69話 急報! 部隊伝心~任務完了、直前~
俺は再度ブランシュルーヴを背にし、戦場を見渡す。
周囲に敵影は見当たらないが……遠くの方、時折砂塵が巻き上がる戦域がある。
(あそこか……! チャン、無事で居てくれよ——!)
ダッ——!
俺は即座に踏み込み、全速力で戦場を駆ける。
——次第に、まばらではあるが敵兵が見えてきた。
「……! 後方! 〝白狼〟だー!」
「迎撃陣形ー! 突破を許すなー!」
俺に気づいた敵兵たちが声を上げ始め、後列が一斉にこちらに振り返る。
「そうだ……俺を見ろ! 【双剣形態】——、 《舞風》!」
ズパッ、ズパァッ——!
「ぎぃやああああ!」
「ぐはぁっ」
(なるべく派手に立ち回って……少しでもチャンから引き離すんだ——!)
奥へ斬り込み、左へ右へ——。
俺は一人残らず殲滅するつもりで、斬っては移動を繰り返す。
……ゴオォォォ——!
——轟音と共に、俺の頭上をブランシュルーヴが通過していく。
(よし、とりあえず船は出せたみたいだな——)
『そっちは問題ないか? ナツキ』
『はいっ! 中に入るなり破廉恥女がぶっ倒れたぐらいです! 現在アテナさんが治療中ですっ』
最後に聞こえた音はどうやら、ミリーが倒れた時のものだったようだ。
(ミリー……さすがに限界だったか——)
——だが良かった。
どうやら、巫女様がどついたりしたわけではなかったらしい。
『了解だ。リズたちと合流できるまで、殲滅戦に切り替える』
『はい! ちなみにエリィさんまで手が回るには、少々時間がかかりそうとのことですっ』
チャンほどではないが、エリィはああ見えて相当タフだ。
どちらかと言うと、これ以上アテナに《治癒術》を使わせる方が心配だ。
『問題ない、むしろ放っておいて大丈夫だ。——それより、一度戦場から離脱するようにスタークに伝えろ』
『わかりましたっ』
さらに加速したブランシュルーヴの姿が、どんどん小さくなっていく。
視線を天から地に戻すと——。
とある一点に、多数の敵兵が輪になっている箇所がある。
(あそこか——!)
——恐らく、その中心にチャンが居る。
(よく耐えてたな……チャン——!)
「……今散らしてやる! 【抜刀一刀流】——」
左腰に据えたリベリオンを強く握り締めた、その時——。
カッ————。
「……なっ! 何だ——!?」
俺が斬撃を放とうとした敵集団の中を、一筋の閃光が駆け抜ける。
……バリバリバリィッッッ——!
少し遅れて——。
その閃光の尖端を追いかけるように、金光の雷撃が迸った。
(今のは……まさか——!)
……誰一人、断末魔の一つすらも上げること叶わず——。
バタバタと敵が倒れていったその先に、黄金の刀身をゆっくりと鞘に納める【剣聖】の姿があった。
「リズ!」
……さすがだ、迅過ぎる。
しかしどさくさに紛れて、チャンまで斬っていないだろうな——?
「……くそっ! 一度退くぞー!」
「散開だ! 距離を取れー!」
俺たちの合流を見た敵兵たちが、パラパラと四方に散っていく。
「アルカ! リズさん!」
チャンが駆け寄って来る。
見たところ……息さえ少し切らせてはいるが、大した怪我は無さそうだ。
「よかった……大丈夫そうだな、チャン。リズも——」
「二人とも、さすがね。無事で良かった」
とは言うものの……お前こそさすが【剣聖】。
被弾した形跡がないどころか、返り血のひとつすら浴びていないじゃないか。
(この女だけは……絶対に怒らせないようにしよう。命がいくつあっても足りそうにない——)
俺はそう心に誓い、改めてリズと視線を合わせる。
「ミリーは回収したぞ、リズ」
「ええ、聞いたわ。本当にありがとう——」
相変わらずの無表情で、その感情はわかりにくい。
だがその金眼が……ほんの少しだけ、潤んだように見えた。
「さて……あとは狂犬だけだな——」
ヴァンさえ戻ってくれば、もう任務完了なんだ。
さっさとご主人様の元に帰って来い——。
『アルカ様、破廉恥女の治療が完了しました! もう大丈夫みたいですっ』
この短時間で……さすがアテナの《治癒術》だ。
「リズ、ミリーが回復したらしい。もう大丈夫だ」
「……! そう、ミリー……良かった——」
ミリーの安否を確認したリズが、ほっとした表情を浮かべる。
そのままチャンの方を向いて、お互い何やら頷き合い……二人は敵の掃討を再開した。
——恐らく、伝心中の俺を気遣ってくれてのことだろう。
(……ありがたい、ここは甘えさせてもらうとするか——)
しかしそうなると……今度はアテナが心配だな。
あれだけ消耗していたミリーを回復させたんだ、相変わらずぶっ倒れている可能性が高い。
『——そうか、アテナは大丈夫か?』
『なんとか大丈夫そうです! まだ前みたいに倒れたりはしていませんっ』
なら良かったが……あの巫女様のことだ。
ちょっと眼を離した隙に、また無理をするに決まっている。
『そうか……ひとまずエリィは後回しでいい、少し休憩させてくれ。——で、ヴァンは何してる? もうこっちへ向かっているのか?』
『はい! 伝えておきますっ。ここから見るにヴァンさんは……まだ左の戦場みたいですっ」
……確かに、左の戦場は未だ騒がしい。
まだ戦闘が続いている証拠だろう。
『なるほど……こちらから出向いた方がいいか、一応ヴァンに聞いてみてくれ』
増援に向かうのは簡単だが——。
当初の作戦通りなら、この中央戦線で合流することになっている。
ここで勝手に動きを変えてすれ違う方が、余計悪手になる可能性もある。
『それが……途中から応答がないんです。それに少し気になることもあって——』
……繋がらない原因は、確か二つあると言っていた。
まず、距離が離れ過ぎていると繋がらないとは言っていたな。
——しかし飲み込みの早いナツキのことだ、距離感ぐらいはもうわかっているだろう。
(となると……取り込み中の方か——?)
