45話 黒い刺客~魔力感知網~
「おおっと——」
手前に抱えている巫女様のおかげで、足元がよく見えず……危うく転びかけてしまった。
あと背中のリベリオンを掴むのは止めてくれないか?
かなり走りづらい。
「大丈夫か?」
「……えっ? う、うん——」
——昔離れで独り暮らしている時に、こんな感じの小動物がいたな。
いつもこうやって瞳を潤ませて、物欲しそうにこちらを見上げてくる。
結局何度も、食い物をやったものだ。
まぁとにかく……今はこうして可愛い顔をしているアテナも、さっきは盛大に歯軋りなんかかましていたわけだが——。
(機嫌が直ったのか? ……いや、ついに空腹の限界を超えたのか——)
触らぬ女神に祟り無し、だな。
これ以上余計な地雷を踏む前に、さっさとブランシュルーヴへ戻ろう。
——来た道をしばらく走ると、やがて〝竜巻に白狼〟の隊旗が見えてきた。
船内へ続く扉が開いていて、中で二つの人影が揉み合っているように見える。
(……なるほどな——)
俺はすぅーっと大きく息を吸い込んだ。
「エリィ! いい加減にしろ! そしてそこをどけ!」
「……っ! はいっ! 戻りますっ!」
——ササッ!
一つの影が勢いよく中へ消え去った。
「アルカ! 大丈夫!?」
こちらに気づいたチャンが、船内から身を乗り出す。
「大丈夫だ! すぐ出すぞ!」
俺はアテナを抱えたまま、船内に飛び込んだ。
中に入ると、手前に居たナツキとユリが出迎えてくれた。
「アルカ様! ……えっ——」
「隊長! ご無事——」
だが二人とも、すぐにその口を噤ませた。
そしてその視線は……俺ではなく、アテナに向いているように見える。
「……ん? どうした?」
一体なんだ? そんなに驚いたような顔をして——。
(……まさか——!)
——ガバッ!
俺の知らぬ間に巫女様が大けがでもしていたのかと思い、確認する。
……が、特に目立った外傷は無さそうだ。
(……ん? なら一体——)
「おにぃ————じゃん」
少し離れたところからおつうの声がしたが、よく聞こえなかった。
「すまん、なんだって?」
おつうは椅子から降りると、こちらに向かってとてとてと歩いて来た。
やがて目の前まで来ると、アテナを指差してもう一度口を開いた。
「お姫様だっこなんて、ちからもちじゃん」
「お姫様……だっこ?」
——この抱え方のことを言っているのか?
「ずっ……ずるいですアテナさん! アルカ様! ストック1でっ!」
ナツキはそう言い放つと、スタスタと自分の席に戻っていった。
「……ずるい? ストックって何だ?」
「コ、コホン。……隊長、いつまでそうしているのです? 着席しないと危険ですよ」
「あ、ああ。そうだな。降ろすぞアテナ」
ゆっくりとアテナを降ろして立たせる。
「……ん? なんか顔赤くないか? さっきの火の魔力にやられたか?」
「そっ、そうかもしんないっ! いやー、暑いなー!」
アテナはその火照った顔を両手で覆い隠しながら、席へと戻っていった。
「……?」
——平気ってことでいいのか?
まぁいつもほど消耗している感じもないし、大丈夫なんだろう。
(とりあえず俺も席に戻るか。だがその前に——)
「おい」
——ビクゥッ!
手前の柱の陰から、桃色の三つ編みが跳ね上がった。
少し間を置いて、エリィが顔を出す。
「おっ、おかえりなさいアルカさん! お風呂にしますか? ご飯にしますか? それともわた——」
——ビシッ!
