36話 ラグナロク~獣神ゲルニカの召喚~
「……私が居る場所ではね、たくさんの人が危険な目に合うの」
——ファミリアでも、 『私のせいで』と言っていたな。
「なぜだ?」
「……これよ」
少し間を置いた後、アテナは自分の左手を俺に差し出した。
一見……何のことかわからなかったが、恐らくこれのことだろう。
「指輪……か?」
あれは確か……ファミリアに到着してすぐ、チャンと飲みに行った時か。
アテナが席を外した時に、そういえばチラっと指輪の話になったのを思い出した。
(だが指輪が一体何だって——)
「アルのそれと私のこれ。いずれもう一度来る〝ラグナロク〟に対抗できる、唯一の手段。 〝四つの什宝〟のうちの二つなの」
アテナがずらした視線のその先には、黒い棒がが立てかけてある。
(【什宝】……〝反逆の牙〟——)
そしてこれもいつだったか……聞いたような聞いてないような単語が出てきた。
「〝ラグナロク〟……? もう一度?」
左手を下ろしたアテナは、そのまま視線を落とす。
「一度目は……アルも経験したでしょう?」
……俺も?
「——まさか……〝厄災〟か?」
コクっと小さく頷いたアテナは、さらに続ける。
「〝黒穴〟はね、その〝厄災〟の過程の一つに過ぎないの。まず何が起きると思う? ……いきなりね、現れるの」
そう言ってアテナが指差したその先には、夜空の下で光り輝くクリスタル・パレスが悠々とそびえ立っている。
「クリスタル・パレス……か? とてもじゃないが〝厄災〟って感じではないが」
「……? あ、そういう意味じゃないよ。 〝あれよりおっきい魔獣〟が現れるの。 ——【獣神】ゲルニカ。何にもないところに、いきなり」
「——っ!?」
【獣神】ゲルニカ……? 聞いたこともないぞ?
(しかもクリスタル・パレスより大きい……だと?)
「それでね、ただひたすら暴れるの。ひたすら暴れて、たくさん人を殺したそのあとで……〝黒穴〟を発動させて、次の場所へ行く」
すべての元凶だと思っていた〝黒穴〟は、あくまで副産物で……大元はその【獣神】だったということか?
「【獣神】はなぜ現れる? 勝手に湧いて出てくるのか?」
色々引っかかることはあるが、まずこれを聞いておくべきだろう。
先のアテナの口ぶりからして、 【獣神】がもう一度現れるのは恐らく間違いない。
ならその根本を抑えることが出来れば、それ自体を防げるかもしれない。
そして恐らく、アテナはそのために動いているはずだ。
「ううん。私にもまだ正直、その理屈はわからない。けど、一つだけ確かなことがあるの。ゲルニカを召喚しているヤツらがいて、それが——」
「……輪廻教か」
「うん。だから今まで、召喚自体を止めるために輪廻教を追ってきて。最悪それが出来なかった時に【獣神】そのものを討ち滅ぼすために、 【什宝】を集めてきたの」
——やはりそういうことか。
これで、前にアテナが言っていた『私の戦おうとしているもの』が、何なのかがはっきりした。
「……だからほら、向こうにとっては私も【什宝】も邪魔でしょう? お得セット。まとめて消しちゃえ~! みたいな?」
少し茶化したように笑ったアテナは、俺の目を見るなりハッとしたような表情を見せて、再度俯いてみせた。
「最初は……偶然だと思ってたの。けどね、いっつもね、ちょっと長居すると必ず輪廻教が現れる。街でも山でも洞窟でも……どこに居たって! それで手あたり次第全部壊すの! 燃やすの! だから——っ!」
「だから早く街を出たかったんだな。皆を危険に晒すから」
感情の高まりを抑えきれそうにないアテナをなだめるように、俺はわざと割って入った。
「……うん。あの時私が無理やりにでもアルを引っ張って、もっと早くファミリアを出ていれば……チャンさんもユリさんも、なっちゃんもおつうちゃんもスタークも皆……あんな目に合わずに済んだのに、って——」
「でも輪廻教は、そもそもがアズリア人を狙っているんだろう? ならお前のせいとは言い切れない。最南区もいずれはああなっていたかもしれないし、だとしてもその時はチャンがしっかり守っただろう。どちらにせよ、お前が責任を感じることじゃないんだ」
「で、でも——」
「どうあれ、こうして誰も死なずに一緒に居るんだ。第一、世界の終わりと独りで戦ってきたお前のことを、誰が責められる? ただ、ちゃんと言わなかったお前も悪い。お前は何でもかんでも、一人で背負い過ぎだ」
