【S級部隊 6話】ターニャ:不愉快な馬鹿二人~人の苦労も、知らないで~
「ターニャ様! もう持ちません! 撤退の指示を……!」
「くっ……! まだよ! 後方の第四、第五大隊を右翼に回して!」
——S級会合から戻ってすぐ。
【猿王】の伽の相手も束の間……国境戦線の常駐部隊からの伝令。
ハルメニア軍による中規模侵攻の報を受け、ゲイルの命でそのまま前線に赴いた。
『猿の相手をしなくて済む』と喜んで出てきたはいいものの、私が着いた時には既に、前線には甚大な被害が出ていた。
なんとか立て直そうとはしているけど、伝令兵の言う通り……このままでは本当に持ちそうにないわね。
「あの……ボスと副長は——」
「今までだってあの二人が居なくても勝ってきたでしょう! きばりなさいな!」
「はっ! 申し訳ございません!」
ゲイルという男は、基本的にはただの脳筋ではあるけど……元来相当な気分屋でもある。
少しでも気が乗らないと、例え戦闘であっても『あとは任せた』なんて言って、今回のように出てこない。
任されているといえば聞こえはいいけど、本質は面倒事を押し付けられているだけね。
ユージーンについては、会合の帰り道でそのままどこかへ消えてしまった。
あの時は『鬱陶しいヤツがいなくなった』とせいせいしたものだけど、この状況で居ないとなると……ダメ、逆に腸が煮えくり返りそう。
何にしても、あの男は私をイラつかせる。
ユージーンだけじゃない、もちろんゲイルだってそう。
(あぁ……あとひと月もこんなストレスを抱えなきゃいけないなんて——気が狂ってしまいそう)
——ズドオオォォォン……!
「……っ! 何事!?」
戦場の中央付近から、大きな爆発音と共に砂塵が巻き上がる。
「申し上げます! ユージーン副長が現着しました!」
「……! やっと来たの! あの馬鹿!」
——癪だわ。
来たら来たで安堵している私がいる。
気に喰わない。
どいつもこいつも好き放題。
(私が今まで……どれだけ苦労してきたと思って——!)
「……後列から順に退かせなさい。私も撤収するわ」
「なっ……! せっかく副長が来たのに!? ここからじゃないんですか!?」
「だからよ! いいから言う通りにしなさい! 死にたいの!?」
「いっ、いえ! 了解です! 《広域伝心》! ——こちら本陣、参謀ターニャ様から各連隊長に伝心! これより——」
——まったく、いちいち口答えしてこないで。
どの道【地滅】が来たならもう終わり。
あんな馬鹿でも、腐っても〝字持ち〟。
待ってればその内カタがつく。
実際は、別にアイオーンがどうなろうと構わない。
でも兵数が減るのは絶対にダメ。
だがらあなたたちのような三下は、巻き込まれる前にさっさと退きなさい。
(もう、失敗は許されない……ネメシス様——)
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「お疲れ様です! ユージーン副長! ターニャ様!」
「おーお疲れ~」
「……」
——ユージーンの参戦により、そこからは大した被害も出ず戦闘は終了した。
報告のために本部に帰還した私は、ゲイルの私室に向かっていた。
その間、隣で馬鹿がずっと一人で喋っているが、いくら無視してもそれは止まらない。
「——でさぁ~、そのねーちゃんがまたイイ身体してたわけよ! ——えっ? 聞いてる?」
「……さっきからうるさいわよ。いつも言ってるけど、必要以上に喋りかけてこないで。できれば同じ空気も吸いたくないの」
「ひでーなおい! まさか……妬いてんのかぁ?」
——ギリィッ!
「おーこわ。冗談だよ冗談」
咄嗟に睨みつけてしまった。
ユージーンはやっと口を閉じて、今度は口笛を吹き始める。
——本当に不愉快。
最近、こうして歯軋りをしてしまうことが増えた気がする。
いつからかしら……よく覚えてないけど、本当にここ最近な気がする。
自分の感情を抑えられなくなっているのかしら?
この馬鹿どもがどうしようもないのは、今に始まったことじゃないけど……。
(……あぁ、考えるとさらにイラついてきちゃう)
——やがて、ゲイルの私室の前まで来た。
開いたままの扉から覗き込むように、ユージーンが声を掛ける。
「お疲れ様です、ボス! ユージーン・ジンバイエ、戻りました!」
「おう、入れ」
——まったく、偉そうに。
あなたがそこであぐらをかいている間に、こっちは散々だったのだけど。
「お疲れ様です。ターニャ・トーレス、帰還致しました」
中では椅子に腰掛けたゲイルが、テーブルに足を乗せて座っている。
「今回の迎撃戦の報告書になります」
「おう」
私が手渡した報告書を手に取ると、ゲイルはいつも通りパラパラとそれをめくっていく。
「——了解。他になんかあるか?」
……了解? 逆に何もないの?
何か言うことがあるでしょう?
今回もかなりの量の兵を失っているのだけど?
