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32話 クリスタル・パレス~到着、第三師団本部~

「見えました! あれが本部みたいです!」


 今日も今日とて馬車を駆るスタークの、自慢のアフロが揺れている。


 オルカスタ管理区を出て数日。

 俺たちは、エリィを送り届けるために第三師団(アイシームーン)本部に向かっていた。

 道中特に問題もなく、こうして目的地に辿り着いた。


「あら~、美しい建物ですねぇ」


「ほんと! ねぇ見てアル! おっきい~! 本当にクリスタルって感じ!」


 ——十階建てぐらいはあるだろうか。

 ユリとアテナの言う通り、透き通ったクリスタルのような材質で構築された美しい建物だ。

 道中チャンから聞いた話によると、国境戦線の防衛はもちろんのこと、アーレウスの広域電波塔の役割を兼任するこの第三師団(アイシームーン)本部は、その見た目からクリスタル・パレスと呼ばれているらしい。

 俺も一緒に身を乗り出したいところだが、膝の上で寝ている幼女のおかげで、それは叶わない。


「あ、あのぉ~……アルカさん」


(またか……)


 こうしてエリィに声を掛けられるのは、ここ一時間ぐらいで軽く十回を超えていた。

 いい加減相手をするのも面倒だ、聞こえてないフリをしよう。


「ナツキ、今日もツインテールが似合ってるな」


「ほんとですかぁ!? きゃー! やったぁ! 姫カットはやっぱりやめたんで、安心してください!」



——ギリィッ!



 ちょうど目に入ったナツキに声を掛けてみたが、喜んでくれているようだ。

 俺もだんだんと、会話の何たるかがわかってきたらしい。

 同時に、隣の巫女様がまた盛大に歯軋(はぎし)りをかましたが……『あれは気にしても仕方ない』と前におつうが言っていたので、ここはスルーする。


 幼女曰く、どうやらあれはお腹が空いたというサインらしい。


「ひっ、ひんっ……」


「ははは、もう諦めなよエリィ。アルカは一度言い出したら聞かないし、何より君のためでもある」


「で、でもぉ~……」


 とにかくエリィは、ブルースの元へは戻りたくないらしい。

 だがそれは、嫌いだからとかそういったことではなく……ただ単純に『暇でつまらないから』という理由のようだ。


 この数時間で、このじゃじゃ馬娘が全く反省していないことだけは嫌というほど確認できた。


「うるさいぞ、何度も言わせるな」


「はいっ! すみません!」


 どうせすぐ謝るなら口を閉じておけばいいのに……と毎回思うが、思ったことを口に出さずにはいられない性分なんだろう。



 別に、出ていきたいのならなら出ていけばいい。

 だがそれは、アイシームーンに一度戻ってブルースに事情を説明してからだ。

 その後は好きにすればいい、俺の知ったところではない。



〝三日月に吹雪〟——。第三師団の隊旗が風にはためいている。


 入口に馬車を止め、おつうを俺の右肩に担ぎ、全員で本部に入る。

 受付に向かったユリが通行許可をもらい、すんなりと入ることができた。

 チャンのアドバイスに従ってしっかりと部隊登録を済ませたことは、やはり間違いではなかったようだ。


「みっ、皆さんクリスタル・パレスへようこそ! お腹空いてませんか? まずはお食事にでもしま——」


「直行だ。ブルースのところへ案内しろ」


「ひんっ! わ、わかりましたぁ……」


 この期に及んで、エリィは少しでも時間を稼ぎたいらしい。

 だがもうここまで来たんだ、そろそろ観念して欲しい。


「すまん」


「えっ? いいよ?」


 目を合わせた巫女様も、それで構わないようだ。

 アテナには申し訳ないが、おれはとにかく一秒でも早く、この女を返却したい。

 飯の時間なら後でいくらでも取ってやる、だから今は許してくれ。



「……はっ!」


 少し歩いたところで、エリィは何かから隠れるようにサッと後ろを向いた。

 どこかの巫女様の眼鏡やフードといい、最近の若い女はこれでバレないとでも思っているのか?


