56話 二人きりの都~蒼眼、揺らめいて~
「しかしこれ……大丈夫なのか? まだ俺たちのものじゃないし——」
「ははは、大丈夫だと思うよ。もう人払いは終わったとはいえ、一応まだリズさんの持ち物みたいだしね。さすがに【剣聖】に突っかかってくるような人間は、そうはいないでしょ」
「まぁ確かに……そうだろうとは思うが——」
——リズとの商談が終わり、俺たちはそのまま隊舎(仮)にて一夜を明かした。
夜遅かったこともあり……全員が目を覚ます頃には、もう昼を過ぎていた。
動くには中途半端な時間だったことに加え、リズの『数日欲しい』という要望……話し合いの結果、とりあえず今日は都で過ごすことになった。
「あはっ。じゃあ行きましょうっ! アルカ様っ」
まぁできることなら、オルカスタになど行きたくはない。
俺にとってはいい話……ではあるのだが——。
「あ、あぁ……アテナ、本当に一緒に行かなくていいのか?」
巫女様はテーブルに突っ伏して向こうを向いたまま、ピクリとも反応を示さない。
(……一体どうしたんだ? さっきまではあんなに楽しそうにしていたのに——)
起き抜けに、輪になって話し合いを始めた女性陣——。
どうやらそこで、俺とナツキが出掛けることに決まったらしく……その直後から、アテナはずっとあの様子だ。
(当然のように……俺には何の確認もなかったな。だがそんなことより——)
「なぁナツキ、わかるだろ? アテナはあぁなったら本当に大変なんだ……一緒に連れていった方が——」
「いいんですアルカ様っ。これは公正たる乙女会合の結果、それ故の配置ですから! ——ね~? ユリさん?」
珍しく俺の言葉を遮ったナツキが、そのままユリに同意を持ちかける。
「うっ……はっ、はいぃ~……」
昨夜同様、ユリは慌てたように両手で顔を覆った。
その一連の様子からは、どこか後ろめたさのようなものを感じる。
「あはっ、大丈夫ですっ。私はあなたを許します……勝負ですからっ」
ナツキは両手を腰に据え、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「昨日からどうしたんだ、ユリ? なんか様子がおかしくないか? 何かあったんなら——」
「いっ、いえっ! 私が悪いんですっ! 私のことなんか放っておいて、隊長はどうか先へ進んでくださいっ……! どうか私のことは——!」
まるで『最終ダンジョンの奥へ進む勇者に迫る魔獣の大軍を一手に引き受ける仲間』の如く……ユリは片方の掌を俺に向け、その場にへたり込んだ。
(いや……余計気になるだろ——)
ふと視線を逸らしたその先で、家出娘と眼が合った。
「……ぬ? わははは! お気になさらずアルカさんっ、なっちの言う通りですからっ。私は弓の特訓でもしてますよっ」
「そ、そうか。人に当てないようにな……」
(……おかしい、いつもならどうあってもついて来ようとするはずなのに——)
……だがこれは、逆に信憑性が出てきたとも言える。
どうやら本当に『何かしらの話し合いの結果こうなった』とみて、間違いなさそうだ。
「……チャン、任せていいか?」
俺は最後の頼みの綱……仏のチャンに眼を合わせる。
「ははは、大丈夫だよ! 俺が見てるから。心配しないで行っておいでよ、アルカ」
そう言っていつものように笑うチャンからは、特に不安そうな様子は窺えない。
(チャンが言うなら大丈夫……か——)
「話は終わりましたか? じゃあ行ってきまーすっ!」
——グイッ!
ナツキは明るく言い放つと、そのまま俺の左袖を掻っ攫った。
(巫女様は放っておくと、本当にあとが大変なんだ……頼んだぞ、チャン——!)
もう一度振り返ったその先には——。
グッと親指を立てて片眼を閉じる、俺たちの頼れる聖騎士の姿があった。
「ではアルカ様っ。今日はとことん、私に付き合ってくださいねっ?」
急に視界に潜り込んできたナツキが、黒く艶やかなツインテールを跳ね上げる。
そしてグッと下から覗き込む蒼眼が……なぜか、いつもに増して透き通って見える。
「……あぁ。どこへでも好きなところに行くといい」
「あはっ、やったぁ」
……もはや、こうなってしまっては仕方ない。
そもそも、ナツキはどこかへ連れて行ってやるつもりだったんだ。
『なるべくしてこうなった』……そう考えれば、これは当然の流れだ。
門を潜って都に入って。
改めてゆっくりと街を見渡して、あっちこっちを指差して。
(そういえば……アテナもぴょんぴょん飛び跳ねてたな——)
昨日の大通りを歩いて。
相変わらずの人波にはぐれないよう、きつ過ぎるぐらいにしがみついて。
(アテナを後ろに乗せた時も、こんな感じだったな——)
昨日と違う店で、遅めの昼食を取って。
俺と同じ物を頼んで、横に座ってしっかり全部平らげて。
(アテナは対面に座って……結構残してたな——)
何件も洋服屋に入って。
あれこれ着てみせて俺に感想を言わせると……嬉しそうに笑ってみせて。
(アテナは……なんで膨れてたんだ?)
あとはただただ俺の袖を掴んで、街を歩いて日が暮れて——。
もうすっかり、夜になった。
やがてとある広場の噴水に辿り着き、横に並んで腰を下ろした。
「お水、止まってますね。壊れてるんでしょうか?」
言われて確認すると……噴水はその動きを止めている。
「どうだろうな? 夜だからかもな」
「あはっ、ですねっ」
ふと横顔を見てみるが……相変わらず、ナツキはニコニコと笑っている。
「今日は楽しかったですっ。ありがとうございました、アルカ様っ」
楽しんでくれたなら、出掛けた甲斐もあったというものだ。
そのまま横顔を見ていたら、ナツキと眼が合った。
「アルカ様は? 楽しかったですか?」
——そうだ、アテナもこうやって聞いて来た。
俺のことなんてどうでもいいのにな。
「そうだな。楽しかったよ」
そしてこのあと、 『どこが? 何が?』って聞かれるんだよな。
それで俺は、 『アテナが笑ってたから』って——。
「————ました?」
——ナツキが何か問いかけたようだが、はっきりと聞こえなかった。
いつの間にかナツキの視線は俺から外れ……遠く夜空を見上げている。
「……すまん、もう一回——」
「今……アテナさんのこと考えてました? って聞いたんです」
ゆっくりと俺に向いた蒼眼が、少し揺らめいて見える。
「あ……俺は——」
その揺らめきにほだされるように、俺はその事実を否定しようとした。
だが——。
ナツキはそれを許さなかった。
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