59話 地獄の門の襲撃者~母なる海牢~
「オルカスタ管理区に入りまっせ!」
操縦桿を握るスタークが、地獄の門への突入を告げる。
「……はぁ——」
「どうしたの? アル?」
「いや……またここに来ることになるとはな——」
「ふふっ、そんなに面倒な女だったの? まぁ悪い虫じゃなかったみたいだし、よかったじゃない」
都を出てオルカスタに向かう、ブランシュルーヴの船内——。
隣の巫女様は、まるで他人事のように無邪気に笑っている。
どうやらあの時は意識が朦朧としていたようで、よく覚えていないらしい。
「虫……そんな可愛いもんじゃないんだぞ? あのお姫様は——」
「何言ってるの? だから可愛くなくていいんだって」
「お前こそ何を言ってるんだ……」
イマイチ嚙み合わないな……。
まぁ機嫌はいいみたいだし、余計な追及をするのはやめておこう。
「で、リズとはあれから話せたのか? ナツキ」
「いえ、繋がらないですっ。離れ過ぎているのか、お取込み中なのか……。とりあえず、言われた座標はこの辺りですっ」
道中……ナツキはリズと一度だけ連絡が取れたようで、どうやらもう近くに居るらしい。
その際、集合場所を決めたのだが——。
「そうか。しかし……何だってまたこんなところで——」
リズのご希望通り、ナツキに案内されて飛んで来たはいいものの——。
眼下には、見渡す限りの大森林が広がっている。
「——お、あの辺でいいんじゃない?」
チャンが指差した方向を見ると……生い茂る緑の中に一点、大地が直に顔を出している場所が見える。
あそこなら、ちょうどブランシュルーヴを降ろせそうだ。
「そうだな、とりあえずあそこで待つとしよう」
「ガッテンでっさ!」
全員が一度着席したことを確認し、スタークは船を降ろした。
「外は魔獣が出るかもしれない、皆は中で待っててくれ。じゃあ二人とも行くぞ」
俺は伝心役のナツキと、護衛のためにチャンを連れて外に出る。
「こんな森の中で大丈夫ですかねぇ~?」
「ははは、相手は【剣聖】だよ。気楽に待とう」
「わははは! 何かあれば私が何とかしますよっ」
チャンの言う通りだ。
俺たちが心配するような相手じゃない、余程の方向音痴でもない限りな。
「……で、なんでお前まで出て来てるんだ?」
「はいっ! 皆を守るためですっ」
俺は確かに『中で待て』と言ったはずなんだが——。
なぜか当たり前のように、家出娘が俺たちの間に座っている。
「……いいか、一度しか言わないからよく聞けよ? 『逆に仕事が増える』、あとはわかるな?」
「ひんっ……そんな、殺生なぁ~……」
(こいつ……本当にスタークに似てきたな——)
別にお前の瞳が多少潤んだところで、俺はごまかされない。
お前にだけは、何度も煮え湯を飲まされてきているからな。
(……相手をするのも面倒だ、放っておこう。それより——)
「また出掛けてたりしないだろうな? アイネは」
「ん? どうしてそんなことを? 逢いたくないんじゃないの?」
……もちろん、顔を合わせないで済むのならそれに越したことはない。
だが——。
「理由は何であれ、国境を跨ぐんだ。一応ここはアイネが仕切っているわけだし……あまり勝手をするわけにもいかないだろう」
「なるほどね。テンペストは独立遊撃隊という括りだから、大丈夫だとは思うけど……。まぁアルカがそうしたいなら、するといいよ。それに管理区に入った時点でもう、バレてるだろうしね」
「だよな……はぁ、今から憂鬱——」
「ん……何か近くに居ます……! 物凄い魔力反応です!」
「「——っ!」」
念のためナツキに展開させていた魔力感知網に、何か引っかかったようだ。
辺りを見渡すが……木々や風の動きには、これといって変化は見られない。
(しかしナツキのこの焦りよう……一応警戒しておいた方が良さそうだな——)
隣では、いち早く臨戦態勢になった家出娘が既に弓を構えている。
「エリィ——」
「わははは! わかってますよ! 私の出番ですねっ」
何の疑いもなく前を見据えるエリィは、相変わらず何もわかっていない。
だがそれをわからせるまで、俺もその横顔から眼を逸らすつもりはない。
「あぁそうだ。お前は船に戻って、皆に外に出ないように伝えろ」
ガバッとこちらに振り向いた家出娘は、まるで捨てられた子犬のような眼をしている。
「なっ……! 私も戦いま——」
「大事な仕事だ、頼む」
俺が真剣にその蒼眼を射抜くと——。
エリィの表情には、段々と活力が戻って来た。
「大事な……わっかりましたぁ! 皆さん聞いてくださーい!」
やっとのことで言うことを聞いたエリィが、船の方へ走って行く。
「ははは、さすがアルカ。乗せるのが上手いね、大事な仕事だなんて」
別にそんなつもりはなかったが……なるほどそういうことか。
今後あのじゃじゃ馬は、このやり方で対処しよう。
「さて……どこから来るかな——」
——現状では、魔獣が向ける殺気のようなものが感じられない。
(別に俺たちに用があるわけじゃない……? それならそれでいいんだが——)
「はっ! これは……〝赤〟です! 凄い……アルカ様並みです——!」
新たに何かを感じ取ったらしいナツキから、追加の報告が入る。
(火属性……俺並みで、見当たらない——?)
