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61話 不遜の姫、再び~避けて通れるはずもなし~

 国境線へ向かう船の中——。

 俺たちは地獄の中枢へ、刻一刻と近づいている。


「すぴー、すぴー……」


 膝の上からはいつも通り、幼女の静かな寝息が聞こえてくる。


「まったく……危機感のないヤツめ」


 ——だが、救われる。

 この天使の寝顔は、俺の不安や迷いを打ち消す。

『護らなければ』と思わされると同時に、 『必ず戻る』と誓わされる。

 このオレンジの頭を撫でている時間が、俺を落ち着かせる。


「……ありがとな」 


 別に、おつうに限った話じゃない。

 皆の存在が、俺の生きる意味になっている。


 

「あら、懐かしいですねぇ」


「ははは、そんなに時間は経ってないんだけどね」


紫苑(しおん)逆鉾(さかほこ)〟——。

 ユリとチャンの視線の先で、第四師団(オルカスタ)の隊旗がはためいている。


(……もう本部か——)


 ハクツルの依頼に始まり……エリィ救出戦に【地斬(ジーク)】迎撃。

 ここで起きた様々なことが、脳裏に蘇る。

 そして——。


「ア、アルカ様……物凄い反応が……」


 ……思い出旅行も束の間。

 ナツキの華奢な身体が、カタカタと震えだす。


「一応聞くが……何色だ?」


「む……〝紫〟です——!」





『今日は見逃してやる。だが、次はない』





 ——そうだよな、わかっていた。

 避けて通れるはずもない。

 そもそも……話は通すつもりだったんだ、これでいい。

 わざわざ出て来てくれただけ、ありがたいぐらいだ。


「俺が話を付けてくる。スターク、降ろしてくれ」


「……ガッテンでっさ——!」


 速度を落としたブランシュルーヴが、着陸態勢に入る。


「私も行く?」


 リズは顔が知れている——。

 連れていた方が話は早い……か?


「なら俺もだ」


 ——ダメだな、お付きの狂犬(ヴァン)が一緒なら話は別だ。

 どうせ刹那で噛みついて、余計に刺激するだけだ。


「——いや、逆に大変なことになりそうだからいい。俺一人で行く」


「……そう。でも、戦闘になったら出るから」


「ははっ、なぜ戦闘になるんだ? アイネ(アイツ)だってそんなに馬鹿じゃな——」


「……」


 ——相変わらずの無表情に、何か変化があるわけじゃない。

 なのに何故か……リズのその金眼からは、言い知れぬ圧のようなものを感じる。


(そりゃまぁ……俺なんかより、よく知っているわな——)


「気をつけて、アル」


 不穏な空気を感じ取った巫女様が、心配そうに声を掛けてくる。


「大丈夫だ、おつうを頼む」


 おつうをアテナに引き渡し、俺はリベリオンを背に担ぐ。



 ——ほどなくして、ブランシュルーヴがゆっくりと停止した。



「旦那! 開けますぜ!」



 プシュゥゥゥゥ……。



 開かれた(ハッチ)から、俺は外へと降り立った。



「——久しいではないか、 〝白狼〟。()とす手間が省けたぞ」



 正面、顔を上げた先で——。


 腕を組む女。

 その(かたわ)ら、大地に突き刺された長槍。



「——元気そうで何よりだな、アイネ。頭領様がわざわざ、こんなところで何してる?」


「『次はない』と言ったはずだが?」


(……相変わらず、こっちの質問は無視か——)


 ……だが、逆に今回はそれでいい。

 そっちがそう来るなら……俺も一言伝えて、それで終わりだ。


「悪いが、お前に用があるわけじゃな——」


「わらわはある。——付いて参れ。二度は言わぬ」


 ——ダメだな、こいつは本当に話にならない。

 まだ狂犬(ヴァン)の方がマシなレベルだ。


「……あいにく、お前に構っている暇はないんだが——」


「おぬしの事情など知らぬ」


 まさに不遜、こいつにとっては俺など——。

 いや……他の全ての生物は、やはり等しくゴミか何かだと思っているんだろう。


「それを教えてやろうと思って降りて来たんだが……。——まぁいい、ハルメニア(むこう)へ行く。伝えたぞ」



 ——ピクッ。



 ここまで直立不動……微動だにしなかったアイネの身体が、僅かに反応する。


「——ならぬ、もはや問答無用。今回は力尽くでも連れて行く」


 

 ——ザンッ!



