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53話 最強の剣士~三分の死線~

「【双剣形態(ツインソード)】……《舞風(まいかぜ)》!」


 背から引き抜いた両の持ち手に、紫光の刀身が発現する。


「見たことない。——楽しみ」



 キィィィ——。



 女が鞘から、ゆっくりと剣を引き抜く。

 すると……この闇の中でも神々しく輝くほどの、黄金の刀身が姿を現した。


(抜刀しても鞘を持ったまま……さすがに【剣聖】、余裕だな——)


「じゃあ……今から三分ね」



 ——フッ。



(……っ!)


 女は踏み込む素振りも見せず、一瞬にしてその場から姿を消した。


(——(はや)い!)



 ——ゾワッ。



 次の瞬間、右半身に強烈な悪寒が走り抜ける。


 俺はその違和感を振り払うかの如く——。

 左上段から右下段に、思い切りリベリオンを振り抜いた。



 ——ギィィィィンッ!



 瞬間、黄金の刀身とリベリオンが重なる。


(……重すぎる! 女の太刀筋じゃない! それに——)


 動きが視えなかった。

 剣が重なって初めて、その先に超低姿勢で踏み込んでいる女の姿を視認した。


「——次」



 タッ——。



 女は一歩で俺の正面まで移動し、少し腰を落とした。



 スッ——。



 剣を持った女の右手が後方に引かれ、一瞬の間が空く。


 その切っ先は、真っすぐに俺の方を向いている。


()()ありがとう。——〝剣の雨(シュバルトレーゲン)〟」



 ……ズババババッ!



「……っ!?」



 キキキキキンッッッッ!



 まるで()いては消える光のような速さで、無数の突きが繰り出される。

 こちらは双剣、単純に一本多い……にも拘わらず、捌くので精一杯——。


(これは……殺しに来てるな——!)



 スッ——。

 


 ——ふいに、女がもう一度右手を引いた。


(——マズい!)


 俺は瞬時に、半歩飛び退く。



 ——ガイイイィィィンッ!



 思い切り突き込まれた女の剣を、交差した双剣でかろうじて受け止める。


(強……過ぎる——!)


「ぐわぁっ!」


 俺はそのまま、後方へ吹っ飛ばされる。


 何とか受け身を取って飛び上がり、体勢を立て直す。


「……ふうん——」



 ——タンタンタンッ。



 それを見た女は突くのを止め、数歩後方に距離を取った。


「ははっ……殺す気か? そもそも俺が注文したのは、()の方なんだが——」


「足りていなければここで()()()と言った」


「そういう意味かよ……」


 メチャクチャだ——と思ったが、思い返してみればそんなこともなかったか。



『いいや、()()()()()()()



 眼帯のヤツが言っていたのは、そういうことか——。

 号外にあった『純粋な剣の腕だけであれば国内最強』という一文も、これなら頷ける。


 正直、このまま剣を合わせているだけでは……まったく勝てる気がしない。

 他に今、俺に残されている近接戦闘の手段があるとすれば——。


(……仕方ない、 〝あれ〟をやってみるか——) 



「そういえば……もう一人、だっけ——?」


 俺の思考を(さえぎる)るように、女が口を開く。


「ん? 何のこと——」



 ——チラッ。



 ふいに、女の視線が二階の方へ動いた。


「……チャン! ユリを置いて飛び降りろ! 今すぐだ! アテナは終わるまで絶対にそこから動くな!」


「ん……? ——っ!」


 女の身体が自分に向いたことで状況を理解したチャンが、ユリを降ろし始める。


(行かせるか——!)



 ダッ——!



 瞬時に間合いを詰めた俺に反応した女が、こちらに視線を戻す。


 俺は飛び上がり、思い切り身体を左に(ひね)る。


「はぁぁぁぁぁっ」

 

 その勢いのままに回転し、双剣を女に対して振り下ろす……が——。



 ——ギィィィィンッ!



「なっ……!?」


 女が左手で持っていた鞘に、渾身の剣撃がいとも簡単に殺される。

 そしてその更に奥の方で、黄金の刀身が眩い光を放ち始める。


(あれは……ヤバいな——!)


 俺は瞬時に体勢を変え、鞘を蹴って後方に回転する。

 


 ——ブワアアアアアァッ!