——嫌な予感がする。
「まさか——! この間の黒竜か!?」
反射的に上空を見上げる……が、そこにも魔獣の類は見当たらない。
「いいえ、波長的に……多分人間です! 二時の方向——こっちに来ます!」
その条件で……人だと——?
「……チャン! 船を守れ! 俺が出る! 〝リベリオン〟——!」
——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。
「わかった! 《大地円蓋》!」
俺が一歩踏み出したのと同時に、チャンが円蓋で船を囲む。
(二時の方向——!)
俺はブランシュルーヴを背にし、リベリオンを左腰に据える。
バキッ……バキバキバキッ……。
ナツキに言われた通りの方角から——。
木々をなぎ倒すような音が、段々と近づいて来る。
(何だ……? 何が来る——!)
そしてもう一段、腰を落とした瞬間——。
ゴオオオオォォォォッ!
巨大な火球が、森を突き向けてこちらに向かって飛んで来た。
「火球……っ! 【抜刀一刀流】——《風切》!」
ブワァン————ッ!
刹那一閃。
リベリオンから放たれた紫光の斬撃が、目の前の火球を真っ二つに両断し——。
ゆっくりと割れながら、俺の後方に逸れていく。
(速度は殺せたか——!)
俺は咄嗟に、後ろに振り向く。
「チャン——!」
「アルカ! 前!」
「——っ!?」
焦って向き直した先では……火球が割れて開けた向こう側から、燃え盛る何かが一直線に飛んでくる。
「二段構えか……! ——うおおおおおおぉぉぉ!」
ガキイイィィィンッ!
縦一閃に振り下ろしたリベリオンと、飛んで来たそれが激しくぶつかる。
が——。
(重い……っ! 押し戻され——)
カッ——。
瞬間、それは眩く発光し——。
(……まさか——!)
ドオオオオオォォォンッッッ!
凄まじい爆発音が、辺り一面に響き渡る。
「アルカ!」
「アルカ様っ!」
「アルカさんっ!」
「——大丈夫だ!」
間一髪……横に飛び退いたことで、俺は爆発の直撃を免れる。
「くそっ……一体どこから——!」
「アルカ! 上だ!」
見上げた先……天高く飛び上がり、武器を振りかぶる敵の姿が見える。
——が、上手く太陽に被さっていて、その影しか視認できない。
(くっ……間に合わな——)
『《母なる海牢》!』
バシャァッ!
「……っ!?」
……突如、俺の視界が蒼に染まり——。
爆炎を纏う敵の斬撃が、眼前で停止する。
(……はっ! 今だ!)
「——《風切》!」
ブワァン————ッ!
「ぐわぁっ!」
俺の居合を受け、敵は後方に吹き飛んだ。
不安定な体勢からではあったが、相手と距離を取るには充分だった。
俺は改めて、己の全身を見渡す。
(球状に囲まれている……そしてこの蒼さ——)
——リズと戦った時、ナツキやおつうを囲むように展開していた水魔法。
昨日、水で出来ているはずなのに転がった水晶——。
『この娘は必ず、お役に立ちますよ』
(……ブルース——)
「……船に居ろって言っただろう」
「いいえっ! 皆に伝えろと言われただけですっ」
振り返った先で——。
いつの間にか戻って来ていたエリィが、両手を前に突き出していた。
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