【S級部隊 7話】ターニャ:S級指定魔獣、隻眼竜〜壊滅の二個連隊〜
「おいターニャ! まだか!? 早くしろ!」
「もう少し待って! あとちょっとなの!」
「さすがにそろそろ限界だぞ! ——うおっ!」
——ガアアアアアアァッ!
アイオーン管理区北東の山岳地帯に、耳を劈くような咆哮が轟き渡る。
(……本当に凄い音、鼓膜が破けちゃいそう)
——あれから私は毎日のように魔獣討伐任務を受け、使役魔獣のストックを順調に増やしてきた。
今日依頼を受けた『A級指定魔獣の群れの討伐』なんて、なんなら昨日も滞りなく終わらせた。
しかも今回に限っては、ユージーンの部隊との混成二個連隊。
いくらか楽にすらなるはずだった。
こんなはずじゃなかった。
もうとっくに終わらせて、別任務に向かっているはずだった。
(なぜこんなことに……どこで間違えたの——?)
私たちは今、窮地に立たされている。
(任務失敗に加えて収穫もゼロ、挙句の果てに……4000は居た二個連隊がほぼ全滅。このまま帰れば、さすがの無頓着も怒るでしょうね——)
「S級指定魔獣【隻眼竜】……ここまでとは聞いてねぇぞ!」
「黙りなさいさっきから! 誰のせいだと思ってるの!?」
——ひとまず状況を整理しましょう。
まず、当初受けた『A級指定魔獣』の姿がどこにもない。
(恐らく……私たちがここに来る前にこれに全部やられてるわね——)
隻眼竜……そもそもはハルメニアに生息する黒竜。
本来は集団で行動し特定の住処を持つが、これについてはその習性を持たず、単独で世界各地に出現が確認されている超絶特異個体。
古来より続くハルメニアの信仰上、黒竜は『魔獣である前に龍である』とされ、当然の如くこの個体も討伐されずに生き残り……こうして運悪く私たちの目の前に現れた。
(生きてる間に出逢えるなんてね……ただの伝説かと思ってたわ)
「はぁ? 俺のせいだっての!? 手出したのはターニャじゃんか!」
……そう、手を出したのは私。
でも出させたのはあなたたちでしょう?
前回、前々回とここまで兵を失っていなければ、私だって撤退してた。
こんなリスクの高いことはしてない。
(隻眼竜を使役できればその穴を一気に埋められると……欲が出てしまった——)
——でももう戦闘になってしまった以上、選択しなければいけない。
本気のユージーンを当てる?
……ダメ、まず勝てる保証がない。
そして万が一この馬鹿を失うようなことがあれば、そもそもの計画自体が頓挫してしまう。
なら撤退する?
……これもダメ、正直逃げ切れる自信もない。
そしてここまでの努力や犠牲が、本当に無駄になってしまう。
(——やっぱり……なんとかして使役するしかない!)
どこか……どこか見落としてるところは?
まず、超大型の体躯と硬すぎる漆黒の装甲。
そしてその巨体からは想像もできないような急速旋回を多用してくるため、的が絞れない。
鋭い爪を振り回せば、直接当たらなくても闇属性の斬撃が飛んでくる。
(唯一あるとすれば、やはり——)
閉じたままの右眼には、縦一閃の斬撃根が残る。
一体どこの誰にやられたのかしら?
これを相手に出来る人間なんて、本当に〝字持ち〟以外には考えられないわよ?
(でも本当にそうだとしたら……〝字持ち〟と闘って生き延びてるってことでしょう? このままじゃ——)
突如、隻眼竜が大きく口を開いた。
——グオオオオオァァァァッッ!
あれは……ただ雄叫びを上げているだけじゃないわね——!
大気中の魔力が……隻眼竜に向かって一気に集束していくのがわかる!
「——っ! 後ろに来いターニャ! 《森樹断層》!」
(言われなくても……そこ以外に居たら死ぬわ!)
私が後方に回ったのと同時に、ユージーンの足元に緑光の魔法陣が展開される。
「そんなの一枚じゃ抜かれるわよ!」
「失礼な! ……わーってるよ! ——《三重詠唱》!」
さらに二回り、大きく展開された魔法陣から、眩い緑光が溢れ出す。
——ゴォン! ゴォン! ゴオオォン!
間一髪のところでユージーンの魔法が発動し、前方に対峙する隻眼竜とこちらの間に、三重の防御障壁がせり上がる。
「耐えろよ俺ええええぇ!」
カッ————。
一瞬、超高圧の魔力の気配が消えた。
辺りはまるで、嘘のような静寂に包まれる。
「……何? 何も来ないの——」
「馬鹿野郎! 伏せとけ!」
「……? って——!」
…………ズオオオオオオオオオォォォッ!
これは……黒い炎!? 障壁が瞬く間に削られていく——!
こんな馬鹿でも、仮にも一騎当千の〝字持ち〟……その渾身の《三重詠唱》なのよ!?
「——あー、こりゃダメだ。もたねぇぞ」
何その言い草は!? あっさりと!
こんなところで死ねるわけないでしょう!?
