71話 ミリーの実力~加速するテンペスト~
鬼丸を抜いたミリーが、落下中にその向きを変えて加速する。
だがリズの方……横陣の中心ではなく、右翼の端に向かっているようだ。
「スターク、少し高度を下げてくれ。もう少し近くで見ておきたい」
「ガッテンでっさ!」
船の降下に伴い、敵の陣容が見えてくる。
「この横陣だけで三個大隊……3000は居るか?」
「そうだね……中央の二倍近くは居る」
——例え〝字持ち〟の直轄部隊とはいえ、その戦力は無限じゃない。
これだけこっちに居るとなると……ヴァンの方はかなり手薄なんじゃないのか?
「……よし。アテナとナツキは、先に左の戦場の降下ポイントを探してくれ」
「はぁい」
「はいっ」
ならば敵を分断できているうちに、さっさとここを越えてしまったほうがいいだろう。
(もっとも……〝ここを本当にミリーに任せられるなら〟、の話だが——)
「あっ、普通に降りましたね。アルカさんみたいにドカーンと行かないんですねっ」
エリィの言葉通り、ミリーは敵軍から少し離れた場所に降り立った。
そしてミリーを包む黒い靄が……ここからでもわかるほどに、その禍々しさを増していく。
次の瞬間——。
「ぬっ、敵が一斉に倒れました! 結局ドカーンでしたぁ~!」
——確かに。
ミリーの前方に位置していた敵兵たちは、一瞬にして倒れていった。
「……見えたか? チャン」
「ははは……アルカの技とは違うね、単純に迅い」
……そうだ、敵が吹っ飛ぶ前——。
一足先に、ミリーが視界から消えたんだ。
あれは斬撃を飛ばすとか、そういった類の攻撃じゃない。
ただ純粋に踏み込んで、順に斬り落としていっただけだ。
あの一瞬を見るだけでわかる……ミリーは口だけなんかじゃない。
(あれは下手したら、本当にリズと同じか……それ以上に迅いぞ——!)
〝妖刀鬼丸〟を抜き、ただ純粋なその剣技だけで敵を捻じ伏せる……その圧刀的強さたるや、まさに【鬼姫】——。
ミリーが突入した辺りから、順次綺麗に敵兵が倒れていく。
後方から粉砕された右翼は、やがてミリーの対処に追われる……もはや、リズの方へ増援を送れなくなるのも時間の問題だろう。
「……強いな」
「うん、ここは任せても大丈夫そうだね」
どうやら、俺の心配は杞憂に終わったようだ。
元とはいえ……さすが、数少ない【B特】の隊長といったところか。
——だがそうなると、逆に一つの疑問が浮かぶ。
「何でミリーが捕まってたんだ? 相手は〝字持ち〟か?」
「そういう報告はなかったかな。けど、アルカと同じだよ」
「俺と同じ……? どういう意味だ?」
「【殿】だよ。自分の部隊……[オニヒメ]を、一人で全員逃がしたんだ」
——久々に聞いたな、その単語も。
いつかチャンにも言われたが、一人で【殿】など馬鹿げていると思う。
俺自身、二度とあんな仕事は御免だと思っていたしな。
だが逆に……今だからこそ、俺にはミリーの気持ちがわかる。
単なる仕事としてじゃなく、護るものがあるなら話は別なんだ。
いつか窮地に立たされるようなことがあった時、テンペストを生かすためなら——。
俺も迷わず、同じ道を選ぶ。
そう断言できる。
「そうか……だが〝逃がした〟? 壊滅したんじゃなかったのか?」
「一度は言うことを聞いて、離脱したみたいなんだけどね。でも結局その後……わかるだろ? 今、俺たちがしていることと同じだよ。——それで、全滅した」
——ミリーの想いも虚しく、皆戻って来ちまったのか。
俺が隊長の気持ちをわかってやれるのと同時に、きっとこいつらは隊員たちの気持ちがわかるんだろうな。
その場で無理やり言うことを聞かせたところで……結局、そういう結末になる可能性が高いってことか——。
(なら……道は一つしかない。その心配がないほどに、俺が強くなるしかないんだ——)
「アルカ様! 大変です!」
このナツキの焦りよう……もはや安全に降りれる場所も無さそうだな。
「どうした? 最悪少し離れたところからでも——」
「ヴァンさんが……〝字持ち〟と戦闘に入りました!」
「「——っ!」」
咄嗟に顔を見合わせたチャンの額に、冷や汗が伝う。
——マズいな。
万全の状態ならまだしも、ヴァンはもう相当疲弊しているはずだ。
そこに〝字持ち〟が来たとあっては……いくら【冥王】とはいえ、いつまで持つかわからない。
「どうしますか? このまま降下ポイントを探しますか?」
——もはや一刻の猶予もない、それはわかっている。
このまま直接ヴァンのところに行けたとしても、もう間に合うかわからないほどだ。
(だが……近づけば近づくほどに、ブランシュルーヴに危険が——)
「わははは! 心配しないでくださいアルカさんっ。私がいるじゃないですかっ」
ガバッと立ち上がったエリィが、横から話に割って入ってくる。
確かにここまで、こいつは何度も皆を助けてくれた。
だが——。
「いやしかし……相手は〝字持ち〟だぞ? さっきまでとは訳が違——」
