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64話 出陣! 鬼姫奪還戦~地獄への氷の道~



 ……ゴオォォォ——!



 大きく左に旋回したブランシュルーヴが、トレンタ要塞正面の平原を横一直線に突っ切る。


 左手に見える塔の前では、衛兵たちが立ち止まってこちらを見上げている。


「まずは俺だな——!」


 既に双斧を両手に持ったヴァンが、扉の前でウズウズしている。


「スピードは……落とさなくていいよな?」


「愚問!」


「……よし、エリィ! (ハッチ)を開けろ!」


「はいっ!」



 プシュゥゥゥゥ……。



 待機していたエリィが、船外へと繋がる扉を開く。


「じゃあ、お願いね」


「任せろ!」


 リズが差し出した手を、ヴァンが握り返す。


「危なくなったらすぐ呼べよ? ヴァン」


「誰に言っている!」



 バッ——!



 俺には最後まで悪態をついたまま——。

 ヴァンは外へと飛び出した。


「目的はあくまで陽動だが……わかっているのか? あの狂犬は——」


「派手にやってくれるに越したことはないわ。放っておきましょう」


 辛辣な【剣聖】の物言いに、それぞれが苦笑いを浮かべる。

 だがまぁ……それはそれで、リズのヴァンに対する信頼の表れなんだろう。



「改めて見ると……凄い数ですね——」


 ——ユリの言う通り、左の塔の前だけで軽く1500ぐらいは居そうだ。

 これ以外にも塔があと二つ……加えて、塔内にもどれだけ潜んでいるかわからない。


「〝白狼〟」


 振り返った先で、リズが不安そうにこちらを見つめている。


(リズがこんな顔をしているのは……初めてみたな——)


「なんだ? リズ」


「本来は、あなたには関係のないことだから……無茶はしないで」


(ヴァンの時とは対照的……俺にはそこまでの信頼は無い、か——)


 ——だがそれも仕方ない、剣を交えたのもたったの三分間だ。

 同時に……巻き込んだ責任を感じているんだろうが、それは必要ない。

 俺は今、巻き込まれてここに居るんじゃない。

 リズ(おまえ)の心配は現実の物になるかもしれない、だが——。


 この選択はリズ(おまえ)のものではなく、俺のものだ。


「大丈夫だ、信じてくれていい。——お前らもだ」


 揃いも揃って、不安そうな顔しやがって——。

 もう来るとこまで来ちまったんだ、せめて気持ち良く送り出してくれ。



「旦那! このペースならすぐ中央塔前ですぜ!」


 スタークが声を上げると同時に、全員がこちらに振り返る。


「あぁ、わかってる。——行くぞ、チャン」


 俺はリベリオンを背に担ぎ、扉の前まで移動する。


「うん、行こう」


 腰にレイピアを差したチャンが、大楯を担いで俺の隣に並ぶ。


 

 グッ——。



「おっと——」


 ふいに引っ張られた右袖に、バランスが崩れる。

 振り向いてみたが、傍には誰も居ない。


「……ん? 何か引っ掛かったか——」


「おにぃ」


 さっきまで寝ていたはずの幼女の声が、視界の外から聞こえる。


「……何だ、起きてたのか」


 目線を下げたその先——。

 俺を見上げるおつうが、黙って握り拳を突き出す。


「……あぁ、行ってくる」



 ——コツンッ。



 拳を合わせたおつうは『ニッ』と笑い、とてとてと皆の方へ戻っていく。

 その小さな背中が、皆の列に辿り着く。


「アル!」


 その列の中央——。

 何かに祈るように両手を絡めた巫女様が、俺を呼び止める。


「——なんだ? まるで巫女様みたいだな?」


「う……うっさいもー! ——信じてる……私も、皆も!」


 先ほどまでの辛気臭い表情はどこへやら——。

 そこに並ぶ全員が……今度は打って変わって、覚悟を決めたような面構えをしている。


「あぁ……それでいい」 


 ——そうだ、俺たちに言葉はいらない。

 お互いが出来ることをして、お互いがそれを信じる。

 それだけでいい……余計な心配や泣き顔は、逆に決意を鈍らせるだけだ。


「旦那! 正面でっさ! これ以上下げると……」


 ——ヴァンを降ろした時と比べて、高度がかなり高くなっている。

 既にヴァンは暴れている頃だ、敵の迎撃を警戒したんだろう。

 ブランシュルーヴ(ここ)には皆が乗っている……その判断は正解だ、何も間違っていない。


「問題ない! 出るぞ、チャン!」


「おう!」



 ダッ——!



 俺とチャンが船から飛び降りた、次の瞬間——。



 パキィィィィンッ!



