66話 赤の間の赤い檻~繋がれし赤の女~
刹那の出来事に動揺したのか——。
誰一人声を発すること無く、敵兵たちはその場に立ち竦んでいる。
「——来ないのか? ならお邪魔するとしよう」
ダッ!
俺は敢えてそう一声掛け、塔内に突入する。
「隊長……っ!」
「きっ、貴様ああああ!」
「かかれええええ!」
やっと我を取り戻した敵兵たちが、俺の後を追ってくる。
(隊長が死んでも撤退しない……別でもっと〝上〟が居るのか——?)
——なんにせよ、進むしかない。
もしそういうことなら、そいつを探し出して斬るまでだ。
俺は塔内の内壁に沿って、内周を走る。
「〝白狼〟が塔内に侵入! 増援を寄こせー!」
道中には、小さな監視窓が点在し……チラチラと外の景色が窺える。
どうやら、いくらかの敵兵が塔内に流れ込んで来ているようだ。
(……そうだ、それでいい。なるべく多く連れて来いよ——!)
俺は塔内を走り回り、まばらに会敵する敵兵を斬り続ける。
通路上に立ちはだかる敵を斬り。
追って来る敵を待ち伏せて斬り。
斬り捨て斬り抜け斬り伏せて……やがて、一階の中央らしき場所に辿り着いた。
「……階段か——」
上に続く階段と、下に続く階段——。
〝牢〟と言えば地下のイメージだが、トレンタ要塞は空高くそびえる〝塔〟……上にある可能性ももちろんあるだろう。
「居たぞ! こっちだ!」
「中央階段だ! 囲めー!」
四方から、敵兵の声が聞こえる。
(追いつかれたか……上か下かに進むしかない——)
……単騎特攻中の今、仮に下に行った場合はどうなる?
階段を塞がれれば脱出は厳しくなるし、毒でも撒かれればそもそもの生存率が下がる。
逆に上の場合は……どうとでも対処出来そうだ。
敵の一人一人はさほど強くないし、最悪何かあってもリズたちが来るまで持ちこたえればいい。
(ここは……上か——)
確かに目標が地下に居る可能性はある……が、そもそもリズの方に居る可能性が高いんだ。
最悪右に居なかった時に、また来ればいいだろう。
俺はとりあえず二階を目指し、階段を駆け上がる。
「〝白狼〟! 覚悟——」
ズパァッ——。
階段を上がった先——。
出会い頭に遭遇した敵兵を斬り捨て、辺りを警戒する。
(一人だけ……このまま二階を掻き回すか——)
目的は陽動——。
俺はそのまま三階へは上がらず、一旦二階を駆け回る。
それを繰り返して三階、四階、五階……と上がるに連れて、敵の数が明らかに少なくなってきた。
やがて——。
「……最上階か——?」
上へ続く階段が無くなった。
ここが何階なのかももう数えてはいなかったが……外を見る限り、だいぶ高いところまできたようだ。
下の戦場では、未だに戦闘が続いている。
チャンがまだ踏ん張っている証拠だ。
敵の集団が雷撃で吹っ飛んでいるのを見るに……巫女様もまだ元気らしい。
(……下は大丈夫そうだな。どこかで待ち伏せするか——)
俺はめぼしい場所を探して、最上階を駆け回る。
……が、敵の気配が全くしない。
それどころか、追手の一人すらも上がって来ない。
「——何だ? もう鬼ごっこは終わり……ん?」
辺りを見渡していると、一つだけ装飾の異なる扉が眼に入った。
赤く艶めく材質に、宝石……金枠が施された、いかにも高級な作りだ。
(こういうのは……お決まりだよな——)
この中央塔に、さっきの〝赤マント〟より上が居るとすれば——。
こういうところで、さも偉そうにふんぞり返っていたりするんだろう。
ガチャッ……。
……どうやらご丁寧に、鍵を掛けているらしい。
ビビっているのか、大事なものでも置いてあるのか——。
「……入るぞ」
——ズパァッ!
俺は双剣を右上段から並べて振り抜き、抜いた扉を蹴り飛ばす。
「これまた……悪趣味なこったな——」
一瞬で、ここが誰の部屋かわかってしまった。
だだっ広い部屋の中は、赤一色で埋め尽くされている。
棚から床敷き、ベッドのすだれに至るまで——。
カチャ————。
——どこからか、囁くように小さな金属音が聞こえた。
現状見渡す限りでは、人の姿は見えない……が、ここから一番奥の奥——。
赤い格子で囲まれた、檻のような物が見える。
(何か居る……のか?)
よく見ると、檻の中に何か影が見える。
——この悪趣味だ、魔獣なんぞ飼っているのかもしれない。
俺はゆっくりと近づき……やがて、その檻の前まで辿り着いた。
何故か扉の類は付いておらず、開け放たれている。
俺は影の正体を確認するため、中を覗き込む。
(……っ! 人間——!?)
