35話 束の間の煌めき~朧月夜、その雲を払えば~
「ごめーんアル! 待った?」
「いや、大丈夫だ。行こう」
「うんっ! じゃあまずは観光からねっ!」
タッタッタっとテンポよく、アテナが歩き始める。
本当は一時間ぐらい待っていたが……『昼頃』などと曖昧な決め方をした俺も悪い。
巫女様はすこぶる上機嫌のようだし、ここは黙っておこう。
エリィを送り届けるためにこのクリスタル・パレスにやってきて、一週間ほどが過ぎようとしていた。
当初の約束通り、ナツキはブルースに稽古をつけてもらっていて、毎日訓練室に通い詰めている。
初日に様子を見に行ったユリとおつうも、ブルースの提案により一緒になって《結界術》を学ぶことになったらしく、こちらも籠もりきり。
何があるかわからないので、念のためチャンも一緒に居てもらっている。
——結果、こうして暇が出来た巫女様の誘いで、二人で出掛けることになった。
……あっ、スタークはどうやら、ロベルトの研究室に入り浸っているらしい。
「ふふっ、アールっ。ふふっ」
「なんだ?」
「え~? 呼んだだけっ」
「……そうか」
——こんなに機嫌がいいのはいつぶりだろうか?
出来ることなら、毎日そうであって欲しい。
もちろん、機嫌を取るのが面倒なのもある。
だがそれよりも、洗い流されるというかなんというか……なんとなくこう……綺麗な気持ち? になる。
……別にアテナだけじゃない、他の皆もずっと、笑っていて欲しい。
クリスタル・パレスをひととおり回って。
何がそんなに楽しいのかはよくわからなかったが、終始ぴょんぴょん飛び跳ねて。
馬に乗って街へ向かって。
たいしたスピードも出してないのに、あんなにきつくしがみついて。
街に着いたら昼食を食べて。
『お腹空いた~!』とか言ってた割には、こっちをチラチラ見ながらあんなに残して。
何件も洋服屋に入って。
何着も着るだけ着てみせて、感想を言わされたかと思えば……大体膨れっ面でまた戻して。
あとはただただ俺の腕を掴んで、街を歩いて日が暮れて——。
もうすっかり、夜になった。
やがて小高い丘に辿り着き、横に並んで腰を下ろした。
ふと横顔を見てみるが……相変わらず、巫女様は上機嫌のようだ。
「くぅー、今日は楽しかったぁ~!」
楽しんでくれたなら、出掛けた甲斐もあったというものだ。
そのまま横顔を見ていたら、アテナと目が合った。
「アルは? 楽しかった?」
「そうだな。楽しかったよ」
「どこが? 何が?」
グイっと顔を覗き込んで迫る巫女様の圧が、俺に明確な答えを求めている。
「……笑ってたから」
「へっ?」
「アテナがたくさん笑ってたから。それを見てるのが楽しかった」
「なっ……! もう! ——アルのばか」
……怒らせたか?
だがきっと……取り繕って嘘を言ったところで、バレて面倒なことになっていただろう。
どうせ詰んでいたなら、俺は自分に正直に生きていきたい。
そう決めたんだ。
「ねぇアル」
「なんだ?」
「なっちゃんたち……まだかかりそう?」
——やはりファミリアと同じく、先を急いでいるな。
結局まだ、何も聞けていない。
先を急ぐ理由も、引き返す馬車の中で取り乱していた理由も。
……そもそも、これから何をするのかさえも。
「聞いてる感じだと、もう少しかかりそうだな」
「……そっか——」
基本的には、俺はいつも〝待ち〟だった。
誰に対してもそうだ、本人が言いたくなるまで待ってきた。
それが、俺にとっての最善の人付き合い……距離感だと思ってきたからだ。
俺なんかが他人の心に、土足でズカズカ入り込んでいいわけがないと。
だから相手が俺に心を許せば、その時自然と何かが進むと思っていた。
でも、 『そういうおれの姿勢がすべてを後手に回らせた可能性もあるんじゃないか?』 と、最近は思うことがある。
気になった時点で、もっとちゃんとアテナに問いかけていれば。
剣を合わせる度に薄々感じていた、チャンの心の内を直接確かめていれば。
危なっかしいエリィに興味を持って、しっかり接していれば——。
出なかった被害や、起きなかった問題があったんじゃないかって。
「やっぱり、早く都に行きたいか?」
「えっ、……うん——」
その陰りを、見ないフリしてたんだ。
ちゃんと触れなきゃいけなかった。
「本当にそれだけか?」
——ピクッ。
アテナの肩が、微かに揺れる。
「……アルがね、変わったとこ。もうひとつあるの」
——以前言っていた、記憶が無くなる前と今との話か?
