67話 エゴイスト~濡髪が君を映す時~
俺はミルフィーユを背負ったまま、階段に向けてひた走る。
ドゴォォォンッ!
「うおっ、と——!」
大きな爆発音と共に、再び塔が大きく揺れる。
恐らく……このまま下に行っても、もう素直に外に出ることは出来ないだろう。
(……俺一人ならどうにでも出来る、だが——)
今は女……しかも、裸でボロボロなのを一人抱えている。
「私など……置いていってください——」
耳元——。
俺の焦りが伝わってしまったのか、ミルフィーユが力無く囁いた。
それと同時に……かろうじて俺の首に巻き付いていた彼女の腕が、力無く垂れ下がる。
(まさか……このまま死なせてくれとでも言うのか——?)
——確かに、俺が勝手に連れて来ただけだ。
どうしてあそこに居たのか、今までどんな仕打ちを受けてきたのか……俺は何も知らない。
だが……それでも俺は助けたい。
「……一度抱えた、もう降ろすことはない」
「……っ! 申し訳……ありま……せん……っ」
——君は、本当は求めていないかもしれない。
だとしたら、これは俺のエゴでしかないだろう。
でもな、俺も同じように救われたことがあるんだ。
裏切られて、死にかけて……生きている意味もないと思っていた、そんな時にだ。
一人の女神に拾ってもらって、俺はこうしてやり直せた。
(今では、毎日が楽しいんだ。君もきっと……また笑える——!)
「喋らなくていい、すべて委ねろ」
グッ——。
ミルフィーユの腕が、もう一度俺の首元に巻き付く。
俺は監視窓から外を見渡し、ブランシュルーヴの位置を確認する。
(あの距離なら間に合うか……しかし——)
船を塔に近づけることは、テンペストに危険が及ぶ可能性を大幅に高めることになる。
だがもう……迷っている時間はない。
『……ナツキ! チャンを塔から遠ざけろ! そしてすまんが——』
『もうそのように動いてます! 一気に行きますので、いつでも言ってくださいっ』
……なんだと?
『なっ……俺はそんな指示は——』
『アルカ様のばかぁ! こんな時ぐらい……頼ってください! 大丈夫です、満場一致ですから! ——〝策〟もありますっ』
——見くびっていた。
あいつらはもう、自分たちの意志で最善を選択できるんだ。
いつも『信じろ』などと言っておきながら……俺があいつらを信じてなかったんじゃないか。
ゴゴゴゴゴ……!
更に塔が傾き……移動はおろか、もはや姿勢を保つことすら難しい。
『あぁ……期待してるぞ! そのまま正面まで飛んで来い!』
『はいっ! では参りますっ』
ナツキの言葉通り、ブランシュルーヴが加速する。
途中、大きく旋回し……塔を横に見る形でこちらに向かって来る。
だが……策って何だ? 塔の真横で滞空でもするのか?
今までそんな飛ばし方は見たことも——。
『アルカ様! そのまま飛んでくださいっ』
——飛ぶ? どういうことだ?
スピードが落ちている様子もない……やはり、滞空してくれるわけじゃなさそうだ。
『……飛び乗るのか? あいにく今は難しい状況で——』
『違います! 下に飛んでくださいっ』
『おまっ……! 俺が居るのは最上階だぞ!?』
『大丈夫です! 私たちを信じてくださいっ』
(信じる……? どういうことだ——?)
激しい揺れの中、俺はなんとか下を覗き込む。
(なっ……あれは——!)
——そこには、大きな水球のようなものが発現している。
『エリィか!』
『はい! あまり長く持たないそうなので……お早く!』
エリィの魔法——。
正直なところ心配だ、不安でしかない。
(だが、色んな意味でもう時間がない……飛ぶしかない——!)
……ゴオォォォ——!
