20話 シャルル湖の言い伝え~水着とサイズとアン・ドゥ・トロワ~
「街は……まだなの……」
「水浴びしたいです……」
「今日も野営ですかねぇ~」
「ははは。この辺は結構野放しにされてるからね」
オルカスタ管理区に入って、数日が過ぎた。
チャン曰く、ハルメニアとの国境戦線においてちょうど中央に位置するこの管理区は、どの時代を見てもずっと戦争の歴史だったらしい。
そのため、常時戦火に晒される危険のあるこの地域からは、次第に民間人が離れて行ったようだ。
確かにハルメニアから見れば〝ゼクスの都〟への最短距離のため、侵攻ルートに選ばれることはざらにあったんだろう。
「だがその分、自然が豊かに見えるな」
人の手の施されていない雄大な自然からは、とても澄んでいて、且つ力強い……生命の息吹のようなものを感じる。
「そうだね、その分魔獣の数も多いけど。だからハンターたちはよく来るかな」
確かに……小物ばかりだったが、ここに至るまでに何度も魔獣と戦闘になった。
まぁ全てチャンと二人で全て処理したわけだが。
そのうち手応えのあるヤツも出てくるんだろうか。
「……っ! 旦那っ! 見てください!」
馬車を駆るスタークが前方で大きな声を挙げた。
というか久々にこのアフロの声を聞いた。
(おっ、さっそくお出ましか——?)
最近のアフろんはというと、毎日夜な夜な作業をしていたらしく。
食事以外ではほとんど絡むこともなかった。
それについてはナツキも、 『こうして旅を始めて、心を入れ替えたのかな?』と関心していた。
「どうした? 一体何が——」
「〝シャルム湖〟です!」
勢いよく荷台から身を乗り出した俺の視界に、キラキラと水面を光らせた大きな湖が飛び込んできた。
「……いや、湖がなんだと言うんだ? 俺のときめきを返してくれ」
「これがシャルム湖!」
遅れて荷台から顔を出したユリも、なぜかだいぶ興奮気味である。
「ははは。この湖の水は美しいことで有名でね。 『浴びると綺麗になれる』って、昔から女性に人気なんだよ」
なるほど、迷信の類か。
よし、先を急ご——。
「止めてスターク!」
「止めて下さい!」
「ガッテンでっさ!」
アテナとナツキがほぼ同時に声を上げる。
それに呼応したスタークが見事な手綱捌きを見せ、湖畔に馬車を寄せた。
一斉に飛び降りた女性陣が、 『綺麗』だの『うわぁ』だのひと通りはしゃいだ後、揃って首を傾げ始めた。
「ん? どうしたんだ?」
一番手前に居たユリに声を掛けてみる。
「いえ……。入ろうと思ったんですが、水浴び用の服が無いことに気づきまして——」
——荷台のスペースにも限りがある。
確かに、出発の際の荷物はそんなに多くなかった。
濡れてしまったら服の変えも必要になるわけだが、そんなに持ってきていないということか。
「なるほど。だが後ろの幼女はもう服を脱ぎ始めているぞ」
「……えっ? ちょっ! おつうちゃん! メですよっ!」
慌てて止めに入ったユリをよそに、巫女とツインテは湖を前にうずうずしている。
「ふっふっふ」
声のした方に目をやると、いくつか袋を抱えたスタークが立っている。
「どうした?」
「旦那……お忘れですか? オイラは【何でも屋】ですぜ——?」
スタークはこちらを見て、自慢のサングラスをクイッと上げた。
(いや、そもそも【何でも屋】って何なんだよ……)
確か運搬、服飾——んん? 服飾?
「皆さん! こいつを受け取ってください!」
スタークが袋を一つずつ女性陣に放り投げ、四人は各々それを掴んだ。
「はぁ? 何これ——」
「《地岩掌壁》!」
——ゴゴゴォ。
(出ました、伝家の宝刀)
アテナが中身を確認しきる前に、スタークは女性陣を取り囲むように岩で壁を作った。
「あぁー。そういうことね……」
チャンはそう言いながら、どこか呆れたように『ははは』と笑っている。
「いやどういうことだよ」
勝手に納得するんじゃない、俺にもちゃんと説明し——。
「わぁー! ありがとうございます!」
「ちょ……いろいろ聞きたいことはあるけど——まぁ今回は良しとするわ!」
「これ……ちょっと際ど過ぎませんか……?」
「おなつ、後ろ結んで。届かない」
……どうやら理解が追いついていないのは俺だけのようで、特に何か問題があるわけでは無さそうだ。
「我々のもありますぜ」
「ん? これは——」
渡された袋を開けると、短く切られたズボンのようなものが出てきた。
(まさか……これを履けということか?)
「毎晩遅くまで色々やってたのはこれか」
「へい! この辺は仕事で何度か来てたんで、シャルム湖の存在もわかってた……アイネ・ルージュのところへ行く前に、必ず寄ろうと思ってました! どうです? いい仕事するでしょう!?」
やはりどこか呆れた様子で話しかけるチャンに対し、スタークは自慢気に親指を立てた。
「まぁルートは全てスタークに任せているし、文句は言えないね。俺たちも着替えよう、アルカ」
「あ、あぁ」
よくわからないが、チャンがそう言うのなら……ここは着替えるのが正解なんだろう。
「——いいわよスターク!」
着替え終わって少し待っていると、岩の壁の中からアテナが声を上げた。
「よしきた! お二人とも! ご一緒させて頂いてありがとうございます! これがオイラからの——感謝の気持ちでっさ! 旦那……ときめきは返しますぜ!」
スタークが両手を掲げると、岩の壁は崩れ去り……中の四人が姿を現した。
「ど、どう……? 変じゃない?」
「これ、かわいいです~!」
「やっぱり……際どい——」
「参る!」
——バシャーン!
