表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/100

51話 夜中、カウンターに並んで~壊れゆく君、剣の雨を浴びて~

「すっかり暗くなったな」


「そうですねぇ」


 地図を頼りに歩いていくと、やがて大通りに出た。


 夕焼けの街並みも束の間、もうすっかり日は落ちてしまった。

 夕暮れ時ってのは、いつも思っている以上に短く……あっという間に過ぎ去ってしまう。

 美しいものがどこか儚く見えるのと、同じことなんだろうか。


「この辺りのはずなんですが……あら? ()()って——」


 隣を歩くユリが、その足を止めた。


「ん? どうした?」


 ユリが見上げている方向に、俺も眼をやる。


「……なるほどな」


 ここに至るまでのいくつかのセリフが、俺の脳裏に蘇る——。



『——あー、なにやら『夜はバーをやっておりますので、よろしければ』だそうですっ』

『一つだけ忠告しておいてやる。 〝あまり飲み過ぎるな〟よ』



 ——初めて来た街だ。

 おまけに一度通ったきりの道など、俺は覚えていない。

 だがやけに目立つ……その黄色い看板だけは、よく覚えていた。


「……クスッ。結局ここに戻ってきちゃいましたねっ」


「——ははっ、そうだな。行くか」


 俺が店に向かって足を進めると、ユリも袖を掴んだまま後を着いてきた。




 ——中に入ると、店員らしき男が声を掛けてきた。


「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」


「ん、そうか——」


 別にどこでもいいが……こういう時はどこに座ればいいんだ?


「隊長、()()()に座らないと」


 ユリはそう言って、カウンターを指差した。


(あぁ……そういえば、あそこで封書の受け渡しをするんだったな——)


 すっかり頭から抜け落ちていた。

 やはりユリは頼りになる、傍に居てくれると安心する。

 

「あぁ、そうだったな」


 俺はカウンターに向かおうとする……が、一足先に踏み出したユリが先に辿り着いた。

 ユリはそのまま椅子を一つ手前に引き、こちらに振り返る。


「どうぞ、隊長」


「ん、あぁ……ありがとう」


 ……〝秘書としての立ち振る舞い〟ってやつなのか?


 なんにせよ、本当に気の利く女だ。

 絶対にいい嫁さんになるのは間違いない、ユリと一緒になる男は幸せ者だ。

 

(別にどちらがいいというわけではないが……まるで正反対だな、どこかのわがまま娘(アテナ)とは——)


 俺が座ったのを確認したユリは『ニコッ』と微笑み、隣の椅子を引いて腰を下ろした。



「ご注文は如何(いかが)なさいますか?」


 カウンターに立つ男が、俺たちに問いかける。


「ん……あー、そうだな——」


 ——マズいな、眼帯の男に何か指定されたような気がする。

 またたらい回しにされることばかりに気を取られて、ちゃんと聞いていなかった。


「こちらの方に〝シュバルトレーゲン〟をくださいな」


(——っ! ナイスだユリ!)


 そうだ、確かそんな名前だった!

 さすがユリ……これはもしかするともう、この秘書無しの生活は考えられないかもしれない。


「——かしこまりました。 〝奥様〟もご一緒でよろしいですか?」


 またか……。

 今日はよく間違えられる日だな。


「ははっ、俺たちは——」


「——っ! はいっ、同じ物を」


 訂正しようとした俺を(さえぎ)って、ユリも同じ物を頼んだ。


(ん……? だがユリのことだ。さっきといい、何か考えがあるのか——?)


 きっと、そういう設定の方が都合がいいと踏んだんだろう。

 ここは合わせておくか。


「かしこまりました。少々お待ちください」


 男はそう言って背を向けると、棚に並べられているボトルに手を伸ばした。


「ありがとうな、ユリ——ん?」


 どういうわけか——。

 ユリは両手で顔を抑えたまま、椅子の下で足をジタバタさせている。


(……なんだ? 酒を飲めるのが嬉しいのか?)



