42話 女神放置罪~その巫女、最優先につき~
アイシームーン管理区を飛び立った俺たちは、都に向けての空の旅の真っ只中——。
スターク曰く『安定したから』とのことで、それぞれが席を立って思い思いに過ごしていた。
俺は中央の椅子に座ったまま、相変わらずリベリオンに手を添えている。
「わぁ~! 見てくださいアルカ様! いい眺めですよ!」
「お、お疲れでしょう隊長? マッサージしますね!」
「おにぃ、動かないで。寝れないから」
「——ささっ……ぴとっ」
グイグイと右腕の袖を引っ張り、景色を共有してこようとする元メイド。
後ろから肩を揉み始める秘書。
この状況でも関係ないと言わんばかりに、膝の上で眠りにつこうとする幼女。
どさくさに紛れて左隣に陣取った家出娘。
動けないのをいいことに……皆が俺をオモチャにして遊んでいる。
「お前ら……暑苦しいんだが——」
「……はっ! 気づけなくてすみません!」
何かを勘違いした家出娘が、両手でパタパタと俺を扇ぎ始めた。
その結果、左頬にちろちろと超微風が送られてくる。
「……やめろ。なんかムズムズする」
「……っ! ふっ、望むところです——! はあぁぁぁぁ……!」
何をどう解釈したらその結論に至るのか全く理解できないが、とりあえずその両手の動きはさらに勢いを増した。
もちろん、別に求めてなどいない。
——ともあれ、その風力にこれといった変化はなかった。
ただただ鬱陶しい。
「ははは、空の上でも大人気だね」
台座のさらに前方。
スタークの隣の椅子がこちらに向けて反転し、聖騎士が顔を出す。
毎度のことだが……チャン、笑ってないで助けてくれ。
(アテナは……流石だな)
少し離れたところからこちらを睨みつける巫女様が、今日は女神に見える。
俺が困っているのを見かねて、こいつらを怒ってくれようとしているんだろう?
(まったく……あのわがまま娘ですら時と場所をわきまえているというのに、こいつらと来たら——)
「ぐぬぬ……! アルのばか! もう知らないっ」
突如そう言い放った巫女様はグッと腕を組み、椅子にバーンと腰掛けてこちらに背を向けた。
——俺? なぜ俺が怒られているんだ?
まさかまだ〝アイシームーン特措法〟とやらが継続中なのか?
……ダメだ、訳が分からない。
だが俺だって——もし動いていいのなら、こんな状況になどさせはしない。
まずは問答無用でこの左隣を振り払い、あとは……まぁ丁重に捌いて見せる。
「——スターク、俺はいつまでこうしてればいいんだ?」
「この中の水が全部凍ったら、しばらくは大丈夫でっさ!」
そう言ってスタークが指差した先には、球体のクリスタルが置かれている。
ここから見るに、半分の……そのまた半分ぐらいが、凍っているように見える。
(もしあれが……俺から流れ込んだ魔力のうち、まだブランシュルーヴが消費していない残りの分だとしたら——)
「すまんが皆、ちょっとだけ離れてくれるか? 試してみたいことがあるんだ」
「「……?」」
首を傾げながらお互いの顔を見合わせた女性陣が、それぞれ俺と少し距離を取った。
〝我関せず〟といった感じで少しも動く気配のない幼女は、察して寄ってきたチャンの肩に担がれていった。
「……よし。 〝リベリオン〟——」
——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。
「スターク、全部凍ったら教えてくれ」
「ガッテンでっさ!」
クリスタル内部、現状凍っているあの範囲——。
恐らくあれは……俺がこうしてただ手を添えることで、ここまでに自然と流れ込んだ魔力量だろう。
であれば、意識して強めに魔力を送り込めば一気に溜まるんじゃないのか?
(加減がわからないからな……これぐらいか——?)
ゆっくり、ゆっくりと、出力を上げていく。
だがその調整も束の間——。
「……っ! 旦那! もうOKでっさ!」
「そうかそう——は? もういいのか?」
まだ大して魔力を込めていないぞ?
だがクリスタルは……確かに、先ほどまでとは全く違う輝きを放っている。
どうやらすべて凍り尽くしたようだ。
「凄い! 私なんていくらやっても少しも凍らなかったのに! さすがですねアルカさん!」
「ん……お、おう——」
長きに渡ってこの船と向き合ってきたらしいエリィには、なんだか申し訳ないが……そんなに大変なことには感じられなかったな。
しかしこれも第三師団の技術の賜物か、はたまたリベリオンが優秀なのか——。
まぁどちらにせよ、ブルースの見立ては正しかったようだ。
俺とブランシュルーヴは、相当に相性がいいらしい。
「わぁー! 綺麗!」
「美しいですねぇ。どういう原理なのかしら?」
「わはは。ユリさん、これはですね——」
「すぴー」
若干一名、夢の中に居る幼女を除いて……女性陣はクリスタルに夢中になっている。
(……で、あいつは——)
少し離れたところから身を乗り出した巫女様も、キラキラと眼を輝かせている。
「……っ! ふんっ」
だがふいに俺と目が合うと、アテナはまたそっぽを向いてしまった。
(はぁ……またご機嫌斜めか。だが——)
俺はもう学んで来た。
この状態は早めに処置するに限る、後々面倒が増えるだけだからな。
足は自然と、アテナの元へ向かっていた。
触れられる距離まで来たので、肩にそっと手を置いてみる。
——ピクッ。
椅子の上で足を抱えたまま蹲っている巫女様だったが……その身体は微かに反応した。
——が、断固としてこちらに振り向く気配はない。
どうやら、俺を視界に入れる気はないようだ。
(……しょうがないヤツだな、本当に——)
「おい! 一体何をむくれているんだ?」
今までこういう時は、褒めるか強めに言うかのどちらかでこじ開けて来た。
今回は後者でいってみよう。
「……言いたくない」
……よし、口は動くんだな?
