【S級部隊 9話】ターニャ:司教来訪~一眼失わば用三つ~
「本当にもう痛みはねぇのか?」
「……心配してくれているのなら、必要以上に喋りかけてこないでくれる? 悪化するわ」
あれから、右眼の眼帯に何度も触れてしまっている。
と言っても、とりあえず包帯をぐるぐる巻きにしただけなんだけど。
とにかく何度確認しても、私の右眼はもう無い。
「かーっ! せっかく人が心配してやってんのによぉ! でも本当に隊舎じゃなくて良かったのか?」
「あのね、残念なのだけど……あなたみたいなお馬鹿さんにでもわかるように、こうやってゆっくりと、根気強く、丁寧に。口で説明する気力と忍耐がね、今はないの。その眼で見た方が早いでしょう」
「もの凄く棘があるように聞こえるが……疲れてるだけ、だよな?」
——エルドレッドが飛び去ったところまでは覚えている。
その後ほどなくして目を覚ましたらしい私は、ユージーンと共に馬で移動を始めていた。
このアイオーン管理区内にある輪廻教の支部……通称[第六支部]へ向かうために。
私が輪廻教の人間であることは、本当はもう少し後になってから明かすつもりだった。
少し予定が狂ったけど……仕方ないわね、もう隠しておく方が愚策だわ。
どうせこの馬鹿が、その足りない頭で変なことをゲイルに漏らすもの。
なら面倒なことになる前に、手を打っておいた方がいい。
「で、どうだ? 俺の後ろの乗り心地は?」
「……今すぐ飛び降りたいわ」
「シシシ! ドキドキが止まらねぇか!」
「えぇ、今にも呼吸が止まってしまいそう」
同じ空気を吸っていると思うだけでも吐き気がするのに、こうしてこの馬鹿と密着することになるなんて——。
まぁあの惨状で生きている馬を見つけられたこと自体が、奇跡みたいなものだったのだけど。
「——おっ、あれじゃねぇのか?」
ユージーンが指差した先には、 〝666〟の旗が掲げられた白い建物が見える。
「そうね。あそこで降ろしてちょうだい」
「シシシ! 楽しみだな! 宗教施設とか、入るの初めてだからよぉ」
——何も楽しいことなんてないわよ。
正直なところ、あなたたちと同じくらい気を遣うもの。
「おし、着いたな」
馬を降りた私たちは、支部の門を潜る。
「何度も言うけど、何か余計なことをしたらすぐに叩き出すわよ」
「へいへい」
——本当にわかっているのかしら? この馬鹿は。
不安しかないわ。
「……! 司教様!」
近くを歩いていた信徒が、声を掛けてきた。
「しっ……司教ぉ~!?」
隣で驚いているこの馬鹿は、しばらく無視することに決めた。
「お久しぶりですね。お元気でしたか?」
「ええ、おかげさまで! それよりその右眼はどうなされたのですか? まさかお怪我を——」
——確かに輪廻教には、一部過激派は居る。
でも実際のところその大半は、そんな極端な思想とは無関係な……ただ単純に輪廻転生を願う穏やかな信徒たちであることも事実。
(あんまりダラダラしていると……あと何度こういったやり取りに付き合わされることになるのか、わかったものじゃないわね)
さっさと用事を済ませて、出るとしましょうか。
「ご心配してくださり、ありがとうございます。ですが大したことではありませんので、お気になさらず。ところで支部長はどちらに?」
「そうですか……。支部長でしたら、先ほど大聖堂におられましたよ」
「ありがとうございます。では、輪廻の加護のあらんことを」
「輪廻の加護のあらんことを」
——少々急ぎめに歩く私の後ろを、ユージーンが着いて来る。
大聖堂まで、そんなに距離は離れていない。
すぐ着くはず……なのに——。
「なぁ? 司教って偉い人なんじゃねぇの? 結構稼げるんじゃねぇのか? 俺もなれる?」
いちいちうるさいこの馬鹿のせいで、なぜか果てしなく長い道のりのように感じる。
「お金がどうこうの前に、まずあなたは絶対になることはできないから。とりあえずご愁傷様」
「なんでだよ! 俺も輪廻転生したいとは思ってるぜ?」
「そういう問題じゃないの。説明するのも面倒だから、とにかくもう黙って」
「ちっ、なんだよ~」
——別にあなただけじゃない、誰もなれないの。
もう今となっては……ね。
しばらく隣でぶつくさ言っているユージーンを無視して、足を進める。
やがて、大聖堂の入り口に辿り着いた。
中には支部長の姿が見える。
「さて……ここからは私の話に合わせて、それ以外のことは絶対に口を開かないで。約束できないなら——」
「わーったよ。ほら、早く行こうぜ」
——ごめんなさいね。
あなたに対して〝信用〟とか〝安心〟といった類の感情は、これっぽっちも持ち合わせていないの。
でもとにかく、これはあなたたちのためでもある。
だから本当に大人しくしてなさいね。
中へ進んでいくと、支部長がこちらに気づいた。
「……おぉ、お久しぶりです、司教様。その右眼は……聞かない方がよろしいですね。そちらのお方は?」
さすがに長い付き合いなだけあって、相変わらず私との付き合い方はわかっているわね。
「お久しぶりです、支部長。この方は第六師団アイオーンの副長をされている、ユージーン殿です」
「——ぷすっ。殿って……」
小さく噴き出したユージーンが、こちらをチラっと覗き込む。
……が、表情一つ変えない私を見るや否や、そのだらしない姿勢をキリッと正した。
「初めまして。ご紹介に預かりましたユージーン・ジンバイエです」
「おぉ! そうでしたか! 日夜ご苦労様です」
ユージーンと支部長は、笑顔で握手を交わしている。
……気づいてる?
