30話 本能~わがまま娘が、恋しくて~
吹き乱れていた突風が収まり、アイネが口を開く。
「おぬし、わらわが誰かわかって物を言っておるのか?」
——随分お怒りの様子だな。
だが、そんなことは知ったこっちゃない。
「さぁな。とにかく俺たちはこれで失礼する」
「ならぬ。二度言わせるな」
アイネは俺の眼を睨みつけたまま、背から槍を引き抜き、勢いよく地面に突き立てた。
ある程度は覚悟していたが……ここまで身勝手な女だとはな。
どこかの巫女様もこうと決めたら中々曲げないタイプだが、それとはまるで毛色が違う。
あのわがまま娘ですら、可愛く思えてくるレベルだ。
もういい、こんな女は一秒でも早くおさらばしたい。
俺の本能が、アイネを拒絶している。
「チャン、密書を出せ」
「……うん、ちょっと待ってね——」
「聞いておるのか!」
——ゴオオオオッ!
再度突風が吹き荒れ、ほどなくして止んだ。
俺はチャンから密書を受け取り、右手の人差し指と中指の間に挟んで、アイネに見せる。
「ハクツルから預かった密書だ。とりあえずこいつを渡しておく」
「あとで構わぬ! どうせ大したことではない」
「あのな……あとなんてないんだよ。今ここでこれを渡して、それで終いだ。受け取らないってんならそこに置いとくぞ」
二本の指からピンと弾かれたそれは、ひらひらとアイネの足元に舞い落ちた。
「貴様……口で言ってもわからぬタイプのようだな?」
地面に突き刺さっていた槍を片手で易々と引き抜いたアイネは、クルっと回してそれを上向きに持ち変える。
「それはあんただろう? さっきから人の話も聞かずに自分のことばかり……。とにかく俺は暇じゃないんだ、もういいか?」
チャンは確かに消耗しているが……頑丈な男だ、まぁ大丈夫だろう。
問題はアテナだ。
あれからナツキの《遠隔伝心》もないし、もしかすると想像以上にマズい状態なのかもしれない。
しかしこんな女にその辺の事情を説明したところで——。
とにかくもはや、構っている時間はない。
「ならぬと言っておる。この地において、わらわの命より上に来るものはない」
「……メチャクチャだな」
やはり、この女には物事の筋という概念がない。
結果的に……ではあるが、アイネが来るまで〝字持ち〟を抑えてたのは一応俺たちで、それで仲間も負傷している。
別に求めてはいないが……まず礼を言われるならまだしも、それをすっ飛ばしてこんな風に何かを強要される覚えはさらさらない。
「……お、アルカ」
「ん? どうしたチャン——」
チャンの視線を追ったその先に、一台の馬車——。
ここからだとまだはっきりとは見えないが……バタバタと隊旗がはためいている。
どうやらこちらに向かって来ているようだ。
「旦那~! チャンさ~ん!」
やっと視認できる距離まで来た。
〝竜巻に白狼〟——。
良かった、スタークも無事だったか。
正直、頭から抜け落ちていたが……有事だったんだ、許せ。
俺はアイネの方に向き直す。
「そうか。では用も済んだし、この地を去るとしよう。そうすれば何も問題あるまい」
とにかく、アイネの人間性はもう充分にわかった。
そしてハクツルには悪いが、やはりここまでだ。
「ハッ。この状況で『はいどうぞ』と行かせるとでも思っておるのか?」
もう一度クルっと槍を回したアイネは、その切っ先を真っすぐに俺に向ける。
「知るか。どうであろうと、押し通る」
返すように、俺は背に掛けたリベリオンに右手を伸ばす。
「————っ!」
……その表情はなんだ?