「なんとかなさい! さっきから受けてばっかりで!」
「ええぇ……。——あークソッ! S級指定魔獣は難しいんだぞ!? 殺さないように相手すんの!」
飛び出したユージーンが、隻眼竜の側面に走り抜ける。
——それを追った黒炎の軌道が、こちらから逸れた。
その隙に、私は地面に掌を当て、緋光の魔法陣を展開する。
「くっ……もう一度! ——『火の精霊の名の元に……汝、我に平伏せよ。その魂の根源たる憤怒、憎悪、怨嗟の全てを我に委ねよ! 預けよ! その身で示せ!——《魔獣使役術》!』」
——グオオオオアァァ!
……やっぱりダメ、何度試しても反応がこれっぽっちもない。
私はこれまで、馬鹿二人のおかげで相当な場数を踏んできた。
好き勝手削られた戦力補充のために、雑魚からそれなりまで……たくさんの魔獣を使役してきた。
最近では、A級指定魔獣程度なら問題なくこなせるようになった。
だけど——。
(私じゃまだ……S級指定魔獣は無理だっていうの——!?)
こんなに頭を使って、身体を使って。
苦悩して苦労して、こんなに一人で頑張っているのに……それでもまだ、足りないっていうの?
(……でも——)
辺り一面、無惨に散った兵士たちの亡骸。
目の前には、今後いつまた会敵できるかわからない超希少魔獣。
しかも今度の作戦上絶対に必要な〝飛行タイプ〟で、この強さ。
これならたとえ相手が〝字持ち〟でも、そう簡単には落とされないはず。
これを抑えることが出来たなら……作戦の成功率は飛躍的に跳ね上がる。
——次の会合までもう一か月を切ってる。
もうこんなチャンスはないかもしれない。
いや……ないでしょうね。
(なのに……ここまで来て、諦めるしかないってこと——?)
——そうよね。
遅かれ早かれ、どうせいくらも待たずに皆死ぬんだものね。
多少の犠牲は仕方ない、それで計画が上手くいくのなら……やるしかない!
「ダメだ! もう殺るぞ!」
本当にこの男のことは嫌いで嫌いで仕方ないけど、今回については良くやったわ。
ここまで耐え凌いで、ほとんど隻眼竜に傷もつけずに……ふふっ、褒めてあげる。
「……もう大丈夫、すぐ終わらせるわ」
今度は、私の番ね。
「いや見てたぞ! 何度やっても無理だったじゃねぇか!」
「いいえ……もう一つだけ、方法がある」
私は再度地面に掌を当て、緋光の魔法陣を展開する。
「一体何だってんだ!? もう遊んでる余裕はねぇぞ!」
(私自身もこれをやるのは初めて……どうなるかはまったくわからない。けど——)
「【死神】タナトスの名において……これより契約を締結する——」
使役できないなら、契約するまで。
「……は? 今なんて——」
「闇の精霊の仲介の元に、終世のラグナロクの帰結まで彼の者を我が剣とし、盾とする——」
どんな手を使ってでも……隻眼竜はモノにする!
もうこれ以上、失敗は許されない——!
ゆっくりと緋光が収束し、魔法陣は漆黒に染まった。
「……おい、やめろ。 《契約術》は禁術だ! 〝字持ち〟以外には許されてねぇ! それで何人死んだと思ってる! お前に〝闇〟はまだ早ぇ! わかってるはずだろ? 使えねぇんだ!」
——〝字〟を持たない人間は、本来上位精霊と疎通できない。
本来《契約術》は、上位精霊が双方の〝想い〟を天秤にかけ……均等になるまで仲介し、初めて成立するもの。
だから〝契約術〟を行うには、そもそも〝字〟を拝命して〝火〟から〝闇〟へ……上位属性を発現させなければならないってことよね?
(……で、死ぬ理由はここから——)
「汝、我と共有せよ。その魂の根源たる欲望、切望、大望の全てを我に聞かせよ! 要求せよ!」
「やめろ! させねぇぞ! 隻眼竜を殺す!」
「黙って見てて!」
「もういいじゃねぇか! なぜそこまで拘る!? ボスには一緒に詫びてやるから——」
私はあなたと違って〝字〟なんて持ってない。
どこにでも居る〝火〟の私は、ユージーンの言う通り本来《契約術》なんて使えない。
過去同じように考えて、無理やり行使しようとした人間は……皆例外なくその代償を持っていかれたということも聞いている。
間に上手く上位精霊を介入させられない以上、その天秤は当人たちに委ねられる……なら、契約者側に代償が生じることは、ある意味理にかなっている。
——でも、だから何? 代償? 笑わせないで。
私は今ここで失敗すれば……明日がない、むしろ死んだも同然。
だったら代償の一つや二つ……くれてやるわ!
(契約相手の欲するモノ……さぁ、あなたは何が欲しいの!? 隻眼竜——!)
その辺の下級魔獣みたいに、相手の命なんかじゃないでしょう?
殺ろうと思えば、いつでも殺れちゃうものね?
「あなたの欲しいモノをあげる……! だから力を貸しなさい!」
「いい加減にしろ! お前に【字神託】は使えねぇ!」
——大丈夫よ、ユージーン。
そもそも私が信じる神は、あなたたちとは違うの。
(その信仰も……一体いつから別れてしまったのかしらね——)
私は、左手の掌に右手の中三本の指を打ち付ける。
「契約締結よ! 【輪廻輪舞】——。《魔獣契約》!」
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