31話 エリィの事情~稀代の阿呆、ここに極まれり~
「お疲れさまでした、隊長」
馬車に戻ると、ユリが出迎えてくれた。
「ありがとう。ユリもお疲れ様」
(……さすがに疲れたな——)
ゆっくり腰を下ろす。
だが同時に、膝の上に何かがトンっと乗っかった。
「ミッションコンプリート」
向かい合わせで俺を見るおつうは、 『ニッ』と口角を釣り上げ、親指を突き立てた。
「ははっ。サンキューな」
しばらく目を合わせてみた……が、幼女は膝の上を退く気はさらさらないらしい。
オレンジの頭をぐっと横にずらして、辺りを見渡す。
横たわるアテナ。
ぐったりしたチャン。
何やら頬を膨らませてこちらを見ているナツキ。
そして——。
「で、いつまで寝てるんだ? この問題児は」
「ははは……。回収した時点でもうヘロヘロだったからね」
じゃじゃ馬め……。
俺はいいとして、チャンや皆にまでこんなに迷惑掛けやがって。
起きたら叩き出して——。
「——ア……ル——」
「——! アテナ!」
——ドテッ。
「あたー」
勢いよく立ち上がってしまい、幼女が床に転がった。
「すまん、おつう!」
アテナの傍まで行き、そっと抱き上げる。
「大丈夫か?」
「……うん、ありがとう。アルは? 怪我してない?」
「お前のおかげでこの通りだ、ありがとな。今は自分のことだけ心配してろ」
そう言うと、アテナは安心したようにうっすら笑みを浮かべ、俺の手を握った。
「すぐに良くなるから……このまま、お願い」
こんな手でいいなら、いくらでも握ればいい。
「あぁ、わかった。もう喋るな」
瞳を閉じたアテナを、そっと床に寝かせる。
「——う、う~ん……。ここは——」
後ろでもぞもぞと声がする。
色々言いたいことはあるが、もはや振り向くのも面倒だ。
「よし、目が覚めたな。チャン、放り出していいぞ」
「ははは。まぁこれで二度目だし、少し話を聞いてみようよ」
どこまでお人好しなんだ、まったく。
こいつのせいでこんなことになっているんだぞ?
——いや、勝手に助けに入ったのは俺の方か。
ならこの状況も俺のせいということに……ぐぬぬ。
「——はっ! アルカさん!」
寝ぼけ眼に俺を視認したピンクレディーは、サササッと目の前まで近寄って来た。
「なんだ? 随分とピンピンしてるじゃないか」
「わはは! それだけが取り柄なので! 先ほどはありがとうございました!」
「礼には及ばない、と言いたいところだが……例の如く何してたんだあんなところで! アホにもほどがあるぞ! ちゃんと説明しろ!」
「ひんっ! すみません……! 実は————」
——曰く。
どうやら、相変わらず継続していた『修行という名の家出』の途中、このオルカスタ管理区に迷い込み、観光がてらに本部で一休み。
そんな中、たまたま警報が鳴り響き、兵の流れに身を任せたところ……最前線に到達。
アイネが来るまでの時間稼ぎのためか、戦闘を仕掛けず掛け合いで奮闘するオルカスタ兵に対し、
『余計な問答はいい、さっさと始めようぜ!』
と言い放った敵軍のリーダーらしき人間……すなわちジークの一言を開戦の合図と受け取り、矢を放った……とのこと。
「……あのな、状況はわかった。だがなぜお前が一番槍を? 狙われることになることぐらい、わからないのか?」
「わはは……。いえ、あれからたくさん弓を練習して、どうにか使えるようになったんですが……実戦ではまだ試したことがなかったので……その——」
「その?」
「ずうっっっと……ウズウズしてまして——」
ビシっ——!
「のおおおぉ……!」
久々に炸裂した俺のチョップにより、目の前の家出娘が悶えている。
「魔獣狩りとは訳が違うんだぞ!? お前の自己満で戦場を動かすんじゃねー! そもそもお前は第四師団の人間じゃねーだろう!」
「ひっ……! ちちち、違います! 第三師団の人間です!」
「なら尚更だ! 自分のケツもろくに拭けねーくせに、他人の軍で好き勝手しやがって! 責任取れんの——は?」
「ん?」
ビシっ——。
「のおおおぉ……」
返しの『ん?』がイラついたので、もう一発お見舞いしてしまった。
いや、そんなことより——。
「チャン、これって——」
「ははは……、うん。ちょっとマズいかもね」
「……へぁ?」
——恐らく今頃、本部ではアイネが今回の戦闘の詳細について報告を受けているところだろう。
そうすればもちろん、開戦の経緯などもそこで判明する。
今回、どれほどの被害が第四師団に出たのかはわからない。
もちろん強襲ではあった……だが、だからこそ、それに応じた戦術や手筈があったはずだ。
現場指揮官とアイネの間にも、開戦からアイネが参戦するまでの時間を鑑みるに……《遠隔伝心》の類で何らかの意思疎通は取れていたはずだ。
【S級部隊】なんだ、それぐらいの使い手は間違いなく居る。
(しかし当然の如く、そんなことはこの家出娘が知るわけも無し——)
もしかすると今頃、アイネにどやされた部下たちが躍起になってピンク頭を探しているかもしれない。
(一旦はこいつは見つからない……だが、問題はその先にある。なぜなら——)
「第三師団……だと?」
「はい、一応」
——『作戦無視』をしたのも、名誉ある『一番槍』を入れたのもこいつ。
これだけやらかしたんだ、もちろん顔は割れている……が、こいつが本当に〝ただの家出娘〟なら、正直どうにでもごまかせたろう。
だが、 〝別部隊の人間〟となれば話は別だ。
『では皆さん、こちらに魔力をお願いしますね——』
部隊登録の際、同時に一人ずつ魔力を込めた。