——ここまで来ると、趣味が悪いとかそういった話では無い。
全裸の上に、両手を頭の上で鎖に繋がれ……全身痣だらけの女が、力無くこちらを見上げている。
しかも髪色まで〝赤〟……これは恐らく、さっきの〝赤マント〟の慰み者だろう。
「誰……ですの——?」
弱々しくも透き通った女の声が、俺に問い掛ける。
その虚ろな紫眼に引き込まれるように、数秒……時間の流れが止められる。
「……俺は、ア——」
『アルカ様! リズさんから報告です! 〝妖刀鬼丸〟回収できましたっ』
なんとか我に返り、問いに答えようとしたその瞬間——。
やや興奮気味のナツキから、伝心が入った。
『……っ! そうか、さすがリズ——』
『ですが肝心の目標が見当たらないみたいです! 別の塔に居るかもとのことなので、陽動から探索に切り替えてくださいっ』
安堵したのも束の間——。
ナツキは俺の言いつけ通り『簡潔に伝える』をしっかり実行し、その伝心を切った。
(……ここに来るまで牢はなかった、やはり地下へ潜るしか——)
「……牢?」
俺はもう一度、女の方を見る。
〝牢〟……ではないが、一応これは〝檻〟ではある。
しかし水色とは程遠い赤い髪に、口元……これはホクロなのか?
あると言われればあるような気もするが、痣や傷だらけでもはや判別出来ない。
——そして服を着ているわけでもない。
これでは、身なりでお嬢様かどうかの判別も不可能だ。
(一応……一応聞いておくか——)
「俺の名はアルカ・キサラギ。——君の名は?」
そう言ってもう一度眼を合わせると、女はゆっくりと口を開いた。
「ミルフィーユ……ミルルリア——」
なんとか俺の問いに答えようとするものの、その声は力無く消え入る。
そしてとりあえずだが……名は違う、やはり別人のようだ。
(しかし……このまま置いて行くわけにも——)
だがもし……万が一だ。
好き好んでここに居るんだとすれば、それは俺の勝手なエゴでしかなくなる。
「ハルメニアの……トレンタ要塞の人間か?」
場繋ぎのような俺の問い掛けに対し、ミルフィーユは何とか首を横に振った。
——もはや一言口を開くのも難しいほどに、参ってしまっているんだろう。
ドゴォォォンッ……!
「……っ!?」
突然、下の方から大きな爆発音が鳴り響いた。
ドゴォンッ! ドゴォォォンッ!
塔全体が大きく揺れ始める。
(何だ……? ヴァンでも来て暴れてんのか——!?)
『アルカ様! 塔の中ですか!?』
ナツキから、再度伝心が入る。
だが先ほどとは違い……その声からは、明らかに焦りの色が窺える。
『あぁそうだ! これは一体——』
『すぐにそこから脱出してください! 敵が塔ごと爆破しようとしていますっ』
——なるほど。
俺を中に残したまま、塔ごとぶっ壊すというわけか。
少々思い切りが良すぎる気もするが……ある意味最善手かもしれないな。
ハルメニア軍の状況としては、敵に〝字持ち〟が居るわけでもない中……実質たったの四名に、手も足も出ずに蹂躙されている。
チャンは硬くて落とせない、リズもヴァンも強過ぎて手が付けられない。
(となると……状況的にも俺が一番落としやすいということか——)
ここまでいいようにやられては、おめおめと生きて帰ったところで——。
どちらにしろ、駐屯兵の明日は無いも同然だろう。
だから最悪……トレンタ要塞は落とされたとしても、せめて俺の首だけは持って帰る。
それこそ〝首の皮一枚で何とか繋げる〟という算段なわけか。
ゴゴゴゴゴ……!
(塔が傾き始めている……もう時間が無いな——)
俺はもう一度、檻に繋がれた女に眼を向ける。
だがミルフィーユは……全てを諦めたように下を向き、もう俺に眼を合わせようとはしない。
——俺には、リズとの約束がある。
ただでさえ、もう中央塔の地下に行くことは難しくなった。
となると希望はただ一つ……急ぎ、左塔へ向かわなければならない。
塔の崩壊以前に、もはや一刻の猶予もない状況だ。
(……どう考えても、ロスにしかならないよな——)
スパァッ……ジャリンッ——。
俺は右手を振り払い、ミルフィーユが繋がれていた鎖を斬り離す。
そのまま【双剣形態】を解除し、リベリオンを左腰に据える。
「……え——?」
ミルフィーユはやっと顔を上げ……もう一度俺と眼を合わせた。
バサァッ。
俺は来ていた外套を脱ぎ、女に羽織らせる。
そしてそのまま抱き上げ……その弱った身体を一気に背負った。
「えっ……あの——」
——すまん、皆。
俺の作戦外の行動のせいで、任務が失敗するかもしれない。
だが……俺には、これを見捨てて行くことは出来なかった。
「話はあとだ……落ちるなよ——!」
読んで頂きありがとうございます。
「面白い」 「続きが読みたい」
「まぁまぁかな」 「イマイチ」
など、素直なお気持ちで構いませんので、下にある☆☆☆☆☆から評価をして頂けると幸いです。
ブックマークも頂けますと、より一層励みになります。
どうかよろしくお願い致します。