ブランシュルーヴがその速度を保ったまま、眼前を一瞬で通り過ぎる。
「ミルフィーユ……俺を強く掴んで、絶対に離すなよ!」
「……はいっ! 絶対に離しませんわ——!」
満身創痍のミルフィーユが、その力を振り絞って俺の身体にしがみつく。
返すように、俺は左手で彼女の左太腿をしっかりと抱える。
そして空いている右手を、左腰のリベリオンに持っていく。
「〝リベリオン〟……【抜刀一刀流】——、 《風切》!」
ズパッ、ズパッ、ズパァッ!
俺は右手を三度振り抜き、壁を斬り抜く。
「そらっ!」
ドゴォッ……!
その中心を思い切り蹴り飛ばし、壁を破壊する。
落ちていった壁が、眼下の水球に飲み込まれていく。
(水球自体は……大丈夫そうだな——!)
「怖かったら眼ぇ瞑ってろよ……行くぞ!」
「……えっ? まさか飛ぶのですか? ——この高さから!? えええええっ!」
ダッ——!
俺はミルフィーユを抱えたまま、開けた壁から飛び降りる。
「きゃああああああ!」
バシャァァァァンッッ!
(水か……! 良かった——)
飛び込んだ俺たちは、たいした衝撃もなく無事に下へ降りることが出来た。
俺はミルフィーユを抱えたまま、なんとか水球の外に出る。
「……ぶはぁっ! 大丈夫……か————?」
……振り向いた先、水に濡れたミルフィーユの赤髪が——。
まるでところどころ洗い流されたかのように、キラキラと水色に光っている。
(……まさか——)
「……ミルフィーユ、もう一度名を言ってくれないか?」
「ごほっ、ごほっ……、えっ? ミルフィーユ・ミルルリア・ミリーと申しますが——」
……あの赤マント野郎! 妾の髪まで赤く染めてやがったのか!
(クソ野郎が……! だが、今はまず——!)
『ナツキ! ミリーを回収した! リズとヴァンを中央に寄こせ!』
『その抱えてる方が……わかりました! チャンさんにもこっちに来てもらいますか!?』
『いや、待っている余裕は無さそうだ。だいぶ衰弱してる……そのままこっちに寄せろ! 降ろして俺が援護する!』
『わかりました! すぐに参りますので、お掃除だけお願いしますっ』
ゴゴゴゴゴ……!
(塔が崩れる……ここはマズいな——!)
「掴まってろよ! もう少しの辛抱だ!」
「はっ、はいっ!」
ダッ——!
俺は崩れゆく塔から充分に距離を取り、ゆっくりとミリーを降ろした。
「ここで待ってろ、動くなよ」
とりあえず、船を降ろせるスペースを作らないとな。
(……ここはアイネの精神だ、すべて更地にするつもりでいかせてもらおう——)
俺はミリーを背にし、戦場に向き直る。
こちらに気づいた敵軍が、続々と集結し始めている。
「あの……あなた方は——」
——何をしにこんなところまで? とでも言いたげだな。
それはもちろん、決まっている。
「遅くなってすまなかったな……【鬼姫】ミリー、お前を助けに来た」
「……っ! でっ、でも、私はあなた方のことなど——」
ミリーはここまでの記憶を辿っているのか……混乱した様子で、その紫眼をキョロキョロと泳がせている。
——そりゃそういう反応にもなるだろう。
そして辿ったところで、俺たちはどこにも居ない。
俺とお前は知り合いでもなければ、逢ったことすらないんだからな。
(だが今は……ゆっくり説明している時間もない——)
「——リズを怒るんじゃないぞ。あいつもここに来るまでに、色んなものを失ってるんだ」
俺はミリーに背を向けたまま、左腰に据えたリベリオンに両手を据える。
「……! リィが——!」
——敵軍はもう、射程距離内に入っている。
(……さて、掃除の時間だ——)
「もう一度だけ言っておく。俺が戻るまで、そこから動くなよ……〝リベリオン〟——」
——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。
「……はっ、はい! わかりましたわ旦那様っ」
(……旦那様? まぁいい、今は突っ込んでいる時間も惜しい——!)
「【抜刀一刀流】——、 《風切》!」
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