『何だ? 言ってみろ』
『最初から左に敵兵が多かったのは確かなんですが……それにしても、一向に減っているようには見えないんです』
……道中のナツキとのやりとり、思い返してみれば——。
ヴァンは塔に入らずに、外に留まっているようだった。
『あいつ……まさかまだ遊んでいるのか?』
『だいぶ激しく暴れてたので、そういうわけじゃないと思うのですが——』
——そうだ、そもそもあいつは根っからの戦闘狂。
陽動より戦いを選ぶことはあったとしても、手を抜くようなタイプじゃない。
むしろとっくに全滅させていてもおかしくない……それくらいの時間はあったはずなんだ。
『《|魔力探知》《レーダー》》で何か掴めそうにないか? 敵の流れとか、戦力とか……あいつの魔圧なんかも』
『すみません……切っちゃってました。さすがにこの数だと負担が大きくて、私じゃまだ——。でももう最後ですもんね! 踏ん張ってみますっ』
——自分のことは、自分が一番よくわかっている。
今回は事前に決めていた流れの中で、個々に重要な役割があった。
作戦を成功させるため……ナツキなりに考えた末の、魔力配分だったんだろう。
(それにあの時……『両翼は放っておいていい』と言ったのも俺だしな——)
『すまないな……だが、あまり無茶し過ぎるなよ』
『大丈夫です! アテナさんにも《望遠魔法》してもらって、ちょっと調べてみますっ』
戦闘の方は……少し眼を離した隙に、二人がほとんど片づけてしまったようだ。
あとは一人でどうにでもなるだろう。
(俺が残って、早めにチャンとリズを行かせるか——?)
——だが、リズは特段そういった動きを見せる様子はない。
これが〝殲滅任務〟じゃないのもあるだろうが……恐らく、ヴァンを信じているからだろう。
『アルカ様! おかしいです……左の戦場に、見た目以上に敵戦力が集中し過ぎています! ちょっと見て来ていいですか? アテナさんがもう少し近づいてくれって——』
——戦力が集中? 増援か?
もしそういうことなら……やはり動けるようにしておくか。
『アテナがそう言ってるのなら、言う通りにしてやってくれ。だが近づき過ぎるなよ? 何かあったらすぐに知らせろ』
『わかりました! すぐに戻りますっ』
少し離れた向こうの空——。
ブランシュルーヴが速度を上げ、左の戦場に近づいていく。
下ではチャンとリズが戦闘を続けているが——。
二人とも、少々その動きが重くなっているように感じる。
(さすがに任せすぎたか……よし、俺も出る——!)
俺は左腰のリベリオンを握り、魔力を流し込む。
その時——。
『緊急事態発生により、 《部隊伝心》にて一方的に全隊員に繋いでいます! 返信不可です! ——左の戦場に、続々と投入されている増援を確認! 軍旗の〝龍〟は爪四つ……〝四龍爪〟——』
(ナツキ……!? いつの間にそんな技を……いや、それよりも今は——)
——やはりか。
斬っても斬っても湧いて来る……そりゃ数も減らないはずだ。
どうやらヴァンも、遊んでいたわけじゃないらしい。
だが〝四龍爪〟……確か単なる広域部隊じゃなく、〝字持ち〟の直轄部隊——。
(まさか……〝字持ち〟が近くに居る? ジークか——?)
「リズ——」
「……ええ、でもハデスなら大丈夫。ここを片付けたら向かいましょう」
——そうだな。
ヴァンはただの狂犬じゃない、 【冥王】の二つ名を冠する強者なんだ。
それに、まだ〝字持ち〟と決まったわけじゃない。
スタークも以前『本隊が一緒に来ることはまずない』と言っていた……であれば、ヴァンならまず問題ないだろう。
前にやった【地斬】の部隊だって、一人一人は大したことはなかった。
「……そうだな! さっさとここを片付けて拾いに——」
『龍が二匹……〝天翔る双竜〟! 〝字持ち〟です!』
「「……っ!」」
〝字持ち〟の出現の報、その衝撃と共に——。
俺の脳裏に、出撃前の〝何でもないはずの一幕〟が過る。
『戦場でミリーに出くわすぐらいなら、まだ〝字持ち〟とカチ合った方がマシだ……』
「あんなこと言うから……馬鹿野郎が!」
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