ここに至るまで、この女から『焦り』のようなものは一切感じなかったが、これは一体——。
まさか〝字持ち〟でもないこんな名もなき男一人に、怖気づいたわけでもないだろうに。
「どうした? まさか向かってくるとは思わなかったか?」
「そ、そうではない! やはりおぬし——」
「アルカ様!」
アイネの言葉を遮るように馬車が間に割って入り、飛び降りたナツキがこちらに走って来た。
「ナツキ……。途中から《遠隔伝心》もないし、心配したぞ」
「すみません! こんな風にずっと繋いでたことなかったので……途中で魔力が切れちゃったみたいです」
多少の疲れは見えるが、見たところ元気ではあるようだ。
「そうか、まぁ無事ならいいんだ。頑張ったな。他の皆は大丈夫か?」
「……はいっ! 回収したピンクレディーはかなり消耗してたみたいで、今は中で眠ってます。ただ、アテナさんがあれから目を覚まさなくて——」
最初嬉しそうに笑ったナツキだったが、その表情は一瞬にして暗いものに変わった。
(やはり……相当負荷が掛かっていたか——)
これ以上時間を掛けるわけにはいかないな。
「チャン、皆を連れてここから離れてくれ。後でナツキと繋いでくれたらいい」
「……! アルカ——」
「頼む」
その先は言うな。
俺はお前を信じてる。
だからお前も、俺を信じろ。
「……わかった。行こう、なっちゃん。アルカはアイネと話があるんだって」
「そうなんですね……。わかりました!」
事情を知らないナツキは、少し寂しそうな表情を浮かべた後で『ニコッ』と笑い、チャンと一緒に馬車に乗り込んだ。
アイネは……なんだか複雑な表情を浮かべて、俺を見ている。
俺は念のため、馬車の退路が俺の背になるように少し移動する。
「——すまない、待たせたな」
「…………。別れの挨拶は済んだか?」
「そうはならない予定だが……まぁありがとな。しかし意外だな? あんな風に水を差されて、黙って見ていられる忍耐があんたにあるとは」
「——望みなら、三秒もくれれば丸ごと塵にしてやるが?」
アイネは槍を持った右手をそのまま大きく横に振り、腰を落とす。
「ここで人生を終わらせたいなら、試してみればいい。 〝リベリオン〟——」
一瞬の攻防に備え、俺はリベリオンを左腰に据え直す。
馬車が走り出したのを確認し、魔力を込める。
(相手は〝字持ち〟……ありったけだ——!)
「——っ!」
アイネがその紫眼を大きく見開いた。
(気合いを入れた……わけではない——?)
さっきとは違う、明らかに動揺しているのがわかる。
だがなんだ……? 【嵐槍】がビビるようなレベルの魔力は、まだ込められていないはず。
(一体何に驚いて——)
「……アル——」
「——っ!」
——アテナか!? 何故出てきた!?
『いや、それ使ったでしょ?』
——いつかの記憶が蘇る。
確か前に練兵場で——。
まさか……リベリオンの魔力にアテられたのか?
「何してる! 早く馬車に戻れ!」
「だって……早く逢いたくて……。私、頑張ったよ——?」
「わかってる!」
俺は咄嗟にアテナに走り寄り、アイネを背にしてそのまま抱き締めた。
やはり限界だったのか、アテナはそのまま俺に向かって倒れ込み、身体を預け、気を失った。
——ふと我に返ったが、背後にいるはずの猛獣の気配が感じられない。
慌てて振り返ると、アイネは口を開けたままその場に立ち尽くし、持っていた槍を地面に落とした。
「ごめん! 一瞬で!」
遅れて飛び出してきたチャンが割って入り、俺とアテナをアイネから守るように大楯を構える。
だが……こんなふらふらな巫女様が出て行くのを止められないようじゃ、もうこの男も限界だろう——。
三者その場で動かず、少し時間が止まったかのようになった。
——やがてアイネは落とした槍を拾い上げ、離れて待っていた部下たちに本部帰還を言い渡した。
先ほどまで嫌というほどに溢れ出していた禍々しい魔圧や、闘気といった類のものはもう感じられず……ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
ほどなくして俺たちの隣まで来たアイネが、こちらに視線を送ってきた。
——が、今度はその相手は俺ではない。
「そのおなごの名は、なんという」
やはり間違いない、アテナだ。
「……知ってどうする?」
「……あはは! そうだな! 疲れているのかもしれぬ、今日は見逃してやる。だが、次はない」
「——そいつはどうも」
結局その後、アイネはこちらに振り向くことなく、本部の方へ歩いていった。
理由はわからないが、無駄な戦闘を避けられた。
これが最短で最良のルート……だったはず。
(……余計な詮索は無しだ、今はこれでいい——)
(ハクツル、釣りがほしいぐらいだが……これでチャラだぞ)
「旦那!」
スタークが馬車を寄せる。
二人で荷台にアテナとチャンを担ぎ込み、俺たちは戦場を後にした。
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