73話 ラゴウの闇~暗部、帝軍四番隊~
ズキッ——!
鳴り止まない頭痛が、さらにその強さを増す。
(こんなことは初めてだ……しかしこの痛み——)
このままあれこれ考えていたところで、全く治まる気がしない。
やはりスズカを殺すのが、一番早そうだ。
(すまん……皆——)
——俺は今から、戦争がどうのこうのといった〝道理〟を無視する。
大したことのない俺とヴァンの〝関係性〟を、一時的に塗り替える。
それにより、どこから来ているのか説明のつかないこの声……〝感情〟を受け入れる。
「確かに仲間じゃない……だが、ヴァンはテンペストの大事な隊員だ。落とし前はつけさせてもらうぞ」
自分自身を肯定するために。
俺が俺に、ここで動いていい〝理由〟を与える。
今だけは……任務も約束も後回しで、俺の〝本能〟を優先する。
「は……くろ……」
後ろから、微かにヴァンの声が聞こえてくる。
「俺が隊長だったよな? 作戦前に言質は取ってある……文句は言わせない」
確かに、お前は[テンペスト]じゃない。
だがそれを踏まえた上で、 〝俺の好きに盤面を動かしていい〟……そういう約束だったはずだ。
「やっぱりそうなんだ? じゃあ殺っちゃわないとだね——」
——俺が隊長とわかれば、敵は頭を殺りに来る。
けどな、ヴァンは俺の部下だなんて……助けられたなんて思わなくていい。
瀕死のところ申し訳ないが、逆に今回は利用させてもらったところが大きい。
(汚ねぇな……俺——)
今、俺のこの心の内を覗けば……皆離れていくかもしれない。
だが——。
(それでも……抑えられる自信がないんだ——!)
スッと片手を上げたスズカを見て、敵軍が隊列を整え始める。
「〝字持ち〟とは名ばかりか? 【地斬】はきっちり一対一を用意してくれたぞ?」
「スズは脳筋じゃない……って、ジークと一騎打ちして生きてるの? キミってもしかして〝字持ち〟? ごめん……スズ、顔と名前覚えるの苦手で——」
——この様子だと、アーレウスの〝字持ち〟連中ともかち合ったことはあるらしいな。
ならお前こそ、それで生きてるのなら大したもんだ。
やはり【嵐殺】……その二つ名は、飾りではないんだろう。
「大丈夫だ。俺は〝字持ち〟じゃないし、覚える必要もない。お前はここで——」
バタッ——。
後方から、何かが倒れ込むような音がした。
俺は顔だけ少し振り返り、その様子を確認する。
「ヴァン……」
先ほどまで、かろうじて大岩にもたれかかっていた狂犬が……前のめりに倒れ込んでいる。
「お……れは……まだ——」
——その状態で、まだ戦おうとするのか。
さすが【冥王】の二つ名はダテじゃない、天晴なことだ。
だが……勇敢と無謀、は似て非なるものだ。
俺はそれを、身をもって知っている。
「……いいや、お前の出番は終わりだ。もう寝てろ——」
俺はスズカに向き直り、数歩前に踏み出す。
その直後——。
ゴゴゴゴゴォ……!
背中の方から、大地のせり上がる音が聞こえる。
「ごめんアルカ! 遅くなって!」
次に振り向いた時には——。
大岩が円蓋を形成し、ヴァンの姿は覆い隠されていた。
「ちゃんと間に合ってるぜ、チャン——」
——ヴァンのことだけじゃない。
かろうじてまだ、俺が俺でいられている。
「一つだけ聞かせろ……お前、アズリア人に恨まれるような覚えはあるか?」
——ダメ元で口を衝いた言葉でしかなかった。
だがスズカは、その眉をピクっと動かした。
「え……あり過ぎてどれのことだか——」
——正直、大した期待はしていなかった。
だがその〝一縷の望み〟のようなものが、僅かに繋がりかけている。
(……『あり過ぎて』——だと?)
——まだ、何を聞いたわけでもない。
ましてや……見知らぬ女の過去など聞いたところで、俺と関係など——。
ドクン……ドクン——。
速まる心臓の鼓動が、俺の呼吸と思考を妨げる。
理屈ではない何かが、 『扉を開けろ』と暴れている。
「それは……なぜだ——?」
——聞き逃すわけにはいかない。
だが、冷静ではいられない。
そんな俺の焦燥が、唇の動きを鈍らせる。
たった一言聞き返すだけ……それを、こんなにもゆっくりと紡がせる。
「スズ、 [帝軍四番隊]に居たから——」
「……っ! 【四獅連隊】か——!」
……反王政を掲げ、アズリアから分離、独立し、内戦を仕掛けた非承認国家〝ラゴウ帝国〟——。
その『帝軍九隊』のうちでも上位四隊はそう呼ばれ、長きに渡ってアズリア王立軍……延いては国民を苦しめた。
その中でも[四番隊]は、その特性上〝暗部〟と呼ばれ恐れられた。
高官の暗殺、民間の虐殺、諜報に略奪に公開処刑……あらゆる残虐非道を尽くした、ラゴウの闇そのものだ。
「あーでも、記憶ないところもあるから……何かしちゃってたら、ごめんね」
(……お前も〝黒穴〟か——)
——未だ、根拠は無い。
だがその経歴を聞いただけで、確信に近いものが生まれた。
【嵐殺】スズカ・クリュウ——。
対峙してから、一向に止むことの無い謎の頭痛。
圧倒的な嫌悪感、湧き上がる殺意——。
(俺から何を奪った……スズカ——!)