「のおおおおっ!」
久々に炸裂したチョップに、家出娘が悶えている。
「いいか? チャンの言葉は俺の言葉だ。それを聞けないってのはどういうことだ?」
「ひっ……。アルカさんに反抗期ってことに——」
「わかってるんじゃないか。ってことは、ここから出て行きたいってことでいいのか?」
「ちっ、ちがっ……! 私はアルカさんが心配で——!」
「本当に俺のためを思ってるなら、しばらくは大人しくしてろ。次はないぞ? わかったな?」
——ブルース曰く、エリィには何らかの素質があるとのことだった。
今はまだ、それが何なのかはわからないが……まぁそのうち時間のある時にでも探してやる。
頼むからそれまでは、心配事を増やさないでくれ。
「しゅん……わかりまし——えっ? しばらく? しばらくとは?」
「二度言わせるな、早く座れ」
「……っ! はいっ! わかりましたぁ! わははは!」
エリィは高笑いを上げたまま、椅子に腰掛ける。
(ちゃんと理解しているのか? こいつは——まぁいい、それよりここを離れないとな)
俺も中央の椅子に座り、台座にリベリオンを差し込む。
「いいぞスターク!」
「ガッテンでっさ! ブランシュルーヴ、発進!」
……ゴオォォォ——!
大きな音を立ててブランシュルーヴは飛び上がり……俺たちは燃える森を後にした。
「——皆、もう大丈夫でっさ!」
しばらく飛んだところで、スタークが口を開いた。
どうやら例の如く、船体の軌道が安定したらしい。
「……ふぅ、さすがにちょっと疲れたな——」
でもこうして、アテナも無事に戻してやることが出来た。
(これぐらい……安いもんだよな——)
ふと、周りを見渡す——。
相変わらず大量の書類に目を通しているユリ。
何やらブツブツと独り言を言っている様子のナツキ。
小さくて外が見えないせいか、窓枠によじ登ろうとしているおつう。
操縦席で右に左にアフロを揺らしているスターク……と、一緒に揺れているエリィ。
テーブルに突っ伏したまま、動かないアテナ——。
(そういえば……何のためにあそこに行ったのかは聞いていなかったな——)
——まぁ巫女様なりに、色々と考えることがあるんだろう。
「それにしても凄い山火事だったね、アルカ」
いつの間にか隣まで来ていたらしいチャンが、上から俺を覗き込む。
「あぁ……あれには深い理由が——」
「ははは、何? とんでもない炎使いでも居たの?」
「相変わらず鋭いな。実は——」
「————。おにぃ!」
「——っ!」
チャンとの会話に夢中になっていたらしい、おつうが呼びかけてくれていることに気づけなかった。
(しかし珍しいな、おつうがこんな風に声を上げるとは——)
「すまんおつう、どうした?」
「なんかいる」
「ん……? ここは空の上だぞ? 鳥か何かじゃ——」
おつうが指差した方向には、確かに何かが見える。
——が、ここからではよく見えない。
(アテナは——)
まだ突っ伏したままだ。
いつもの《望遠魔法》で——と思ったが、いちいち呼び立てるのは申し訳ないな。
「隊長、もし魔獣ならナツキさんが感知できますよ」
事務仕事の傍らで、ユリが教えてくれた。
「ん? そんなことまでブルースに教えてもらったのか?」
「……あっ、そういえばそうでした! どうせまだ近くのしか感知できないし、空の上だから……切っちゃってました。練習も兼ねて発動させておきますね! 水の精霊の名の元に————《魔力感知網》」
詠唱を終えたナツキの足元に、青光の魔法陣が展開する。
「これで大丈夫です! ……のはずなんですが——。あれぇ?」
どうやら上手くいっていないらしく、ナツキは首を傾げている。
「やはり負荷が掛かっているんじゃないのか? 無理しなくていいぞ」
「いえ、せめて皆さんの魔力反応だけは完璧に識別できるようにしておいたはずなんですが……。あれー、なんでー! えーん!」
「ははは、まだ覚えたてだし、仕方ないよ。でもどうしたの?」
見かねたチャンが、優しく声を掛ける。
「なんかおかしいんです。アルカ様のと似た魔力反応が、ノイズみたいに入ってきちゃうんです。私がアルカ様の波長を間違えるはずないのに——」
「クスッ。一番最初に覚えてましたもんねぇ。意識し過ぎなんじゃないですか」
「ちょっ、ユリさんったらぁ~! ……まぁ、そうなんですけど」
——チラッ。
下から覗き込むようなナツキの視線が、俺に何かを求めている——。
(……なるほど、アドバイスが欲しいんだな?)