第四師団の所属じゃない家出娘は、オルカスタ兵の登録を根こそぎひっくり返してもどこにもその痕跡は出てこない——が、第三師団のリストに登録があるのであれば、身元が割れるのも時間の問題だろう。
そしてそうなると、その時はもはやこの女一人の問題じゃなくなる可能性が高い。
「下手したら、両軍を巻き込んでの大問題になるな」
「ははは。このまま置いてったら、間違いなくそうなるね」
「……へ? なんでですか?」
「ははは。色々可能性は転がってるけど……まぁ一番可能性が高いのは『スパイ疑惑』とかかな」
「……?」
ピンと来ないのか、家出娘は左頬に垂れ下がる三つ編みをクルクルといじりながら、首を傾げている。
まぁ……わからないだろうな。
そもそもそこまで頭が回るなら、あんな風に立ち回るはずもない。
チャンも『ははは』と呆れている。
(疲れているところ、これ以上喋らせるのも申し訳ないな——)
仕方ない、もの凄く面倒だが……なんとかこいつに理解できそうな言い方で、補足してやろう。
「第四師団からすれば……部隊の混乱を招き、敵国を引き入れた『ハルメニアのスパイ』。もしくは勢力争いの一環で、戦力ダウンを狙って引っ掻き回してトンズラこいた同じアーレウス国内の『【六神盾】別部隊のスパイ』。どっちのルートがいい?」
「えっ? うーん……」
なにが『うーん』なのかわからないが、家出娘は足りない頭をフル回転させているようだ。
(……はぁ。少し待ってやるか——)
「うーん……。——はっ!」
先ほどまであっけらかんとしていたそのアホ面はどこへやら。
家出娘のその表情は、面白いほどに——みるみるうちに青ざめていった。
「そそそ、そんな……! あ、あたし……詰みました?」
やっと理解したか……。
稀代の阿呆、此処に極まれり——。
「あぁ。遺言があるなら聞いておいてやる」
「ひっ……。じゃ、じゃあ……アズリアで別れたお母ちゃんに……『ありがとう』って——」
さすがに泣きそうな顔をしているな。
だが残念だ、それは叶わない。
なぜならアズリアはも————んん?
「おま……アズリア人なのか?」
「グスッ……。え? あ、はい。内戦が酷くなって、子供の頃にこっちの親戚に預けられて——」
——ハクツルやアイネと同じような境遇か。
どうやら俺やナツキたちのように〝黒穴〟から出てきたわけではないらしい。
(しかし……アズリア人か——)
「確か名前は……エリーチカって言ってたよね? アズリアっぽくない名前だね」
ナイスだチャン、すっかりこいつの名前を忘れていた。
そして確かにアズリアっぽくはない。
「あっ、本名は『ミホノ・エリィ・チカチーノ』といいます。なんか数か月前に第三師団の軍長に『しばらくエリーチカと名乗るように』と言われまして……。いつもは優しい、というかチョロい人なんですけど、その時だけは凄く真剣な感じで——」
(いや、軍長をチョロいっておま——)
「恐らく……輪廻教のせいね」
握っていた手が急に軽くなるのと同時に、アテナが割って入ってきた。
巫女様はそのまま、ゆっくりと身体を起こした。
「起きて平気なのか?」
「もう大丈夫。ありがとう、アル。こないだも話したけど、輪廻教は表向きはアズリア擁護団体だけど、従わないアズリア人は容赦なく粛清するから……きっと軍長さんは、あなたのことが心配だったのね」
「そうなんですか? だったらそう言ってくれればいいのに……。理由を聞いても『頼むから』の一点張りで……。だからあたし——」
——軍長とやらの苦労はわかる。
エリィに説明したところで、逆効果でしかない。
どうせ言っても聞かないし、いざ輪廻教と邂逅すれば間違いなく揉め事になる。
ならば余計なことは言わず、 『唯一の約束』として胸に刻ませた方が、何百倍も安心だ。
「何か言いかけたね。どうしたの?」
放っておけばいいのに……。
やはり〝仏〟か? チャン。
「それで、 『もう知らない』って、家出したんです——」
————は?
一瞬、時間が止まったような気がした。
周りを見渡すと、荷台にいる全員が口をポカーンと開けてエリィを見ている。
あ、おつうは聞いていないようだ。
(エリィはそんな事情で家を飛び出して……行く先々でこれだけ迷惑をまき散らして来たのか?)
事情を説明されなかった以上、軍長の優しさがわからないまではいい。
だが、幼い頃から世話になっている場所だ。
他にもっと、こう……何かあるだろう?
「お前……そんなことで? 他に嫌なことがあったんじゃないのか?」
「うーん……特には? あっ、凄く暇だったっていうのはあります。ブルースがほんと過保護で、あまり家から出してくれなくて——」
「暇ってお前……。ん? あれ? お前が預けられた親戚って……」
エリィは俺と目を合わすと、 『ハッ』と両手で口を押さえた。
「……てへ。これ、内緒でした」
ビシっ!
「のおおおぉ!」
なんだかその『てへ』が無性にイラついてしまった。
そんなことより——。
「ん? ははは。結論から言っていい?」
チャンは俺の視線を受け取ると、全てを理解したように笑ってみせた。
「あぁ。むしろ結論だけでいい」
「放り出す選択肢は無くなったね。送ってあげた方がいい」
「……だよな。アテナ——」
「大丈夫。送ってあげましょう」
——巫女様も急いでいるだろうに、とんだ寄り道だ。
(どこまでも面倒を掛ける女め——)
チャンがスタークに話しかけると、馬車は西に進路を変えた。
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