50話 黄昏、紅に染まって~姉御に逢わせろ~
「なるほど……確かにどれを選んでも1000万コースだな……」
皆と別れた俺たちは、まずは物件取引の仲介所に来ていた。
色々と見せてもらったが……ユリの事前の見立て通り、中々に金が掛かりそうだ。
「だがまぁ、これでやることははっきりしたな。依頼はどこで受ければいいんだ?」
「どの管理区も基本的には本部で受けるのですが、ゼクスの都においては市街にも案内所が点在しているようですよ」
わざわざ本部まで行かなくてもいいというわけか。
それもまた、ゼクスの都の利点の一つなんだろう。
「そうか、ならその辺のヤツに場所を聞くか——」
「案内所ですか? どんなのをお探しで? よろしければご紹介致しますよ」
そんな話をしていると、横から店員が割って入って来た。
「どんなの? 場所によって違うのか?」
「人探しから素材集め、従軍、迎撃、魔獣討伐と……扱っている依頼内容には、それぞれの案内所ごと特色がありますので」
「なるほどな……一番手っ取り早く稼げるのはなんだ? ジャンルは何でもいい」
詳しいことはあとで聞けばいい。
とりあえず、金になりそうなことから見ていこう。
「それもランクによりますね。 〝ご夫婦〟お二人では、それも限られてくるとは思いますが——」
「ご夫婦……? 何言ってるんだ? 俺たちは——」
「あー! そうなんですけど違うといいますか~! 一応私たちは小隊でして」
ユリが慌てて割って入る。
(……しかし懐かしいな。前に俺もアテナとのことを、ユリにそんな風に勘違いされたっけ——)
「そうでしたか! それは失礼致しました。部隊持ちであれば、直接行かれた方がいいでしょう。少しお待ちくださいね——」
店員はそう言うと、カウンターへ戻って行った。
「もうっ、びっくりしちゃいましたねっ? 隊長っ」
「ん? 別にびっくりはしてないが?」
「えっ……それって——」
「お待たせしました~!」
ほどなくして、店員がメモを片手に戻って来た。
「実は最近オープンしたばかりの案内所でして! こちらが地図になります。ここの任務は全て特殊なものになるんですが……かなり返しのいいのを扱ってますんで。恐らく、ご期待に添えるかと——」
……特殊? 返しがいい?
「……なんだか怪しいな? 本当に大丈夫か?」
「そこは直接、ご自分の眼でお確かめください。もしご満足頂けないようであれば、カウンターの眼帯の男に『姉御に逢わせろ』とお伝えください。その男の判断で裏メニューが出てきますよ」
(裏メニュー……さらに黒くなってきたな)
「どうするユリ? ここへ行ってみるか?」
「い、いいんじゃないでしょうかっ」
「……?」
なぜか少し口を尖らせているのが気になるが……まぁ異論はないようだし、行ってみるか。
「わかった、ありがとう」
「いえいえ! またのご来店を!」
俺たちは店員に見送られ、仲介屋を後にした。
店を出た俺たちは、地図を見ながら通りを歩いていく。
割と近くにあるらしく……この分だとすぐに着いてしまうだろう。
(だが……やはり引っ掛かるな——)
話を聞いた限り、どう考えても普通の案内所じゃなさそうだ。
俺はどうにでもなるとして……わざわざユリを危険なところへ連れていくのは、気が引けてしまう。
「やっぱり危なそうじゃないか? ユリは皆のところに戻った方が——」
「————やっ」
——ギュッ。
左手の袖が、引っ張られる。
朝もそうだったが……たまにこうして、ユリの声が聞き取りづらい時がある。
秘書という立場上、しっかりしているのが当たり前のようになってしまっていたが……もしかして本来のユリはそうでもないのか?
