52話 深夜、転送陣の先で~闇の隙間、黄金の刀身~
店の外へ出た俺は、辺りを見渡す。
「どこ行った? あの女——」
……カァンッ——!
——どこからか、甲高い音が響き渡った。
(ん? 何の音——)
音のした方に眼をやると、そこには先ほどの女が立っていた。
そしてその身体の中心には、うっすらと……何かはわからないが、長物が見える。
(なんだ……? 杖か?)
女はそれを上から両手で押さえつけて、地面に突き立てている。
(今のは……あれを打ち付けた音か——?)
俺はユリを抱えたまま、とりあえずそこへ向かった。
普通に会話できそうな距離まで来たところで、女が口を開いた。
「——いくら欲しいの?」
それによって、振ってくれる任務が変わるっってことか?
(……吹っ掛けてみるか)
「——とりあえず、1000万ほど」
「……すぐには出せないかも」
女は少し考えた素振りを見せたものの、割とサラッと答えた。
「その感じだと……現金がないだけで、1000万の任務はあるってことか?」
「そう、待ってくれればそのうち払える。——ちなみに、やってもらうことは決まってる」
……なるほど。
フードの女に辿り着いた時点で、選択肢はないってことか。
「現金じゃないとダメ? 何のために必要なの?」
「ウチは出来立てホヤホヤの新設部隊でな……隊舎を用意するのに、頭金が欲しいんだ」
「物件なら用意できる。じゃあ報酬はそれでいい?」
逆に物件そのものならいけるのか……。
だが、確認しておかなければならないことがある。
「……庭付きか?」
一番の問題はここだ。
ただ隊舎があればいいわけじゃない、ブランシュルーヴを置けるスペースがなければ——。
そうでなければどんな物件も、俺たちの隊舎には成り得ない。
「ええ。建物自体はそんなに大きくないけど、敷地は広いから。見に行く?」
……ツイてるな。
見てみてからにはなるが……上手くいけば、問題が一気に片付きそうだ。
「そうだな。だがそろそろ連れが来るんだ、少し待ってもらえるか?」
俺の要望を聞いてくれたのか……女はそこから口を閉ざした。
お互い、何も言葉を発しない時間が流れる。
(フードのおかげで表情が見えない……何を考えているのかわからないな——)
少しすると、その首がカクッと横に傾いた。
「……ん? その人たちじゃなくって?」
「……その人たち?」
相変わらず、女は首を傾げたままだ。
(……後ろか?)
そう思い軽く振り返ると、そこには見慣れた面々が立っていた。
「なんだ、皆来てたのか。ちょうど良かった、今から物件を見に——」
「はーん……誰にでもそういうことするんだぁ~? ふうーん」
「ユリさん……! まさかここまでやるとは——!」
「はいっ! 私もしてもらいたいですっ」
再開の挨拶——など交わされることもなく、女性陣が一斉に俺の言葉を切り裂いた。
ほとんど聞き取れなかったが、アテナとナツキが笑っていないのだけはわかる。
(よくわからんが、取り込み中のようだったし……機嫌も悪くなるか——)
「こんな時間に呼び出してすまない。だが聞いてくれ、これから物件を見に行けることになったんだ」
「そうなんですか? わっかりましたっ」
——エリィだけは返事をしてくれた。
だが、その他二名は聞いていないようだ。
アテナは腕を組んだままそっぽを向いているし……ナツキに至っては、延々と独り言を言っている。
(……結構怒ってるっぽいな——)
——グッ。
急に外套が引っ張られる。
……おつうか。
ユリを抱えていたせいで、下の方は見えてなかったな。
「おつうもごめんな? もう眠い——」
「おにぃ、やっぱちからもちじゃん」
俺の謝罪には全く興味のない様子の幼女が、白い歯を見せて『ニッ』と笑った。
(……ん? この展開はどこかで——)
——なるほど、お姫様だっこが原因か。
未だになぜ、これが気に入らないのかはわからないが……恐らくそういうことだろう。
「いや、これはだな——」
