58話 水晶球~紫龍と蒼龍のランデブー~
「いいんですか……アルカさん? 背中のリベリオンを抜かなくても——」
「必要ない。さっさと来い」
都での滞在二日目——。
今日も今日とて昼過ぎに起きた俺は、チャンと共にエリィの鍛錬に付き合わされていた。
俺の右手には、スタークの護身用ナイフが鈍い光を放っている。
(しかし女ってのは……本当にわからないな——)
昨夜——。
俺と隊舎(仮)に戻ったナツキは、真っ先にアテナとユリの元へ駆けていき……気づいたら三人でわんわん泣いていた。
俺はよくわからないまま、無言で首を振るチャンに連れられてその場を離れ——。
——そして今日。
俺が眼を覚ますと既に三人は、一緒に出掛けた後とのことだった。
機嫌がいいのか、悪いのか。
怒っているのか、いないのか。
仲がいいのか、悪いのか——。
日々変化する表情と関係性に、 〝女〟という生き物への謎は深まるばかりだ。
「では……遠慮なくいかせてもらいますよ——!」
向かいに立つエリィが、得意げな顔で弓をしならせる。
「皆お前ぐらい、わかりやすければな……」
「わはははは! 怪我しても知りませんよ……《虹の矢雨》!」
ピシュッ、ピシュッ、ピシュッ——。
エリィが水の魔力を宿して放った矢が三本。
大きく山なりに弧を描き——。
タンッ、タンッ、タンッ。
「……」
——俺の頭上を通り過ぎて、後方の地面に着弾した。
その通り道には……うっすらと、七色の光の跡が見える。
「くっ……やりますね——」
エリィは真剣な眼差しで、額の汗を拭っている。
(俺は……宴会芸を見せられているのか?)
「……エリィ、ちょっと来い」
「ぬ……、接近戦ですか!? 望むところです!」
相変わらず……剣のように弓を持ち替えたエリィが、俺の方に向かってくる。
「そいやっ!」
ブンッ——。
振り下ろされた弓を半歩で躱し、エリィの横に回る。
——ビシィッ!
「のおおおおお!」
我ながら鮮やかなチョップがおでこに炸裂し……エリィはその場に蹲った。
「チャン……これもうダメだろ?」
「ははは……。俺も色々試したんだけどね~」
——ここまで、エリィの鍛錬はチャンに任せっきりだった。
(基本的にチャンは受け身だ……こんなのを毎日受けていたとなると——)
……申し訳なさでいっぱいだ。
その時間は聖騎士として、何の鍛錬にもならなかっただろう。
(ブルース……お前は一体、エリィの何に可能性を見出していたんだ——?)
俺は遠く空の向こうのブルースに想いを馳せ……蹲るエリィの方に向き直す。
「特技とかないのか? 例えば……そうだな、ブルースやロベルトに褒められるようなレベルの」
長年エリィを見てきた二人なら、その時間の中で何かしらの感触を得ていたはずだ。
こんな迷惑千万のじゃじゃ馬娘だが……本当に何かしら、他人より秀でた才能があるかのもしれない。
「いててて……ぬ? ありますよっ! 占いですっ」
……オカルトの類か?
残念だが、戦闘では使えそうにないな。
「そうか占いか……よし却下。他には?」
「ありま……せん……っ」
とんでもなく悲しそうな顔をしたエリィが、グッと言葉を詰まらせる。
(くっ……仕方ない、少し聞いてやるか——)
「そうか……どんな占いが出来るんだ?」
「わははは! 例えばこれです! ——《水晶球》」
ポワァーッ——。
エリィは得意げに両手を突き出すと、そこに何やら蒼色の球体を発現させた。
液体らしきもので構成された、まるで水晶のようなその球体。
どうやらその中で……龍を形どったような水流が、ゆっくりと揺らめいている。
「紹介しますっ、蒼龍のスイリューです! かれこれ十余年飼ってますっ」
(なんだかややこしい名前だな……)
——だがなるほど。
オカルトというよりは、子供のお遊びから派生した曲芸の類か。
確かに子供がこんなことをやらかせば、ブルースたちも褒めるだろう。
「ほう……綺麗じゃないか。よし、今日からお前は宴会隊長に任命してやる」
「ひっ、酷い……。こっ、この水晶の中に未来が視えるんです! テンペストの女性陣にも大人気なんですよっ」
裏でそんなことしてたのかこいつは……。
——だがまぁ、そんな話は誰からも聞いたことが無い。
恐らく、大したことはなかったんだろう。
「チャン、どう思う?」
「ははは。試しに俺とスタークもお願いしたんだけど、結構面白かったよ」
「わははは! 聞きましたかアルカさん!? さぁ! アルカさんの輝かしき未来を視てみましょうっ」
もう全員付き合ってやった……ということか?
