46話 秘書のおしごと~撃沈の乙女たち~
「うおっ——!」
勢いよく加速したブランシュルーヴに、身体が持っていかれそうになる。
(リベリオンを握ってなかったら……吹っ飛んでたかもな——)
——ドンッ!
突然、やわい衝撃と共に目の前が真っ暗になった。
「……っ! なんだ!?」
「あだー」
「……ん?」
空いている方の手で、前方をまさぐる。
「くふっ。くすぐったい、おにぃ」
「……ちゃんと掴まってないとダメだろ——。もう膝の上に居ろ」
どうやら、幼女が吹っ飛ばされて来たようだ。
この状態で歩かせるのも危ないので、このまま座らせて片手で抱え込む。
(で、躱した……のか——?)
——周りを見渡すが、特に損傷がある様子はない。
皆も無事のようだ。
「……スターク、現状は?」
「それがよくわからないんでっさ……。被弾は避けたみたいなんですが——」
操縦していたスタークでもわからない、か——。
「——なら一旦はそれでいい。ナツキ、敵の位置はわかるか?」
「えーっと……すみません、見失っちゃったみたいです」
……見失った? もう近くには居ないということか?
——いや、気配を消されているだけの可能性もある。
「そうか、ありがとう。全員バラけて目視だ! 敵を見つけたら教えてくれ」
それぞれが返事をし、各々近くの窓から外を確認する。
——が、結局……各々しばらく眼を凝らしてみても、敵の姿は見当たらなかった。
「ははは……。撒いた……のかな?」
そう言いながらも、チャンはキョロキョロと窓の外を確認している。
「……どうだろうな——」
——チャンが落ち着かないのも理解できる。
あれはその辺に居るようなレベルの魔獣じゃなかった。
「便利な乗り物ですけど……このままだとちょっと怖いですねぇ」
——ユリの言う通りだ。
こんな風に空中で戦闘になるなど、全く想定していなかった……俺の落ち度だ。
事前に何の対策もせず、皆を危険に晒してしまった。
(今後の課題だな……。早めに何とかしないと——)
——まぁとにかく、今はこの場を何とかしよう。
仮に、これで本当に撒けていたとすると……さっきのあの瞬間、爆発的に加速して一瞬で引き離したことになる。
(はっきりしなくてモヤモヤするが……ダメだ、考えてもわからんな。今は皆を安心させることが優先か——)
「まぁとりあえずは大丈夫だろう、皆お疲れ様。都へ着いたら何をしたいか、今のうちに考えておくといい」
そう言って周りを見渡すと、それぞれの顔に笑顔が戻り——。
船内の雰囲気は少し、明るくなった。
「オイラはブランシュルーヴの整備でっさ!」
「わぁー! アルカ様! デートはありですか!?」
「はいっ! アルカさんに着いていきますっ」
「——ギリィッ!」
「ちょっとお出かけしたい」
「ははは、闘技場かな」
——皆一斉に喋り出したのでほとんど聞こえなかったが、それぞれやりたいことがあるようだ。
……だが若干一名、空腹を抑えきれないヤツがいるようだな——。
(とりあえず飯が先、か——)
——バンッ。
「……ん?」
どこからか……軽くテーブルを叩いたような音が聞こえた。
「はい、ユリりんどうぞ」
そういえば相変わらず膝の上に乗ったままだったおつうが、唐突にユリを指差した。
「……皆さん、先に言っておかなければならないことがあります」
いつになく真剣なユリのその表情に、その場に居た全員が黙り込んだ。
……だが、ユリは押し黙ったままだ。
「——ど、どうしたんだ? ユリ?」
つい——。
その静寂に耐えきれなくなってしまった俺の口が、自然と開いてしまった。
「はい——。隊長、そして皆さん、テンペストは今……超金欠状態です!」
「「……っ!」」
「な……なん……だと——?」
たいして気にしていなさそうな幼女と、同じくその様子の巫女様以外の顔に……漏れなく焦りの色が見える。
——ほどなくして。
完全に頭の上に『?』を浮かべているアテナが、首を傾げたまま口火を切った。
「……ん? ユリさん、お金なら別に——」
「ダメです!」
「ふぇっ!?」
珍しく強く言い切った秘書の勢いに圧倒された巫女様が、変な声を出してたじろいだ。
「私たちはもう独立した部隊……故に、何の後ろ盾もないんです。自分たちで稼いで、自分たちでこの部隊を運営していかなければなりません。誰か個人の財産をアテにしているようではいけません!」
——確かに、ユリの言う通りだ。