「ふんっ! 言い訳なんて聞かないっ」
「くっ……甘く見過ぎてました——」
「わははは! 次は私の番ですねっ」
——ダメだ、どいつもこいつも話を聞く気がない。
(ここでこいつらの相手をしていたら……せっかくの商談が流れてしまうかもしれない——)
「……チャン、頼んでいいか?」
「ははは、もちろん」
抱えていたユリを、ゆっくりとチャンに引き渡す。
「話はあとだ! とりあえず物件を見に行くぞ」
流れを変えるため……とりあえず一言そう言い放ち、俺はフードの女に向き直った。
「……話は終わった?」
「あぁ、待たせてすまない」
「そう。じゃあ全員これに入って——」
パアアアアァッ——。
女は確認を済ませると、無詠唱で金光の魔法陣を展開させた。
「……ん? なんだそれは——」
「《転送陣》よ」
「《転送陣》ですっ」
女に問いただした矢先……アテナとエリィが割って入って来た。
「範囲は狭いけど……予めマーキングしたところになら飛べるの。超高等魔法よ——」
「ブルース以外で使える人、初めて見ましたっ! ちなみにロベルトは使えませんよっ」
そしてそのまま解説に入った二人——。
エリィは素直に興奮しているが……アテナは少し焦っているようにも見える。
(とにかく……只者じゃないってことか——)
「……行くの? 行かないの?」
——振り返った先で、女がまた首を傾げている。
だが……俺には、 《転送陣》の理屈はわからない。
(万が一転送先がバラけたり……危険な場所だった時は——)
俺はもう一度後ろを振り返り、アテナに視線を合わせる。
「……大丈夫。一応、皆アルに掴まってて」
(その辺の心配はいらない……みたいだな——)
それなら、あとはどうにでもなるだろう。
モタモタしていても仕方ないし、さっさと済ませるか。
「よし、行くぞ」
俺は先頭を切り、魔法陣に足を踏み入れる。
エリィ、チャン……最後にアテナが入った。
(一応、警戒はしておくか——)
俺がリベリオンに手を掛けようとした、その時——。
「じゃあ行くわね。眼は閉じておいた方がいいかも」
コアァァァァァ——。
足元の魔法陣から、眩い金光が立ち上がる。
(なっ……! これは——!)
——すぐそこのリベリオンに、何故か指が届かない。
眼は動く……身体だけか、動かないのは。
身体中に、皆に掴まれている感触もある。
金光が輝きを増し、俺の視界を染めていく。
(これが……転送魔法——)
「——眼を開けて。着いたわよ」
(女の……声——)
言われるままに、俺はゆっくりと眼を開ける。
「……ん、ここは——」
——さっきとは別の場所だ。
ちょうど眼の前には、割と綺麗な建物が立っている。
どうやら、本当に転送されたようだ。
「この物件。誰も居ないから、好きに見てくれていいから」
声のした方を見ると、フードの女が立っている。
地面に突き立てた長物に、両手を重ねて置いている。
そこだけは、さっきと同じ光景だ。
「わぁー! 凄い! 一瞬でしたねアルカ様っ」
「ははは、こりゃ凄いや」
「オイラ、ぐるっと回って来ます!」
(全員居る……みたいだな。良かった——)
中に入る者、外から眺めている者。
それぞれが思い思いに、物件を見て回っている。
——後ろの一人を除いては。
「どうした? 何か気になるのか?」
アテナは物件ではなく、女をじっと見据えている。
「……うん。本当に限られた人にしか使えない魔法だから、少し気になって——」
——魔法に関しては、俺はほとんど無知に近い。
その疑問に関しては、悪いが力になれそうにない。
「そうか……まぁ皆無事だったんだ、一旦は良しとしよう。せっかくだ、中を見てきたらどうだ?」
「うん……今度ちゃんと説明するねっ」
アテナはそう言うと、建物の中へ消えていった。
すぐ横では、チャンがユリを地面に寝かせている。
向こうの方で走り回っているのは……スタークだな。
この暗がりじゃ、そのまま消えてもわからんぞ。
(……で、ここはどこなんだ——?)