 凄まじい剣圧と共に……天を仰ぐ俺の視界に、金光の斬撃が(ほとばし)った。


(危……ねぇっ——!)


 着地し、すぐさま身構える……が、女はこちらを見ていない。


「アルカ!」


 その視線の先には、降りて来たチャンの姿が見える。


「すまねぇな……丸腰のところ」


 チャンは俺とユリを迎えに来ただけだ。

 大楯はおろか、レイピアすらも持ってきていない。


「ははは、仕方ないよ。——でも大丈夫。こういう時でも守れるように、一応準備はしてあるんだ」


 チャンはそう言うと、両の拳を握りしめて腰を落とした。



「土の精霊の名の元に——。我が(もろ)惰弱(だじゃく)たる身駆(しんく)を、堅牢、強靭たる鋼へと昇華し……一縷(いちる)の刃も通さぬ剛体を貰い受けん——」



 ——パアアアアアァッ。



 チャンの足元に魔法陣が展開し……緑光が溢れ出す。



「《翡翠剛鎧(フェルゼンパンツァー)》!」



 ——聖騎士(チャン)の叫びに、土の精霊が呼応する。

 周囲に飛散していた緑光がゆっくりと集束し、チャンの全身を包み込む。


「……硬そうね」



 カラァンッ——。



 女はチャンを見据えたまま……持っていた鞘を放り投げ、初めて両手で剣を握った。



 ズアアアッ——。



 女の魔圧が、急激に上昇する。


(まだ本気じゃないのはわかっていたが……ここまでとは——!)


 こないだの【冥王】と同等か……それ以上の魔力(マナ)を感じる。


「時間ないから……一閃(これ)だけね」



 コァァァァァ——。



 女の足元から、金光の魔法陣が展開し——。



 ——バチッ……バチバチィッ!



 それに呼応するように、黄金の刀身は徐々に雷撃を(まと)い始める。


「チャン! 甘く見るな! そいつは今までのヤツとはケタが——」


「大丈夫だよ、アルカ。……わかってるさ」


 チャンはまるで『俺には〝守ること(これ)〟しかできない』と言わんばかりの眼で、割って入ろうとした俺を牽制した。


「——いい?」



 ——チャキッ。



 女は剣を右後方に引くと、そのまま深く腰を落とした。


「いつでも……!」


 同じく腰を落としたチャンが、両腕を交差させてグッと身構える。



「《雷鳴剣・(おつ)》」



 シュイィィィィンッ——。



「《大地円蓋(アースドーム)》!」



 コァァァァァ——!



 女が剣を振り抜くのと同時に、チャンの周囲が緑光の半円で覆われる。



 カッ————。



 少し遅れて、辺りはまるで昼間のような明るさに包まれた。

 その瞬間——。



 ピシャァァァンッッッ!



 女が放った斬撃が、神速の稲妻となってチャンを突き抜けた。


「チャン!」



 ——バチッ……バチッ!



 チャンを覆う緑光の半円上に、雷撃の残光が音を立てる。

《大地円蓋》が半壊している(さま)と……かろうじて立っているチャンを、その光が時折照らし出す。


「……くっ——」


 微かに、チャンの声が聞こえる。


(——良かった! 無事か!) 



 ——バチバチッ……バチバチッ!



 ……雷撃の音が()まない?

 むしろ大きくなって——。



 バチバチバチバチッ——!



 ……間違いない、残光の弾ける音が加速している——!


「……っ! まさか! 〝リベリオン〟!」


 俺は背のリベリオンに両の持ち手を収め、身体の中心で縦に持ち直す。


(アイネ……()()()ぞ!)


「チャン! そのまま動くなよ! 【両極薙刀形態(ダブルクーゼ)】——《旋風槍(せんぷうそう)》!」



 ——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。



 次の瞬間——。



 ——ガシャッ!



 リベリオンが長く拡張され、その両端に紫光の刃が具現化する。


「……槍——!」


 ……まぁそんなところだ【剣聖】。

 ちょっと普通のとは違うけどな——!


(あいつらは……あそこか!)


