55話 商談成立~仁王、掌を返して~
「リズさん! そういうことならお断りですっ」
「そうよ! 【剣聖】とか名乗ってる割に色仕掛けが武器なわけ!?」
俺の両脇から前に出てきた仁王が、揃ってリズに攻め掛かる。
「……? 何を言ってるの——?」
リズは『わけがわからない』といった表情で、首を傾げている。
——全く同感だ。
俺にも何が何だか、さっぱりわからない。
そしてアテナ……【剣聖】はきっと、リズが好き好んで名乗っているわけじゃない。
俺だって自分から〝白狼〟などと名乗り始めたわけじゃないし……現に一度も、本人の口からその単語は出てきていない。
通り名は本人の意志と関係なく、周りの人間が勝手につけて広まっていくんだ。
「……何怒ってるんだ? お前ら——」
「アルは黙ってて! これ以上の抜け駆けはごめんだわ!」
「そうです! これは私たちの問題ですっ」
——ギッ!
揃って振り向いた仁王の鋭い視線が、なぜかユリに突きつけられる。
「えっ……ひゃんっ——!」
どうやらそれをまともに喰らってしまったらしく——。
ユリは逃げるように反対を向き、両手で顔を覆った。
「一体何をやってるんだお前らは? ……まぁいい。リズ、全部ってのは——」
スッ——。
話を進めようとした俺の視界を、チャンの掌が覆い尽くす。
「ははは。アルカが聞くとややこしくなるから、俺が聞くよ。リズさん、全部っていうのは?」
この混沌とした世界を救うかの如く……仏のチャンが舞い降りる。
——それにより、リズは傾げていた首を縦に戻した。
「私のやってる店。その全部をあげてもいい」
「店って……あの案内所や飲食店のことか?」
「あれだけじゃない。別で服屋、宝石屋、武器屋に防具屋……他にも色々やってる」
「ほっ、宝石屋!?」
「お洋服っ……!」
「わははは! ちょうど新しい弓が欲しいと思っていたところですっ」
「くかー」
リズの提示した追加報酬に、女性陣が一斉に喰いついた。
仁王に至っては、先ほどまでの怒りのような何かは綺麗さっぱり消え失せ——。
期待のような喜びのような……そんな何かを含んだ、妖しい笑みを浮かべている。
(こいつら……。店をもらったからって、商品が自分のものになるわけじゃないんだぞ——)
勘違いも甚だしいが……どうやら興奮が抑えきれないらしいな。
——まぁいい、こいつらは束の間の幸せに浸らせておくとして……とりあえず話を進めよう。
「凄いな。資産家の娘か何かなのか? リズは」
「いいえ、私の趣味」
……趣味で広げられるような規模じゃない。
どうやらリズには、経営の才能があるらしい。
「でも……危険過ぎませんか? 敵の本陣に、しかも少人数で突っ込むなんて——」
後ろの方から、俺の心の声を代弁する優しい声が聞こえた。
振り返った先では、未だ両手で顔を覆ったまま——。
その指の隙間から……仁王の様子をチラチラと横目で伺う、なぜか肩身の狭そうなユリの姿があった。
(……一体何をしたんだお前は? だが——)
さすがだな、ユリ。
一瞬お前のことを、天女か何かかと錯覚してしまった——。
酒の席でのことは忘れてやる、だからそのまま汚れず……どうかそうしてずっと、俺たちの癒しで居てくれ。
「アル、困っている人は助けなきゃダメじゃない……そうでしょう!?」
「あはっ。アルカ様のナツキが、全力でサポートしますねっ」
「アルカさん! ついに私の初陣ですね! わはははは」
「旦那! オイラ……自分の店を持つのが夢だったんでっさ!」
「くかー」
(こ、こいつら……!)