「うっ……、ひぐっ——」
……いいんだ、しばらくそのまま泣いていればいい。
——とにかくどういうわけか……輪廻教は【什宝】を探知する手立てを持っているらしいな。
そして什宝を狙っている。
故に、それを今所持しているアテナも自ずと狙われてきたということか。
だとすると、アテナはずっと人知れず……その恐怖と常に隣り合わせでいたことになる。
(しかもたった独りで、か——)
——俺は、アテナと初めて出逢った日のことを思い出していた。
『ずっと……。独りぼっちだったもん——』
追われては逃げ、追われては逃げ……居場所の一つも作れず。
『じゃあこれからは私を利用してよ。それでいい。それでいいから、一緒に居て?』
誰が敵で、誰が味方かもわからず……誰にも打ち明けらない。
『もう独りは嫌……嫌なの——』
——そりゃ〝独り〟になるわけだな。
そもそもそれ以外の選択肢がない。
そして〝生涯人生一人旅〟とか言っていたどこかのアホを、今すぐ助走をつけて思い切りぶん殴ってやりたい。
今目の前で泣いているこの巫女様と俺では、背負ってきたものが違い過ぎる。
『独りで居ることを選んだ人間』と、 『独りで居るしかなかった人間』。
同じ〝独り〟と〝独り〟とはいえ、俺とアテナのそれは丸っきり違う。
アテナに比べたら、俺の抱えていた〝孤独〟など……多少の理由はあるにしろ、結局は自分で選択して決めたものに過ぎない。
——やはり逃げてきただけ。
自分都合の紛い物だ。
(だが……まだ一つ、ここまで聞いてもわからないことがある——)
「それで?」
「ぐすっ……。えっ?」
「ここまでの話のどこで、お前を嫌いになればいいんだ?」
「……別になんなくていいもん」
ボソッと小さく呟いた巫女様が、少し頬を膨らませている。
「そうか」
「……うん。けど——」
大した話でもなかった——と思ったが、まだ何かあるのか?
「ゆっくりでいい」
「……うん。ありがと」
アテナは柔らかく微笑んだあとで、大きく数回深呼吸をした。
そのまま俺とは眼を合わせずに、遠く夜空を見上げている。
遠くに浮かぶ朧月
未だに雲は晴れていない。
「ここから先の話は……多分、誰も信じてくれないと思う」
既にこの世は、信じられないことで溢れている。
特にアテナと出逢ってからは、その繰り返しだった。
もちろん、今されてるこの話だってそうだ。
「何を今さら。なぜそう思う?」
「私が逆の立場だったら、絶対信じないから」
「それを話すのが、俺でもか?」
「——っ! ……ううん。ぐすっ——、アルなら信じる」
こうしてたくさんの人と接するようになってきて、だんだんとわかってきたことがある。
重要なのは、その話自体の信憑性なんかじゃない。
話している人間の方の信憑性だ。
『どんな話か』じゃない、 『誰の話か』なんだ。
仮に、誰かが『明日世界は滅亡するの』と泣きながら訴えかけてきたとしても、俺は信じないかもしれない。
だが、その相手がアテナなら……俺は信じるだろう。
「……だからね。アルが契約とか関係なく……いつか本当の意味で私のこと信用してくれたら、その時に話そうと思ってたの」
やっとこちらを向いたアテナと、眼が合う。
まるで俺の奥の奥まで覗き込むように、アテナは視線を離さない。
「経験してきた私ですら、未だに信じられないこともある、説明できないこともある……だけど、全て事実なの。それをそのまま伝えるから、ただ疑わずに聞いていて欲しい。それを約束してくれるなら——」
「わかった、約束する」
そんなに念を押さなくていい。
余計な心配はせず、さっさと吐き出して楽になればいい。
「……ぐすっ。アルは約束、破らないもんね」
「——そうありたい。とは、思ってる」
「ふふっ。ほんと、誰に似たんだかねっ。でもアルのそーゆーとこ、やっぱり大好き」
契約、什宝、黒穴、厄災、獣神——。
……そうだな、簡単なことだ。
あれこれ余計なことは考えず、この巫女様を信じればいい。
例え大事な何かを隠されていたとしても。
守ればいい、支えればいい、傍に居ればいい。
例え利用されているだけだったとしても。
何があってもどうせ俺は、この巫女様を許してしまう。
今の俺に明確にわかるのは、これだけだ。
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