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57話 蒼の流星群~水の音、重なる時〜

「今だけじゃない……出掛ける前からここに座るまで、今日ずっと。いつもずっと——!」


 いつになく強い口調のナツキ——。

 一瞬にして、俺の思考回路は破壊される。


「全部わかってます。アルカ様が、何を一番大事にしてるのかも。アテナさんが、何か隠してるのも。私だけじゃない、皆わかってます。それでいいと思って一緒に居ます、居させてもらってます……けど——!」


 その蒼眼を見れなくなって、逃げ落ちたそのまた先で——。


 嚙み締められた唇が、ふるふると震えている。


「滅多にないんです……こうして二人で居る時ぐらい、私をちゃんと見て欲しい! 私だけを見て欲しい! いつもじゃなくていいんです! 今だけでいい! そう想うのは……いけないことですか——?」


 もう一度逃げたその先で——。


 俺は今度こそ、涙に滲む蒼眼に掴まった。


「私だけじゃない。ユリさんだって、おつうちゃんだって……チャンさんだってスタークさんだって皆そう。私たちは、アルカ様に着いてきてるんです。アルカ様が好きなんです」


 やがてその雫がツーっと頬を伝っても、俺の視界はその先を追えない。


 この蒼眼から、逃れることは許されない。


「別にいいんです……アテナさんが一番大事な、アルカ様でいい。——だって私たちは、そのアルカ様しか知らない」


 何も説明しなくても——。

 俺たちは……いや俺は、皆にその重荷を背負わせていたんだ。

 何も事情を知らなくても、皆はそれを受け入れていたんだ。


 わかったような気になっていた。

 大事にしているような気になっていた。


(なのに俺は……アテナのことばっかりで——)


 ——結局、皆の優しさに甘えていたんだ。


 ナツキはもちろん……他の皆だって、一人の人間なのに。

 それぞれの想いが、事情が、背景があるのに。

 俺はちっとも、それに触れて来なかった。

 知ろうとすらしていなかったんだ。


 すべて置き去りにして、自分の……アテナのことしか見えてなかったんだ。


(知らぬ間に……こんなにも傷つけていた——!)