なんて現金なヤツらだ。
アテナもナツキも、さっきまであんなに心配してくれていたのに——。
そもそもエリィにおいては、最初から全く危機感を感じてない。
そしてスターク……そんな風に店を持ったところで潰すのがオチだ、やめておけ。
(……はぁ、どういうもこいつも——)
ふと眼を逸らしたその先で——。
これから一緒に地獄へ旅行する予定の、聖騎士と眼が合った。
「俺たちって……何だと思われてるんだ?」
「ははは……、ね——」
だが——。
こんな報酬でもなければ、きっとこいつらは納得しなかっただろう。
いくら【剣聖】が一緒とはいえ、小隊で敵の基地に乗り込むなど……誰がどう見ても危険過ぎる任務だ。
(店の話はさておき、どちらにしろ隊舎は必要……仕方ない、こいつらの気が変わらないうちに確定させるか——)
「……わかった。だが最初に伝えた通り、テンペストからは俺とチャンしか出せないぞ。まさか三人で行くとは言わないよな?」
さすがに【剣聖】……それなりの面子を手配できるはずだ。
「ええ、もう一人当てがある。四人で行く」
よし、ちゃんと当てがあるんだな。
それなら安心——。
「……いや待て。——あまり変わらなくないか?」
三人が四人に増えただけだ、誰が聞いてもそう思うだろう。
だが対面のリズはきょとんとした顔で、 『なにが?』と言わんばかりに首を傾げている。
「大丈夫だと思う。人格はちょっとあれだけど……戦力としてはこれ以上は居ない。そもそも、探してたのは同格以上の殲滅力がある一名だから。このレベルのチャンさんが居たのは、正直ラッキーだった」
「ははは~! そぉ~?」
チャンはポリポリと頭を掻きながら、照れたように笑っている。
まぁ他でもないあの【剣聖】に認められたんだ、そりゃ嬉しくもなるだろう。
(しかし殲滅力……あの万年【捨て駒】だったこの俺が——)
どこまで力になれるかはわからないが——。
チャンもまんざらでもないみたいだし、頑張ってみるか。
もう一人の〝ちょっとあれ〟が少し引っ掛かるが……まぁあのリズがそこまで言うんだ、相当強いのは間違いないだろう。
「【剣聖】が言うんだ、信じるとしよう。——で、作戦は?」
「今回向かうトレンタ要塞は、三つの塔に分かれてる。それを私と〝白狼〟とそのもう一人で、それぞれ一つずつ落とす。チャンさんは中央地点で囮になってもらい、ミリーを回収したら撤収してもらう」
一人塔一つのノルマ……なるほど、だから三人必要って考えだったのか。
「ちなみに……そこの戦力は?」
「多分6000ぐらい。三人なら余裕でしょう?」
「……」
剣の腕も去ることながら、この女は色々とぶっ飛び過ぎている。
一体何を以って〝余裕〟としているんだ?
(……そうだ、さすがにここまで来たらこいつらだって不安になったはず——!)
そう思って後ろを振り向いた俺の視界に——。
「アルなら大丈夫! だって最強だもんっ」
「ズバッとやっちゃいましょう! アルカ様っ」
「わはははは! 私の剛弓が火を噴きますよ!」
——揃って親指を立ててウインクする、三人の悪女が飛び込んできた。
(色々と言いたいことはあるが……とりあえず、エリィの弓から吹くとしたら水だろう——)
「……チャン——」
俺の視線は自然と、隣の旅のお供へと向かっていた。
「ははは……まぁ最悪の場合、ウチには撤退手段がある。その〝もう一人〟がわからないけど……リズさんも居るしね。この間みたいに〝字持ち〟でも出てこない限りは——」
「それ以上言うな、本当に出てくる気がする」
不吉なことを口走ろうとしたチャンを、言い切る前に遮ってやった。
(別に〝字持ち〟が怖いわけじゃない、だが——)
ただでさえこの難易度……これ以上、余計な障害が増えるのはごめんだ。
「ははは、それでどうするの? 今から行くのかな?」
そんな俺を見て優しく微笑んだチャンが、リズに問いかける。
「数日欲しい。私は今からその〝もう一人〟を迎えに行ってくる。現地近くで落ち合いましょう。一人、私と伝心を繋げて欲しい」
「はいっ、私ですっ! 繋げますねっ」
ナツキは明るく返事をすると、両手を合わせて瞳を閉じた。
どうやら伝心を繋げているようだ。
「一緒に行った方が早いんじゃないか? 足ならあるぞ?」
「ちょっと癖のある人だから……多分、私が一人で行った方がいい」
(癖……ますます引っ掛かるな——)
でもまぁ今回の作戦は、それぞれ分散しての単騎殲滅戦——。
特に連携もないだろうし……気にするだけ無駄か。
「そうか、なら先に行って待っている。どこへ向かえばいい?」
「そうね……とりあえずオルカスタ本部近くに居てくれれば」
「オルカスタだな、りょうか……本気でか?」
……嘘だよな、リズ?
間違いだと言ってくれ——。
「ん……? 本気よ? 何か問題あるの?」
(……ダメか——)
「いや……出来ることならもう行きたくはなかったんだが——」
「気が合うのね、私もよ。——でも、今回はお願い」
誰も居ない方向に顔を向けたリズは、まるで視えない何かを睨みつけるようにその金眼を細めた。
(……ん? リズもアルカスタで何かあったのか——?)
だがまぁ……どうせ聞いたところで、目的地が変わるわけでもなし——。
「……わかった、商談成立だ」
俺が右手を差し出すと、リズはそれをギュッと握り返した。
「じゃあ、オルカスタで」
「あぁ、必ず行く」
最後の確認を済ませたリズは、転送陣を発動させ——。
俺たちに軽く手を振りながら、夜の闇に消えていった。
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