29話 爆風警報~姫君の帰還~
本陣方面から、俺を呼ぶ声がする。
振り向くと、見慣れた顔がこちらに向かって走って来る。
「チャン!一体——」
「俺の後ろに居てくれ! 持ってくれよ……! 《大地盾》!」
チャンの足元から緑光の魔法陣が展開し、以前見た時より大きく、厚い大楯が具現化する。
——ガァンッッッ!
【聖騎士】はそれを、思い切り地面に突き立てた。
次の瞬間————。
ゴオオォォォォッ————!
「うわっ!」
凄まじい爆風が吹き荒れる。
全てを切り裂き、薙ぎ払い、攫っていってしまうような——。
もしいつか、おつうに『一掃』の意味を聞かれるようなことでもあったなら……俺は迷わずこれを例に出すだろう。
「くっ——!」
チャンはかろうじて耐えている。
(ジークは……)
——ダメだ。
吹き上がる砂塵に、吹っ飛んでくる数多の兵士……その他諸々が視界を遮り、一歩先の現状さえまともに把握出来ない——。
ゴオオォォォォッ…………。
だんだんと……ゆっくりではあるが、爆風が弱まり始める。
(——止んだか……?)
——やがて、それは完全に止んだ。
「チャン! 大丈夫か!?」
「ははは……。なんとかね——」
渾身の《大地盾》はボロボロに崩れ去り。
いつかのあの時のように……チャンのちょうど後方、そこに居た俺だけが、無傷で済んでいる。
「さすが……【聖騎士】だな」
——段々と砂塵が晴れてきたが、辺りには兵士の姿はない。
そもそも、何もないのだ。
ジークの居たであろう場所は地面が深く抉り取られ、全くと言っていいほど大地の様相は変わってしまっている。
——が、うっすらと人影が見え始めた。
「だははは。お早いお帰りだな、姫様よぉ——」
凄まじい攻撃ではあったが、さすがにジークも耐えていたか……。
(しかし一体……誰の仕業なんだ——)
「貴様……誰のシマで暴れておるか、わかっておるのだろうなぁ? このドグサレがぁ……!」
——女の声。
そしてこの魔圧……【地斬】のそれを軽く凌駕している。
確かにジークは万全ではないが、それにしても圧倒的な差を感じる。
ジークもまだまだ……本気ではないのか?
「だははは。確かに礼を欠いたな! 許せ!」
——砂塵がほぼ晴れ、女の方の影もはっきりしてきた。
これほどの嵐が吹き荒れた後でも、しっとりと艶めき長くたゆたう黒髪。
前髪は横一線に切り揃えられ、はっきりとその紫眼が見える。
そしてその小さな顔を包むように、頬の辺りから内側に軽く巻きこむようなその……髪型は——。
「ま、まさか——!」
念のため、ここから見える右手の甲を確認する。
昔見た【嵐王】や【地滅】、先ほどの【地斬】もそうだが、時折彼ら〝字持ち〟はその手の甲に【属性】と【字】を浮かび上がらせていることがある——。
(……【槍】——!)
思わずチャンの方を見るが、いつものようには目が合わない。
ほどなくして、爆風の主を一点に見据えたまま……チャンはゆっくりと口を開いた。
「うん、あれが【六神盾】第四師団、 [オルカスタ]頭領……【嵐槍】アイネ・ルージュだよ——」
槍を地面に突き立て、腕を組んだままジークを見下す——。
その凜とした立ち振る舞いは、さながら王族……まさに、高貴な姫を思わせる。
「やっぱり……そうだよな……」
あれを……どうするって?