「私——は……ひぐっ、アルカ様が……っ、好きなん……です——」


 ぐずって聞こえづらいナツキの声が、皆の想いを代弁する。


 途切れ途切れでも、今の俺にはしっかり届く。


「俺も、好きだよ。大好きだ」


「……っ! そういうところが……私を止まんなくさせるんじゃないですか——!」


 ついに溢れ出た大粒の涙が、月明りに染められて——。

 まるで次々と落ちては消える流星のように、夜の闇にキラキラと煌めく。


「俺が悪かった。もっと一人一人をちゃんと見るようにするよ。約束する」


「嫌っ! 全然わかってない! 皆じゃない! 今は——」


 ぶんぶんと首を横に振るナツキの顔を、両手で掴んで俺に向ける。


「わかってる、今はナツキを見てる」


 ナツキは一瞬眼を合わせると、すぐに俺から眼を逸らした。


「私は……ぐすっ、いつも見てるもん——」


 俺の左手に両手を添えたナツキが、ゆっくりと俺を見上げる。


「嫌……私、すぐ許しちゃう——」


 ……優しいもんな、ナツキは——。

 それぐらいは、俺もちゃんと知ってる。

 むしろ、自信を持って言える。


 ——だからこそ、もっと素直にぶつけてくれていいんだ。

 今日ぐらい、気の済むまで俺にぶつかってくれていい。


「そんなに簡単に許さなくていい。——俺はどうすればいい? どうしたら、ちゃんと心の底から許せる? また……いつもみたいに笑ってくれるんだ?」


 ナツキの顔に添えている両手から、涙の温かさが伝わる。


「私を……ちゃんと見てください」


 未だ湧き出て、留まることを知らない蒼の泉は——。

 見れば見るほどに、その輝きを増していく。


「ちゃんと見てるよ」


「もう一回……言ってください——」


『言葉だけじゃ伝わらない』とはよく言うが——。

 逆に行動だけでも、こうして伝わらないこともあるものなんだな。


「ナツキを見てる」


「違いますっ。……俺も……って——」


 ——だけど、ここだけは勘違いしないで欲しい。


 確かに俺はアテナが好きだ。

 アイツのおかげで、こうして今の俺がある。

 だからいつも笑っていて欲しいし、護りたいし、失いたくない。


 でも決して()()は、アテナに対してだけの気持ちじゃない。


「……好きだよ」


 俺はちゃんと——。


「誰が……ですか——っ」




「ナツキが好きだ」




「……っ! 私も好き……アルカ様が好き! 大好きっ——」



 俺を見るナツキの眼が、だんだんと細くなっていく。



 やがてゆっくりと(まぶた)が閉じ切って……それにより、再度大粒の涙が頬に押し出される。



 そうしてナツキは眼を開けることなく、顔をこちらを向けたまま——。


 俺の両手の内側から自分の両手を入れ、自身の顔から俺の手を(ほど)いた。


 そしてそのまま両手を伸ばし……それはやがて、俺の首の後ろで繋がった。



 絶えず流れ落ちていく涙のせい……ということになるだろうか。

 もしもそれから逃げるように今、俺もこの眼を閉じたなら——。




 恐らく俺は、このまま吸い込まれる。




「……ダメ。今日はこれで勘弁してあげます——」


 そうして一つになる寸前——。

 俺の首に掛けた両手はそのままに、ナツキは俺の胸に顔を埋めた。


「そうか。ありがとな」


 許された……のだろうか。


 ——いや、別に許されなくてもいい。

 俺が今までしてきたことは……きっと、この程度で許されるようなことではないはずだ。

 これだけ泣かせたんだ。

 しばらくはそのまま、許してくれなくていい。


「私……ズルい、最低。そういうことじゃないって、わかってるのに——! うっ……わあああああん!」


 今まで抑えていた気持ち。

 まるで、そのすべてを吐き出すかのように——。

 ナツキはわんわんと声を上げ……もう、しばらく泣き止みそうにない。


 誰も居ない広場に、その切なさだけが延々と響き渡る。


「ナツ——」


 ……一瞬。

 その震える身体を抱きしめようとした、が——。

 先ほどナツキに(ほど)かれて垂れ下がっていたこの両手が、なぜか持ち上がらない。


(違う……のか——?)


 ——こんなことは初めてだ。

 動かそうとしたのに、動かないなんて。

 扱いを忘れているリベリオンでさえ、自然と身体が動くのに。

 目の前で泣いている女一人、どうにかしてやることもできないとは——。


(……ははっ。どうやら失った記憶の中にすら、こういった経験は無いとみえる——)


 ——別にあの時……アテナを抱きしめられたのは、特別な感情があるからじゃない。

 きっと以前から、アテナを知っているからだったんだ。

 どうすれば泣き止むか、元々知ってたからなんだ。


 俺はナツキを知らないし……多分、他の女も知らない。

 だからこうして胸を貸す以外に、どうしていいのかわからないんだ。


 そしてなぜ、最後にナツキが自分を責めたのか……それが何なのかもわからない。

 だが——。



 俺のことなんかで、こうして泣いてくれる(ひと)が居る。

 俺を理解して、何でも笑って済ませてくれる(ひと)が居る。

 俺を慕って、どこまでも連いて来てくれる(ひと)が居る。

 俺を気遣って、いつも傍に居てくれる(ひと)が居る。

 俺を信じて、その身を委ねてくれる幼女(ひと)が居る。

 俺が絶対で、無条件で受け入れてくれる(ひと)が居る。


 俺を必要として、その運命を預けてくれる(ひと)が居る。



 俺はこれから先……この全員の笑顔を護り、絶対に失わない。



 ……ザァー——。



「ぐすっ……あれぇ? あはっ、壊れてなかった」


「ははっ、夜だからでもなかったな」



 ……今さらになって。



 後ろの噴水の頂上(てっぺん)から、湧き出た水が流れ落ちて——。


 水と水の重なる音が聞こえた。

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