「そうか。また悪いとこか?」
「ん-、わかんないっ」
「自分で言っといてわかんないのかよ……」
ふと目を合わせた巫女様は、 『そういう意味じゃない』とでも言いたげに首を横に振った。
「アル、優しくなったよねっ」
「ん? 前は『固い』だの『暗い』だの言ってなかったか?」
「それはそうだけど! ……違うの。結局聞かなかったじゃん。 『そこから先はあとで聞く』って言ったきり。前のアルなら、無理やりにでも聞いてたと思うから——」
——どうやら自分でも、気にはしていたらしいな。
それが巫女様の言う俺の〝優しさ〟とどう繋がるのかはわからないが……ここまで来たら、もう聞かない方がおかしいだろう。
「……聞いてもいいのか?」
アテナは俺と合わせていた視線を、ゆっくりと遠くの夜空に移した。
「今日は出てないね、お月様」
言われて見上げた夜空には、薄曇りのかかった朧げな月が浮かんでいた。
「私みたい。はっきりしないで。かくれんぼ」
あの雲の奥には、闇夜を照らす美しい月がある。
お前の雲を払ったなら、この先ずっと照らしていてくれるのか?
(笑っていて……くれるのか——?)
「歴史と歴史の間では、ひとまず大地が堕ちるという——」
突然アテナが口を開いたが、唐突過ぎてよく聞き取れなかった。
「……ん? 何の話——」
「天翔ける樹海に、無数の雷轟」
「……っ! それはあの時の——」
あの日……初めてアテナを目にした時、舞い踊りながら口ずさんでいたフレーズだ。
全く意味はわからなかったが、なんとなく覚えている。
——歴史と歴史の間では
ひとまず大地が 堕ちるという
天翔け樹海 無数の雷轟
炎輪熱波が三周し
一面火の海 地獄絵図
刹那の風嵐 白き閃光
すべてを塵にし 虚無となり
母なる海に 帰らんとす——
——詠い終わったアテナは、ゆっくりとこちらに視線を戻した。
「覚えて……ないよね?」
どうやらこれも、無くした記憶の一部らしい。
「——すまん」
特に残念がる様子も見せずに『ふふっ』と笑ったアテナが、もう一度俺に問いかける。
「何の詩だと思う?」
……全く見当もつかない。
こういった文学的なことは無知そのものだ、全く興味がなかった。
——いや、ふと考えてみたが……特にこれといって博識な分野もなかった。
「俺に関係あることか?」
「ふふっ。アルにも、私にも。チャンさんにもなっちゃんにも……みーんなに関係ある」
それを聞いても首を傾げている俺を見て、アテナの顔からふっつりと笑顔が消えた。
「話すね、全部」
何かを決心したような真剣な眼。
しかしその実、振り絞ったように声は震えている。
——なぜだろう。
なぜかはわからないが、俺は急に怖くなった。
「……顔色が良くないぞ。別に今じゃなくても——」
「ダメ!」
つい抑えきれず出てしまった。
たがそんな俺の言葉を遮ったアテナの口調は、とても強いものだった。
「ダメなの……私、逃げてばっかりで。アルが優しいから、ずっと甘えてる」
——違う、逃げてきたのは俺の方だ。
俺が聞かなかったんだ。
お前が何か抱えてるってわかってたのに。
苦しんでるってわかってたのに。
現在が壊れそうな気がして、聞けなかったんだ。
「私のこと……嫌いになっちゃうかもしれない。もっ、もしそうなったら言ってねっ! 契約とか、そういうのとか無しに」
——現在を作っているのが過去だとしたら、俺はそれを知る必要がある。
今から語られる話に、どんな結末が待ち受けているかはわからない。
だが、何も知らないままでは……目を背けたままでは、いつまで経ってもきっと。
俺は俺に成り得ないはずだ。
「……わかった。だが、ひとつだけ言っておく。その話を聞いて俺がどう思ったとしても——」
記憶も無ければ根拠も無い、だが——。
「お前と離れるぐらいなら、お前を殺して俺も死ぬ」
「————っ!」
女が覚悟してるんだ、俺も覚悟を決めよう。
あの日約束したんだ、今にも壊れそうなこの巫女と。
俺はアテナと一緒に未来へ行く。
その未来が楽園だろうが地獄だろうが、俺とお前は道連れだ。
だから俺には、この話を聞く義務がある。
そして同時に、その権利があるはずだ。
「うっ……ひぐっ——」
既に瞳いっぱいに涙を浮かべた巫女様が、その小さな口をゆっくりと開いた。
読んで頂きありがとうございます。
「面白い」 「続きが読みたい」
「まぁまぁかな」 「イマイチ」
など、素直なお気持ちで構いませんので、下にある☆☆☆☆☆から評価をして頂けると幸いです。
ブックマークも頂けますと、より一層励みになります。
どうかよろしくお願い致します。




