【S級部隊 8話】ターニャ:魔獣との契約~締結、その代償~
コオォォォ————。
私の足元、漆黒の魔法陣の文様が大きく変化する。
それと同時に、隻眼竜の足元にも同じ魔法陣が展開される。
「お前……輪廻教なのか——?」
「……」
——詳しい話はあとよ、ユージーン。
今はとにかく、目の前の隻眼竜に集中させて。
——グ……グオオオオオア!
(あの様子……効いてる!)
それぞれの魔法陣から、漆黒の鎖が数本ずつ具現化する。
実態のないはずの闇の魔力が、円上の両者をその場に縛りつける。
「くっ……! 耐えてみせる——!」
双方の身体の中心から、さらに一本ずつ、鎖が前方に飛び出す。
やがて相対する中央付近で二本は衝突し、結合した。
「大丈夫なのかターニャ!?」
「黙って……見てて——!」
さぁ、ここからどうなるのかしら。
成功例の記録は残されていない、未知の領域。
ただ……思ったより消耗が激しい。
ちょっとでも気を抜いたら、すべて持っていかれちゃいそう。
『小——が————』
(……! 何? どこから聞こえて——)
『舐めた真似をしてくれたな! 小娘が!』
これは……もしかして隻眼竜? ——この鎖から?
だとするとこの感じ……《遠隔伝心》の要領でなんとかなるかもしれない!
もう残存魔力はジリ貧だけど……なんとかしてみせる。
(この鎖を辿れば——!)
『……どうも初めまして、隻眼の黒竜さん。聞こえているかしら?』
『聞こえておるわ! 数百年ぶりだぞ? 《契約術》など使われるのは!』
……これで大丈夫みたいね。
この口ぶりからして、本当に伝説扱いになってもおかしくないぐらいには生きてきたみたい。
しかしこの展開……やはり闇の精霊は介入しない?
想定通り、当人たちに契約の条件を任せるってことかしら?
(まぁ……経験者に直接聞いてみるのが早いわよね)
『あら、初めてじゃないのね。ならお話が早くて助かるわ。この後はどうすればいいのかしら?』
『そんなことは知らぬ! あの時は断った。これはその時の傷だ』
交渉が決裂して……揉めたってこと? それでその右眼を——。
なんにせよ、もしこの後そうなるようなことがあれば……ユージーンに踏ん張ってもらうしかないわね。
『あらそう。もしかして、今回も乗り気じゃなくって?』
『いや、あの時は特段欲しいものなどなくてな。今はある。だが、その前に一つ聞いておきたいことがある』
——思ったより素直ね、これなら早く話が進みそう。
『何かしら? あまり長く持ちそうにないの。早くしてくれると助かるわ』
『それだけのリスクを冒してまで、何がしたい? 我をどこへ連れていくつもりだ?』
ゲイルといい隻眼竜といい……強いヤツって、実は意外と肝っ玉小さいの?
それとも私の男運がないだけ? 黒竜に性別があるのかは、知らないけど。
『……あなたより、強い人のところへ』
『グワハハハ! ——分をわきまえろ』
ズオアアアアァッ——!
『——っ!』
鎖から流れてくる……!
潰されそうなほど重く、飲み込まれそうなほどドス黒い魔圧!
(だけど……退くわけにはいかない!)
『そうかしら? そもそも……こうして私程度に抑えられているようじゃ、飛んだ拍子抜けだわ。やっぱりあなたじゃお話にならないかも』
『勘違いするな! 興に乗ってみただけだ。なぜそいつの元へ行く? まさかただ喧嘩がしたいわけでもあるまい』
くっ……、ダメ、意識が朦朧としてきた。
あと少し……あと少しなのに——。
『この世界を……あるべき姿に戻すためよ』
『時間がないんじゃなかったのか? はっきりと言え』
わかってるなら……さっさと終わりにして!
『……壊すのよ! この世の理を一度壊して作り直す! そのためにあなたの力が必要なの!』
『グワハハハ! 最初からそう言えばいい! それが何を意味するのかわからぬが、破壊が目的ということなら乗ってやらんでもない』
……あなたこそ、最初からそうやって乗ってくればいいのよ。
どうせその力も使い余しているんでしょう?
