4話 反逆の牙~リベリオン~
「とりあえず、街でも村でもいいから人の多い所へ行きましょう」
丘を下って街道沿いを歩いていると、アテナからそう提案があった。
「お……おう、そうだな——」
……いつか、そんな日が来ることはわかっていた。
首都ゼクスは、今日の明日で辿り着けるような距離にはない。
俺はこうして歩いているが、これは散歩じゃない。
間違いなく旅になるのだ。
(だが……早すぎる——)
——まだ初日なんだぞ? 何の心の準備も出来ていない。
そもそもアテナとすら、普通に会話できていない気がする。
こんな状態で、他人が絶えず視界に入ってくるなんて……ダメだ、危険すぎる。
耐え抜く自信がこれっぽっちも無い。
逃げ出してしまう可能性すらある、もはや今逃げ出したい。
……あぁ、空はこんなにも青く澄み渡っているのに——。
こんなにもどんよりと曇っているのは、きっと俺のこの心だけだろう。
「私が何と戦おうとしているのか、口で説明するより見てもらった方が早いだろうし」
「ん? 普通に魔獣討伐とか、ハルメニア戦線じゃないのか?」
「それはそれでお金になるからやることにはなるだろうけど、あくまでそれだけね」
その辺以外に、戦う対象などいるのか?
そして何故、それが街に行けばわかる?
そもそもこの国は故郷と違って、内戦が起きているわけでもない。
まさか巫女を名乗るような女が、その火種になるようなことをしたいわけでもないだろう。
でもまぁ……その目的が何であれ、俺の答えも決まっているんだ。
アテナがここで説明しない以上、特に深追いするつもりもない。
「それにそれにっ、アルも確かめたいでしょう? 本当に《無限魔力》が、周囲に作用していないのか」
——そうだ、俺にとってはそれが最優先事項だ。
これが確認できないと、今後人前に出るどころの話ではない。
急な展開に焦って、順序を間違えてしまったな。
まずは会話以前、その根本的な問題を解消するのが先だ。
「そうだな。では一番近いところに立ち寄ろう」
絶賛戦争中の隣国、軍国ハルメニア。
その国境戦線の最も東に位置するこの[アイオーン管理区]の中でも、ここは最西端付近だ。
このまま西へ進めば、 【六神盾】の別部隊である[ファミリア]の管理区に入れる。
そこさえ跨いでしまえば、ひとまずは安心できる。
万が一追手が来たとしても、別の【S級部隊】の管轄で勝手は出来ないはずだ。
相手はあのターニャとはいえ……まさか俺一人の処理なんかで戦争を起こすほど、イカれてもいないだろう。
何より団長である【地壁】のハクツルは、名前の通り極東の出身……アズリア人とのことだ。
関所で多少ゴタついたとしても、難民として一旦受け入れてくれる可能性が高い。
「……よし、ではこのまま西に——」
「あら? ねぇあれ——」
「ん? どうした?」
アテナが指差した先に、こちらに向かってくる馬車が見える。
右から左から鞭を入れ、かなりお急ぎのようだ。
加えてその後方に、チラチラと別の影が見え隠れしている。
ここからではまだ良く見えないが……何頭かの馬が追従しているようだ。
「あれに乗せてもらおうってことか? 良い案だが、止まってくれそうにはないぞ」
「何か様子が変……? 追われてるみたい!」
——確かに、後ろの馬上の様子がおかしい。
時折キラッと光って見えるのは、振り上げた剣の切っ先に……弓と矢か。
「……なるほどな、それであんなに急いでいるのか——」
しかしよく見えたな? この巫女は相当眼が良いらしい。
「5、6、7……、あの数じゃ逃げ切るのはしんどいわね。——助けるわよ!」
ザッ——!
