41話 出航! ブランシュルーヴ~受け継がれし想いと、夢を乗せて~
微動だにせず対峙する、その曇りなき蒼眼。
俺はそのまま引き込まれるかの如く——言葉を失った。
……考えてみたらそうだ。
この船はさっき浮いていたんだ。
(——どうやって?)
シャルム湖で一緒にリベリオンを使った時も、あいつは別になんともなかったじゃないか。
(——なぜ?)
今までのエリィとの記憶が、一瞬でフラッシュバックする。
危なっかしい女だった。
いっつも勝手に突っ込んで、問題ばかり起こして——皆に迷惑ばかり掛けやがる。
正直……一度目に出逢った時は、面倒なヤツだと思った。
二度目に拾った時は、すぐにでも手放したいと思っていた。
だが俺の記憶に残るそんな出来事のすべては、ブルースに聞かされた背景のせいだろうか——。
何故だかやけに、色褪せている。
「あれ、見てください。キサラギさんが怖くて言い出せないんですよ」
船内の隅のそのまた隅、頭隠して尻隠さず——。
きっと、誰かに背負われているのだろう。
宙に浮かぶそのリュックには、桃色の髪が乗っかっている。
——グッ。
左腕の袖が、下の方から引っ張られる。
「レッツ、ピンクレディー」
話を聞いていたのか、幼女がこちらを見上げている。
「いや、しかし——」
「大丈夫です! 負けませんから!」
後ろから声がしたので振り返ると、両手を腰に据えたナツキが立っている。
そしてその周りには、他の面々もしっかりと顔を揃えている。
「いや何に負けないん——」
「エリィさんは占いが得意らしいですよ、隊長」
「旦那! これはシャルム湖での冤罪を覆す好機でっさ!」
「ははは、賑やかになりそうだね」
俺の言葉を遮って、それぞれが話を進めていく。
「……ったく。いつから聞いてたんだお前ら——」
少し奥の方に立っているアテナと、目が合った。
「ふふっ。私もOKよ、アル。でもブルースさん、ちょっと二人でいいかしら?」
——やはり、何か直接確認したいことがあるようだな。
「ええ、喜んで。巫女様」
ピクっと眉を上げたアテナが、ブルースを連れて船外へ出て行く。
「かっかっか、エリィを頼みますぞ! キサラギ殿」
急に横から現れたロベルトが、右手を俺の前に差し出した。
「……あぁ、わかっ——いててっ!」
手を握り返したその拍子……あまりの力強さに声が出てしまった。
いつもの学者帽に丸眼鏡、穏やかな表情。
だがその蒼眼には、強い想いが宿っているのがわかる。
(あぁ、前にもこんなことがあったな——)
——チャンの時だ、あれは痛かった。
確かに、こう見えてこの男も〝字持ち〟……こいつらは皆、力自慢か?
……いや、そういうことじゃないよな。
ロベルトにとって、きっとエリィは娘みたいなものなんだろう。
人は大事な何かを誰かに託す時、こうやって想いを受け継いでいくんだ。
「おい、家出娘」
隅っこから飛び出したリュックに向けて声を掛けると、ササッと勢いよくエリィが姿を現した。
「はっ、はいっ!」
……なぜ敬礼しているんだお前は——。
「俺はブルースと違って優しくない。出て行くのは構わないが二度と——」
「大丈夫ですっ! もっ、もう、この身も心もアルカさんのモノですっ」
「いや、それは全力で遠慮する」
「ひんっ……。じゃ、じゃあ! アルカさんの絶体絶命のピンチの際は必ず駆けつけてみせます!」
「いや、いつもピンチになってんのはお前だろ……」
「がーん……」
——相変わらずとんちんかんなエリィの言い回しを聞いて、どいつもこいつもケラケラと笑っている。
ロベルトも……笑い過ぎたのか、瞳にうっすらと涙を浮かべている。
こうして、それぞれの出逢いと別れを確認し……テンペストに八人目の隊員が出来た。
——しばらく談笑していると、アテナとブルースが戻って来た。
「お待たせアル。エリィさんも、これからよろしくね」
「はい! よろしくお願いしますっ」
巫女様と家出娘が、がっしりと握手を交わしている。
「挨拶は済んだみたいですね。それではキサラギさん、エリィをよろしくお願いします。この娘は必ず、お役に立ちますよ」
気持ちはわかる……が、残念なことだなブルース。
親心みたいなものなんだろうが、俺にはその場面の一切が想像できない。
「——どうだかな。まぁ期待はしないでおこう」
「あはは! まぁビシバシ鍛えてやってください。部隊編入の手続きはもうこちらで済ませてあるので、このまま出発していただいて大丈夫ですよ」
「そうか、さすが軍長、仕事がはや——ん?」
……もう済ませてある? そんな暇あったか?
(こいつ……まさか——)
「——はっ」
その蒼眼を睨みつけると、ブルースは両手で口を押さえて俺から目を逸らした。
「ブルース……どうあっても初めからエリィを押し付けるつもりだったな?」
『俺の方に確認はないのか?』と真っ先に思ったが……相手は【六神盾】の軍長で〝字持ち〟。
【氷絶】がその気になれば、手続きの手順や規則など——。
もはや、あってないようなものだ。
どうせその権力で、ある程度のことはどうにでも出来るんだろう?
