70話 天を舞う鬼姫~抜刀、妖刀鬼丸~
カッ————。
——突然、辺り一帯が眩い光に包まれる。
そのあまりの眩しさに、俺は思わず顔を覆った。
(くっ……まさかこっちに〝字持ち〟が——!?)
ピシャァァァンッッッ!
——刹那、激しい雷撃音が響き渡る。
バチッ……バチッ……バチバチッ!
雷撃の弾ける音が、断続的に聞こえてくる。
そして何より……ヴァンの時と同じ、全身がヒリつくようなこの魔圧。
(身体が痺れる……! このまま晒されるのは危険だ——!)
俺はその音の方に向けて、ゆっくりと眼を開く。
「……リズ——」
そこにはただ一人——。
身体中に雷撃を纏わせた、 【剣聖】が立っている。
群がっていた敵兵たちは、一人残らず地に伏せている。
(やはりお前も……〝字持ち〟クラスか——)
「〝白狼〟……これを」
ビュンッ——!
リズはまっすぐ前を見据えたまま、俺に向かって何かを投げつける。
パシィッ!
俺は飛んで来たそれを掴み、確認する。
「漆黒の刀……これが〝鬼丸〟か?」
地面にトントンと爪先を打ち当てながら、リズが黙って頷く。
「ミリーに渡して。先に行くわね」
——フッ。
リズはそう言い残し……一瞬のうちに、俺たちの前からその姿を消してしまった。
「ははは……乗って行けばいいのにね」
そう言ってチャンが見上げた先——。
ブランシュルーヴがこちらに向かって来ている。
どうやら、俺たちを拾いに来たようだ。
「まぁリズの足なら……あまり変わらないかもな——」
そして〝鬼丸〟——。
これを渡せば……恐らく、ミリーはリズの後を追っていくだろう。
(まだ全快じゃないはずだ……少し様子を見るか——)
俺は外套の中に、鬼丸を仕舞い込む。
ゴオォォォ……。
俺たちの眼の前に、ブランシュルーヴが降り立つ。
プシュゥゥゥゥ……。
ほどなくして扉が開き……中からユリが顔を出した。
「二人とも! 乗ってくださいっ」
俺とチャンは互いに顔を見合わせ、急いで船に乗り込んだ。
(ここでいいか……)
俺は目立たない場所に、鬼丸を立て掛ける。
そして一先ず……皆を労おうと室内に入った、その矢先——。
「皆頑張った……なっ——!」
——俺は眼を疑った。
ユリとスタークを除く全員が、もれなく床に倒れ込んでいる。
「ユリ……これは一体——」
「アテナさんとナツキさんは魔力の使い過ぎ。エリィさんは言いつけ通り放置させてもらっています。あとの二人は……寝てるだけです」
(……落ち着いて考えてみれば、全員こうなっていても仕方ないか——)
「お、驚かせやがって……。スタークも頑張ったな」
「へい! オイラはまだまだやれますぜ!」
「ははは……とりあえず皆、お疲れ様だね」
(にしても……おつうはマズいだろう——)
俺は転がっている幼女を拾い上げ、隊長席に座り……そっと膝の上に置く。
チャンも転がっている女性陣を跨いで進んでいき、向こう側の椅子に腰を下ろした。
(ぐっすり眠りやがって……だが、疲れた体が癒され——)
「——おっ」
束の間の安らぎ——。
おつうの寝顔をぼんやりと眺めていると、急にその翠眼が『ぱちっ』と見開いた。
「えへへ……。やた」
目を覚ましたおつうが、嬉しそうにこちらを見上げる。
「……ん? 起こしたか……だがおつう、こんな時に寝てたら危ないじゃないか——」
「……ばか」
「……あほ」
「……まぬけ」
「お……おたんこなす——」
四方八方——。
寝ているはずの女連中から、ぼそぼそっと声が上がったように感じた。
だが……全員向こうを向いていて、こちらからではその表情は窺えない。
(……ん? 気のせいか——?)