「あーボス、そろそろ1万切りそうです」
あら、たまにはいい仕事をするのね、ユージーン。
そう、兵数が1万を切れば【S級部隊】の規定を割ることになり、その資格は剥奪される……それは都合が悪いわよね? ゲイル。
「んー……あ~、本当だな。どうすんだ? 厳しいか?」
「別に勝てますよ。ただ、敵に〝字持ち〟が混じってる時だけは、お願いします」
「がははは! さすがにその時は出てやるよ」
——え?
そういう問題じゃないでしょう?
何を言っているの? この人たちは。
「あの……お言葉ですがゲイル様——」
「ん? どうしたターニャ?」
「いえ……副長の言った通り、このままでは残存兵数1万を切るのも時間の問題かと——。そうなると【S級】を維持できなくなりますが……」
「それがどうした? もう用は済んだだろう」
ゲイルはそう言って、右手の甲をこちらに向けた。
やがてそこに、 【王】の〝字〟がくっきりと浮かび上がる。
そう……もとはと言えば[アイオーン]は、兵数2千人程度からなる一介の【B級部隊】だった。
ゲイルとユージーンという〝たった二人の戦略級将校〟だけで、のし上がってきた部隊。
そこに私が入り込んだ。
ゲイルに上手く取り入るため、まず身体を使った。
その後、純粋な戦闘狂だったゲイルに〝字拝命〟の話を刷り込んでいき、興味を持たせた。
でもそのためには【S級部隊】への昇格が必須……それに連なって、部隊の指揮権や管理区の統治権をもらい、私はあの手この手でアイオーンを大きくしていった。
やがて兵数が3万を超えた辺りで、隊舎に〝君主〟がやってきた。
密室で話すゲイルとミクス……ヒヤッとしたけど、そこで揉め事になることはなく、ミクスは帰っていった。
中でどんな話し合いがあったのか聞くと、それは以前から狙っていた【S級】と〝字拝命〟についての打診だった。
後日レーヴァ神殿に呼ばれ、ロベルト、シルバ、ルクレツィアと共に、ゲイルとユージーンは〝字〟を拝命した。
〝十字制〟、および【六神盾】の始まりね。
——ここに至るまで約三か月……ここまでは本当に上手くいっていた。
私の目の付け所から、戦術、内政に至るまで、何もかもが完璧だと思った。
(……なのに——!)
「確かに〝字拝命〟も目的の一つではありました。ですが来月のこともありますので……兵数の方は確保しておきたく——」
「……あのなぁ。そもそも俺たちは二人でやってきたんだ。別に大規模な軍とかいらねぇんだよ。都を取りにいくだけなら、お前の計画通り〝字〟があれば充分事足りる」
ここまで上手いこと言って、どうにかこうにかこの脳筋を路線に乗せてきた。
結局のところ、今回ミクスに仕掛ける〝私〟と〝ゲイル〟の理由は違うのだ。
ゲイルは〝国取り〟、 もしくは〝強敵との戦闘〟。
——けど、私はそんなことはどうでもいい。
そもそもが、一気に数十万人以上参戦するような大規模戦争のそれ自体に、その目的がある。
「お前が心配してるのは金のことか? それとも〝万が一の二の段〟の件か? 金なら頂上を取ったあとでいくらでもどうにでもなる。保険の作戦はそもそも、お前が『どうしても』と言うから採用したまで。そんなに不安なら自分でどうにかしろ、俺を頼るな。それとも何か? そんなに俺の力が信用できないか?」
「……! いえ、滅相もございません——」
この男……!
私が来てからここまで、散々いい思いをしてきたはずだけど?
頼るな? 自分でどうにかしろですって?
しかも俺の力が何?
あなたが勝とうが敗けようがどうでもいいの。
ただ時間いっぱいミクスを抑えてくれればいい、それだけなのよ——!
「ねぇターニャちゃん、なんでそんなに兵数に拘るの? それならあの時——」
「——っ! 申し訳ありませんでしたゲイル様、出過ぎました。私からは以上です」
「ん? ならいいけどよ。まぁ心配するな、ミクスはきっちり落とすからよ」
「んん? まいっか」
ユージーン……!
今何を言おうとしたの? こいつまさか……悪魔のことを!?
あれは私の直属の部隊だけでやったこと、万に一つも漏れる心配はないけど……絶対に余計なことは言わないで。
どうやら私の想定以上にゲイルはあの悪魔を気に入ってたみたいだし……まさか私が殺したなんて知れたら、この先の計画にさらに支障が出るかもしれない。
あといつも思うけど、ゲイルの前でだけ私のことを〝ちゃんづけ〟で呼ぶのは止めて。
反吐が出る。
現状の兵数は役1万5千……あと3万……いえ、最低でも2万5千は欲しい。
とにかくもう時間もないし、これ以上こいつらの道楽に付き合っている暇はないわね。
人間はもう諦める、高望みしない。
今後は魔獣の補充に全力を上げ、来たるべき日に備えるしかない——。
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