40話 あなたに託したい~魔力と精霊に愛されし忘れ形見~
戻って来た船内では、各々が相変わらずはしゃいでいる。
「大丈夫か?」
「……えっ? うん、平気」
何とか手を引いて連れて来たはいものの——。
あれからずっと、アテナは何かを考え込んでいるようだ。
そんなアテナを適当な椅子に座らせ、目が合ったブルースの隣へ向かう。
「すみませんね、キサラギさん。ちょっと手荒な感じになってしまって」
「確かに驚いたが……まぁ、わかり易くて良かったよ」
「あはは。——本当に凄いでしょう、これ」
ブルースは船内を見渡しながら、俺に問いかけた。
「あぁ。こんな代物……俺では一生考えもつかないだろう」
「あはは、僕だって同じですよ。考えもしなかった」
「ん? 夢だったんじゃないのか?」
「ええ、ですが最初から僕の夢だったわけじゃない……ある女性の夢だったんです。それが、僕とロベルトの夢になった」
そう言ったブルースが手前の窓を開けると、緩やかな風が吹き込んできた。
青いV字の前髪がサラサラと揺れて、蒼眼が見え隠れしている。
「——ちょっとだけ、思い出話を聞いてくれませんか?」
「……あぁ」
——語れる思い出か。
俺にはそんなものはない……とも思ったが、もうそんなことはないか。
アテナと出逢ってからの皆との日々は、どれも鮮明に俺の脳裏に焼き付いている。
「あれはまだ……アズリアにギリギリ渡航できた時代でした。そこで出逢ったんです。遠い親戚、彼女も研究者で。自身は一般程度にしかその力に恵まれていないながらも、とにかく魔力を……精霊を愛した女性だった。やがて彼女は、その可能性を空に見出した」
「元はと言えば、その女の夢だったってことか」
「ええ。この世の中には、魔法を使って滞空したり、少しの時間なら飛んで戦えるような人間も居る。——なら、なんとか魔力を上手く利用して『〝物体〟も浮かせられる、飛ばせるんじゃないか』って。まぁ当時の僕は子供でしたから、話半分にしか聞いていませんでしたけど」
今のブルースが聞けば、飛び跳ねて食いつきそうな話だが——。
この研究者気質も、生まれつきというわけではないということか。
「そんな中……やがて内戦が激化したアズリアから、僕たちの元にその女性の子供が預けられた。この船の設計図の複製と一緒にね。 『いつか完成したこの船で駆けつける』と言って、彼女はアズリアに残りましたが——」
「……子供と離れてまでか?」
「酷いと思いますか? ——そうかもしれませんね。当時は僕も、子供ながらにそう思いました。でも今なら……わかる気もする。研究者であるということは、追及者であるということなんです。周りに何と言われようと、それはもう変えられない」
別に俺に子供が居るわけじゃないし、何かを研究しているわけでもない。
だが……もし今、俺がこいつらと離れてまで何かしたいことがあるかと聞かれたなら——。
『それはない』と断言できる。
「最初は大変でしたよ、中々心を開いてくれなかった。目を離すとすぐにどこかに消えてしまうし。毎晩部屋でしとしと泣いてるんですよ。お母ちゃん、お母ちゃんって。どこーっ、て」
——そりゃそうだろうな。
そんな小さいうちから戦争だの仕事だのと言われても、理解できるはずがない。
目の前にあるのは、引き離された現実と孤独だけだ。
例えば今、おつうが俺たちと離れたって……いや、あいつは妙に大人びているところがあるからな。
別に泣かないかもしれない、なんだか少しショックだが。
「ある日見かねたロベルトが、設計図を基にこの船の小さな模型を作ったんです。するとどうでしょうか? ——笑ったんですよ、初めて。それがとにかく、嬉しかった」
アズリアでのこと……母親のことを思い出したんだろうな。
子供ながらに、いつかそれで本当に迎えに来てくれると信じていたんだろうか。
「その笑顔を見て、僕は思った。人って、生まれる場所は選べないじゃないですか。そしてそんな中で、特に不自由なく生きてきた僕のような子供も居る。逆にこの子のように、生まれながら理不尽の渦に巻き込まれた……親と引き離された、こんな子供も居るんだって」
——幼いウチにそれに気づけたんだな。
俺は……どっちが良かったのかな。
子供の頃から、俺が独りなのは当たり前だと思っていた。
人里離れた小さな村の中、そこだけが俺の世界だった。