俺たちの知らぬ間に、その辺のことをねじ込んでおくことぐらいはな。
「押し付けるだなんてそんな! 人聞きの悪い! あっ、一緒にこの船も登録しておいたんですよ! もう第三師団の識別じゃありませんから!」
話を逸らして躱そうとするなど、お前らしくもない。
いつもはやたらと冷静なくせに……エリィ絡みのこととなると急にポンコツになるな、この男は。
「——元気でね、エリィ。たまには遊びにおいで」
急にキリッと表情を持ち直したブルースが、エリィに声を掛けた。
——だがブルースは別に感傷に浸っているわけじゃない、逃げ場を失っただけだ。
そうに決まってる。
「うん! 長い間ありがとう、ブルース! ロベルトもっ」
「「……っ!」」
(まぁ、そんなこともなかった……か——)
こちらもエリィらしくもない、素直な感謝の言葉だ。
モロに浴びてしまったブルースは唇を震わせながら、物凄い速さで後ろを向いて天を仰いだ。
ロベルトの方はガクッと膝から崩れ落ち、その嗚咽を抑えきれていない。
ついでにずり落ちた学者帽をおつうが戻そうとしているが……何度やっても落ちてきてしまうようだ。
「ははっ、早速役に立ったじゃないか家出娘。上出来だ」
「えっ? 何がですか?」
「〝字持ち〟を二人まとめて落としたろ、しかも〝一撃で〟だ。」
「ん……わはははは! よくわからないけどやったぁ!」
——まぁいいブルース、これで許してやる。
お前ら〝字持ち〟が自分都合で面倒事を押し付けてくるのは、もう慣れたよ。
「まぁでも……やはり釣りがくるほどの代物だ、ありがとう。この礼はいつか必ずする」
未だ背を向けたまま顔をゴシゴシと拭ったブルースが、ゆっくりとこちらに振り向く。
「……言いましたからね? 約束ですよ?」
ブルースが俺の前に右手を差し出す。
「あぁ、約束だ」
その手を取って握手を交わすと、ブルースは再度皆に一礼した。
そして未だに嗚咽の止まらないロベルトに肩を貸し、外へ出て行った。
「——では皆さん! とりあえず適当にその辺の椅子に腰掛けてください! 旦那は中央の大きいヤツでっせ!」
中央……あぁ、さっきおつうが座ってたヤツか。
しかしわざわざ、幼女の楽しみを取る必要もあるまい。
「何でだ? 俺は別に——」
——グッ。
『どこでもいい』と言おうとした俺の口を押さえながら、秘書が俺を中央の椅子に押し込んだ。
「ちょ……ユリ——」
そのまま顔を上げると、ユリが上から俺を覗き込んでいる。
「めーですっ。隊長席ですよっ。それに——」
ユリが指差したその先に、視線を這わせる。
それはちょうどこの席の真ん前……無理せずとも手の届く位置。
何やら台座のようなものがある。
「なんだこれ……? 穴空いてるぞ?」
「そこにリベリオンを差し込んで、魔圧を込めるんでっさ! あとはオイラが操縦しますんで!」
……なるほど。
資格はあるにしろ、どうすればいいのかはまるで聞いていなかった。
要領はリベリオンと同じでいいのか? ぶっつけ本番はあんまりじゃないか?
(ちくしょう、ブルースめ——)
「こう……か?」
台座にリベリオンを差し込んで固定して、ゆっくりと魔圧を込める。
……キュイィィィン——。
「おっ、なんか動きそうだな」
何とかなった……のか?
「ちょ、おつうちゃん何してるの!? 座って座って」
前方の操縦席から、慌ただしいスタークの声が聞こえる。
「ん、見て」
引きずり降ろそうとするスタークのアフロを押さえつけながら、おつうはもう片方の手で真っすぐ前を指差した。
「うわぁ~!」
「綺麗ですねぇ~」
「ははは、これは凄い」
リベリオンから手が離せない俺は、少し反応が遅れる。
「なんだ、どうし……っ!?」
いつの間にか、船の前方には……まるで俺たちを天へと誘うような、巨大な氷の坂道が敷かれていた。
(ブルースめ、粋なことを——)
ほどなくして……おつうがチャンによって座らされ、全員が席に着いた。
「旦那、とりあえずどこへ向かうんでっさ?」
「……そうだな——」
やや前方に居るアテナに目をやる。
気づいた巫女様が、笑顔で静かに頷いた。
「よし、ゼクスの都を目指すぞ。——出航だ!」
「ガッテンでっさ! ——出ますぜ! 魔力変換式改め魔力充填式小型移動船——」
「長いぞスターク」
「はっはっは! すみませんが名前はもう決めてあるんでっさ! 〝ブランシュ・ルーヴ〟、発進!」
「〝白狼〟……そのまんまじゃねぇか——」
……ゴオォォォ——!
大きな音を立てて、ブランシュルーヴが氷の上を滑っていく。
やがて上り切った坂道の向こう……船は上空に飛び立った。
「しっかり掴まっててくださいよおおおおお!」
スタークがそう言った直後、船が横にガクンと傾いた。
そしてその勢いのまま……地面に翼が当たるんじゃないかってぐらい低いところを、大きく旋回させる。
「「きゃー!」」
船内には、恐怖なのか歓喜なのかわからない女性陣の叫び声がこだましている。
「ねぇスターク! 大丈夫なの!? 堕ちたりしないわよね!? 絶対許さないから!」
とりあえず……巫女様は相当に怯えているようだ。
もはやどうあれ——。
このあとアフろんが断罪されることは、間違いなさそうだ。
「任せてくださいアテナ嬢! 二人の〝字持ち〟に……氷の道のお礼でっさ!」
スタークがそう返すと、船は段々と速度を落とし……やがて窓には、第二ドックの正面が映った。
「——あはっ、ロベルトさんまだ泣いてるっ」
ナツキの声に反応した皆が、窓から見える〝字持ち〟二人に手を振った。
(……ははっ、どっちの涙だ? ロベルト——)
二人も満足そうに、俺たちに手を振っている。
こうして俺たちは、アイシームーン管理区を後にした。
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