だとしたら、俺たちはユリに甘え……ているのは間違いないんだが、想像以上に負荷を掛けてしまっているのかもしれない。
「すまない、何か無理させたか?」
「……いいえっ! 私に出来ることは、こういったことぐらいしかありませんので。是非ご一緒させてくださいっ」
明るく振舞ってはいるが……実際のところはどうなんだろうか。
(……考えても仕方ないか——)
俺に答えがわからない以上、今はユリを信じるのが答えでしかないだろう。
——なんにせよ、俺はもう少しユリと一緒に必要がある。
もちろんユリだけじゃない、あいつら全員とだ。
「そうか。なら一緒に行こう」
「はい、隊長っ」
人は思っていることがあっても、何でも言えるわけじゃない。
どこかの巫女様もそうだった……いつか言いたくなったら、言ってくれればいい。
——案内通りに歩いていると、気づけば薄暗い裏道に入っていた。
そして恐らく……ここが地図に示された場所だ。
「……騙されたか?」
「どう見ても……最近オープンしたようには見えませんねぇ——」
古びた二階建ての建物に、壊れかけの扉。
看板も掛かっていなければ、もちろん人の気配もない。
店というより、空き家と言われた方が余程しっくりくる。
「まぁいい、とりあえず入ってみるか」
別にこんなところに、軍隊や〝字持ち〟が居るわけでもなし——。
何かあれば護ればいい、それだけのことだ。
……カラン——。
扉を開けると……中は薄暗く、特に何もない。
殺風景な店内の奥に目をやると、カウンターらしきもの……と人影が見える。
「いらっしゃい。初めて見る顔だな……紹介か?」
(眼帯の男……こいつか——)
「あぁ、仲介所のオヤジの紹介だ」
「そうか。どんなのを探してる?」
「とりあえず金になるヤツを出してくれ」
「……ちょっと待ってろ」
男はカウンターの中でしゃがみ込んで、何やらガサガサと音を立てている。
(余計な問答は無し……か。さすが紹介、話が早そうだ)
「ほらよ」
やがて顔を出した男は、カウンターの上にバサッと書類を広げた。
俺はそれらを手に取り、ザッと目を通す。
(潜入任務、秘匿運搬、暗殺……確かにヤバそうな任務ばかりだな)
報酬はそれなりだが、どれも目標には程遠い。
そして……最初は一緒に依頼書を見ていたユリも、今では目を背けてしまっている。
元受付嬢とはいえ、師団本部に居た人間だ。
こういった汚れ仕事への耐性は、持っていなくて当然だろう。
(なるべくなら……皆が後ろめたくならないような任務の方がいいか——)
「戦場関係や、魔獣討伐なんかはないのか?」
「綺麗なのをお望みなら、本部へ行った方がいい。ウチでは取り扱ってねぇ」
……だろうな、ここでそれを聞くのが間違っている。
まぁせっかくだ、ダメ元で最後に確認してみるか。
「そうか。なら〝姉御に逢わせてくれ〟」
——ピクッ。
男はその片眼を細め、俺を睨みつける。
「……腕に自信はあるのか? 〝記録〟を確認するから部隊名を言え」
〝記録〟……確かブルースが話していたっけな。
「【B級特別隊】テンペストだ」
——ガタッ!
急に椅子から立ちがあった男が、カウンターから身を乗り出した。
「……っ! 〝赤髪のサイドバック〟に〝白いキャプテンコート〟……なるほど、アンタが〝白狼〟——。まさかこんなところで逢えるとは! こりゃ早くも当たったな! 本物なら〝記録〟を見るまでもねぇ、ちょっと待ってろ」
男は興奮気味にそう言うと、再度カウンターの中にしゃがみ込んだ。
「クスッ。すっかり有名人ですねっ」
「……いいんだか悪いんだか——」
ほどなくして顔を出した男が、カウンターの上で何やら手紙のようなものを書いている。
「ちゃんと〝記録〟を確認した方がいいんじゃないのか? 偽物だったらどうする?」
「それを確認するのは俺じゃねぇ。実際のところ、お前が〝白狼〟じゃなくてもいいんだ。 〝本物〟ならな」
「……?」
俺が何者なのかを確認するヤツが、別で居る?