「大丈夫です! 一発……一発なら、耐えてみせますっ」
両腕を腰に据えた家出娘が、得意げに俺を見降ろしてくる。
『その自信はどこから湧いてくるんだ?』と言いかけたが——。
どうやら、いつもの出たがりとは違うらしい。
(〝一発なら〟……か——)
——お調子者らしくもないセリフだ。
戦場に降りてこようともせず、何発でも来いとも言わず……はっきりとそう言い切ってみせた。
この緊迫した状況の中で、お前なりに真剣に考えたんだな。
自分には何が出来て、何をやらなきゃいけないのか……そして、どこまでならやれるのかを——。
(ならば俺も……隊長として、応えねばなるまい——)
「——わかった、船のことはお前に任せる。耐えてみせろ」
「……っ! はい! お任せくださいアルカさんっ」
エリィはビシッと敬礼をかますと、船室の中央へ駆けていった。
そしてその両手を合わせた瞬間……足元から、蒼光の魔法陣が展開される。
「ははは。頼もしいじゃないか」
——チャンの言う通りだ。
いつまで経ってもじゃじゃ馬はじゃじゃ馬……そんな俺の先入観が、エリィの可能性を閉ざしてしまっていたのかもしれない。
そして、それはきっとエリィにだけじゃない。
こいつら全員に言えることだ。
「——よしスターク、全速力だ! 俺たちが降下したら、そのまま急いで離脱しろ!」
「ガッテンでっさ!」
一気に速度を上げたブランシュルーヴが、下の横陣……中央と左の戦場の境目を越えていく。
(リズを頼んだぞ……ミリー!)
「見えてきました! 〝天翔る双龍〟……【嵐殺】スズカ・クリュウの軍旗ですっ」
操縦席の隣に立つユリが、目標の接近を知らせる。
(【嵐殺】……)
『まぁいい! とにかく、俺にこうして傷をつけたのはもちろん……両手を使わされたことすら【嵐殺】以来だったんだぜ……!?』
(あの時……ジークが言っていた〝字持ち〟か。只者じゃないのは間違いない——)
——そしてもう一つ、少し引っ掛かることがある。
「〝スズカ〟……まさかアズリア人か?」
「どうだろうね? 名前を聞く限りではそうみたいだけど……」
まぁ……そうであったとて——。
立ち塞がるのであれば、同じアズリア人であろうと関係ない。
他の敵兵と同様、斬り伏せるまでだ。
「アルカ様! ヴァンさんの魔圧がもうほとんど拾えません!」
やはりきついか……ヴァン——!
「あとどれくらいだ、スターク!」
「無理すれば……恐らく、三十秒ほどで降ろせまっせ!」
「無理って何だ!? 船が持たないとかそういうことか?」
「いや……最高速で入ると、離脱時に照準を合わせられる可能性が——」
……なるほど、さらに加速して撒くつもりだったのか。
(こいつもこいつで、色々考えてやがったのか……だが——)
チラッ——。
魔法陣から吹き上がる微風に、ピンクの三つ編みがふわふわと浮き上がっている。
俺の視線に気づいたエリィは、少し首を傾げたあと……何ともぎこちないウインクを返してきた。
(……ははっ、だよな! エリィ——!)
「そういうことなら、気にせず飛ばしていい! ——準備はいいか? エリィ」
「大丈夫です! 何秒あれば射程から離脱できますかっ?」
「旦那たちを降ろして……五秒あれば!」
——猶予の無いこの状況、俺は最低限の言葉しか発していない。
だがそんな中……二人もちゃんと、自分たちで選択し、判断し……決定することが出来ている。
いつもなら俺が紡いでいたはずの会話を、しっかり二人だけで描いている。
もはやエリィだけじゃない……スタークも、本当に頼もしくなった。
もう俺やチャンがずっと付いていなくても、案外大丈夫なのかもしれない。
(そのうち……置いて行かれるかもしれないな——)
俺なんかの知らぬ間に……テンペストは、こんなにも加速している。
「了解です、カウントだけお願いします! 五秒前から展開しますっ。水の精霊の名の元に————」
「掴まっててくださいよぉ~! 10,9……」
エリィが詠唱を始めるのとほぼ同時に、スタークがカウントを開始する。
……ゴオォォォ——!
さらに速度を上げるブランシュルーヴから、轟音が鳴り響く。
ぎゅっ……。
引っ張られる左袖、振り返った先で——。
無言の巫女様が、心配そうにこちらを見上げている。
「……大丈夫だ。心配するな」
そのエメラルドグリーンの頭を右手でくしゃっと掻き撫で、俺は扉へと向かう。
「——6,5……」
エリィが合わせている両手から、蒼光が漏れ出だす。
「《母なる海牢》!」
パァァァァッ——。
いつか見た水球のような蒼が、一瞬エリィを包み込む。
そして弾けるように一気に範囲を広げ、船内が蒼に満たされる。
「——2,1……旦那!」
「おう! 行くぞ、チャン!」
「ああ!」
ダッ——!
開け放たれた扉から、俺はチャンと共に船外へ躍り出る。
(死ぬなよ……ヴァン——!)
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