街道のど真ん中に陣取ったアテナが、両手を横に大きく広げる。
「おい! 危な——」
アテナはそのまま瞳を閉じると、何やらブツブツと呟き始めた。
それと同時に、その足元に金光の魔法陣が展開する。
(——詠唱か? 何をするつもりだ……?)
——ほどなくして、アテナは胸の前でその両手をパンッと合わせた。
「《雷光断》!」
瞬間——。
馬車と後続を分断するように、雷光が走り抜ける。
そして少しだけ遅れて、けたたましい雷音が鳴り響いた。
(ち、力業過ぎるだろ……)
「「ヒヒィィィィンッッッ!」」
驚いた馬たちが、もれなく急停止して跳ね上がる。
追手側の人間たちは、その勢いのまま……どうやら、一人残らず振り落とされたようだ。
その一方——。
馬車の方は瞬時に制御を取り戻し、少し進んだところで停止した。
「どーどーどー……」
——落ち着いているな。
積み荷の荷重もあるだろうが、単純にその腕が良いのだろう。
しかしまた……派手な髪形をしているな。
最近はこういうのが流行ってるのか?
そして荷台にはためいているあれは……隊旗か?
(〝大樹に甲羅〟……幸運だな。どうやら [ファミリア]の所属らしい——)
まさに『噂をすれば』だな。
上手くいけば、かなり都合がいい。
アテナが馬車の方へ近寄っていく。
「大丈夫? 追われてるの? 助けましょうか?」
「たった今死にかけましたよぉ!? しかし積み荷が積み荷なんで、戦闘は極力避けたくてですね……お願いできますか?」
どうやら、追われているのは本当らしいな。
何かヤバい物でも積んでいるのか?
「お安い御用よ! でもその代わり、すぐ終わらせるから近くの街まで乗せてってね! ——OKよアル! やっちゃって!」
「よしわかっ——」
——待てよ? 俺がやるのか?
俺は【殿】——。
逃げと攪乱の専門家なわけで、殲滅能力などないんだが?
しかもハルメニアの兵装は全て捨ててきた、まさに丸腰そのものだ。
チラっとアテナに目をやると、 『ニヤリ』といたずらな笑みが返ってきた。
俺が一瞬でも女神だと思ったものは、まさか悪女だったというのか?
(……やはり、この世界は残酷だ——)
——だが、おちおち考えている暇も無さそうだ。
敵が起き上がってくれば、もうどのみち戦闘になる。
「せめて……何か武器をくれないか? 積み荷にないか?」
「あいにく、今そういった物は……あっ! オイラの護身用ナイフでよければ——」
——刀身が短すぎるな、対多数は厳しそうだ。
「……なるほど、それは自分用に持っておくといい」
(何か……何かないか? このままじゃ素手でやることに——)
「いてぇなちくしょう……!」
——案の定、敵が続々と身体を起こし始めた。
(……マズいな、もう時間がない——!)
「ふふーん。やっと! これを返す時が来たわ! アル!」
「……これ? なんのこと——」
何やら得意げな巫女の方に振り返った、その瞬間——。
クルクルと宙を舞った何かが、こちらに向かって飛んできた。
——パシッ!
俺は何とかそれを掴み、両手持ちで構えて敵に向き直る。
「よし! 武器さえあれば何とか……ん? これは——」
——それをちゃんと見て、一瞬時間が止まった。
俺が構えているこれは……まぎれもなく、アテナの歩行補助用の黒い棒である。
「お前の杖じゃねーか! 冗談言ってる場合じゃ——」
「一つだけ教えてあげる! 私はお前じゃない! アテナ。 【巫女】アテナよ! それからもう一つ」
「ふざけやがってぇ……! まとめて殺してやるわあああぁ!」
(……マズい、敵が向かってきた! 何かあるなら早く言ってくれ——!)
「それは棒でもなければ、疲れた体を支える杖でもない! 【什宝】……〝反逆の牙〟よ!」
「っ!? なんだそれ——」
「どこ見てんだおらぁ!」
——ガキィィン!
