5話 お荷物のお届け先~アズリア人との邂逅~
「いやぁ~、いつもなら護衛が一緒に来てくれるんですが、今回急な仕事になっちまいまして——。本当に、ご迷惑をおかけしました!」
「大丈夫だ。こうして俺たちも世話になっている」
あれから少し経つが、敵の追加増援なども無く——。
馬車は順調に、西へ西へと進んでいる。
「しかし、そのような武器は初めて見ますね! アズリアの物ですか?」
(そんなことは、俺にもわからんぞ……)
俺は助けを求めるべく、隣に座っているアテナに眼をやる……が、こちらの話に入ってくる様子はなく——。
ふてくされているのか、その顔は向こう側を向いている。
(……仕方ない。あまり突っ込まれても説明できないし、話を変えるか——)
俺は諦めて、スタークの方に向き直る。
「まぁそんなところだ。——そういうスタークも、俺から見れば色々と珍しいがな。その髪型とか……眼鏡? とか」
「ふふふ……お目が高い! これはですね、アーレウスで今年流行ると言われている〝アフロ〟と〝サングラス〟っつー代物でっさ!」
「そ、そうなのか? 初めて見た」
——ダメだ、全く理解出来ない。
だがこれからのことを考えると、抑えておいた方が良いのは間違いないだろう。
髪型は御免被るが……眼鏡の方なら何とかいけるか?
「まぁ最先端ですからね! 知らないのも無理はありませんよ。はっはっは」
「————じゃん」
……後ろで巫女が何か言ったようだが、声が小さくて聞き取れなかった。
「さぁ! そろそろ着きますよ! あれがファミリア管理区へ繋がる東門の入口でっさ」
「ん? 岩山しか見えないが?」
「その向こうにあるんでっさ!」
——なるほど、いわゆる天然要塞というやつか。
【地壁】のハクツルとはよく言ったものだ。
(しかし……随分と分厚そうな門だな——)
関所に差し掛かったところで、馬車がゆっくりと停車する。
門の両端に立つ二人の門兵が、お互いの長槍を中央で交差させる。
「止まれ! 所属と名前を……なんだ、スタークか」
「どもども! 団長のお使いから戻りました」
「ご苦労。開門だ!」
ゴゴゴゴォォ……。
大きな地響きと共に、門が向こう側に開かれる。
(荷台はおろか……俺たちに対する確認も無しだと——?)
警備がザルなのか、はたまたスタークが凄いのか——。
とにかく俺たちは、すんなりと第五師団管理区に入った。
「では街へ向かいましょう。街というか、集落みたいなもんですが」
「後ろの荷物はいいのか? 先に仕事を終わらせたほうがいいんじゃないか?」
「大丈夫でっさ! お届け先も同じですんで」
「そうか、ありがとう。アテナ——」
——後ろの巫女は、相変わらずそっぽを向いている。
しかもいつの間にか、深々とフードまで被ってしまっている。
もはや振り向いたとしても、その表情は窺えそうにない。
(一体、いつまでこの調子なんだ……)
……まぁいい、しばらく放っておこう。
〝触らぬ神に、なんとやら〜〟——、だ。
——しばらく景色を眺めていると、ぽつぽつと建物が見え始めてきた。
(住居、店、広場……街に入るなんて、子供の頃以来だな——)
まるでここだけは、戦争とは無縁の楽園のように思える。
たくさんの人の往来……まさかそのほとんどが、兵装ではない一般市民だとは。
走り回る子供たちも、皆楽しそうに笑っている。
あの第六師団管理区の中にも、このような場所があったのだろうか?
——まぁ少なくとも、故郷では存在し得ない光景だ。
少し出掛けて戻って来たら、街が一つ消し飛んでいるような国だからな。
「着きましたぜ!」
スタークは馬車を停め、流れるように飛び降りた。
眼の前には、少し大きめの建物が立っている。
「ただいまー!」
「——あっ、おかえりなさ~い!」
ちょうど建物の前を歩いていた少女が、笑顔でこちらに手を振った。
抱えていた網かごを地面に置き、タッタッタッと駆け寄って来る。
艶やかな黒いツインテールが、右に左にと踊っている。
(あの服装……どこかで——)
——そうだ、第六師団の隊舎だな。
最初で最後、ゲイルに挨拶させられた時だ。
部屋に何人か居た女性……確か、 『メイド』と呼ばれていたような気がするが——。
「大丈夫でしたか! 良かったです!」
「なっち~、大変だったよぉ~……。慰めてっ!」
「こちらの方たちはお初ですよね? はじめまして、ナツキ・エトワールと申します。恐らく、スタークさんが大変お世話になりました」
スタークを鮮やかに無視したナツキが、こちらにペコッと頭を下げる。
「おぅ……今日も辛辣……」
——明るくて礼儀正しい、良くできた娘だ。
どう見ても年上であろうスタークの扱いにも、相当慣れている感じがある。
しかしナツキという名前……この娘もアズリア人か?
(とりあえず……まずは俺も挨拶だよな——)
俺は馬車から降り、ナツキの正面に立つ。
「アルカ・キサラギだ。スタークには、道中世話になった」
「キサラギ……? アズリアの方ですか!? 私もです! 男性の方は珍しいですね。よろしくお願いしますっ」
パンッと手を合わせたナツキが、下から俺を覗き込む。
青々と澄んだ蒼眼が、キラキラと輝やいている。
(……おっと、巫女の存在を忘れていたな——)
「よろしく頼む。アテナ——、おーい?」
……さっぱり反応が無いな、聞こえていないのか?