言われてみれば……俺はその点では完全に、アテナにおんぶにだっこになっていた。
(なるほど……それで最近いつ見ても書類と睨めっこしていたのか——)
——別に何もして来なかったわけじゃない。
だがいくつも戦場を駆け、それなりに功績は残して来たものの……その報酬はすべて金以外の何かだった。
(……くそっ、やった気になってすっかり失念していた——)
「くっ……、少しぐらい金も貰っておくべきだったか——」
「まぁ、過ぎてしまったことは仕方ありません。お金に変えられないモノもたくさん頂きましたから。——そしてもう一つ、早急になんとかしなければならないことがあります。それは……隊舎です!」
「「……っ!」」
「あっ……そっか」
……一人だけ皆と違う反応を示したヤツを、俺は見逃さなかった。
「——どういうことだ、チャン?」
「ははは……。いや、言い忘れてたんだけど……登録から一か月以内に、部隊はそれぞれ隊舎を構えないといけないんだ」
後頭部をポリポリと搔きながら、どこか申し訳なさそうにチャンが答える。
「へぇ~! それはオイラも知らなかったでっさ!」
ついでに、アフろんは知らなかったらしい。
まぁ部隊を作ろうなんて考えるヤツの方が少ないだろうし……部隊長クラスや事務員経験者でもなければ、そもそも知りもしない知識ってわけか。
「どちらにしろ、そのためのお金も必要なんです……というわけで、残念ですが隊長は私とデ————です——」
「「——っ!?」」
なぜかアテナとナツキ……とついでにエリィが、勢いよくユリの方に振り返った。
(……なんだ?)
隊長は……くらいまでは聞こえたが、その後が上手く聞こえなかった。
「あー、すまん。 『残念だけど』……の後がよく聞き取れなかったんだが——」
「あー大丈夫だよアル! 何でもないから!」
「アルカ様! ユリさんはご乱心です! 頭を冷やして出直させますねっ!」
「あっ、アルカさん! 1たす1はいくつでしょうか~!?」
(……急にどうしたんだ? こいつらは——)
エリィのどうでも良さそうな発言だけが正確に聞こえてしまったが……まぁ間違いなくこいつは無視でいいだろう。
「お前らは黙ってろ。どうしたんだ、ユリ?」
「「うっ……」」
(ひとまず……様子のおかしい三人は後回しだ——)
俺がもう一度眼を合わせると、ユリは『はっ』とした顔を見せて少し俯いた。
「あの……その……。残念ですが、私とデー……お出掛けです、と——」
——チラッ。
一度目線を外したユリが、もう一度……やや下から覗き込むように俺と目線を合わせる。
(……なんでそんな申し訳なさそうにしてるんだ?)
「なんで残念なんだ? 俺の方から頼むよ、ユリ」
——ギリィッ!
——ガクッ。
——ズコォ!
「——っ! はい! よろしくお願いしますねっ! 隊長っ」
相変わらず空腹を隠し切れない巫女に、なぜか膝から崩れ落ちた元メイド……ついでに何もないところで背中から盛大にすっ転んだ家出娘をよそに——。
ユリがポニーテールをふわっと揺らして、ぱーっと笑顔になった。
——当たり前じゃないか、テンペストのことなんだぞ?
いくら秘書とはいえ、ユリ一人に背負わせるわけにはいかない。
経緯はどうあれ……仮にも俺は隊長なんだしな。
「だがまずは飯からだぞ。一人ヤバそうなのが居るからな」
「そうなんですか? わかりましたっ」
気持ちのいい返事をしたユリは、そのまま嬉しそうに自分の席へと戻って行った。
気づいてやれなかったことには本当に申し訳なく思うが……やはり、ユリが居てくれて良かった。
(今後は俺も戦うばかりじゃなく、こういったことにも気をつけていかないとな——)
「皆さん、そろそろ着きますぜ! 着席願いますよぉ~!」
スタークが声を掛けるが、チャン以外動こうとしない。
「おつう、お前もだぞ」
「んーん」
動く気はない……か。
——仕方ない。
まぁおつうなら、このまま抱えたままでもさして問題はないだろう。
「スタークを困らせるな、三人とも早く戻れ」
「「……」」
三人の『じとーっ』とした視線が、一斉に俺に返ってくる。
「……んん? なんだ?」
「別に……ばか」
「うっ……おつうちゃんまで、ずるい」
「ひっ……戻りまぁす——」
まだ空の旅に未練があるのか……少々納得いかない様子のアテナ達三人も、渋々席に戻っていった。
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