でもそれは〝白狼〟かどうかを判別するわけじゃなく……でも〝本物〟かどうかは確認する——。
(……ダメだ、何を言っているのかさっぱりわからん)
「——よし出来た! もうすぐ日が暮れる、夜になったらここに行って、一発目に〝シュバルトレーゲン〟を注文しろ。そしてカウンターにフードの女が出てきたら〝これ〟を渡してくれ」
男はそう言うと、カウンターの上に地図と封書を差し出した。
ユリはそれらを手に取って、そのまま胸元から上着の内側に仕舞い込んだ。
「またたらい回しか? さすがにこれ以上は——」
「いいや、そこで終わりだ。面倒を掛けるが、今は色々と事情があってな……まぁ、行けばわかる」
……そもそも、俺たちが正規のルートを通っていないんだ。
多少面倒なのは仕方ないか——。
「そうか、わかった」
「一つだけ忠告しておいてやる。 〝あまり飲み過ぎるな〟よ」
……酒? いきなりなんだ?
「大丈夫だ、元々酒はやらないんでな。出るぞユリ」
ニヤリと不気味に笑う男を尻目に、俺たちは店を後にした。
店を出ると、辺りは日も落ちかけ……向こうの空は夕焼けで紅く染まっていた。
「よし、行くか——」
声を掛けようと横を向くと、ユリはその紅に引き込まれるように立ち尽くしていた。
金色のポニーテールが、ところどころキラキラと紅く煌めきながら……ふわふわと風に踊らされている。
「……綺麗だな」
思わず——。
今の心のままに、その言葉が口を突いて出た。
「そうですね……。私、夕陽が好きなんです。あの紅に照らされると、すべてのものが美しく見えてしまって——」
確かに……。
昼間は特に何とも思わなかったこの街並みでさえ、何だか特別な物に見えてくる。
「……そうか。俺もだよ」
「私……はどうですか?」
「ん——?」
街並みに向けていた眼を、左隣に戻す。
俺を見上げるユリの翠眼と、視線が重なった。
「綺麗に……見えますか——?」
「……? むしろ最初から〝私〟のことを言ってるんだが——」
「……っ!」
——ギュッ。
左腕の袖が、引っ張られる。
「私だって————。勘違いしちゃいますよっ」
——また途中、よく聞き取れなかった。
まぁどうあれ、何も勘違いなことはない……お前は美しい。
別にこの夕焼けの紅を、借りる必要すらない。
「ユリはもっと自分に自信を持った方がいい。そんなんじゃ、この先も色々と損するぞ」
——自分でわかっているはずだ。
いつも嫌な顔の一つもせず、皆の一歩後ろで微笑んでいるお前なら。
「じゃあ隊長が……持たせてください——」
また声がか細くなったが……今度はかろうじて聞こえた。
普段のユリからは、想像も出来ない言葉ではある。
だが……他に居ないんだろう。
こんな風に甘えたり、弱い自分を見せられる人間が——。
(それも俺の……〝隊長として〟の役目なのかもな——)
「俺なんて……一緒に居てやることしかできないぞ」
「——っ! それでっ……それだけでいいですから——っ!」
——ギュッ。
ユリは両手で俺の左腕の袖を掴み直し、そのまま二の腕にもたれ込むように顔を埋めた。
この夕焼けのせい……だろうか?
ユリの体温が、やけに熱く伝わってくる。
(自信を持たせる、か——)
——協力してやりたい気持ちは大いにある。
だがこれ以上、何と答えていいのかはわからなかった。
だから残念なことに芸も無く……今の俺に出来ることしか、言えなかったわけだが——。
ユリが〝それでいい〟と言うのなら、今は俺もその言葉に甘えるとしよう。
読んで頂きありがとうございます。
「面白い」 「続きが読みたい」
「まぁまぁかな」 「イマイチ」
など、素直なお気持ちで構いませんので、下にある☆☆☆☆☆から評価をして頂けると幸いです。
ブックマークも頂けますと、より一層励みになります。
どうかよろしくお願い致します。