(どうしたら反応する……? 少し怒らせてみるか——)
「そこのちょっと可愛いけど、だいぶ残念な巫女様」
「——あっ、えっ?」
これなら反応するのか、一応頭に入れておこう。
「自己紹介だ」
「あ、ごめんなさい。アテナです」
いそいそと馬車から降りたアテナが、ナツキにペコッと頭を下げる。
「はい! よろしくお願いしますっ」
……なんだ? 別に機嫌が悪そうな感じではないな?
ふてくされているわけじゃなかったのか?
「よいしょ……っと」
いつの間にか移動していたスタークが、荷台の中を覗き込んでいる。
(そういえば……荷物の届け先も同じだと言っていたな。荷下ろしか——)
「着きましたよ~。もう大丈夫でっさ」
そう言ってスタークが離れると、中から次々と人が降りてきた。
女子供と……老人だけか?
汚れか傷かわからないが、皆一様にボロボロだ。
怯える者に、震える者……泣き出しそうな者まで居る。
(不安……なのか。戦争の被害者か何かだろうか——)
「さぁみなさん、中へ入ってください。まずはお風呂に入って、それから食事にしましょうっ」
それぞれが手を握り合い、お互いの顔をきょろきょろと見合わせた後——。
その不安は、ナツキの笑顔に溶かされたようだ。
一人……また一人と、屋内に向けて歩き始める。
「よしよし、怖くないよ~。お姉ちゃんはね、ナツキっていうの。よろしくね! お名前は?」
しゃがみ込んだナツキが、幼い少女の頭を撫でている。
どうやらその場で立ち止まったまま、動こうとしないようだ。
「……おつう」
「おつうちゃんね! こっちおいで~」
おつうは中々、足を前に出そうとしない。
オレンジ色の髪の毛を垂れ下げ、ひたすらに俯いている。
「もしかしたら、中にお友達がいるかもよ? ここにはね、アズリアの人がたくさんいるのっ」
——なるほど。
どうやらおつうたちも、同じアズリア人らしいな。
(しかし……たくさん居る? どういうことだ——?)
「……ん」
やっと警戒心を解いたのか——。
おつうがそっと、ナツキの手を取った。
「いいこいいこ。一緒にお風呂入ろうね~!」
ナツキがクルっと振り返り、こちらに軽く会釈をする。
俺が眼を合わせたのを確認し、ナツキは向こうに向き直る。
そしておつうの手を引いて、そのまま屋内へ入っていった。
——やはり、ナツキは大したものだ。
あんなに警戒していた幼女でさえも、どうにか出来てしまうとは。
きっと、人付き合いの天才だ。
今後のために、盗めるところは盗んでおこう。
(終始困った様子を見せず、笑顔で語りかける……それがコツか——)
……よし、俺には出来そうにないな。
ここは潔く諦めて、別の方法を見つけるとしよう。
「お二人は、詰め所までご一緒願います。今回の任務の報告があるのと……一応、隊長にも会っておいてほしいんで」
——やっぱりそうだよな、当然だ。
平和過ぎて頭から飛んでいたが、ここは【S級部隊】の管理区だ。
見ず知らずの奴を野放しにするなど、流石にするはずもない。
そもそも関所を潜ったあの時から、二人ほど尾行も着いてきているしな。
「あぁ、わかった。行くぞアテナ」
「うん——」
巫女は建物を見つめたまま、小さく頷いた。
「——よーし、準備OKでっさ! 行きましょう! 荷台が空いたんで、後ろへどうぞ」
荷台へ乗り込んだ俺たちは、お互いが向かい合う形で腰を下ろした。
アテナは深く俯いて、両手で膝を抱えている。
こういう時は、なんて声を掛けたらいいんだろう?
(……とりあえず、今は二人きりだ。話しかけてみるか——)
俺はスゥーッと息を吸い込み、真っすぐにアテナを見る。
「その……あれだ、そんなに痛かったのか?」
「……えっ?」
「いやほら……二発ほど、こう、ビシっと。リベリオンのことで——」
アテナは呆気に取られたように、その金眼を丸くしている。
「……ふふっ——」
——少し間が空いた後、巫女様が小さく笑った。
「あーんもう痛い! いたいいたいいたいっ」
急に痛がり始めたアテナが、足を交互にバタバタさせる。
すぐに止んだかと思うと……膝を抱えたまま、ずいずいとこちらに寄って来る。
そのまま隣まで来て反転し、横に並んでちょこんと座る。
そしてその頭を、そっと俺の肩に寄せた。
「あやまって」
——あの状況を思い出すと、だいぶ腑に落ちない。
だが、手を出したのは俺……ということになるんだろうか。
「……すまん」
「もっかい」
「……悪かった」
「じゃあずっと一緒に居て」
「……あぁ」
——出逢って数時間で、このくだりは何度目だ?
不安なんだろうが……俺の言葉なんか聞いたところで、それは拭えるのか?
「もう終わりにしたいの……もう嫌なの。だから、お願い」
——違うな、これは決意だ。
他の誰かに聞かせることで、自分の退路を絶っているんだ。
『もう逃げない』 『変わるんだ』
敢えて何度も放つことで、本物にしようとしているんだ。
……俺が今日まで、して来なかったことだ。
「……あぁ、わかった」
俺が怖かったのは、他人からの視線や拒絶じゃなかったんだ。
きっと俺自身が、逃げれなくなることだったんだ。
「着きましたよ~!」
「はーい。行こ! アルっ」
——肩が急に軽くなった。
その直後、視界の端に掌が映る。
(ご機嫌斜めは直ったのか……?)
見上げた先で微笑むアテナは、いつも通りに見える。
「あぁ。行こう」
俺はアテナの手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
(……俺も、変わらないとな——)
前を歩くスタークに続いて、俺たちは詰め所に入った。
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