向こうの方に、高い城壁のようなものが見える。
よく覚えていないが、今朝見たのと似ている気がする。
ぐるりと見渡して、俺は建物の方に向き直る、
ちょうど俺を見ていたらしい女と、眼が合った。
「都の外にあるのか、この物件は」
「ええ。中の方が良かった?」
「どうだろうな……皆は知らんが、俺は外の方がいい」
あの喧騒の中に常に居るなど……考えただけで参ってしまう。
「ん? あれは——」
何か気になったのか……チャンは目を細め、物件を見上げている。
その先では、何かがバタバタと風にはためいている。
(なんだあれは? 暗くてよく見えないが——)
「どうした? チャン」
「ちょっとね……ここは任せていいかな?」
「あぁ、好きに見てくるといい」
チャンはもう一度ユリを抱き上げると、足早に物件の中に入っていった。
(ん……? 置いて行けばいいのに——)
——色んなところから、皆のはしゃぐ声が聞こえる。
概ね、物件としての評価は上々のようだ。
(中のことは女性陣に任せるとして——)
「どうだスターク? いけそうか?」
たまたま近くに来ていたアフろんに、声を掛ける。
「いいですよ! これなら大丈夫でっさ!」
どうやら、ブランシュルーヴの件も問題ないようだ。
「アルカ様っ! 良かったですよ~!」
ナツキを筆頭に、エリィとおつうが戻ってきた。
「そうか、なら良かった」
——ここまで来ると、問題は依頼内容だ。
これだけの物件を譲ってくれるんだ、そう簡単ではないだろう。
(案内所で見たものでさえ、あれだけ黒かったんだ。ある程度は覚悟しておかないとな——)
そう巡らせた矢先——。
「ちなみにこの物件は、もうすぐ私の管理じゃなくなる。欲しいならすぐに受けないと、渡せなくなってしまう」
ここまで黙って見ていた女が、口を開いた。
(アテナとチャンの姿が見えないが……まぁ進めてしまって問題ないだろう)
「別に構わない、なんせ暇だからな。内容を聞こう」
「その前に……実力を見せて欲しい」
女は地面に突き立てていた長物を左手に持ち換え、俺に背を向けた。
「実力……? 戦闘のか?」
「ええ。相当厳しくなると思うから……足りていなければ、ここで話は終わり」
女はそのまま、ゆっくり向こうへ歩いて行く。
「〝足りる〟の定義がわかりかねるが……あいにくテンペストはこれで全員だぞ? しかも戦えるのは、基本的に俺とあの聖騎士だけだ」
「問題ない。今回は少数精鋭、小隊規模での任務になる」
ある程度俺と距離を取ると、女はこちらに振り返った。
そして片手を胸の辺りに持っていき……ゆっくりと掌を広げた。
「そうか、ならこちらも問題ない。——どうすればいい?」
「これが消えるまで、生きてたら合格。三分ぐらいだから」
——ポワァッ……。
広げた掌から、小さな光の球が浮かび上がる。
女はそれを高く放り上げ……長物を胸の辺りまで持ち上げると、両手で横一線に持ち直した。
……チャキッ。
聞きなれた金属音と共に——。
夜の闇の隙間に、黄金の輝きが顔を出す。
「……そうか、わかった」
長物は……剣だったのか。
(しかも黄金の刀身……見たことがないな——)
——背中のリベリオンに、両手を伸ばす。
「アル!」
声のした方に眼をやると——。
二階のベランダから、アテナとチャンが顔を出している。
(……ん? どうしたんだ? あんなに慌てて——)
「気をつけて!」
風にバタバタとはためく〝何か〟によって、アテナの顔が時折隠れる。
(珍しいな……アテナがあんなに心配するなんて——)
「アルカ! そこからじゃ暗くてよく見えなかったんだけど……これは隊旗だったんだ! 〝閃光の雨〟……その女は——【剣聖】だ!」
————なんだと?
「覚悟はいい……? 〝白狼〟——」
「……っ! 〝リベリオン〟——!」
——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。
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