向こうのチャンがこちらに振り返り、辺りを一周見渡す。
「……ははは、そういうことか」
チャンは一人、何かに納得したように笑っている。
「何だ? どういうことだ?」
「〝女心〟だよ、アルカ」
チャンはそう言うと、椅子をクルっと回転させて前に向き直った。
(……〝女心〟——?)
——わからない、悪いが今はスルーさせてもらおう。
とにかく今は、左の戦場に向かうのが先だ。
「よしスターク、ヴァンのところへ——」
「隊長! リズさんが囲まれています!」
船を急がせようと思った矢先——。
窓から外を見ていたユリが、慌てた様子で俺を遮る。
(リズの強さはわかっているはず……何をそんなに焦っている——?)
俺はおつうを隊長席に座らせ、ユリの隣から様子を確認する。
「……! これは——」
眼下では——。
左の戦場からこちらへ、分厚く長い横陣が展開されている。
こちらがどう増援を送っても対応できるよう、予め敷かれていたんだろう。
そこにリズが飛び込んだことにより、その一点に向かって両翼から囲い込むように集束し始めている。
これではいくら倒しても、次から次に敵兵が投入されていくことになる。
仮に突破できたとしても、ヴァンの元に辿り着くにはかなりの時間を喰うだろう。
「さすがに数が多すぎるな……仕方ない、俺が出る——」
「——アルカ様! リズさんから伝心です! 〝ミリーを降ろせ〟とのことですっ」
扉を開けようとした瞬間——。
いつの間にか起き上がっていたナツキの手が、俺の裾をグッと掴んだ。
リズからの救援要請、しかし——。
「なっ……! ミリーはまだそんなことが出来る状態じゃ——」
「私なら大丈夫ですわ」
こちらもいつの間にか起き上がっていたミリーが、借り物の服の感触を確かめている。
「ミリー! だが——」
プシュゥゥゥゥ……。
「準備オッケーです! 行ってくださいミリーさんっ」
扉が開く音と同時に、親指をグッと上げたエリィが顔を覗かせる。
「おまっ……大丈夫なのか? そしてお前が決めることじゃ——」
「本人が行けるって言ってるんだから、大丈夫よ。それともなぁに? 私の《治癒術》が信用できない? それともそれともぉ~? 他に何か特別な感情があるのかしら~?」
……お前もか、アテナ——。
とりあえずこいつらは、全員ピンピンしているらしい。
「ご心配痛み入りますわ……でも、どうかご安心なさって。私の〝妖刀〟はリィの〝神剣〟より、純粋な攻撃力だけなら上ですのよ。一対一ならリィでも……対多数の殲滅戦なら私の方が上ですわ」
『これなら信用できる?』と言わんばかりに言い放ったミリーの表情——。
その紫眼には一点の曇りもなく……ただただ、自身に満ち溢れているように見える。
しかし——。
(【剣聖】より……か?)
……経緯はわからないにせよ、さっきまで捉えられていた〝捕虜〟と〝最強の剣士〟——。
比較する対象としては、あまりにも差があり過ぎる。
とてもじゃないが、手放しで『そうですか』とは言い難い……が、その対象である【剣聖】が『寄こせ』と言っているという事実もある——。
「信じて……いいんだな?」
「私は嘘はつきません。旦那様には」
開いたままの扉から吹き込む風が、ミリーの水色のゆるいウェーブがかった髪をバサバサと揺らす。
時折その隙間から……真っすぐ俺を射抜くその紫眼が、ミリーの求めていない選択肢を削ぎ落す。
——俺のダメなところを突いてくる、断り切れない。
「……わかった。だが約束だ、危なくなったらすぐに連絡を入れろ。ナツキ——」
「はい! もう伝心は繋がるようにしてありますっ」
「——優秀だ、ちょっと待ってろ」
「あはっ」
俺は嬉しそうに笑うナツキの横を通り過ぎ——。
先ほど隅に立て掛けた〝鬼丸〟を手に取り、ミリーに手渡す。
ミリーは黙って受け取ると、それをそのまま左腰に差した。
俺から外れたその視線は、眼下の敵軍を見据えている。
「……よし、じゃあミリーを降ろす。スターク、高度を下げ——」
「ここでいいですわ」
……いや待て、俺とチャンが降りた時より高いぞ?