あなたのその絵面の方が、よっぽど笑えるわよ?
「ところで司教様、本日はどういったご用事で?」
「いえ、たまたま近くに立ち寄ったもので。最近の首尾は如何ですか? 何か問題などありませんか?」
「お陰様で、当支部は特段問題も無く。以前通達のあったファミリア襲撃犯である過激派の一派も、捕らえて牢に入れてあります。処分はどうなさいますか?」
「あぁ……あの【魔獣使い】部隊の——」
——まずはこれ。
ユージーンに私の素性がバレてしまった今、この件と私が関係ないことを示しておく必要があった。
そして——。
「そうですね……今回はひと月ほどの〝労役〟にしようかと」
「っ! その程度でよろしいので? 寛大なお心遣いには痛み入りますが、ユージーン殿、並びに第六師団の方々にも多大なご迷惑をお掛けしてしまった次第で——」
「それについては、私からも第六師団の方々に直接謝罪させて頂きました。そして聡明であられるユージーン殿においては、こうして和解の意味も込めてわざわざ足まで運んで頂いた次第です」
——チラッ。
「……っ! えっ、ええ。私どもの方で既に話はついております故。どうかお気になさらず」
「なんと……!」
なんとか上手く話を合わせたユージーンに、支部長がペコペコと頭を下げている。
自分で誘導しておいて何だけど……得意そうな顔で対応しているユージーンが、無性に癪に障る。
「して司教様、 〝労役〟と言いますと? 第六師団への出向でしょうか?」
「いえいえ。できることで構いません。せめてB……いえ、難しいようでしたらC級指定魔獣でも構いませんので、討伐任務をしばらく受けて頂いて。それをたくさん使役してくだされば、と」
「なるほど……! 彼ら【魔獣使い】の能力を活かした社会奉仕活動ですな! わかりました、その様に手配しておきます」
——これが二つ目。
今回のエルドレッド戦で、私自身かなり消耗してしまった。
しばらくは思うように身体を動かせそうにない。
低級魔獣の使役ぐらいなら【魔獣使い】であれば誰にでも出来るはず。
犯人の一派や支部の人間には、私が慈悲を与えたように見せかけて求心力を底上げし……同時に、次の作戦に備えての兵力の補充も出来る。
「ところで支部長、ハルメニア司教との連絡はつきましたか?」
「いえそれが……ご存じの通り、シヴァ様はハルメニア国内でも滅多に足取りが掴めないお方ですので——」
三つ目の用事……は、そもそも期待していなかったけど進展無し、ね。
まぁこればっかりは焦ってもどうにかできるわけじゃないし、待つしかないわね。
「そうですか……わかりました。では私はこのままユージーン殿を送って来ますので、また留守を頼みます」
現状、支部で出来るのはここまでね。
あとは何ができるかしら……早めにもう一度、エルドレッドと顔を合わせておいた方がいいわよね?
最後の方は『機嫌がいい』とか言ってたけど、次逢う時機嫌が悪かったりしたらどうなっちゃうのかしら?
(まさか……いきなり癇癪起こして殺されたりしないわよね?)
——あぁ、いつまで経っても悩みが尽きない私、本当に可哀そう。
いつからこんな風になっちゃったのかしら?
「あの……司教様、最後に一つよろしいですか?」
立ち去ろうと背を向けた私を、支部長が呼び止める。
「どうなさいましたか?」
早くしてちょうだいね。
私、本当に疲れているの。
「実は……第六支部ではないんですが、少々気に掛る事案がございまして——」
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