43話 666の旗印~輪廻教アーレウス総本部~
「アテナ嬢、この辺でよろしいんで?」
「ええ、確かこの辺りのはずなんだけど——」
アイシームーン管理区から、ゼクスの都へ向かう空路の途中——。
アテナの申し出により、進路が少々変更された。
どうやら都へ行く前に、寄っておきたい場所があるらしい。
「おかしいわね……結構大きい建物だから、すぐ見つかるはずなんだけど——」
「どんな建物なんだ? この際皆で探した方が早いだろう」
「んーとね、白くておっきくて……〝666〟の旗が目印の建物」
辺りを見渡してみるが、眼下は見渡す限りの大森林——。
その中に埋もれているのか……それらしき建物は見当たらない。
「あら? アテナさん、輪廻教にご用事なのですか?」
何やらたくさんの書類を抱えたユリが、通りすがりに口を開いた。
(……なるほど、輪廻教関連のことだったのか)
「うん、ちょっとね——」
——行き場を失った巫女様の視線が、俺に辿り着く。
(……まだ皆には言いたくないのか——)
——気まずそうだな。
まぁ説明してすんなりとわかる話でもないしな。
ここは適当に話を逸らしておいてやるか。
「いや、用事があるのは俺なんだ。すぐに済ませてくるから、皆はここで待っててくれ」
「えっ! ふっ、二人で行くんですかアルカ様!?」
「あぁ、すぐ戻るから待っててくれ」
「……はぁい、わかりましたぁ——」
ナツキも出掛けたいみたいだが、ここは我慢してくれ。
都へ着いたらどこか連れて行ってやるから。
(そして——)
「はいっ! 私もお供したいですっ」
——キッ。
「はいっ! 全力で待機しときますっ」
「よろしい。万が一出てくるようなことがあれば……お前はまた一人、修行の旅に出ることになる」
「ひっ……」
実は誰よりも早く手を挙げていた家出娘だったが、軽く睨みつけたらあっさりと退いた。
こうなるとはわかっていても……エリィが言わずにはいられない性質なのはわかっている。
まぁこの程度のやりとりで済むのなら、しばらくはその茶番に付き合ってやってもいい。
「——というわけで二人とも、少しの間皆を頼む」
「わかりました隊長、お二人ともどうかお気をつけて」
「了解、アルカ。何かあったら適当にぶっ放して」
もちろん、他の皆もそうなんだが……ユリとチャンの存在は本当に大きい。
こういった状況の時に、本当に助かっている。
大抵のことは、この二人に任せておけば安心だ。
(そのうち、二人にもちゃんとお礼をしたいところだな——)
「巫女ちん」
いつの間にか目を覚ましていたらしいおつうが、窓から何かを指差した。
「なぁに? おつうちゃん……えっ——!?」
呼び寄せられて向かったアテナの顔色が、一気に青ざめる。
続々と皆が集まり、俺も窓の外を確認する。
「……なんだあれは——」
眼下には、相変わらず森林が広がっている……が、そのとある一点。
まず、緑だったであろう樹々が真っ黒に染まっている。
そしてその中央に、大量の白い瓦礫のようなものが見える。
「〝焼け焦がれた跡〟……でしょうか?」
——恐らく、ユリの言う通りだろう。
あの感じだと、黒く見えるのはあの辺一帯が燃えたことによるものだ。
「……あぁ。ついでにあの残骸は〝破壊された跡〟だろうな」
あの場所で戦闘……もしくは何らかの破壊活動があったのは間違いなさそうだ。
「嘘……こんなの知らない——」
——今までの周回では、あれは健在だったということか。
「アルカ、二人で大丈夫? 一応いつでも出られるようにしておくよ」
「助かる……が、チャンは皆を守ることを最優先としてくれ。こっちも一応、何かあればナツキを通して連絡を入れるようにはするけどな」
チャンと拳をコツンと合わせて、ナツキの方を確認する。
「——っ! あはっ、わっかりましたぁ! 行ってらっしゃいアルカ様っ」
一瞬、何か考えを巡らせたような素振りを見せたナツキは、すぐさまぱーっと明るく笑った。
(……なんかいきなり上機嫌になったな——)
アテナといいナツキといい、そんなにころころ表情を変えて疲れないのか?
女って皆そうなのか? ——いや、そんなことはないじゃないか。
二人ともユリを見習った方がいいぞ、あれが大人の女ってもんだろう?
普段から落ち着いていて、お前たちみたいにあまり感情の起伏を見せず——。
あれ? その理論で言ったらおつうも大人の女だな。
「降りますぜ、旦那!」
「あぁ、頼む」
目標から少々離れてはいるが、少し開けた場所が見える。
あそこなら降りられそうだ。
——グッ。
背中の裾が引っ張られる。
振り返るとそこには、不安そうに俯くアテナの姿があった。
「大丈夫だ、行くぞ」
「……うん——」
——何が大丈夫なのかは、俺にもわからない。
状況的には何も大丈夫じゃないのかもしれない、だとしたら軽率だったかもしれない。
だが、 『何があったとしても、俺が居るから大丈夫だ』ということを伝えたかったんだ。
少し言葉が足りなかっただろうか——。
——やがてブランシュルーヴは地に降り立ち、外への扉が開いた。
「じゃあ行ってくる。魔力はさっき充填してあるから大丈夫だな? まぁ何かあったら二人でなんとかしてくれ」
「了解でっさ!」
「はいっ! 行ってらっしゃいませっ」
(エリィはもう慣れたが、スタークまで——)
ビシっと敬礼したスタークとエリィに船のことを託し、俺とアテナは船外へ出る。
森の中を二人で歩く……が、やはり巫女様の足取りは重い。
(想定外のことで混乱しているのか? 何か声を掛けてやるか——)
「大丈夫か? おんぶしてやろうか?」
「……えっ? うん」
——本当に? するの?