 槍を引き抜いたアイネが、そのまま腰を落として身構える。


「案ずるな、殺しはせぬ」


「そうか……悪いが、俺にはその保証は出来かねる」


「わらわを誰だと思うておる? ——武器を取れ」


「止めておいた方がいいぞ? いくらお前でもタダじゃ済まない」


「おぬし如きに遅れは取らぬ!」



 ——ダッ!



 しびれを切らしたアイネが、一直線に突っ込んで来る。



「まぁ俺なら……そうだったかもな」



 ——ガキィィィィンッッッ!



「——っ!」



 俺の視界の両端から——。

〝黄金の刀身〟と〝燃え盛る双斧〟が槍を受け止め、そのままアイネを向こうへと弾き返した。


 吹き飛んだアイネはヒラリと身を翻し、難なく着地する。



「【堕ちた剣聖】に……【冥王】だと——? 一体どういう取り合わせだ?」


 アイネの様子を見るに——。

 リズはもちろん、ヴァンも顔は割れているようだ。


「もうダメ〝白狼〟……アイネ(こいつ)は殺す」


「ハッハァー! 姉御は退がってて! 俺が八つ裂きにしてやるから!」


「待て二人とも! いくら何でも早まり過ぎ——」



 ——フッ。



 ——ドンッ!



 一瞬にしてリズが視界から消え——。

 ヴァンは飛び上がり、発火する双斧を振りかざす。


「おいよせ!」


 ——マズい! ここまで手が早いヤツらだとは思わなかった!


(このままじゃ……割って入るしかないか——!)


「〝リベリオン〟——!」



 ——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。



「——っ! 手を出すな!」


 大きく声を上げたアイネの足元に、紫光の魔法陣が展開する。


「そんなことを言ってる場合じゃ——」



 ——ドゴッ……ズゴゴゴゴゴッ!



 次の瞬間、アイネを囲むように大地がひび割れ——。

 木々を纏った岩壁がせり上がり、アイネを包み込む。



「「——っ!」」



 異変を察知したリズとヴァンは攻撃を止め、こちらへ飛び退いた。


(あれは……チャンか——!?)


 だが——。

 振り返った先で、チャンはただ茫然と立ち尽くしている。


(チャンじゃない……? ならあれは一体——)


「アルカ! 前!」


「……前?」


 鬼気迫る形相のチャンに(うなが)され、俺はアイネの方に向き直る。



 パァァァァァッ——。



 アイネを包んだ大地魔法の円蓋(ドーム)の中から、紫光の光が漏れ出している。


「……っ! 伏せろ二人とも!」



 ドゴオオオオォォォォッ!



 凄まじい爆発音と共に、周囲に乱風が吹き荒れる。



 ゴオオォォォォッ————!



(くっ……! 眼が開けられない——!)



 ゴオオォォォォッ…………。



 だんだんと風が弱まり始め……やがて、それは完全に止んだ。


 辺り一面に吹き上がった砂塵により、視界が閉ざされる。



「手を出すなと言っただろう! たわけが!」


 向こうから、アイネの怒声が聞こえる。


(俺に言ったんじゃなかったか……まぁそりゃそうか)


「……ちっ」



 チィンッ——。



 リズの舌打ちが聞こえた直後、剣を鞘に納める音がした。


「あれ? やめちまうの?」


「やってもいいけど……多分、こっちも何人か死ぬわ」


「へぇ~、そんなにか」


 ヴァンの問いかけに応えるリズは、いくらか冷静さを取り戻している。


(あれだけ怒っていたリズが……? ——とりあえず、この砂塵を払うか)



 ブワァッ——!



 俺は振り抜いたリベリオンで風を起こし、辺りの砂塵を振り払った。


 向こうには、二つの人影が見える。


(……あいつがあの大地魔法を——?)


 完全に元通りになった視界、その中央——。

 アイネの隣に、一人の男が映し出される。



「……っ! お前は——!」

 読んで頂きありがとうございます。


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