 ——コトッ。



「お待たせしました。 〝剣の雨(シュバルトレーゲン)〟でございます」


 そんなユリの様子を眺めていると、目の前に酒の入ったグラスが置かれた。

 男は慣れた手つきで、ユリの前にも同じものを置いた。


「あぁ、ありがとう」


「そちらをお飲みになって、少々お待ちください」


 男は深く一礼して、奥の部屋へ消えていった。


(あまり気は進まないが……とりあえず口をつけておくか——)


 確か……グラスを合わせるんだったな。


「ユリ……大丈夫か?」


「ひゃんっ! ——あっ、はい! えっ? 何がです?」


 ユリは変な声と共に、勢いよくこちらに振り向いた。

 そして俺と眼を合わせると、逃げるようにその翠眼を泳がせ始めた。


「ははっ、何やってるんだ。——乾杯」


「はっ、はい! 乾杯……です」



 ——チンッ。



 重なったグラスから、美しい音色が弾ける。


 俺とユリは、そのまま同時にグラスを口に運んだ。


「……っ! 美味いな!」


「はい! 凄く美味しいですっ!」


 ユリはそのまま、一気に酒を飲み干した。


「ちょ……大丈夫か?」


「はい! 実は私、お酒って初めてで! でもこんなに美味しかったなんて……あーんもうっ、なんで今まで飲まなかったんだろっ」


「そ、そうか……。だが初めてなら、もう少しゆっくり飲んだ方がいいんじゃないか? ほら、この後商談もあることだし——」


「だーいじょうぶですっ! それに酔ったら……隊長が介抱してくださるんでしょう——?」


 いつものように、美しい翠眼が下から俺を覗き込む。

 だがその口調の節々に……俺の知らないユリがちらついている。


「あ、あぁ。そのつもりだが……なにぶん俺も弱くてだな——。というか、もう酔ってないか?」


 ……嘘だろ? さすがに早すぎないか?

 それだと俺やチャンより弱いことに——。


「〝も〟ってなんですか!? 〝も〟ってぇ~! ユリは大丈夫ですよっ! 店員さーん、おかわりくださーい!」


 ——確定だ、これはダメなヤツだ。

 とりあえず、俺はこれ以上口をつけるのはやめておこう。


(頼むぞ……繋げててくれよ——)



『——ナツキ、聞こえるか? ナツキ——』


『——っ! はいっ、こちらアルカ様のナツキです! どうぞー』


『……ん? まぁいい。今どこに居る?』


『ブランシュルーヴに居ますよ~。乙女会談中ですっ』


 取り込み中か——。

 だがすまん、今はこちらへの増援が最優先だ。


『そうか。盛り上がってるとこ悪いんだが、今から昼間の店に来れるか?』


『えっ……! もしかして大人なお誘いってヤツですか!? もちろんです! 会談はたった今終了しましたので、すぐに参りますっ! ——あっ、お風呂もバッチリ済ませてありますっ』


 ……大人? 何を差しているのか皆目見当もつかないが、深く考えるのはやめておこう。

 すぐに来てくれるのはありがたいが、風呂まで済ませたあとなのか——。


『本当にすまんな。——あ、必ずチャンを連れて来てくれよ? ではよろしく頼む』


『……えっ? 私一人じゃ? ——あっ! まさかっ!』


『ん? チャンさえ連れて来てくれればあとは何でもいい。とにかく頼んだぞ、なるべく早くな』


 俺の場合……久々に酒を飲んだあの日は、最後はそのまま寝てしまったらしい。

 仮にユリがそうなった時、チャンが担いで帰るのが一番合理的だろう。


『……わかりました。言い付け通り、即時参ります。もはや全機出撃させますね、正直……抑えきれそうにない猛獣も居ますので——では』


『猛獣……? ちょっ、おい——』


 ナツキが呼びかけに応じなくなった。


(切れたか——)


 まぁ既に要件は伝えたあとだし、問題はないか。

 あとはユリを飲ませ過ぎないように見ておこ——。


「……っ! ユリ、まさかこの短時間で——!」


 慣れていないせいか、伝心(でんしん)中はいつも周りが見えなくなる。

 今回はその間に……秘書の目の前の空きグラスが、もう二つほど増えていた。


「へぇ~? なんれすかぁ? アルカさまぁ~」


 ——そのまま溶けてしまいそうなほどの、虚ろな眼。

 そして……まるでまだユリ一人だけが、さっきの夕焼けに照らされているかのように——。

 その頬は真っ赤に紅らんでいる。


「……ははっ。いや、気持ち良さそうで何よりだ——」


 ——本能だった。

 俺はこの現実から眼を逸らすべく……隣の秘書を視界の中から消し去った。


(くそっ……! 早く来てくれ、チャン——!)



