら役不足ってことか——?)
——そうだな、そうかもしれない。
お前は自他ともに認める最強の剣士で……きっと俺なんかよりも、ずっとずっと強いんだろう。
別に否定するつもりはないし、それならそれで構わない。
(だが、スズカだけは……アイツだけは俺の手で——!)
——言いたいことはわかっているつもりだ。
だが俺には俺の事情が……いや、単純に抑えきれないものがある。
おいそれと了承することは、とてもじゃないができそうにない。
「何だ……敵の増援部隊か? ミリーは何してる! あれぐらいどうにでも——」
「……」
つい……強い言い方をしてしまった。
だが、そのせいじゃないだろう。
リズがこんな風に肩を落としているのは、これまで見たことが無い。
「……まさか——!」
——だから言ったんだ、ミリーはまだ出れる状態じゃないと。
「申し訳ないけど……私の見立てが甘かった」
やはり……何かあったんだな?
(ミリーは、あのクソみたいな地獄の底から……やっと外に出られたばかりだったんだぞ——!?)
「どういうことだ! はっきりしろ! ミリーを置いて来たのか!?」
俺が全力で止めるべきだった……! 俺が——。
「ミリーを止めて」
「なっ……は——?」
……止める? ミリーを? ——今からか?
(どういうことだ……? 俺が止めるのはあの横陣じゃないのか——?)
「詳しいことはナツキさんに伝えてあるから、そっちで聞いて。私はハデスを回収してから、 【嵐殺】の元に向かう」
リズは言うだけ言って、クルッと俺に背を向ける。
もう出陣つもりなんだろう……両足の爪先を交互に、トントンと地面に打ち付け始めた。
俺は急いでその肩を掴み、再度こちらに振り向かせる。
「——ちょっと待て! その間スズカはどうするんだ? 放っておける相手じゃ……まさか——!」
「そうよ、チャンさんが一人で相手をする。いえ……既にしている。——わかったかしら? もう時間がないの」
リズの鋭い眼光が、一直線に俺を突き抜ける。
(〝配置換え〟……俺とリズのことじゃなかったのか——!)
——考えてみればそうだ。
これだけ話し込んでいて、追っ手が来ないってことは……既に誰かが相手をしてるってことじゃないか——!
「スズカは戦争の……殺しのプロだ! これまでの相手とは全く違う! チャンは——」
「心配ならさっさと戻ってきて。それとも何? 信用してないの?」
「違う! そういうことじゃない! 俺は——」
パァンッ——!
(……え——?)
——左頬に衝撃が走ると同時に、俺の視界は空へと切り替わった。
その直前、一瞬映ったリズの眼は——。
リズがあの時……アイネに向けていたものと、全く同じものだった。
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