我先に——と、幼女が飛び込んだ。
余程遊びたかったんだろう……ふっ、やっぱりまだまだ子供だな。
他の三人は……というと、各々チラチラとこちらの様子を伺っている。
(——なるほど、これがユリが言っていた〝水浴び用の服〟というヤツか)
ずっと人生一人旅だった俺には、今日に至るまで外で誰かと水浴びをした経験などない。
いつも人知れず独り、生まれたままの姿で済ませてしまっていた……。
これからは気をつけよう、今日もいい勉強になった。
それにしても皆、随分と肌が露出しているな……。
まぁ水中では服は水を吸って重くなるし、動きづらい。
これぐらいが普通なのかもな。
おつうは一人、バシャバシャと楽しそうだ。
あの様子を見るに、きっとここは皆で入るのが正解のはず……ならば、第二陣の先陣は俺が切ろう!
「よし、俺たちもおつうに続け——『——っと待ったああああぁ!』
湖畔に向け駆け出そうと深く踏み込んだ俺に、巫女が待ったをかけた。
「……ん?」
アテナはそのまま俺の進路を塞ぐように立ちはだかり、そのまま腕を組んでこちらをを睨みつける。
(……何か順序が違ったか——?)
男性陣の方を見るが、スタークはこちらには見向きもせずに終始ニヤニヤしており、チャンは『はぁ……』と頭を抱えている。
俺はもう一度アテナに視線を戻した。
「なんだ? 入りたかったんじゃないのか?」
「なんだじゃない! どうなの!? なんか一言ないわけ!? 感想は!?」
——感想? 何のだ?
しかしアテナのこの感じ……わかったような気になって安易に言葉を放てば、また地雷を踏んでしまうかもしれない。
(どうする——?)
……ダメだ、わからん。
(助けてくれ——チャン!)
「——ん? ははは、水着の感想を聞いてるんだよ。一人ずつ言ってあげなよ、一言でいいから」
俺の必死の視線に気づいたチャンが、答えを示してくれた。
(ありがとう、友よ……!)
ならばさっさと済ませてしまおう、おつうが一人で可哀そうだ。
右から順番に——。
「えーと、どうでしょうか……? アルカ様——」
両手を膝において前に屈んだナツキは、そのままこちらをじーっと覗き込んで、ツインテールをふわっと揺らした。
「うん、可愛いよ」
「あはっ。やったー!」
ナツキは表情をぱーっと明るくして、そのまま湖へ飛び込んだ。
(良かった、喜んでいるようだ)
何故か隣の巫女がナツキの方を一瞬キッと睨んだが……まぁ見なかったことにしよう。
「ど、どう? アル——」
アテナは両手を後ろ手に組んだまま、右に左にと上半身を回転させながら、チラチラとこちらに目をやってくる。
「うん、綺麗だよ」
「なっ……! う、うん——」
——何を照れているんだこいつは?
いい加減自信を持て。
心配せずとも、お前は美しい。
(まぁそれと同じぐらい、残念ではあるが)
「あの……その……私は別に——」
自分の身体を抱きしめるように腕を交差させているユリは、俺と目が合う度に身体をビクっと動かして、視線を逸らしてくる。
まぁ恐らく……色んなところが隠しきれていなかったり、零れていたりするせいだろう。
「えーと……凄い」
「——っ!? ひゃんっ!」
ユリはそのまま勢い良く膝を抱え込んでうずくまってしまい、アテナはそれを見て酷く顔をしかめた。
ついでに巫女はそんなユリを見下ろして、 『ぐぬぬ……』と言いながら少し肩を震わせた後、湖に飛び込んでいった。
「しかし驚いた、ユリの以外はサイズもピッタリじゃないか」
「チッチッチ、甘いですよ旦那。ユリさんはあれでピッタリなんでっさ」
「……なん……だと——?」
——ゴンッ!
俺が驚いていると、チャンの拳がスタークの脳天でいい音を鳴らした。
「アイ、ヤー!」
流行りのアフロというクッションがあっても、相当に痛そうだ。
模擬戦の時もそうだったが、チャンは人を斬ることは出来なくても、殴る蹴るまではいけるらしい。
「んなわけないだろ……。だが——グッジョブだ」
殴った手を開いたチャンは、何故かスタークと熱い握手を交わした。
その光景を見たユリは、そんな二人を蔑むような……それでいて何かに物凄く落胆したような表情を見せた後、ゆっくりと湖に入っていった。
「旦那! 一流の服職人は一目見ただけで色々わかるんでっさ! アン・ドゥ・トロワ! ちなみにおつうちゃんはアン、アテナ嬢はトロワでっさ! 内緒ですぜ」
「なるほどな、頭に入れておこう」
一体チャンは何を頭に入れたんだ?
そもそもそこのアフロは、別に服職人じゃないだろう?
何を持って一流とし、何がアンで何がトロワなのかわからないまま、俺も湖に飛び込む。
水面から顔を出し二人の方を向いたが、何かに祈りを捧げるように湖畔に向かって両手を合わせて動こうとしなかったので、俺はそっとその場を後にした。
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