「なっ……本当に大丈夫なのか?」
「ええ、でも旦那様……最後に一つだけ——」
未だ外を見つめたままのミリーが、何かをボソッと呟いた。
「ん? 何だ——」
ふわっ——。
聞き返す口を塞ぐように、振り返ったミリーが俺に抱き着く。
伸ばした両手は俺の首元に巻かれ……その水色の長い髪が、俺の視界に舞い上がる。
「はぁぁぁ!?」
「なっ……!」
「ちょっ——」
「ぷぎゃー!」
周りで騒ぐ女性陣、その声すらも遮るかの如く——。
さらに寄せた顔……その唇が、俺の右耳に添えられる。
「どうか何をご覧になりましても……私のことを、お嫌いにならないでくださいまし——」
ミリーはそれだけ伝えると、ゆっくりと顔を引き……首に絡めていた腕を解いた。
もう一度重なる視線——。
切ないような淋しいような……何とも言えないその表情に、俺は一瞬言葉を失う。
ミリーはそのまま数歩後退し、扉の前で両足を揃える。
「では……参りますわ——」
ミリーはそう言ってゆっくりと眼を閉じ……そのまま背中からもたれ込むように、その身体を後方へ傾ける。
「おい、ミリー……」
フッ——。
呼び止める俺を振り切るように、ミリーはそのまま船外に身を落とした。
(言うだけ言って……行っちまったな——)
……何が言いたかったのかはわからない。
だが、俺たちには俺たちのやるべきことがある。
「……よし! 俺たちはヴァンの方へ向かう……ぞ?」
皆の方に振り返った瞬間——。
仁王立ちの巫女様が、俺の視界に飛び込んで来た。
そしてそれを筆頭に、もう三人ほどの女が立ちはだかっている。
「ど、どうした? お前ら——」
「アル……ちょっとあの女に甘過ぎない?」
「隊長、さっさと座ってください」
「アルカ様……やっぱりひん剥きました——?」
「アルカさん! 私も過保護希望ですっ」
「……はぁ? 俺は別に——」
「お取込み中悪いけど……見ておいた方がいいんじゃない? アルカ」
助けてくれた……わけでも無さそうだ。
俺を呼び止めるチャンの横顔には、珍しく笑顔が見えない。
確かに、ミリーの戦闘は見たことが無い。
万が一口だけだったなら……俺も今すぐ飛び降りることになる。
俺はチャンの隣に屈み、扉から下を覗き込む。
「……そうだな、すまん——」
頭から降下中のミリーの懐から、何やら黒い靄のようなものが周りに立ち込める。
——リベリオンを抜く時に、少し似ている。
(……ん? あれは——)
次の瞬間——。
グラァッ……!
(揺れ……いや、 〝跳ね上がった〟と言う方が近いか——!?)
「「きゃー!」」
それに伴って、驚いた女性陣の悲鳴が船内に飛び交う。
「何だ今のは……!?」
「すっ、凄い魔力です……! 〝黒に近い紫〟……波長は誰の物とも違う、かなり尖ってますっ」
——俺に疑問に答えるように、 《魔力探知網》で視えたままをナツキが報告する。
(まさか……魔圧で船が吹っ飛んだっていうのか——!?)
俺は咄嗟に隣を見る……が、チャンは前を見据えたままだ。
「【鬼姫】ミリーが〝鬼丸〟を抜いたんだ……少ない時間だろうけど、よく見ておいた方がいい」
(チャン……一体何をそんなに——)
『ほら、前にちらっと話した〝もう一つのB特〟、そこの隊長だよ。俺も詳しくは知らないけど……〝呪われた刀〟を持つと聞く。一度その刀を抜くと、まるで人が変わったように血を求めて戦い続けるらしい』
——いつかチャンが話していたことを、俺は今さら思い出した。
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