ならばこのまま畳みかける。
「そうか。だが俺は聞きたいんだ、教えてくれないか?」
「……なんで? 別にいいじゃん、わかんなくても」
「お前は良くても、俺はダメなんだ。気になって仕方ないんだ」
「えっ……。私のことが——?」
ゆっくりと身体の半分をこちらに向けたアテナが、恐る恐る俺の眼を見上げる。
(あと一息だな——)
俺はアテナの眼をじっと見つめて、頷いた。
そこから少しの間……お互い無言のまま、何度か視線の応酬が続いた。
——とは言っても、アテナはすぐにその視線を逸らしてしまう。
だから体感では、ほとんど目が合っている感じはしなかった。
やがてアテナはその小さな口を尖らせて、何やらモジモジしながらぼそっと呟いた。
「べっ、別に私だって良くないもん……。でもアルが皆と————して、放置したんじゃん」
……途中よく聞こえなかったが、まぁポイントは大体わかった。
俺とお前は境遇が似ている。
だから俺にはわかるんだ……お前の痛みが、苦しみが。
やはりお前のケアは俺の役目だ、俺にしかわかってやれないんだ。
——つまりあれだろ?
『楽しそうだから仲間に入りたかったけど、乗り遅れた手前中々言い出せなかった』……そういうことだな?
「ごめんな、淋しい想いをさせて」
だが一つ言わせてくれ。
俺は全く楽しくはなかった。
「……ううん」
あ、あともう一つだけ。
確かに俺に縋れとは言ったし、今後も気にかけていくつもりはあるんだ。
ただ単に今回は読んで字の如く、本当に手が離せなかっただけなんだ。
「……もうっ、アルったら。今度は〝女神放置罪〟だよっ」
巫女様の表情から〝怒〟の色が薄らいできた。
——もう大丈夫そうだ。
それでお前の気が済むなら、いくらでも断罪したらいい。
まぁとにかくこうなったら、終戦の時は近い。
「今度はどんな罰をご所望で?」
「ん……進路の変更、かな」
「なんだ? 都へ行きたいんじゃなかったのか?」
「そうなんだけど……ちょっと寄りたいところがあるの、二人だけで」
——これはチャンスだ。
二人で出掛ける時のアテナは、すこぶる機嫌がいい。
独り者同士が一番気楽でいいってことなんだろうが。
もはやここまで来たら安泰……だが、そんなこととは関係なく。
ちゃんと言っておかなければならないことがある。
「別にそんな理由をつけなくても、お前の行きたいところへ行けばいい。散々寄り道してきたんだ、もう誰がなんと言おうと、俺にとってはアテナが最優先だ」
「えっ、……ほんと? 私が一番?」
当たり前だろう、一番最初に『都に行きたい』と聞いていたのに——。
さすがにこれ以上、お前に寄り道をさせることはしたくない。
「あぁ、お前が一番だ」
「……もっかい言って」
(やっぱり……信用出来ないよな——)
どんな事情があったにせよ、結局のところその進路を決めてきたのは俺なんだ。
ここはもっと明確に、はっきりと伝えて——。
俺にはアテナを、安心させる義務がある。
「アテナが一番だ。それ以外は二の次だ」
「……ふふっ。じゃあ許してあげるのです」
(——っ! 久々にこの状態まで来たか……!)
相変わらず、溶けてしまいそうなほど甘い声色だ。
すごく懐かしく感じる——。
まぁとにかく……これで一件落着、一安心だ。
「そういえば、ブルースと何を話したんだ?」
「約束を破ったら、この船を堕とすって言ったのです」
……やっぱり、女神なんて居なかったんだ。
お前は聞いていたはずだよな?
この船の成り立ち、その背景を——。
「おま……あの話を聞いてよくそんなことが——」
「——何とでも言いなさい。私にとってはそれと同じくらい……いいえ、それ以上に大事なことなの」
(急に真剣な顔つきになったな——)
そして残念だが、またしても一瞬でその声色は戻ってしまった。
アテナがブルースにどんな約束をさせたのかはわからない。
だが、その内容が何であれ——。
夢の結晶を盾にされたブルースが、その約束を破ることはないだろう。
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