敵から振り下ろされた剣を、咄嗟に棒で受けてしまった……が、なぜか受けれている。
(硬いな……! これは武器になる——!)
俺は向かってきた二人をいなして、少し距離を取る。
棒術など嗜んだことはないが……他に選択肢は無さそうだ。
なんとかこれで、乗り切るしかない。
「思い出して、アル! あなたのその《無限魔力》は、リベリオンを使うために宿ってるのよ——!」
……また、俺にはない記憶——。
一体、この棒がなんだって言うんだ?
「リベリ……オン?」
パァァァァァッ——。
急に黒い棒から紫光が漏れだし、接続部らしき箇所から紫煙が立ち込める。
(一体何だ? まさか……俺が名を呼んだことに反応したのか——?)
——未だ、何かを思い出せたわけじゃない。
だが身体が、本能が——。
『こいつを知っている』と言っている気がする……。
『俺の物だ』と言っている……!
俺の両手は無意識に、その黒い棒を左腰に添えるように構えた。
(不思議な感覚だ……だが、こうだよな——!)
「【抜刀一刀流形態】——、 《風切》!」
ブワァン————ッ!
刹那一閃。
居合と同時に放たれた紫光の斬撃が、前方の敵をまとめて薙ぎ払った。
手元のリベリオンは、まるで極東の刀と鞘のように分離している。
だが鋼ではなく……風の魔力そのものが、その刀身を形取っているように見える。
俺は両手に分離したリベリオンを、鞘に刀身を収めるように近づける。
するとそれらは再度結合し、元通り一つの棒へと戻った。
「アル~!」
「このっ」
ビシっ——。
後ろから飛びついてきたアテナに、カウンターの手刀をお見舞いする。
「あーん痛い! どうして……」
まーたそうやって……潤んだ瞳で顔を覗き込んできやがって——!
だがもう騙されんぞ! 悪女め!
「うるさい、そんな瞳で見ても無駄だ。なぜもっと早くリベリオンのことを教えなかった? 危ないところだったんだぞ!」
「えっ……! だって……」
少し口を尖らせたアテナが、悲しそうにしゅんと俯く。
(また何か重い理由があるのか……? 少し大人げなかったか——)
「ちょっと……忘れてた」
「……」
『てへっ』と舌を出したアテナを見て、俺の時間は再度止まった。
ビシっ!
「あーん痛い!」
——もういい、残念巫女の処遇は後回しだ。
今やるべきことは、別にある。
「時間がかかってすまなかった。ファミリア管理区に向かうのか?」
俺は馬車の男に歩み寄り、話し掛ける。
「いえいえ助かりました! ええそうです! かなり腕が立つようですが……兵隊さんですかい? ファミリアにいたら、顔ぐらいは知ってると思うんですが……」
——この辺に居る兵士など、残るは第六師団しかないからな。
だとすれば別部隊……警戒されるのは当然だ。
(俺は死んだことになっているはず……そもそも、もはや戻るつもりもない——)
「いや、無所属だ。アズリアからの流れ者なんだが」
「そういうことでしたか! ならファミリアへご案内しますよ! ささっ、前の方に乗ってください。ほら! お姉さんも!」
……やはり、親アズリアなのは間違いなさそうだ。
ここは素直に、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。
「アルカ・キサラギだ。よろしく頼む」
「オイラはスターク・オブライエン! えーと……運搬、服飾、偵察にと、まさになんでもござれの【何でも屋】でっさ!」
「うぅ……アテナです……。 【巫女】です……」
——ひと悶着あったが、なんとか先に進めそうだ。
アテナの話も気になるが……リベリオンのことも、もっと知りたいところだ。
『先陣を切って、一人で戦況を変えることのできる英雄の力——』
【什宝】……見たことも聞いたこともないが、なぜかしっくりくる。
使いこなせれば、或いは——。
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