 ——ガチャッ。



「ん……?」


 奥の部屋に続く扉が開き、中から人が出て来た。

 そしてそのまま……俺の目の前まで来て、ゆっくりとその身体をこちらに向けた。


(フード……こいつか! だが——)


「ねぇアル、聞いてるの? ねえってばぁ~」


(くっ……もはやこの秘書は、自分(アイデンティティ)を見失っている——!)


 頼りのユリはこの有様、でも——。


 ——そうだよな、いつも頼ってばかりじゃダメだ。


(ここまで散々助けてもらって来たんだ……あとは俺一人でどうにかしてみせる——!)


「ユリ、()()を出せ」


「えぇ~? なんのことぉ?」


「封書だ、眼帯の男に貰ったろう」


「ふうしょ? ふーしょ? ……ちゅーしよ? ——もう、こんなところで。()()()ったらぁ。はいどーぞっ、ちゅー……」


 なぜか瞳を閉じたユリが、その口を尖らせてこちらに迫ってくる。


「夫婦ごっこはもういい、早く出せ」


「んー」


 酒のせいなのか……ユリは一切の迷いなく、当初の夫婦設定を押し通そうとしている。


 ——だがそこには、明らかな矛盾が生じている。

 旦那であるはずの俺の声が、これっぽっちも届いていないのだ。


(まさか……結婚したら変わるタイプか? だがとにかく——)


 ——こいつはもうダメだ、最悪無理やりにでも奪う(とる)しかない。

 どこだ……どこにある? 確か胸の辺りに閉まっていたような——。


(フードの女がいつまでここに居るかもわからない……やはりやるしかない!)


「すまん! 勝手に探すぞ!」



 ——ガバッ!



 俺は意を決して、ユリの上着の内側に手を突っ込んだ。


「ちょっ……ああんっ、こんなところで()()だなんて……。でもユリ、ご主人様のためだったら——」


 秘書の暴走は依然、留まることを知らない。


(だが短期決戦……いちいち構っている暇はない——!)


 意味不明な言葉の刃が、絶え間なく飛んでくる——。

 俺はそのすべてを躱し……きれているのかはわからないが、とにかく全力で内側のポケットをまさぐり続ける。


(ここじゃない……! ならここは——あった!)



 ——ガバッ!



「ああんっ! ……もう、強引なんだか……らぁ——」


 やっと限界を迎えたのか……ユリはそのまま倒れ込むように、テーブルに突っ伏した。


「はぁ……はぁ……待たせてすまん、()()()を渡すように言われた」


 俺はフードの女に、眼帯の男から預かった封書を手渡した。

 女はゆっくりと封を開け、その中身を確認している。


(ここからの展開は聞いていない……面倒なことにならなければいいが——)



 ——ほどなくして、女が口を開いた。


「わかった。着いてきて——」


 そう言ってカウンターから出て来た女は、店の出口の方へ歩き出した。


(……外で話すのか? ユリは——)


「すー、すー……」


 ——やはりダメだ、とても自分では動けそうにない。

 むしろもう夢の世界(むこう)に行ってしまったようだ。


 そして当然、女はこちらの様子など気にすることもなく……そのまま外へと出て行ってしまった。


「ちょ……くそっ」

 

(アテナもこんな気持ちだったんだろうな……あとで謝ろう)


「ユリ……もうお前は金輪際、俺と一緒に禁酒だ——」



 俺はユリの首元と膝下にそれぞれ手を入れて抱え上げ……女の後を追って外に出た。

 読んで頂きありがとうございます。


「面白い」 「続きが読みたい」


「まぁまぁかな」 「イマイチ」


 など、素直なお気持ちで構いませんので、下にある☆☆☆☆☆から評価をして頂けると幸いです。


 ブックマークも頂けますと、より一層励みになります。


 どうかよろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