「とことん往生際の悪いヤツめ……今度はなんだ?」


「いえ、その……」


 エリィがチラっと視線をやったその先には、学者帽に丸眼鏡を掛けた男が立っていた。

 俺たちに比べたら、随分年上に見える。


「知り合いなんだな? スターク、あの男を呼んできてくれ」


「ガッテンでっさ!」


「えええええぇ!?」


 まるで世界の終わりを迎えたかの如き慌て様……だが、俺は(だま)されない。

 どうせ今回も多分に()れず、しょうもない理由なのはわかっているが……最後の情けだ、一応確認はしてやるか。


「なんだ? 何か問題があるのか?」


「いっ、いや……心の準備が——」


「そうか。いけスターク」


「なっ! そそそそんなぁ~!?」


 そんな泣きそうな顔をしても無駄だ。


「じゃあ聞くが、お前は俺たちにその〝心の準備〟とやらをさせてくれたことがあったか?」


「……えっ? なかったですか?」



 ——ビシッ!



「のおおおぉ……!」



 ——やはり時間の無駄だった。

 あと少しの辛抱ではあるが、もう今後エリィ(こいつ)の意見を聞くのはやめよう。


 とにかく顔見知りなら好都合、とりあえず身柄を拘束してもらおう。

 ついでにエリィが余計な回り道をしないように、ブルースのところへも案内してもらうとしよう。



 やがて、スタークが男を連れて来た。


「おお! 本当にエリィじゃないか! どこに行ってたんだまったく!」


「べっ、別にっ。さ、散歩」


 ……なんと苦しい言い訳か。


 まぁ大方、子供の頃から面倒を見てもらっていたとかそんな感じだろう。

 であればエリィの奇行にはもう慣れているとは思うが、今回は事が事だ。

 一応、その散歩コースと内容を聞いた時の反応は、少し気になるところではある。


「道中拾ってきた。引き取ってもらえるか?」


「もちろんですとも! 申し遅れました、私はロベルト・リーン。この第三師団の副長です」


「……! 【氷識(ひょうしき)】か」

 

 精霊、魔力(マナ)の分野において、多大な功績を残した有名な研究者だと聞いたことがある。

 考えてみればここに居るのは当然だが、まさかこんなところで顔を合わせることになるとは。


「かっかっか、そうとも言いますね。君たちは?」


「【B級特別隊】テンペスト、隊長のアルカ・キサラギだ」


「【B特】……[オニヒメ]以外にもあったとは。初耳ですな」


 まぁ出来たばかりなので、当然だろう。


 しかし[オニヒメ]……別の【B特】の部隊名か?

 だとすれば、以前チャンが言っていた壊滅してしまったという部隊のことだろうか?


 ——まぁなんにせよ、さっさと用事を済ませるとしよう。


「あー、色々あったんで、説明しておきたいことがある。できればブルース軍長に直接面通し願いたいんだが」


「ええ、軍長もお話を聞きたいでしょう。どうぞこちらへ」


 俺たちはロベルトの案内で、ブルースの元へ向かうことになった。

 エリィは俯いたまま、観念したようにとぼとぼと後ろを着いて来る。

 

 ロベルト……優しそうな男だ。

 いくらエリィ(こいつ)でも、心配を掛けてしまったことを反省しているのかもしれない。


(顔を合わせて、今さら気づいたってところか……)


 ——仕方ない、何か声を掛けてやるか。


「〝字持ち(ネームド)〟の割に、随分腰の低い人じゃないか」


「うっ……。外面いいだけですよ……。怒ったらこんなもんじゃないですよ……。そして私はこのあと……ひっ」


 ……なるほど、やはり甘かった。

 やはりこいつに限って、そんな思考はなかった。

 当然の如く無駄な時間を過ごしてしまった。

 もう迷わない、今後方針の変更はない。

 基本的には無視が安定だ。


 しかしいくら頭が足りてないとはいえ、恐らく長年の付き合いだ。

 さすがにこの後どうなるかってことぐらいは、わかっているらしい。

 相手は〝字持ち(ネームド)〟、ご愁傷様と言う他ない。



 ——そんな家出娘の不安をよそに、ロベルトは奥へ進んでいく。

 そのまま階段を上がっていき、とある部屋の前まで来ると、足を止めたロベルトが口を開いた。


「さ、着きましたぞ」


 ロベルトに続いて中に入ると、そこには窓の外を眺める一人の男が立っていた。

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