「ナツキ、それは〝波長〟だけで判断しているのか? 他に何かあるんじゃないのか?」
「むぅー……。——えーと、まず〝波長〟を感じるんです。それは皆微妙に違っています。それをちゃんと感じ取れたら、今度は〝色〟が視えるようになります。例えば……ユリさんたちは【緑】で、アルカ様は【紫】——」
なぜか頬を膨らませたナツキだったが、なんとか説明しようとしてくれている。
(……なるほど、俺が【紫】ってことは、各属性にそのまま対応してる色なわけだな——)
——少しナツキから目を逸らしていた間に、その表情からは落ち着きが消えていた。
「……どうした?」
「あの……その——」
(……だいぶ動揺しているな——)
「ゆっくりでいいぞ。説明しづらければ断片的な単語だけでもいい」
「は、はい……。完全に別物でした。 〝波長〟はアルカ様に近いけど、色が……【赤】です——!」
「「……っ!」」
話を聞いていた全員が、驚いた表情を見せる。
そうだ、それもそのはず——。
「テンペストに緋眼……つまり〝火属性〟は居ないからな。ナツキ、どこから来てるかわかるか?」
「えーっと——、やっぱり、アルカ様の方から感じます」
……やはり謎だな。
もしかして、さっきの【冥王】戦の残留魔力みたいなものが残っているのか?
でもそうだとしたら、アテナの方から感じてもおかしくはないはずだが——。
(……待てよ? 俺の方? まさかそれって——)
「……アテナ、ちょっとこっちへ来てくれ」
おつうが見つけたそれは、ナツキから見てちょうど俺の後方……その遥か向こうの空を飛んでいる。
「んん~、なぁに? ちょっと考え事中なんだけど——」
「じゃあそこからでもいい、あれは何だ?」
その方角を、俺は同じように指差した。
「えぇ~? もー……ん? あれは……なんかおっきくて、黒いわね。まだかなり遠いけど——あれ?」
「何かわかったら……なるべく早めに教えてくれ」
——ダメだな、嫌な予感がする。
「こっち……来てるかも——!」
「……来ます! 凄い魔力量です、アルカ様!」
あれだけ遠く離れているのに…強い?
そもそもが近くのしか感知できないんじゃなかったのか?
ノイズ? 波長? 色?
「アル……! あれ……〝竜〟かも——!」
「ひっ……!」
「竜なんて……見たことないでっさ!」
「アルカ!」
(……そうか、今の未熟なナツキでも感じ取れてしまうぐらい『デカかった』わけだな——!)
……現状、地上でならまだしも——。
俺たちは、空の上で戦う手段を持っていない。
ましてや、あの距離からでもナツキが驚くような魔力量……仕方ない——!
「全員席に戻れ! アテナは逐一あれの動きを教えろ! ——スターク! 振り切るぞ! 〝リベリオン〟——!」
「……っ! 了解でっさああああああ!」
……ゴオォォォ——!
再度、ブランシュルーヴから大きな音がする。
「アルカ様! 向こうの魔力量が急激に上がってます! 距離ももう近いです!」
(やはり……俺たちを狙ってるか——!)
「アル! なんか口がおっきく開いてて……凄いやばいのが来そう! てか絶対来るー!」
「スターク! 俺もありったけ魔力を込める! 全部使うつもりでいけ!」
……キュイィィィン——!
「掴まっててくださいよぉぉぉぉ……! 全開でっさああああああ!」
——フッ……。
刹那、船内からその音という音のすべてがふっつりと消え去り。
次の瞬間——。
——————ドンッッッッッッ!
「「——っ!」」
超重低音の爆発音と共に、ブランシュルーヴは前方へ突き抜けた。
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