ハクツルさんよ——。
「して、貴様はこれから塵になるわけだが……その前になぜわらわが不在だったのを知っていたのか吐け。それぐらいの時間はくれてやる」
「だははは! そっちこそこんな隠し玉を残してたとはな! まとめて相手したいところではあるが……〝字持ち〟クラス二人相手は予定外だな。少々骨が折れる」
アイネは一瞬俺を見たあと、突き刺していた槍を引き抜き、ジークに視線を戻した。
「ハッ! まさかおめおめと逃げ帰るつもりか? ここまでやり散らかしておいて……わらわがそれを許すとでも思うておるのか?」
だらんと提げていた槍をクルっと回して持ち直し、アイネが臨戦態勢に入る。
(い、いや……確かにそうなんだが——。最後これだけ散らかしたのは……)
いや、言うまい。
「だははは! 何でも人のせいはよせ! 散らかしたのはアイネだろう!」
(い、言った……)
「猿には人語はわからぬか。これはむしろ掃除……後始末であるぞ。そしてこれより仕上げに入る」
「悪いが時間切れだ。やるんであれば次からはもう少し手際よくやるといい……と言っても、お姫様には掃除どころか片づけすらも、無理な話か——」
「先ほどから黙っていれば……わらわを姫と呼ぶでない!」
激昂したアイネが槍を構えた瞬間、ボンッボンッと複数回破裂音が響いた。
——その瞬間、言い合いをする二人を隔てるかのように、大量の煙が巻き上がった。
(くっ、また視界が——)
「あばよ姫様! アルカ! 次会う時は死ぬまでやろうぜ!」
間髪入れずにアイネが突風を放ち、煙を払った……が、そこにはもうジークの姿は無かった。
「ちっ……。 〝双竜〟で来ていたか——」
アイネが背に槍を背負う。
臨戦態勢は解かれたようだ。
戦場を見渡すが、ハルメニア軍の姿はもうなく——。
ここまでのやり取りの間に、残存兵は撤退していたようだ。
戦闘が終結したのを見て、周りのオルカスタ兵がぞろぞろとアイネの周りに集まり始める。
「ひとまず……おつかれ、アルカ」
——チャンもだいぶ消耗しているな。
巫女様の様子も気になる、とりあえず展望室へ戻ろう。
「よしチャン、掴まれ——」
「して、おぬし」
——チャンに肩を貸そうとした瞬間。
冷たく、刺さるような声が、鋭く俺を突き抜ける。
「……一応聞くが、俺のことか?」
——数秒程度のはずの静寂。
だが、今だけはまるで時が止まったかのように、俺をその場に縛り付ける。
「所属と名を名乗れ」
……こっちの質問は無視か。
「【B級特別隊】 [テンペスト]……隊長、アルカ・キサラギだ」
「【B特】だと……? どこの別動隊だ?」
——別動隊?
何を言ってるんだこいつは?
「ウチは〝独立遊撃隊〟です、派生ではありません。 【地壁】のハクツルによる推薦となります」
チャンが話に割って入った。
(登録の時には説明はなかったが……そういった形の特別隊もあるのか——)
「……! やはりおぬしが——」
一瞬驚いたような顔を見せたアイネは、何かを言いかけて口をつぐんだ。
「ん? やはりとはなんだ?」
「キサラギ……アズリアの出身だな? おぬし、兄弟などはおらぬか?」
……またか。
なんて自己中なヤツなんだ。
「あぁ。生き別れでもいなければ、いないはずだ」
「そうか。しかし……見れば見るほどに——」
また途中で押し黙ったアイネは、俺のことを観察し始める。
——ダメだ、こいつは会話にならない。
自分の聞きたいことだけ聞いて、勝手に自己完結して終わらせる。
見た目や話し方だけじゃなく、根っからのお姫様気質なんだろう。
第一印象は、最悪だ。
「……ふむ、まぁよい。その者を置いて着いて参れ」
そう言うと、アイネはこちらの返答も聞かずに本部の方へ歩き出した。
——質問が終わったと思ったら……挙句の果てに『着いて来い』だと?
しかもチャンを置いて?
誰のおかげでこの【聖騎士】がここまでボロボロになったのか、わかっているのか?
『気難しい』とは聞いていたが、これはそんなレベルの話じゃない。
なぜこんなになるまで放っておいたんだ? ハクツルよ。
変わってしまったとのことだったが、それ以前を知らない俺には、その思い出補正は効かない。
そして今、俺の優先順位は『〝ハクツル〟からのお願い』じゃない。
「せっかくのお誘いのところ悪いが、断る」
「——っ!?」
驚いた様子のチャンが、俺の方を見た。
そしてすぐ、何かを覚悟したかのような顔つきに変わり、貸していた肩から抜け出すと……大楯を地面に突き立てて俺とアイネの間に立った。
「……すまねぇ」
「ははは、もう慣れたよ」
ピタッと足を止めたアイネが、ゆっくりとこちらに振り返る。
「——なんと申した?」
まるでゴミでも見るかのような眼——。
だがもう、充分に義理は果たしただろう。
「断ると言った」
————ゴアアアアアアッ!
風……と簡単に呼べるようなものではない。
アイネの急激な魔圧の上昇と共に、辺り一面に凄まじい突風が吹き荒れた。
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