前を向いたままだったし、一応巫女様の表情を確認しておくか。
「……えっ?」
「えっ?」
隣を見ると、巫女様が両手をこちらに突き出して首を傾げている。
(『まだか?』と言わんばかりだな。……仕方ない、男に二言はない——)
俺は一度しゃがんで、巫女様をおぶった。
森の中とはいえ、さすがに建物に続く道だ。
綺麗に整地された一本道が続く。
少し歩いたところで、俺の肩に顎を乗せたまま……アテナが口を開いた。
「……あそこね、輪廻教の本部なの。アーレウスの」
「……そうか」
「前回の周回で、最後に立ち寄った場所なの。そこで色々と突っ込み過ぎて……それで——」
そこまで言いかけて、アテナは口を噤んだ。
「言いたくないなら言わなくてもいいぞ。どうせ大抵のことは、俺が聞いてもわからないことだろう」
「ううん、違うの……。そこでね、たくさん人が死んじゃった。私が護衛に雇ってた人とか、輪廻教の信徒の人とか」
「……また自分のせいだとでも言うのか?」
後ろから俺を掴んでいるアテナの手に、ギュッと力が入る。
「だって逃げたの……! 私だけ! 皆を置いて、私だけ逃げた!」
……どうせそれも、 『逃げた』んじゃなくて『逃がされた』んだろう。
——だがアテナは、その結果をちゃんと背負おうとしているんだ。
ここは、変に優しい言葉をかけて取り繕うべきじゃない。
それは逆に、その覚悟を踏みにじることになる。
「もしそんな状況になったら、俺でもそうするかもしれない——とでも言うとおもったか?」
「——えっ?」
「前提として……まず俺は死なないし、お前も守り切る。——が、ここまでは理想と願望たっぷりの綺麗事だ。それでもどうにもならない時が訪れるかもしれない。その時はどうする?」
「……どうするの?」
「約束しただろう? 『お前の運命を一緒に背負う』って。だがそもそも、俺はそんなに綺麗な人間じゃない。だからあの時、もう一つ言葉を使った」
未だ背におぶさっている巫女様は、その顔が見えるところまで顔を乗り出し……『わからない』と言った表情で俺を見つめる。
「『俺が終わらせてやる』とも言ったはずだ。俺でどうにもならないその時は、俺はお前を逃がさない。お前も一緒に連れていく。例えそれが最悪の結果だとしても、お前の望まない未来だとしても——だ。お前をもう独りにはしない。どちらにせよ、この周回で終わりなんだ」
「……っ! うん、うんっ——!」
——直接的な言葉で、 『一緒に死ぬぞ』とは言えなかった。
だがその涙を見るに……恐らく、伝わっているはずだ。
「だがそうしたいってわけじゃない。これは俺の覚悟なんだ。俺は今後、そういうつもりでやっていく。それが伝えたかったんだ」
——今回は、言葉は足りているだろうか?
「わかってる……わかってるよ。——でも私、もう独りで頑張らなくていいんだよね? そういうことだよね……?」
「あぁ、世界を救うのも壊すのも、俺と一緒だ。その使命も罪も、俺が一緒に背負ってやる」
「ひっ、ひぐっ……。どうしよう、もう止まんない。ダメなのに、本当にダメなのに——!」
泣きたい時は泣けばいい、無理して涙を止める必要はないんだ……と、昔誰かに言われた記憶がある。
——だが、それが誰かは思い出せない。
そしてもう一つ。
俺はその時、泣けなかったんだ。
〝悲しい〟とか〝淋しい〟とか、そういう風に感じることができなかったんだ。
しばらく歩き続けたところで、空から見た黒いものの正体がわかった。
(やはりこれは……燃えた跡だな——)
周囲の木々が、黒く焼け焦げている。
進めば進むほどその臭いは強くなり、ところどころからパチパチと音も聞こえ始めた。
(ということは、もう近いな)
この様子だと、こうなってからあまり時間は経っていないようだ。
もしかすると、誰かまだそこに居るかもしれない。
未だ涙の止まらない巫女様をおぶったまま、俺は黙って歩いた。
やがて、開けた場所に辿り着いた。
辺り一帯に散らばる残骸は……やはり建物の瓦礫で間違いないようだ。
何か大きな力で、力任せに粉砕されたように見える。
「……! アテナ、降りてろ」
俺はしゃがんで、アテナの脚を抱えていた手を解いた。
「えー……ぐすっ。——もうちょっとぉ」
「俺も泣き止むまでそうしておくつもりだったが……そいういうわけにもいかなくなったかもしれん」
焼け焦げた樹々の中央、その開けた場所の瓦礫の山の前——。
「……ん——?」
そこには、一人の男が立っていた。
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