私が……私が誰よりも、有効に使いこなしてあげるから。
『だがつまらんことならすぐに契約を解除するぞ! その権利は我にあり、なんならお前が捧げた代償も戻らぬ。本当にいいのだな?』
『あら優しいのね。でも、バカにしないで。女の覚悟をわからない男はモテないわよ?』
『グワハハハ! 気に入ったぞ! 当面はお前の戯れに付き合ってやる! だがこれは代償と言うには少々大袈裟かもしれぬな。お前にとっては釣りがくるぐらい利得のある話かもしれぬ』
(ついに来たわね……。何が欲しいの——?)
『あともう一つ条件がある。わざわざそのために動く必要はないが、道中偶然にでも我の探し物を見つけた場合は、それを優先させてもらう。よいな?』
——探し物? 一体何なのかしら?
でも……もうその問答をしている余裕は無さそう。
『……わかったわ。それでいい』
『よし、契約成立だ。名を訊こう』
『ターニャ……トーレス』
『ターニャだな。我はエルドレッド。では……もらうぞ!』
コオオオォォォ————!
展開された魔法陣から、闇の魔力が吹き上がる。
それと同時に、私を抑える鎖の重圧がさらに強くのしかかる。
吐きそう、内臓が全部出てきそう。
視界が歪む、視えている世界がぐにゃっと曲がっている。
(逃がさないってこと……? 今さら逃げないわよ! 早く来なさ————)
——ブシュッ。
(————えっ?)
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「ぎぃやああああああぁぁ!」
「ターニャ!」
突然、眼前が真っ赤に染まった。
「いやあ゛あああぁぁぁ!」
「おい! しっかりしろ! ターニャ! ターニャ!」
——イタイ、イタイイタイイタイ!
止まらない! 血が! 死ぬ! 本当に死ぬ!
「あ゛あああああぁぁぁ!」
顔の全部がちぎれそうに痛い、
「おい! 何だこれ!? 何だってんだよ!」
——わからない、もう何もわからない、
「ユー……ジ……ン。お願——」
「ここだ! ここにいるぞ! どうした!?」
「コ……ロシ…………テ——」
「——っ! て、めぇ……! 魔獣の分際でええええぇ!」
————ズオオオオオオオオオォォォッ!
(何の……音——?)
「上等だああああああぁ!」
——黒い……炎?
でもなぜかしら、熱くない。
痛みもない。
あぁ……そう。
私、死ぬのね。
「くっ……! ——なんだこれ? 熱くねぇ……?」
——ユージーンもなの?
一緒に死んでくれるの?
『——目を開けろ小娘』
……エルド……レッド?
「————ニャ! おいターニャ! しっかりしろ! なんか大丈夫っぽいぞ!」
「……ユージーン。一体——」
「大丈夫か!? 俺が見えるか!?」
「……? 何言って——っ!?」
——ない、
右眼がない!
(まさか……代償って——!)
——送る視線のその先で。
かつて隻眼竜と呼ばれ、閉じたままだったはずのその右眼には。
(……緋眼——!)
『確かに頂いたぞ。心配するな、仕事はする』
『……私の右眼で良かったの?』
『グワハハハ! 人間はどうか知らぬが、黒竜の魔力は眼に宿る。すなわち、一つ失えば単純に半分。他人のモノとはいえ同じ〝緋眼〟だ。完全とまではいかずとも、これなら多少は戻りそうだ』
——半分? 嘘でしょう?
さっきまでのあれが……半分だったっていうの?
『先の黒炎は《治癒術》の類だ、害はない。さて、我は久々にこの両眼で空と大地を見て回る。何かあれば知らせるがいい』
バサァッ——。
大きな両翼を羽ばたかせ、エルドレットが飛び立つ。
「っ! おいコラ! 話はまだ終わってねぇぞ!」
「やめなさい!」
「——っ! なんでだよ!?」
追撃しようとするユージーンを止めたのは、契約が完了したからってわけじゃない。
『あぁ、それと今、我は珍しく機嫌がいい。そこの坊主の一連の無礼は見なかったことにしておいてやる。大事な仲間ならちゃんと躾けておくといい。ではな』
『……えぇ、ご忠告ありがとう』
(わからないのユージーン? もう……簡単に太刀打ちできる相手じゃない——)
そう言い残したエルドレッドは、物凄いスピードで飛び去り……やがて見えなくなった。
とにかく——。
「大丈夫、もう大丈夫だから————」
——もうダメ、とにかく今はもうゆっくりさせて。
「……おい! 本当に大丈夫なのか!? ——クソッ!」
床に倒れ込んだところまでは、覚えている。
代償は大きかった。
けど、得たモノはそれ以上に——。
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