 ちょうどこっちを向いていた家出娘と、俺の眼が合った。


「エリィ! 全員固まって掴まってろ! おらあああああぁっ!」


 俺はリベリオンの中心を持ち、高速で回転させる。

 ——それに伴い、周囲の風の魔力がリベリオンに集束していく。


「へぁ!? はいぃっ!」


 エリィはナツキとおつうを自分の方に引き寄せ、囲むように水魔法を展開させた。


「アルカ……まさか——!?」


 気づいたか、チャン。

 お前は一度、本場(アイネ)のを喰らってるもんな。


「〝あれ〟に比べたらそよ風みたいなもんだ! お前なら耐えられる! ——吹っ飛べ!」


 俺はリベリオンを回転させながら、チャンに向かって思い切り振り抜いた。



 ——ズアアアアアアッ!



 振り抜いた先から、紫光の突風がチャンに向けて突き抜ける。


「……っ!」


 両腕を交差させたまま、チャンは何とか立っている。



「きゃー!」

「ぬわー」

「ひぃー!」



 エリィたちの悲鳴が、突風の轟音に紛れて微かに抜けてくる。


「すぐ終わる! 我慢しろ!」



 ゴオオォォォォッ…………!



 やがてゆっくりと風は弱まり……完全に収束した。


「はぁ……はぁ——」


 なんとか耐えきったチャンがゆっくりと膝から崩れ落ち……そのまま地面に手をついた。


「ア、アルカさん! なんでチャンさんに攻撃を!?」


 混乱した様子のエリィが、俺を問い詰める。


「攻撃したんじゃない、()()()を払っただけだ。チャンが少しでも動けば、周囲に残っていた雷撃が一気にチャンに集束する仕掛けだ……違うか?」


 エリィの問いかけに応えながら、俺は女の方を見る。


 確かに……俺の突風による多少のダメージはあるだろう。

 だが雷撃(あれ)を喰らうのに比べたら、チャンにとってはかすり傷みたいなものだ。


「凄い……初見で防がれたのは初めて」


 女はそう言うと、先ほど放り投げた鞘の方に向かって歩き始めた。


「【剣聖】というからには斬撃だと思い込んでしまったが……残光の挙動がおかしかったからな。危ないところだった」


「そっ、そうですよね! 私もそう思ってました! わはははは」


(……むしろまだ理解できていないと視えるな——)


「……合格。依頼内容を話すわ」



 チィンッ——。



 女は鞘の前まで来ると、そのまま拾って剣を収めた。


「……三分経ったのか」


 気づけば、女が放った光の球はすっかり消えていた。


「でもその前に……()()をどうにかしてくれる? 私嫌いなの、槍が。見てると殺意が湧いて来る」


 ……ん? なんだ?

 何か因縁でもあるのか?


(そもそもこれは、槍じゃなくて薙刀のつもりなんだが——)


「……あぁ、わかった」


 俺は【両極薙刀形態(ダブルクーゼ)】を解除し、リベリオンを背に収める。



「アル!」


 戦闘の終了を確認した巫女様が、駆け寄って来る。


「すまんな、ちゃんと説明してる暇がなかった。悪いがチャンを診てやってくれるか?」


「信じてるから大丈夫! おつかれさまっ」


 アテナはそう言って『ニコッ』と微笑み、チャンの元へ走っていった。



 俺は今一度、女の方に向き直す。


「改めて名を訊こう。俺は【B特】テンペスト隊長、アルカ・キサラギだ」


「リズレット・バレンタイン。——無所属。リズでいい」



 ——バサッ。



 淡々と名乗ったリズが、フードを取って顔を見せた。

 深めの緑がかったショートウェーブが風にふわっと揺れて、その眼が(あら)わになり——。

 夜の闇の隙間にまた、美しい金色がキラッと光った。


(無所属……やはりあの記事は本当だったのか。にしても——)


 先日の【冥王】もそうだが——。

『本当にこれで〝字持ち(ネームド)〟じゃないのか?』と、疑いたくなるほどの強さだった。

 どうやらそんなとんでもないヤツは、まだまだごろごろ居るらしい。


(……これより強いってのか? 【地壁(ハクツル)】や【氷絶(ブルース)】は——)


 もしかして俺は今まで、とんでもない化物だちと立ち回ってきたんだろうか。

 


 ——なんにせよ。

 まさかこうして〝戦場〟ではなく〝試験〟で死にかけるとは、思ってもいなかった。


(でも……さすがだな——)


 視線の先、いつの間にか派手に横たわっていたチャンの隣で——。

 巫女様は必死に、その両手を光らせていた。

 読んで頂きありがとうございます。


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