村の連中はもちろん……両親に至るまで、俺に近づく人間なんていなかった。
何をするにもずっと独りだった、遠ざけられていることにすら気づかなかったんだ。
それが普通だった、だから〝淋しい〟という感情もなかった。
——そんな俺が自分の〝呪い〟に気づいたのは、アズリア王立軍を叩き出された時だった。
もう充分、大人になっていた。
「なんで僕より小さいこの子が泣いているの? って。この子も笑って生きてく権利があるはずだって。——それでロベルトに頼み込んで、少しずつこの船を作り始めたんです」
子供の工作でどうにか出来るようなものじゃないだろうに……。
まぁなんにせよ、ブルースがこうなったのはそこからということか。
「たくさん勉強しましたよ。それでも知識や権力が足りなかった。もっと上に行く必要があった。気づいたら〝字持ち〟ですよ。でもおかげで、研究環境は最高のものになっていきました」
「気づいたらなれるようなものじゃないぞ」
「あはは。——ですが研究を始めて十余年……そこまでもたくさん問題はあったものの、とうとう完全に行き詰りました。動力は作動しても、浮かばせることすら出来なかったんです。説明しても混乱させるだけだと思うんで、魔法学的な細かい理屈は省きますが……とにかくここで頓挫しました」
何も聞かされていなければ『よく頑張った』で終わる話も——。
もう想いを聞いてしまった、やり切れない気持ちはわかる。
「研究を進めていくうちに、どうしても足りないものがはっきりした。それが魔力を動力に変換する〝特殊な触媒〟と、 〝上位精霊の魔力〟だった。その二つを同時に用意することが、当時の僕たちではできなかった」
〝上位精霊の魔力〟については〝字持ち〟が二人居る時点でどうにかなりそうだが……問題は〝触媒〟の方か。
「ですがある日……奇跡が起きたんです! 彼女の想いを精霊たちが聞き届けたのか、生まれて来た子供にはその才があった! 魔力に、精霊に愛されていたんです。その子が動力炉に触れると……浮いたんですよ。この船が」
「その子が両方を兼ね備えていた……と?」
「はい。ちゃんと調べてみたらもうびっくりで。とにかく特別だったんですよ、魔門の作りが。 〝字持ち〟の〝超魔門〟とも全く違う。しかも自分でも気づいていないみたいなんですが、疎通できているのが【水】ではなく【氷】の精霊なんです。 〝字持ち〟でもないのにですよ? こんなこと、普通はありえませんから」
「その子の特別な魔門が、触媒の役割を果たしていたのか」
——あの時、ジークも言っていたな。
リベリオンを分析しながら、 〝超魔門〟がどうのこうのと——。
俺の場合はリベリオンが触媒で……アテナによる精霊との契約により、魔力の問題も解決出来ているわけか。
「それからの僕は、さらに研究に没頭しました。 『いける』と思ってしまったんです。そしてそれが、その子にとって最善なんだと思い込んでしまった。——でもそれ以上には、中々研究は進まなかった。いくら試しても浮かせるばかりで、飛ばせはしなかったんです」
「……いくら素質があっても、結局はその使い方を知らない子供というわけか」
「——仰る通りです。それでもいつかは……と、あの子を縛り付けた。負担をかけた。全てにおいて固執してしまったんです。——僕が悪かったんです。あの子が出ていってしまったのも、当然のことなんです」
ブルース自身、何もないところからの叩き上げで〝字持ち〟にまでなった男なんだ。
鍛えればモノになるはずと思ってしまうのも無理は——。
『のおおおぉ! 家出中です! 修行の旅です!』
——修行? 一体何の?
『ははは。でもある意味、さっきのコも凄かったね! 鍛えたら強くなるかも』
——チャン、お前にはわかっていたのか?
「ブルース……まさか、それって——」
遠く窓の外を眺めていたブルースが、ゆっくりとこちらに振り向く。
「ええ、そうです。ツルさんはキサラギさんに、大事な仲間を託したそうですね。他にも何かあるのかな? わからないけど……僕はこの夢を、そしてエリィを託したい」
開け放っていた窓から、強い風が吹き込んだ。
そして目の前、青いV字の前髪がバサバサと吹き上がり……その蒼眼がはっきりと、俺を捉えた。
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