「「——っ!?」」



 俺たちの足元に、氷の道(アイスロード)が発現した。

 まるで俺たちを地獄へと誘うかのように、だいぶ下の方まで続いている。

 かなり(いびつ)(つたな)いが……滑って降りていく分には充分そうだ。



 ガッ——!



 着地した俺たちは、ブランシュルーヴに振り返る。


「……! あいつ——」


 そこには……(ハッチ)からひょこっと顔を出して、ビシっと敬礼をかます家出娘の姿があった。


「ブルースたちの真似のつもりか? こんなデコボコな……下手したら吹っ飛ぶぞ!」


「ははは、粋じゃないか! 上手く避ければいいよ!」


 雪国育ちならまだしも……俺にはこういった経験はない。

 少しでも気を抜けば、俺は十中八九すっ転び——世間に大恥をさらすだろう。


「……くそっ! あとで説教だ!」


 所々にある凹凸を避けながら、俺とチャンは氷の道を滑っていく。



 サーッ————!



 ——ほどなくして、氷の道の終了地点が見えてきた。



 ダッ——!



 俺たちは飛び上がり——。

 何とか、ハルメニアの地に降り立った。


「危ねぇー……」


 何とか転がらずに済んだものの……一歩間違えればヤバかった、まだ心臓がバクバクしている。

 

「ははは。だけど……本番はここからだよ——」



 チャリッ——。



 地面と睨めっこしていた俺を引きずり起こすかのように、チャンがレイピアを鳴らす。


 俺は呼吸を整えながら、ゆっくりと顔を上げる。


「……あー、流石に結構湧いてきてるな——」


 俺の視界いっぱいに、綺麗に隊列を組んだハルメニア軍が映し出される。

 まだ距離があって全体は把握できないが……それでも、相当数配備されているのはわかる。


「これ……ヴァンの方より多くないか?」


「ははは、そうかもね……。——でも大丈夫、半分持つよ」


 ——そうだ、俺たちはここまでは二人だ。

 あれぐらいはどうにでもなるはずだ、大した話じゃない。


「そうか……なら、お言葉に甘えるとしよう。 〝リベリオン〟——」



 ——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。



「止まれ! それ以上進めば容赦はしない! 武器を捨てて投降しろ!」


 敵陣の方から、風魔法に乗せた投稿勧告が響き渡る。


(『殺しはしない、捕虜にしてやる』……ということか?)



 ——ズドォォォォン……。



 左の戦場から、爆発音が聞こえる。

 もちろん、ここからでは視認することは出来ないが……狂犬(ヴァン)は相当暴れているようだ。


ヴァン(あれ)を見ても、まだビジネスが出来ると思ってんのか? 随分と余裕なんだな、ハルメニア軍ってのは」


「ははは。この戦力差だ、 〝余裕があるからこそ〟……だろうね」


 ——まぁそりゃそうか。

 それこそ〝字持ち〟でもない限り、この少人数でこれを突破できるわけがない。

 普通はそう思って当たり前だ。


「『派手にやってくれ』と言っていたな? リズは」


「そうだね」


「なら俺も、一発かましてから突っ切るとしよう。——それでいいか?」


「ははは、お好きなように」


「【抜刀一刀流形態(ソニックブレイド)】——。《風切(かざきり)》!」



 ブワァン————ッ!



 刹那一閃。

 居合と同時に放たれた紫光の斬撃が、ハルメニア軍に向かって横一文字に放たれる。


「おー、前の方……結構崩れたね」


 チャンの言う通り、敵軍の前衛が大きく隊列を乱した。

 それは斬撃の到達と同時に、敵軍の進軍開始を意味する。


「……来たな。ちゃっちゃと終わらせて、隊舎で宴だ」


 俺はチャンの方に向けて、リベリオンの刀身を掲げる。


「ははは、そうだね!」



 キィンッ——。



 チャンのレイピアと重なったのを確認し、俺はリベリオンを左腰に据え直す。

 


 オオオオオォォォー!



 敵軍が近づいて来るにつれて、敵兵たちの唸り声が大きくなって来る。


(……一応、警告はしておいてやるか)


 俺は大きく息を吸い込む——。


「これより間合いに入る者は即刻(そっこく)斬る! 首から下がいらない奴だけ前に出ろ!」


 風魔法に乗せて、広範囲に届くように声を響かせる。


(……何だか懐かしいな、この感じも——!)


 だが、あの頃とはもう違う——。

 誰かを騙すためのものでもなく、生きていくための手段でもない。


「出るぞ!」


「おう!」



 ダッ——!



 俺の叫びもこの足も——。

 今は誰かを護って、前に進むための手段だ!

 読んで頂きありがとうございます。


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