(……皆ありがとう、こんな見るからにインチキくさい占いの相手なんかしてくれて——)
——だが俺は、この手のことには全く興味は無い。
いつもならサクッと断るところだが……眼前の家出娘が俺に向けるその、屈託のない笑顔が眩し過ぎる。
それに加え、話を振ったのは俺だ。
おいそれと否定するのも、さすがに少々憚られる……。
(仕方ない……一回だけやらせてやるか——)
「あ、あぁ……じゃあ頼む」
「わっかりましたぁ! じゃあ水晶に魔力を流し込んでくださいっ」
エリィが嬉しそうにもう半歩近づき、俺の眼の前に水晶を差し出す。
「ん? こうか——」
俺は水晶に手を当て……ゆっくりと、その中に魔力を流し込む。
「はいっ、ありがとうございます! では、視てみます——」
いつになくそれっぽい顔つきのエリィが、水晶を覗き込む。
「水の精霊よ……この水晶に映りし風の使徒、アルカ・キサラギの未来を示し賜え……! ——ぬ、……ぬぬぬぬぬ……!」
エリィが力み始めたのと同時に、水晶の中が泡立ち始める。
「おお……沸騰してるのか?」
水晶の中で渦巻く水流が、目に見えてその勢いを増していく。
「少し黙っててください……!」
(なっ……怒られた——)
思わず隣に視線を逸らしたその先で、チャンが『ははは』と笑っている。
「……むっ! 来ましたっ! どうぞっ」
どうやら準備の整ったらしいエリィが、こちらに水晶を差し出した。
俺はそれを覗き込む。
「ん……、これは——!」
水流が落ち着きを取り戻した水晶の中では、紫と蒼の龍が悠々と泳いでいる。
「わははは! どうですかアルカさん!? 凄いでしょうっ」
——確かに凄い。
誰にでも、何かしらの才能はあるものなんだな。
俺には到底思いつきもしないし、出来ないことだ。
「ここまでは、な。——で、これでどうやって占う?」
「ふっふっふ……見てください、この龍の動きを——」
エリィは人差し指をツーッと動かし、俺の視線を誘導する。
その指は……気持ち良さそうに泳ぐ二匹の動きを追っている。
「どうですか? この子たちを見て……何か感じませんか?」
俺を見るエリィの蒼眼は……なぜか、物凄い自信に満ち溢れているように見える。
「何かって……気持ち良さそうに泳いでるな、と——」
返す俺の言葉を聞いたエリィの口角が、 『ニヤリ』と吊り上がる。
「そう見えますか……! なら、そういうことですっ」
「……は? これを見てお前が占うんじゃないのか?」
「はっはっは! おわかりかとは思いますが……この紫龍はアルカさんで、蒼龍は私です。そして私には、これを発現することは出来ても動かすことはできません。つまり——」
流し込んだ魔力の属性で、龍の色が決まる。
そしてその龍は……自分たちの意志で動いている?
「つまり……?」
「これが、 『二人の未来』です。こんなに仲良く泳いで……これはもう、末永く爆発するヤツです! わははは——」
——ビシィッ!
「のおおおおお!」
またもや綺麗に決まったチョップにより、エリィが蹲る。
バシャッ……。
(……ん)
その拍子——。
宙に浮かばせていた水晶が地面に落下し……その形を保ったまま、コロコロと転がった。
(水で出来てるんじゃないのか……? まぁそんなことより——)
「なんだその未来は……そもそも抽象的過ぎるだろう。ちなみに、他のヤツらはどうなったんだ?」
「うっ……別に全員同じ……ですっ——」
……結局、そういう風に動くように出来てるんじゃないのか?
(だが……動かせないとも言っていたな——)
……もし、エリィの言っていることがすべて本当だとすれば——。
「そうか、ならそれでいい。今後も全員、仲良くやっていけるってことだろう」
「……っ! はいっ!」
お前のその明るくて素直な人間性が、関わる人間を幸せに導いているのかもしれない。
それなら報われるってもんだ。
今までお前が巻き込んで……巻き込まれてきた人たちも。
(いつか……仲良くなれなさそうなヤツでも占えれば、それもわかるか——)
「ははは。——おっ、皆帰ってきたみたいだね」
チャンの視線を追った先に、仲良くこちらに歩いてくる三人の姿が見える。
「ただいまー! アルっ」
「ご飯にしますよ~! アルカ様っ」
「隊長、資金繰りのことでご相談したいことが——」
(……大丈夫だ、こいつらは——)
——必要以上に、気にし過ぎていたんだ。
俺なんかが何か心配したところで仕方ない、どうなるわけでもない。
どうやら女ってのは、そんなに弱くはないらしい。
「——あぁ、今行く。行こう、二人とも」
「はいっ」
「ははは、行こうか」
——明日にはもう、オルカスタに向かうと言っていた。
そもそもの任務内容といい……アイネの存在もある。
そこが地獄に近い場所なのは、十中八九間違いない。
とりあえずこんな穏やかな日常も、一旦は終わりを迎える。
今はこの時を、楽しませてもらおう。
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