「殺そうと思ったが……やめだ、連れ帰る」
お互い記憶を無くしているんだ。
この後、何かがわかる可能性も低いだろう。
「えっ? スズを? 本気?」
だが構わない。
スズカの中には、俺の記憶の鍵がある。
どれだけ時間がかかったとしても、そいつを引きずり出すだけだ。
「——チャン、ヴァンを……皆を頼むぞ」
俺はチャンに背を向けたまま、リベリオンを握り締める。
「任せて、アルカ。思いっきりやるといい」
お前がそう言ってくれるから——。
俺は今まで、こうして前を向いて居られた。
「〝暗部〟に居たんだ……同じ目に合う覚悟は出来てるな? 〝リベリオン〟——」
——紫光が漏れ出し、が立ち込める。
「そんなことまで知ってるの? もしかしてキミ、アズリア人?」
——ダメだ、もういちいち答えている余裕がない。
(湧き上がるこの衝動に……飲み込まれる——!)
「腐っても〝字持ち〟……両足がもげたぐらいじゃ——死にはしないよな!?」
ダッ——!
俺は踏み込んで距離を詰め、スズカの正面で腰を落とす。
「えっ……無視——」
「【抜刀一刀流】——、 《風切》!」
ブワァン————ッ!
俺はスズカの下半身を斬り落とすつもりで、リベリオンを思い切り振り抜いた。
ズバァッ——!
「ぎゃああああ!」
「いてえぇぇぇ!」
「ぐわああああっ!」
スズカのちょうど後方にいた敵兵達が吹っ飛び、悲鳴を上げる。
(迅いな……! ——右か)
急に漏れ出したスズカの魔圧が、俺にその位置を示す。
「何かしたならごめんね。でも……スズも仕事だったから。——今もそうだし」
だらんと両手を下げたままのスズカは、両手のチャクラムを構える素振りすら見せない。
(余裕だな……なら、その気にさせてやるまでだ——!)
俺はそのままスズカの方に向き直り、もう一度リベリオンに魔力を込める。
「そうだな……別に謝らなくていい!」
ブワァン————ッ!
俺はもう一度、スズカに向かってリベリオンを振り抜く。
ズバァッ——!
「うわああああっ!」
「ぐはぁっ」
「散開っ……! 散開だー!」
またしても避けられた斬撃が、後方の敵兵たちに直撃する。
そして今回は、スズカの気配が近くに感じられない。
「ちょこまかと……! 今度はどこへ行っ——」
『アルカ様! リズさんから伝令ですっ』
辺りを見渡していると、ナツキからの伝心が入った。
(くそっ……! 今はそれどころじゃ——)
『〝字持ち〟と交戦中だ! 簡潔に頼む!』
『リズさんから救援要請です! 一度合流してくださいっ』
——救援要請だと? なぜあの二人が居てそうなる?
まさか……【地斬】まで来てるってのか?
(だが……今はスズカが最優先だ! ここで取り逃がすわけにはいかない!)
『そっちはリズとミリーに任せればいい! 俺はこのまま【嵐殺】を仕留める!』
『いえ、アルカ様……それが——』
「近接隊! 囲めー!」
「拘束隊! 〝白狼〟を捉えろー!」
「遠距離隊、構え——!」
ナツキと話している間に、敵軍がその隊列を整えつつある。
『悪いが今は対応出来ない! チャンに頼んでくれ! 切るぞ!』
『えっ、ちょ……アルカ様! アルカ様っ——』
(……すまんナツキ、怖いんだ。今ここでスズカを取り逃がすようなことがあれば——)
俺はもう一度、辺り一帯に眼を凝らす。
(きっと俺は……お前のせいにしてしまう!)
「……っ! あそこか!」
敵軍、その頭上——。
前衛を飛び越えて後退し、俺から距離を取るスズカの姿が眼に入る。
「逃がすか……! 【双剣形態】——、 《舞風》!」
『アルカ様! お願いです、応答してください! アルカ様っ——』
俺はナツキからの伝心を無視し……単身、敵軍の中に斬り込んだ。
読んで頂きありがとうございます。
「面白い」 「続きが読みたい」
「まぁまぁかな」 「イマイチ」
など、素直なお気持ちで構いませんので、下にある☆☆☆☆☆から評価をして頂けると幸いです。
ブックマークも頂けますと、より一層励みになります。
どうかよろしくお願い致します。




